土曜日の朝。リュックに売り物のお菓子を詰めて幻想郷にやってきた僕は、早速里へと向かおうとしていた。

「ねえ、良也さん」
「うん?」

 んで、飛び立とうとした僕を止める声。
 振り向くと、と昨日夜更かしでもしたのか、ふあ、と欠伸をしている霊夢がいた。

「なんだ? 菓子、買うのか?」
「それも美味しそうだけど、そうじゃなくて」

 こいつが菓子売りに行く僕を呼び止める理由の半分くらいは、売りに出す前の菓子を家主特価で買うことだ。なお、意外に普通の乙女らしいところもあるのか、霊夢も甘いモノは大好きである。

「なら、なんだ?」

 しかし、今日はそうじゃないらしい。……大体、次に来るセリフが読めるが、僕は先を促した。

「なんとなく、宴会したいなー、って思って」
「ほう」

 予想通りである。何を隠そう、菓子売りに行く僕を霊夢が呼び止める理由の残り半分はコレだ。

「いつ?」
「今日」
「また急だな……」

 霊夢が色々と唐突な奴なのは分かってるが、当日の朝に宴会開催を決めないで欲しい。まあ、幻想郷ではいつもの事と言えばいつもの事なのであるが。

「……わかった。帰りに適当に声かけとく。食器の準備くらいはしといてくれよ?」
「はいはい。よろしくね」

 そういうことになった。




















 いつもより微妙に値下げをして、持ってきたお菓子を早めに売り切り、僕は一路命蓮寺に飛んでいた。
 無論、今日急遽決まった宴会の参加を呼びかけるためである。

 聖さんは、対外的には仏教徒として酒はやらないが、あれで結構おおらかな人だ。般若湯です、と嘯いて意外と呑む。

 里の近くにある命蓮寺に声をかけた後は、冥界行って三途の川寄って迷いの竹林行って、魔法の森、紅魔館、妖怪の山、間欠泉地下センターを通って地底。定住していない連中は、たまたま見かけたら声をかける程度。どーせ誘わなくても騒ぎを聞きつけてどこからともなく集まってくるんだから。

 ――って、あっ! 神子さんとこの仙界ってどうすりゃいいんだ!?
 う、うーむ。幻想郷と薄皮一枚隔てた程度の異界とは言え、場所がわからんと。誘いに行けないぞ。
 どうしたもんか。……帰ったら、霊夢の勘で探し当ててもらおうかな? 多分数秒で見つけてくれるだろう。

 うん、と決めてから、命蓮寺に改めて向かう。

「っと、ナズーリン!」

 命蓮寺の方から、小柄な影が飛んでくるのが見えた。良かった、少し手間が省ける。

「ん、良也か。なんか用かい」

 呼び止められて、ナズーリンは小首を傾げながら近付いてくる。多分、買い出しにでも出かけるところなんだろう。

「うん。まあそんなところだ。今夜、博麗神社で宴会な? そんだけ。命蓮寺の他のみんなにも伝えておいてくれ」
「今日の幹事は君かい。ご苦労様だね」
「まー、もう大分慣れたしな」

 僕が参加する宴会の、三割から四割くらいは僕が幹事である。いい加減、慣れもしようというものだ。

 理由はまあ、アレだ。ここの宴会は頻度が多いが、会場はほぼ博麗神社だってことに尽きる。

 なにせ、フラフラと定住もしていない連中はともかくとして、一勢力を築いている人たちにはメンツってもんがあるのだ。妖怪ってのは、意外とコレを大事にする。
 例えば、レミリア辺りが宴会を主催するのは、それなりのお題目がないと、中々他所の連中は来ない。
 そのため、そういう意味では中立な博麗神社が主な会場になるわけだ。

 なお、魔理沙も同じくらいの割合で幹事をやってる。その他は、まあなんかノリ? で集まって自然発生的に開かれる宴会だ。
 ……幹事が偏り過ぎってレベルじゃねぇな。他にも中立のやつはいないのか。

