「ほう、ここが幻想郷の入り口か。確かに結界らしき気配を感じるのう」
「ええ、マミゾウさんのいるとこから、大体三メートルくらい先が境界ですね」

 あれから一週間後。諸々の後始末を済ませたマミゾウさんを、僕は外の世界側の博麗神社に案内していた。
 相変わらずボロッボロの廃社だが、不思議とここに通い始めてから数年経っても佇まいに変化はない。ここもなにか特別な力が働いているんだろうか? まあ、興味はないが。

「そういえば、マミゾウさん、この一週間、なにをしていたんですか?」
「うん? まあ、会社の後始末やら、こっちに戻った時のために財産を金に変えておいたり、世話になった連中への挨拶と。……ああ、儂の葬式もやったな」
「は?」

 お葬式? 他のはなんとなくわかるが、なぜ葬式を?

「不思議でもあるまい。一応、儂は人として生きておったわけじゃからな。失踪すると、色々面倒もあるんじゃよ。ないとは思うが、変に勘繰られても困る」
「……ああ、そういえば東風谷の時に、スキマがその辺気にしてたっけ」

 今となっては昔の話だが。あれはいつの話だっけ。

「スキマ――八雲紫か。妖怪の賢人ということじゃったが?」

 幻想郷の主要な人物や妖怪は、既にマミゾウさんに説明してあった。しかし、

「いやいや、自称ですよ、それ。あいつの自称。普段は式神に家事とか任せっきりで寝てばっかりのグータラな奴で……っっ!?」

 ――殺気!

 僕は、背後から飛んできた霊弾を紙一重で躱す。

「ふっ、甘――い゛!?」

 安心したのも束の間、気がつくと周囲全部に空間の亀裂が開き、そこから逃げ場のない弾幕が襲いかかってきた。

「のあああ゛あ゛あ゛!!」

 一瞬だけ、秘技・短距離瞬間移動で逃れるが、すぐに追ってきた亀裂にあえなく僕は蹂躙された。

 ごふ……し、死ぬ。

「わかっててやるんだから、貴方もチャレンジャーよね。それとも、やっぱりマゾなのかしら?」
「や、やっぱりって……なんだ」
「あら、まだ元気。寝てなさい。誰がグータラよ」
「ふも!?」

 案の定現れたスキマが、大の字に倒れ、起き上がろうとした僕の顔面を踏み抜く。ぐりぐりと靴底で捻られ、そんな趣味など欠片もない僕はただただ屈辱を覚えるだけだった。
 ち、畜生。せめてのもの抵抗に、踏まれる直前にスカートの中を覗き見てやろうと思ったが、見れなかった。

「さて……少々無粋な輩もいますが、歓迎いたしますわ。佐渡の二ッ岩」
「おうおう、歓迎痛み入るぞい、八雲。久し振りじゃなあ」

 地面に倒れ伏す人間などガン無視で、挨拶を交わす二大妖怪。……しかし、あれ? 久し振り?

「ええ、以前私が貴女を勧誘して以来ですわね」
「すまんの。当時の儂は、お主を信用しきれなんだ」
「いえいえ、こうして来て頂いたのですから文句などありませんわ」

 ……どうやら、話を聞くに、スキマは前にマミゾウさんを幻想郷に誘っていたようだ。
 それで面識があるのか。

「しかし、流れ弾がこっちにも来たのもお主流の歓迎かい?」
「……スキマ。お前、断られたこと絶対根に持ってるだろ?」
「失礼な。貴女が躱さなければそんなこともなかったのよ」

 あ、ヤバイ。顔面にかかる荷重が増えた。……っていうか、こいつ体重重〜〜〜!?!?!

「い、痛い痛い痛い! こら、体重かけすぎだ!」
「このまま頭蓋骨を粉砕してやろうかしら。……誰が重いのよ?」
「お前だ、お前! って、ぎゃあああ!?」

 割れる! 割れて『味噌』が出るから、止めろ!

 そんな僕とスキマの殺伐としたやり取りを見て、なにを勘違いしたのかマミゾウさんはカラカラと笑い声を上げた。

「成る程のう。随分良い世界を作ったようじゃな」
「大妖怪たる貴女にそう言ってもらえると鼻が高いですわ」
「のう、八雲。そんなよそ行きの口調はよしとくれ。儂は、単なる一妖怪として友人の危機に馳せ参じただけじゃ」
「……あら。二つ岩大明神として信仰される貴女が?」
「おかしいかい?」

 いいえ、とスキマは言って、ようやく僕の顔面から頭をどけた。その時もスカートの中は見えなかった。……チッ。

「ほら、そこの助平。二ッ岩を案内しなさい」
「……へーい。んじゃ、マミゾウさん、こっちです。ここから、幻想郷に飛べます」
「おう、わかった」

 マミゾウさんは、なんの気負いもなく、博麗大結界に足を踏み入れる。ふっ、とマミゾウさんの姿が消えた。向こうに行ったのだ。

「んじゃ、僕も」

 僕も、結界を越える。……気がつくと、スキマの姿はもうどこにもなかった。



































「ここが幻想郷か。空気が美味い。緑も多い。いいところじゃのう」
「ええ、まあ」

 マミゾウさんの感想に頷く。まあ、その辺は現代日本とは比べるべくもない。

「して、ここは博麗神社か。博麗の巫女、というのがいるんじゃったな?」
「ええ。紹介しときましょうか? 妖怪退治を仕事にしてますが、妖怪か妖怪っぽい人間しか友達がいないと専らの噂の巫女なので。面通ししておけば、問答無用で退治されることは、まあ少なくなるんじゃないかと」
「ほう、儂を退治か。剛毅なことよ」
「……いや、マミゾウさんの友達のぬえとかもぶっ飛ばされてますからね?」
「それはそれは。気を引き締めておこうかの」

