「んじゃ、いってきます」
「はいはい、いってらっしゃい。ご飯と味噌汁は作っとくからね」

　朝。昨日は酒も呑まなかったので、博麗神社にて爽快に目覚め、身支度を整えて僕は飛び立っていた。

　適当に手を振って見送ってくれた霊夢は、ふあ、とアクビを漏らしながら台所の方に向かっていた。

　今日はこれから朝食の材料調達なのだ。霊夢のやつが食材の在庫を切らしているのを忘れていたため、朝もはよからこうして出かける羽目になってしまった。今、米と味噌を始めとした各種調味料くらいしかないらしい。
　まあ、よくあることである。

　一応の目的地は人里なのだが、その前に途中にある森に降り立つ。

「ふん、ふん〜」

　食べられる野草を摘み、持参した籠にぽいぽいと入れていく。
　幻想郷は自然が豊富なので、少し知識を仕入れていればいくらでも食べられるものは見つかるのだ。森の浅いところなら他の人が取っていたりして見当たらないこともあるが、森の深いところは妖怪が出て危ないので、今僕がいる辺りは殆ど手付かずである。

　小さい籠なので、十分も経つ頃には一杯になっていた。まあ、小さいとは言っても僕と霊夢が食べる分を賄って有り余るくらいには入る。

「よし、っと」

　あまり取り過ぎると次来るとき増えないので、この辺りでやめておくことにする。籠をぽい、と空間を折り畳んで作った『倉庫』に放り込み、僕は再び飛び上がった。
　『倉庫』なら荷物が会っても手ぶらで飛んでいけるので非常に楽ちんだ。重さも関係ないので、普段のお菓子の運搬にも大活躍。
　地味に便利な応用が増えてきたので、名前の格好悪さはさておき、僕的には自分の能力に非常に満足している。

　……なんかもうちょっと真面目に考えれば他の応用もできそうな気がするが、間違いなく持て余すし、研究するのも面倒なので、それはそのうち時間ができたらにすることにしていた。

「お」

　飛んでいると、向こうからにお雛さんが飛んでくるのが見えた。
　僕と同じように朝ご飯の調達か、それともただの散歩か。

　針路と速度を調整して、お雛さんとうまくすれ違うようにする。

「どうも、おはようございます」
「おはよう。元気？」
「まあ、そこそこに。最近は死ぬことも少なくなってきましたし」

　現在、連続二ヶ月無死亡記録更新中である。

「……そもそも、普通の人間はそんなに厄い目に遭うことは早々ないわよ？」
「おうふ」

　厄神様に厄い認定されてしまった。

「でも、貴方に厄の力は及ばないんだから、自分の不注意よ？　人でないものと付き合っているという感覚はちゃんと持っておきなさい」
「はーい……」

　そうだよなあ。蓬莱の薬飲む前は、ちゃんと慎重に――いや、僕なりに慎重にね？　行動していたんですよ。……嘘じゃない、嘘じゃないぞ。
　でも、蓬莱人となり、数度の死を経験してから、どうにも危険な連中への警戒が雑になってしまったのは否めない。

「そ、それよりお雛さん。朝早く、どうしたんです？」

　しかし、今更態度を改めると、それはそれで妙な不興を買ってしまいそうだし、どうにもならない。
　ひとまず話をそらすことにした。

「はあ。ちょっと朝ごはんのおかずを取りにね。青物が少し欲しくて」
「あ、それならついさっき採れたての奴があるんで、お裾分けしますよ」

　空間の隙間に手を突っ込んで、『倉庫』から一掴みの野草を取り出す。お雛さんが持っていた籠にがさっと投入した。

「あら、ありがと」
「僕もそんな沢山取ったわけじゃないんで、ちょっと量は少ないですが」
「いいわよ。一人分なら充分だわ。そのうち、私からも漬物でも分けるわ。もう少しで良い浸かり具合になるから」

　お雛さん謹製、厄の力に晒された漬物か……ま、まあ珍味だし。

「楽しみにしています」
「はい。それじゃあね。ありがと」
「はーい」

　と手を振って別れる。

　さて、次、次……っと。


























　やって来たのは、里に数軒ある養鶏をしている農家さんだ。

「ども、鳥飼さん」
「おう、土樹か。おはよう」
「おはようございます」

　顔馴染みの鳥飼さんに挨拶をする。養鶏をしているから鳥飼という、そのまんまな苗字の人だ。
　動物相手だから、年中休みはなく、今日も日の出前から働き出しているのだろう。

「卵、四つ分けて欲しいんですけど。あ、こっちは朝ごはんのおかずにでもしてください」

　代金と……お雛さんに少し渡したが、まだまだ僕と霊夢だけでは食べきれない野草を分ける。

「あいよっ。割らないように気ぃ付けろよ」
「はい、わかってます」

　まだほのかに温かい卵を受け取り、これまた『倉庫』に放り込んだ。
　以前、『倉庫』を身につける前に、帰り際に妖精の悪戯に晒され割ってしまったことがあるが、こいつに入れとけば、とりあえず空間破砕系の攻撃でも飛んでこない限り衝撃は伝わらない。
　まさか妖精がそこまでトンデモナイ攻撃をパなしてくることはないだろう。