「まあ、了解した。聖達には伝えておく。……命蓮寺のとっておきの般若湯を持参するさ」
「……やっぱ常備してるんだ」
「まぁね。私は持ち込んでないけどさ、他のみんながね。妖怪連中はやっぱり駄目だねえ、仏様の教えってのを理解してない。仕方なく、私は心を鬼にして、能力で連中が隠している酒……いやさ、般若湯を消費してやる毎日さ」
「いい暮らししてんなあ!」

 悪びれもせず、横領を宣言するナズーリン。

「と、ともかく。伝えたからな。よろしく」

 なんか、ツッコミを入れても無駄な気がプンプンして、僕はそれ以上追求せずにナズーリンに背を向ける。

「あいよ。今晩はよろしく」

 適当に手を振って、ナズーリンと別れる。……さて、次は冥界だ。























 幻想郷は隔離された土地とはいえ、そこそこの広さがある。急いで回らないと、全員に声をかけることなどできない。
 冥界などでは、挨拶もそこそこに、

「妖夢。今日博麗神社で宴会な」

 庭仕事をしていた妖夢にこうやって一声だけかけて、立ち去ったものである。
 妖夢の方も、『あ、はい。お疲れ様です、良也さん』などと、手慣れた様子で返してくれた。

 現世と冥界の門当たりで、プリズムリバーの姉妹が練習していたので、ついでに誘っておき、三途の川へ。
 映姫と、ついでに小町を誘うためだ。仕事が忙しくて不参加のことも多いが、映姫は閻魔様とあって、幻想郷の人外共も一目置いている。そういう、貴重な歯止め役なので毎回お誘いだけはしている。
 まあ、小町経由なんだけど。

「ふぁ、良也かい? 今日はなんの用だい。アンタも呑む?」

 その小町のところに着いた僕は、項垂れていた。
 死神にして三途の川の渡し守。そんな恐ろしげな肩書きを持つ小町は、まだ真昼間だというのに、徳利片手に既に呑んでいた。周囲に、三途の川を渡るべき亡霊が集まっており、もはや風景と化している。……風景になるまで放っといちゃ駄目ジャン。

「いや、今日博麗神社で呑むから、声をかけに来たんだけど……」
「へえ! いいねえ、いいねえ。是非とも参加させとくれ」
「映姫も一緒に来てもらえると、僕は非常に助かるが……」
「ええと、どうだろ。今は忙しくないと思うけど」
「そりゃお前がここで亡霊をストップしてるからだろう」

 ツッコミを入れると、小町は曖昧な笑顔で誤魔化そうとする。……いや、僕相手に誤魔化しても仕方ないだろう。僕的には割とどうでもいいことなんだから。

「ま、そういうことなら、三途の川を渡しがてら、映姫様に声をかけとくよ」
「……どっちがついでの用事なんだ?」

 流石に、宴会の誘いのおまけで三途の川を渡る亡霊が、哀れに思えてならない。

「そんなことは言うまでもないだろう」

 小町の普段の態度からして、本命は……いや、よそう。小町は友達なのだ。その友達を信じなくてどうする。

「……わかった。まあ、僕はどっちでも構わないし」
「わかってるじゃないか」

 はあ。

「んじゃ、ほかんとこにも行かないと行けないから、僕はこれで失礼するぞ」
「お〜う、じゃ、まだ今晩な。んじゃ、みんな行くかぁ」

 ひらひらと手を振りながら、小町は亡霊を連れて川の畔に止めてある小舟のところに歩いて行く。
 僕はそれを見送って、踵を返して次の相手のところへと飛ぶのだった。

 ――なお、後から聞いた話であるが、酒臭いまま亡霊を連れていった小町は、映姫に思い切り説教されたとか。



















 テンポ良く行こう。次だ。

 お次は、迷いの竹林。永遠亭の連中と、もし見つかればだが妹紅にも声をかける予定。
 輝夜と妹紅という犬猿の仲の二人が、喧嘩をせずまともに顔を合わせるのは宴会くらいなものなので、出来れば二人共出てほしい。あの二人が仲直りするなんて思ってるわけじゃないが、せめて殺し合いなんて物騒な仲からは脱却させたい、というのが僕の密かな野望なのである。

