「あー、鉄? 僕、あんまりこういうところは」
「まあまあ、そう言うなって。お前もこういう遊びも覚えとかないと」

 幻想郷、人里の下っ端大工である鉄之介に誘われて、僕は里の賭場にやって来ていた。

 賭け事を際限なく許可すると、男衆が仕事をしなくなるわ借金するわとなってしまうため、ことこれに関しては幻想郷でも例外的に厳しく取り締まられている。
 特定の場所でしか出来ず、一度に賭けられるお金や払い戻されるお金も制限されている。もしルールを破ったら、厳しい罰が課せられるそうな。

「良也って、随分溜め込んでんだろ?」
「……言うほどじゃないぞ。こっちのお金を貯金しても外じゃ使えないから、なるべく使うようにしてるし」

 酒とか、酒とか、酒とか、後はたまにお菓子やお茶。

「でも、俺よりは持ってるだろ。たまにはぱーっと使わないか」
「……パーッと、て。そんなんだったら、それこそ酒を浴びるくらい呑む方に使いたいんだけど」

 目的地である、明らかに騒がしくしている店の前までやって来て、僕はため息をついた。

 外の世界でのギャンブルというと、パチンコや競馬、競輪などだろうか。ああいうのにあんまりいい印象を持っていない僕は、なんだかんだでやって来たものの、適当なところで切り上げようと決めていた。
 ……まあ、ちょっとくらいは経験か。

「んで、鉄。ここってどういうのがあるんだ?」

 幻想郷の文化的に、丁半とかかな?

「ん? さあー、今日はどうなってるかな。ここって、場所だけ提供して、露店っぽく色んな人が色んなゲームを主催してっから。ま、良也は最初だし、胴元をやるのはナシな」
「そ、そんなにアバウトなのか」

 聞くと、胴元をやるにもいくつかルールが有るが、それさえ守れば誰がやってもいいらしい。

 あまりの適当さに呆れながら入店すると、まあいるわいるわ。
 まだ日も高いというのに、ちょっとした宴会場くらいの広さの店内には、数十人からの男衆が群れをなしていた。女性もいるが、ごく一部である。やはりこういうのは男の文化なのだろうか。

 軽く見渡したところ、チンチロリンや丁半の他、ポーカー(こっちにもトランプくらいは一般的)に、賭け将棋、賭けチェス、麻雀。珍しい所では、『次の異変はいつ起こるか』を予想するようなものまで。

「なんつーか、凄いなあ」
「今日はちょっと多いかな。お、花札だ。良也、一緒にどうだ?」
「花札は微妙にルールが怪しいからパス。……ちょっと適当に見て回ってるよ」
「そっか。よし、今日こそ勝つぞ!」

 うおおー、と角刈りのおやっさんが仕切っている花札ブースに飛び込んでいく鉄。
 ……どうみても、あそこに集まっている人は歴戦の兵って感じで、食い物にされる未来が見えているが、まあ平気だろう。どんだけ負けこんでも、向こう一週間の食事が貧相になるくらいにしかならない。

「さて……」

 どうしたものか。

 賭場のルールは大きく貼りだしてあるからわかるんだけど、なんつーの? 場の空気的なものがよくわからない。
 仕方なく、適当に他の皆さんが張り合っているところを眺めながら、会場をぐるりと一回りすることにする。

「よ、おにーさん、おにーさん、ちょっとやってかないかい」
「ん?」

 声をかけられ、ふと振り向いてみると、

「……え? なにやってんの、てゐ」

 ウサ耳を生やした幼女が胴元としてチンチロリンを仕切っていた。どう見ても違法の匂いしかしないが、妙にサマになっている。

「ん? 見ての通り、賭けやってんのさ。良也こそ、どうしたい? あんたらしからぬ所にいるじゃないか。お前さんの場合、賭博で散財するくらいなら、酒呑んでるイメージだけど」
「いや、普段なら間違い無くそうなんだけど、今日は友達に引っ張られてさ」