　……うむ、やはり温度操作以来の当たりだな、この能力の使い方は。

「おーい、鳥飼の。おはよう〜」
「っと、次の客だ。じゃあな、土樹」
「はい。じゃ、失礼します」

　鳥飼さんとこの朝採り卵は、僕みたいに早朝から買い求めてくる人も多い。こいつをほっかほかの白米の上に割り入れ、醤油を垂らして掻き回し……ああ、たまらんっ！

「ふむ……」

　鳥飼さんの養鶏場から飛び上がり、僕は少し考える。

　朝採り卵の卵かけごはんと野草のおひたし、そして味噌汁。朝食としては充分っちゃ充分なんだが、折角朝っぱらから里にまで飛んできたのだ。ここは豆腐屋さんに寄って味噌汁の具に豆腐を追加しよう。

　昔ながらの製法で作っている幻想郷の豆腐は日持ちしないので、朝から豆腐入り味噌汁を飲もうと思ったらちょっと面倒なんだよね。
　まあ、作りたての豆腐は美味いので、たまにならこうして朝から買いに行くのもいい。

「よ、っと」

　鳥飼さんちは里の外れにあるとは言え、同じ里の中。飛んでいけば、数分とかからないうちに豆腐屋さんに到着する。

　朝から繁盛している豆腐屋さんの列の最後尾に降り立ち、っと？

「あ、おはようございます、慧音さん」
「良也くんか。おはよう。君もお豆腐を？」
「ええ。さっき鳥飼さんとこで卵買ってきて、そのついでです。いつもはつまみの残りで済ませたりするんですけどね。昨日は呑まなかったんで」
「まったく、不健康な食生活だな」
「いやはや……まあでも、僕は妹紅と同じくアレですし」

　そう言うと、慧音さんは眉根を寄せる。

「それでも、だ。大体、百歩譲ってその言葉を認めるとしても、博麗の巫女も君と同じ食事だろう？　若い女の子がそんな食事をするのはどうかと思うんだけどね」
「う……」

　そ、それを言われると反論できない。食事も勿論だが、あれだけ大酒飲みなのも、霊夢が普通の人間ならば諫めないといけないところだ。なにせ未成年……ん？　僕が初めて会った時から逆算すると、とっくに成人でもおかしくないような？　でも、見た目変わってないし……
　……ね、年齢については考えないとして。

「いやその……正直、霊夢とか魔理沙とかが栄養云々でどうこうなるとは思えないんですが」
「言いたいことはわかるが、あんなに元気だった人がまさか、ということもあるだろう？」
「あの二人に限って、ないんじゃないですかね……」
「そういう油断が危ないんだ」

　いや、うん。慧音さんの懸念もわかるんだけどなあ。

「一応、言うだけは言ってみますが、聞くとも思えません」
「うむ、私からも重ねて忠告しておくことにしよう。将来、赤ん坊を身籠った時まで呑みそうで怖いからな」

　いや、ないない。流石に妊娠中に呑むこともないとは思うが、そもそもそれ以前に相手がいない。……とは口に出さないでおこう。どこから聞きつけられるかわかったもんじゃない。
　まあ、幻想郷の実力者で特定の相手がいる奴はいないので、周りは仲間ばっかりなんだから気楽といえば気楽だろうが。

「おっと、順番が来たな。豆腐一丁くれ」
「はいよっ」

　慧音さんが持った大きなお椀に豆腐が入れられる。
　外の世界みたいに安くて大量生産の効く包装があるわけではないので、豆腐を入れる容器については各自持参するという昔ながらの豆腐屋さんだ。

「はい、次の人……っと、アンタ、入れもんは？」
「あ、僕はこれで」

　掌にバレーボールくらいの水球を魔法で生み出し、ここに入れてくれと伝える。

「……はいよ」
「どうも。じゃ、これで」

　代金を支払い、豆腐屋さんの列から抜ける。

「また、便利なものだなあ」
「ええ。一個位の水球を維持するくらいなら、力も殆ど必要ないですからね」

　しかも手荷物が増えない。僕が移動すると、豆腐入り水球も勝手に付いてくる。

「でも、微妙な調整が面倒臭いんですよ。これ出来るようになるまで、一ヶ月くらい研究しましたし」
「そ、そうなのか」

　名付けて、『水にモノを入れて運べる魔法』である。消費する力は大したことないのだが、異物が入ると魔法が崩れそうになるので安定化のための術式を頭捻って考えだした。
　……パチュリーに頼んどけば、一分もしないうちに回答をくれただろう、ってのは完成した後で思いついた。

「んじゃ、帰ります。そろそろご飯も炊きあがってる頃だろうし」
「ああ。それじゃあ」

　慧音さんと別れて博麗神社に向けて飛ぶ。

　あ、そうだ。野草の下拵えしておこう。この『水にモノを入れて運べる魔法』はちょっとした応用が効く。
　こう、火球と水球を合わせて熱湯にして、野草を投入。熱量を与え続け茹でてアク抜き。

　豆腐入りの水球と、野草入りの熱湯球の弾を背後に従えるという、一種異様な状況ではあるが、気にしない。

　帰る途中、チルノに会って滅茶苦茶引かれたが、多分あれは熱湯ぶっかけられると思ったからだろう。一緒にいた大ちゃんまで『それはちょっと』みたいな顔をしていたが、多分気のせいに違いない。

　……便利なんだけどなあ。
















「んじゃ、いただきます」
「いただきます」

　卵かけご飯、野草のお浸し、豆腐と長ネギの味噌汁。豆腐半丁と沢庵が脇に添えられ、博麗神社の朝食は始まった。

「朝ご飯は済んだけど、台所に食材がない状態は変わってないのよねえ。あ、昼は魚食べたいわね、魚。良也さん、釣ってきて」
「いいぞ」

　……今日はなんか食料確保で一日が過ぎそうだな。
　まあ、それもまた良しである。



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