 さて、そんな理想に燃える僕だが、しかし目の前の風景は所詮そんなものは儚い希望なのだ、という現実を叩きつけるかのようなものだった。

「ぅ、らあああ!」
「『金閣寺の一枚天井』!」

 キンキラに光る一枚板を力ずくでブン投げる輝夜と、それを真正面から打ち破ろうとする焼き鳥形態の妹紅。
 二つがぶつかりあった途端、どでかい爆発が巻き起こり、かなり離れているはずの僕のところにまで爆風と熱波が襲い掛かってくる。

 もうもうと立ち上った煙が収まると、中から現れたのはなんか少年漫画のバトル風味に片手をだらりと垂らし、額から流れる血をぐいっと拭う妹紅だった。

「ふふん、もう飛んでるのがやっとって感じね」
「抜かせ。まだ私は死んじゃいないぞ。こんな掠り傷負わせたくらいで、いい気になるなよ」

 おい、マジで少年漫画的展開だぞ、これ。
 しかし、そんなもんリアルで――しかも女同士でやられても、僕としては全然嬉しくない。

「おーーい! お前らーーー!」

 あまり近付くと余波だけで死ねるため、僕は大声を張り上げることで二人の間に割って入った。

 ……うわぁい、ちら、とこっちに視線を寄越しただけで、返事すらしねぇでやんの。
 ええい、もういいや。この二人の関係改善を図るのは宴会の時にしよう。

「今日、博麗神社で宴会なーー! 適当なとこで切り上げろよ!」
「わかった!」
「おう!」

 宴会と聞くと、ちゃっかり返事しやがんのな。……やはり、酒は偉大だということか。

「さって、宴会前の景気付けね。妹紅、派手に散りなさい!」
「散るのはお前だっ!」

 そして、更に激しくなる二人の争い。流れ弾がこっちに来始めたので、僕は這々の体で逃げ出すのだった。



















 ネクスト。

 魔法の森……要は魔理沙とアリスである。
 だけど、これは必要なくなった。

「おーい!」

 ……なにせ、迷いの竹林から森へ飛んでる途中に、例の白黒が通りすがったからである。今日は、空中でエンカウントすることが多いなあ。

 んで、声をかけると、数百メートルは離れていた魔理沙が方向転換し、ぐんっ、と近付いてくる。
 相変わらず、ありえん速さだ。直線の移動だけなら、射命丸とタメを張るという速度は伊達ではない。

「おう、良也じゃないか。こんにちは」
「こんちは。で、今日博麗神社で宴会な」
「わかったぜ」

 この唐突な話題にも当たり前のように返してくれる辺り、流石である。

「ってことは、今は参加する連中に声かけてるとこか?」
「おう。まあな。……そうだ、魔理沙。僕、準備とかもあるから、声掛け任せてもいいか?」

 ここから魔法の森、紅魔館、守矢神社、地底――と回っていると、僕の足じゃ夕方頃になってしまう。
 料理や酒は基本的には持ち寄りだが、ゴザを出したり焼き場を整えたり、ある程度の料理の準備をしたり……と、神社での準備もそれなりに必要なのである。

「ふーん、構わないぜ。誰と誰を誘ったんだ?」
「えーとな」

 今日、誘いをかけた連中の名前を上げると、魔理沙は一つ頷く。

「んじゃあ、残りは私に任せておけ。一時間くらいで私もそっち行くから」
「一時……いや、まだ三時だぞ。宴会は夜から……」
「大は小を兼ねるって言うだろう」
「なんか意味が違わないか?」
「細かい男だな。まあ、任せとけって。んじゃ、後でな!」

 箒に阿呆みたいな魔力を注ぎ、ジェット噴射の如く星形の軌跡を残しながら、魔理沙がかっ飛んでいった。
 頼もしいというか、なんというか……僕は魔理沙の後ろ姿を見送ってから、博麗神社に帰るべく飛ぶのだった。
























 さて、準備である。

「霊夢、ゴザ敷き終わったぞ」
「ご苦労様。食器類も準備終わりよ」

 博麗神社の境内にゴザを敷き、食器類を外に出しておく。後は、っと。

「火は……三箇所くらいでいいか」

 土符を取り出し、発動する。
 地面が盛り上がり、キャンプで使うようなかまどを形作った。

 これがあれば、バーベーキューみたくその場で焼いて食える。持ち寄った料理じゃ満足できない連中は、近場で鹿だか猪だか鳥だかを狩ってきて焼いて食うのだ。
 ……ワイルド過ぎるが、僕もよくご相伴に預かるので、文句などはない。