 いやあ、引き締める必要はないと思うけどなあ。
 と、噂をしていると、件の巫女がやって来た。

「良也さん? そっちの妖怪は……誰かしら?」
「人の名を聞く時はまず自分から名乗ると教わらなかったかい? 博麗の巫女さんよ」
「貴女、人じゃなくて妖怪でしょ」
「ありゃ、こりゃ一本取られた」

 霊夢の返しに、マミゾウさんは愉快そうに笑って、

「二ッ岩マミゾウじゃ。今回は友人、封獣ぬえに呼ばれて佐渡島からやって来た。まあ、よろしくの」
「博麗霊夢よ。……にしても、佐渡? 外の世界の地名?」

 霊夢が僕に聞いてくる。頷くと、なんか嫌そうな顔をした。

「良也さん、なに妖怪連れて来てんのよ……」
「いや、まあいいだろ」
「いいけどね」

 言っといてなんだが、いいんかい。

「私に面倒かけないんだったらどうでもいいわ。ただでさえ面倒なのに絡まれてるんだから……」
「? なんの話だ」
「それがねえ、ちょっと聞いてよ良也さん。あの神子の手下の……ええと、名前なんだっけ? ゾンビの主人のやつ。あいつがさあ、なんかタオ教えてくれって突っかかってくんのよ」

 ゾンビの主人……っつーと、青娥さん?

 ……ん? なんか、足元がぐらぐらしてる?

「酷いですね。名前くらい覚えてくださいよ。霍青娥です。よろしく」
「うお!?」

 地面の石畳を『開けて』、青娥さんが現れた。
 え、え? ち、地下室? ……いや、なんかうっすら覗く空間は、地下室なんかじゃない。ええー? なにこれ。

「はあ……ぽこぽこ神社の地面に穴開けるんじゃないわよ」
「穴を開けているわけじゃありません。仙界から、現世の隙間をちょっと広げてお邪魔しているだけですよ。ほら」

 石畳を『閉じる』と、すう、とめくれ上がった土とかが元に戻る。……仙界? ええと、仙人の住まう異世界だよな。
 そーか、あのボロボロになった霊廟に住むのかと思っていたが、住居作るために異界を一つでっち上げたのか。……とんでもないな。

「それで、私の噂をしたということは、私にタオを教授してくれる気になったんでしょうか? 今なら私の羽衣に加え、適当なキョンシーを作ってプレゼントしますよ?」
「いらないっての。さっさと帰りなさい、ほらほら」
「おっと、頭を抑えないでください。地面に押し込んでももう仙界とは繋がっていませんよ」

 と、そこで青娥さんとマミゾウさんの視線がぶつかる。

「ほう、お主が件の聖人の仲間か。……邪仙とは、また珍しいのう」
「おや、妖怪ですか。……なかなかの力を持っている様子。うーん、興味深いですね」
「ほう、なら試してみるかい? 儂の弾幕変化十番勝負、さてはて、お主は何番目で音を上げるかな」

 なにやら、二人はやりあう流れの模様。普段の僕ならとっとと逃げ出しているところだが、残念、ここは博麗神社で、今は霊夢がいる。

「ああもう、うちで暴れるんじゃない!」

 霊夢が札を投げる。青娥さんは札をまともに受けてたたらを踏み、マミゾウさんは『おや?』と声を上げ、葉っぱを掲げて防御した。

「喧嘩っ早いのう」
「いや、なんか勝負しようとしてたマミゾウさんが言えることじゃないです」
「ふむ、それもそうか」

 マミゾウさんは悪びれもしない。

「ほら、暴れるんならとっとと帰りな。あ、帰る前に賽銭でも入れてってね」
「ううーん、仕方ない、出直します」
「あ、こら賽銭!」

 ぐい、とまたしても地面に異界への扉を開き、青娥さんは去っていった。
 チッ、と舌打ちして地面を蹴る霊夢は、なんというか、乙女としてあるまじき姿だ。

「はあ……それで? マミゾウだっけ? ぬえに呼ばれたって、一体幻想郷に何の用?」
「む? なんでも、聖人が復活し、妖怪のピンチだと言われてな。助っ人というやつじゃ」
「聖人って、神子? あいつは私がぶっ飛ばしたし、今は仙界で引き篭ってるわよ」
「そうかい? しかし、いつ妖怪を退治するとも限らんじゃろ」
「妖怪退治なら私が日常的にやってるわ。巫女として当然の業務よ」

 いや、その理屈はおかしい。
 大体お前、退治もするけどそれ以上に馴れ合っているだろうが。

「ほうほう、そういうことはあれかい? 儂は聖人じゃなく、お前さんを懲らしめてやったほうがいいと?」
「へえ、やる気? いいわよ、相手になってやるわ」
「ふん、若造が吠えよるわ。胸を貸してやるのがどちらなのか、篤と教えてやらねばのう。儂の十番勝負、お主はクリアできるかな?」

 あ、こっちも戦う流れだ。

 ……よし、逃げよう。

 僕は速攻で決断し、神社の中に非難するのだった。











 ちなみに。
 茶を喫しながら、上空で繰り広げられる弾幕勝負を眺めたのだが、なかなかに見応えのある勝負だった。

 え? 霊夢? 勝ったよ。



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