 ……まあ、なにも言うまい。一応、この賭場は年齢制限があるが、こういうナリをしてこの会場の誰よりも年上だからな、てゐは。

「へえ。ま、いいさ。どう? やってく?」

 使い込まれていそうなサイコロを三つ見せて、てゐが誘ってくる。
 うん、誘ってくれるのは嬉しいし、顔見知りがいるのは心強い。だから、ほいほいと参加させてもらう――と頷くほど僕は迂闊ではない。

「いや、遠慮しとく。……てゐ。一応忠告しとくけど、イカサマはやめとけよ」

 この悪戯兎相手に博打を打つなんて、一文無しになるフラグだ。。
 ……いや。むしろこいつのことだ。最後まで絞り切ることはない。なぜなら、あからさまなイカサマで有り金を全部巻き上げなんてしたら、『次』がない。勝つのはそこそこで抑えて、何度も足を運ばせる――みたいなことを考えているに違いない。
 我ながら、顔見知りを酷く言い過ぎな気はするが、てゐについては正当な評価だと思う。

「……また、私がイカサマするって決め付けるじゃないか。しっつれいなやつだね。真剣勝負に、そんなことはしないさ」
「ほう、成る程。じゃあ、ちょっとそのサイコロ見せてもらってもいいか?」
「いいよいいよ。存分に見なよ」
「成る程、別のサイコロを隠し持っているパターンと見た」
「……そりゃ予備くらいは持っているさ」

 あ、今ちょっと目が泳いだぞこいつ。
 ふ、ふ、ふ。外の世界では賭博漫画も盛んなのだ。そんな見え見えのイカサマくらい、カ○ジを全巻読んでいる僕に通用すると思うなよ。

「一応、イカサマは禁止されてんだけど?」

 ルールがデカデカと書かれている張り紙を指さして、てゐをジト目で見る。

「バレなきゃイカサマじゃないんだよ」
「……思い切り認めやがったな、こいつ」
「言いがかりなんていくらでも付けられるからね。そーゆー勝ち誇った物言いは、現場を押さえてから言っとくれ」

 ぐ、むう。確かに。この手の物言いは、現行犯で抑えないと無理だ。憶測だけでやいのやいの言っても、こっちが悪者にされる。

 ……まあ、てゐも無茶はやらんだろう。無視するとするか。

「……ほどほどにな」
「なんのことやら。それに良也、アンタこそ、博打はほどほどにね」

 すっとぼけるてゐは、なんとも失礼なことを言った。

「僕はもともと付き合いできたんだから、んなにやらないよ」
「そうかい? それならいいんだけどね。どーせ負けるだろうし」

 別に、博打が強いと思われたいわけじゃないが、かと言ってこうあからさまに弱いと言われるのも面白く無い。

「言ったな。大勝ちして、思いっきりいい酒買ってやる……」

 僕はちょっとした対抗心を燃やし、どこか適当な卓に付こうと周囲を見回す。

「あらら。人の折角の忠告を無碍にして。知ーらないっと」

 そんなてゐの言葉を、ちゃんと聞いておけばよかった、と思うのはこの一時間後である。
































「……おかしい」
「良也、お前弱いな」

 てゐと別れて、いくつかのゲームをやった。
 しかし、勝てない。全然勝てない。たまに買ったと思っても、リターンは雀の涙だ。

 例えばポーカー。こう見えて僕はドラ○エのカジノでは随分ポーカーをやりこんだ口だ。
 同じ卓についた他の人達がストレートやフルハウスを作る中、僕はツーペアがせいぜい。
 ……いや、ストレートとか、そんな簡単にできる役じゃないはずなんだが、なぜかみんなポンポン作ってた。