 後は、中央に明かり兼用のキャンプファイヤー的な物があればいいな。

「良也さん、薪ってうち残ってたっけ?」
「あ、そうか。しまった……」

 こういう時のために、博麗神社は霊夢一人しかいないくせにたくさんの薪が用意してあるが、しかし今は割と減っていたはずだ。

「仕方ない、買いに行くか」
「ちょっと勿体無いけどね」

 普段は自分たちで拾って用意するのだが、時間が足りない。里ではちゃんと薪は売ってるし、まとめて買ってこようかね。

 そう考えて飛ぼうとすると、ふと周囲に霧が立ち込め始めた。
 一瞬のうちに出現した霧。夕日も遮るほどに濃密なそれは、否応にもホラーな雰囲気を演出するが、

「……萃香か」
「今更アンタが雰囲気出しても決まらないんだからやめときなさいよ」

 僕と霊夢のツッコミに、ちぇっ、という舌打ちが聞こえた気がする。
 直後、周囲に広がっていた霧は一箇所に集まり始め、やがて子供サイズの人型を取る。

「もーちょい、ビビってくれてもいいじゃんさ」
「はいはい」

 人間の恐怖するところを見るのが何よりの肴。確か、萃香がそう言っていたこともあるが、今更霧を出したくらいじゃ、霊夢はもちろんのこと僕だって驚かせることなどできない。

「で、なに? アンタも宴会参加するの?」
「当たり前。この私が、宴会と聞いて黙っているとでも?」

 霊夢がやれやれと肩をすくめる。まぁなぁ、こいつが参加するだけで、消費される酒の量が三割は違ってくるもんなあ。
 この場合、数十人からが参加する宴会で、その三割を呑む萃香が凄いのか、鬼の酒量でもわずか三割しか変わらない他の連中が凄いのか、図りかねるところである。

「あ、そうだ萃香。ちょうどいい所に。今、薪が足りなくて困ってんだ。萃めてくんないか」
「はあ? 良也、アンタ鬼を使いっ走りにしようなんて、百年早いよ」

 うわ、めんどくせえ。さっきの登場シーンで、僕が驚かなかったことを根に持ってやがる。
 しかし、相変わらず脇が甘いというかなんというか。この場にいるのが僕だけならともかく、彼奴がいることを忘れているらしい。

「はあ、萃香。とっととやらないと、今後の宴会、全部出禁にするわよ」
「う゛」

 霊夢が、実に効果的な一言で萃香を黙らせた。

 わかったよー、実にやる気無さげな声を上げ、萃香は人差し指を立てる。
 すると、どこからともなく乾ききった枝が集まり、境内の隅に山を成した。

 ……相変わらず、卑怯くさい能力である。

 まあ、これで全部の準備は終わった。後は、他の連中が来るのを待つだけ……

「おーい、霊夢、良也ー、来たぜー」
「……だから、はええよ」

 準備が終わった途端、計ったように来た魔理沙。……よもや、手伝いが面倒で、時間を見計らっていたのではないだろうな。

「ん? なんだ」
「なんでもない」

 ……まあ、そこまで面倒なことをするやつではない。本当に偶然だろう。

 と、見ると、魔理沙に引き続くように、幻想郷人外どもが次々とやって来るのが見えた。

「……はあ。まだ早いっつーのに」

 まだ日は高い。でも準備は終わってるんだよなあ。
 時間が来てないからって、乾杯を我慢するような連中じゃないし……

「……いいや、呑むか」
「おう!」

 僕はやけになって、神社の方で用意した日本酒を一本取り、升いっぱいに注ぐ。魔理沙と霊夢にも注いでやる。ちなみに、萃香は既に呑んだくれてる。

「んじゃ、乾杯」

 三人で盃をかわす。
 僕らが呑み始めたのを見て、こっちに来る連中もスピードを上げた。


 やれやれ、今日も呑み過ぎてしまいそうだな、こりゃ。



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