 例えば丁半。僕の賭ける方が、なぜか必ず外れた。

 こうなったらと、スクラッチ的なくじ引きを五つも買ったが、当たらない。僕のすぐ後にやったおっさんは、結構な金額を当てていた。

「今日どんだけスったんだ?」
「……聞くな」

 里の居酒屋で、本気呑み二回分というところだ。極端に痛いという訳じゃないが、それでもがっくりくる金額である。
 ええい、これは大見得切った手前、てゐにからかわれるだろうな。畜生。

「へへん、俺は今日は結構勝ったぜ」
「あーあー、良かったな」

 じゃらじゃらと金を見せびらかしてくる鉄に、適当に相槌を打つ。
 なんでも、今日はやたら札の引きが良くて、うまいことやったらしい。

 鉄以外の人も、なんか表情が明る人が多い。大負けしているのは、見た限り僕だけだ。他の人は、負けた人は負けたなりにも楽しんでいた。

 ええい、くそ。なんでこんなに運が偏って……運? 幸運?

「…………」

 ぴこぴこと耳をあざとく動かしながら、笑顔でチンチロリンをやってるてゐに目が行く。

 人間を幸運にする程度の……能……力……

「そういうことかぁ!」
「うぉ!? ど、どうした良也?」
「アンの兎め、気付いてたなら言ってくれても……」

 幸運にする、なんて目に見えない能力は、僕に効かない。
 相対的に、周囲の人間の運が良くなっているわけで……そりゃ運ゲーじゃ勝てっこねえ。

 去り際の台詞からして、絶対てゐは気付いていたはずだ。

「くっそ……能力使うのは反則だろ……」

 張り紙にも書いてあるぞ。『霊能力、その他の異能を使用しないこと』って。
 言いがかりなのはわかってる。てゐのアレって、任意でオンオフできないっぽいし。でも、反則だろと言いたくなる僕の気持ちもわかってほしい。

「よくわからんけど……なんだ。もう少しやって行くか?」
「……ヤだ」

 運が絡まない賭け将棋とかはどうだって? いや、そんなんを開く人が、腕に覚えがないはずがない。
 この場所で、僕が儲けるのは不可能だということだけわかった。

 そんな消沈した様子を見て取ったのか、てゐがにんまり笑い、おいでおいでする。

「あれって……永遠亭の妖怪兎、だよな?」
「ああ」
「良也、やっぱりお前……ロリコ」
「黙れ」

 確かに、てゐの見た目は幼い。
 しかし、彼奴に対して心に浮かぶのは警戒心ばっかりだぞ。

 まあ、でも無視するのも何なので、てゐの所に向かう。

「よ、良也。その様子じゃ、ようやっと気付いたみたいじゃないか」
「……ああ、おかげさんでな」

 ニヤニヤ笑ってやがる……畜生。
 丁度キリも良かったのか、他の人間は解散し、今いるのはてゐだけだ。

「で、どうだい? 一回やってく? 最初親やっていいからさ」
「……いいだろう。鉄はどうだ?」
「んじゃ、俺もお邪魔しようかな」

 この時の僕はどうかしてたのかもしれない。
 負けが込んでたせいで、冷静な判断力を失っていた感がある……というのは後に気付いたことだ。

「ふっ、てゐ。お前の能力はもう意味がないぞ。僕は今、自分の能力を切っている」
「最初からそうしときゃよかったのにねえ」
「ふ、なんとでも言え。じゃ、振るぞ」

 サイコロを三つ、丼に放り投げ、出た目によって金銭がやり取りされるという、日本伝来の博打。
 まさか、最初から細工したサイコロを使わせるとは思えない。僕はてゐを見返すため、サイコロを丼に放り、

「あ」

 ……投じたサイコロ三つはすべて狙いを外れ、丼からこぼれ落ちた。

 所謂、ションベンと言われる状態。……要は、サイコロを投げた人=僕が、無条件で負けになるわけで。

「良也、アンタ博打向いてないよ」

 てゐの言葉に反論出来ず、僕はただ項垂れるのだった。



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