「ふーむ」

 外の世界の自室。
 僕はパソコンの起動を待ちながら、手に持った封筒を裏返して見た。

「『マミゾウへ』……こんだけかよ」

 これは、ぬえの奴から預かった手紙だ。
 なんでも、あいつの友人の妖怪が外の世界にいるらしく、届けてくれと頼まれたのだ。

 なんでも、神子さんという聖人が復活し、人間の力が強くなるのに対抗して、妖怪も大御所を招き入れないといけない……そうだ。
 ……人間の僕としては、心情的には人寄りなんだけど、別に僕が手紙を届けなくても手間がちょっとかかるだけで呼ぶことが出来るらしく、

 ……まあ、仕方ないかと、引き受けたわけだ。

「しかし、佐渡って。また微妙に遠いところに住んでるな……」

 件の妖怪、化け狸二ッ岩マミゾウさんとやらは、佐渡島の妖怪らしい。
 佐渡まで日帰りは出来なくはないが、行ってすぐに見つかるとは限らない。島と侮る無かれ、佐渡島は東京の約半分もの面積を誇る広い島なのだ……と、今アクセスしたサイトに書いてある。

「どうすっかなー」

 カチカチと、適当に行き方を検討する。
 主な交通は、やはり船だ。しかし、新潟までの電車賃と合わせると、それなりに良いお値段になる。曲がりなりにも社会人であるので、学生の頃みたいに出すのが苦しいって程ではないが、貧乏性からかイマイチ出すのに躊躇する金額だ。
 ……いっそ、バレないよう飛んでいくかな。
 某有名検索エンジンの地図を確認するに、本土から佐渡島までの距離は精々五十キロメートル。ちと遠いが、十分飛んでいける距離だ。ふぅむ、まあ、これは検討課題ということで。

 そして、妖怪を探しに行くだけというのもアレなので、ちょっとくらい観光するか、と観光サイトにアクセスする。

「ふーん」

 ほうほう、地酒もけっこう種類がある……そして、やっぱり魚が美味いのかな?
 なんて、適当に情報収集する。

 小一時間もすると、大体知りたい情報は集まったので、切り上げることにした。
 まあ、週末まで少し時間があるし、また明日調べるとするか。

「っと」

 その前に……

『佐渡島 二ッ岩』

 のキーワードで検索。流石にノーヒントで妖怪の場所を探すのは大変だ。見る限り、山とかも多いみたいだし。
 そして検索結果が――

「は?」

 検索のトップページ。
 デカデカと出てきたホームページの名前は『貸金業 二ッ岩』とあった。

 ……偶然だよな。もしかしたら、あっちではよくある苗字だったり、あるいは地名なのかもしれない。
 などと考えながら、アクセスしてみる。

「……ぉぃぉぃ」

 トップページの隅に載っている代表者の名前。
 意外に若くみえる近影の横にあるそれはハッキリと『二ッ岩マミゾウ』とあった。





























 そして、週末。
 駅前の高速バスの降り場で待っていると、バスから降りた人影が、目ざとく僕を見つけて話しかけてくる。

「おお、おぬしが良也か。メールでやりとりはしたが、会うのは始めてじゃのう。儂が二ッ岩マミゾウじゃ」
「は、はあ、どうも、マミゾウさん」

 見た目は若いが、どこかおばあちゃんみたいな口調で、親しげに話しかけてくるこの人こそ、ぬえ曰くの『大妖怪』、二ッ岩マミゾウさんである。

 結局あの後、どう考えても怪しいその人に、貸金業のサイトに貼ってあったメールアドレスで接触を図り、数度のやり取りの後、向こうからこちらに出てきてくれることになったのであった。
 楽だし、お金が無駄に出ていかなくて済んだのは喜ばしいのだけれど、ちょっと残念。旅行もちょっとしたかった。

「おっと、これは土産じゃ。佐渡の地酒でな、儂の贔屓の酒造のものじゃから、味わって呑んどくれ」
「ありがとう、マミゾウさん!」

 いやはや、遠出しなくて済んでよかったね。遠くに行くのは疲れるし、飛んでいくプランもバレるリスクがあるし。はっはっは、マミゾウさん最高。

 ホクホク顔で一升瓶を受け取る僕に、マミゾウさんは苦笑してから、メガネの位置をくい、と直す。
 そして、妖怪らしい、鋭い目付きで、威圧感をビンビンに発しながら、

「して、ぬえからの手紙とやらを見せてもらおうか? 正体不明が信条のあやつの本名を知っておった以上、単なる謀りだとは思っておらぬが、しかし奴が人間相手に不覚を取った可能性も否めぬのでな」
「え、ええと?」

 ど、どういうことだろう?

「要は、おぬしが本当にぬえの友人とやらなのか、儂は疑っておる。もしおぬしがぬえを何らかの方法で脅しつけ、悪意を持って儂に接触してきたなら、煮て喰ろうてやろう」
「あ、はいはい、そういうことですか。んじゃ、どうぞどうぞ」

 真昼間の外の世界だというのに、一瞬深夜の森の中に迷い込んだような悪寒が走ったような気がしなくもなかったが、マミゾウさんの言うことももっともだったので僕はさっさと手紙を取り出した。
 はい、と渡すと、マミゾウさんは拍子抜けした様子でそれを受け取る。

「もう少し怯えるかと思ったがの。昨今の若者にしてはどうしてどうして、肝が座っておるのう」
「いやあ、今更妖怪的な雰囲気だけじゃビビったりしませんて。実際に襲い掛かられるならともかく」
「成る程のう。っと、それじゃあ、読ませてもらうぞい」

 びりびりと無遠慮にマミゾウさんは封筒を破り、中の手紙を取り出す。

「ふむ、このミミズののたくったような字は、確かにぬえの字。……むむ? んん、ほうほう」

 少なくとも数百年は会っていなかったはずなのに、あっさりと筆跡を看破したマミゾウさんは、読み進めてうんうんと頷いている。

「……なんて書いてありました?」
「うん? まあ、おぬしに教えてもらったこととほぼ同様よ。聖人が復活し、妖怪の力が弱まりそうだから助太刀を頼む、とな」
「へえ。でも、難しい……ですよね?」

 恐る恐る聞いてみる。

「ん? なんでじゃ」
「いや、だってマミゾウさん、会社の代表じゃないですか」

 妖怪だというから、どこぞの深い山の中辺りで隠遁生活をしているのかと思いきや、この人思い切り人間社会に溶け込んでいるんだもの。

「おお、あれな。やれやれ、昔と比べ、ただ人に金を貸すだけで色々と厄介な手続きが必要になったものよ。信用と証文一つあれば儂は良かったのじゃがのう。
 しかしまあ、この時代、お上に睨まれては敵わぬので設立したんじゃが……これが苦労してなあ。住民票を葉っぱで誤魔化す時は少々緊張したわい」
「……いや、あの、それで、その苦労して設立した会社があるので、幻想郷になんて行っている場合じゃないんじゃないかなあ、と」
「っと、すまんすまん。こういうことを話せる相手はこちらじゃいないのでな」

 そりゃ、現代の人間は、公的書類を変化の術をかけた葉っぱで偽造した、なんて言っても困るだろう。実際、僕も一般市民の義務として通報すべきなんじゃないか、とちょっと疑問に思う。

「まあ、会社の方は問題はないぞい。ほぼ儂の道楽みたいなもんじゃし、そこそこ使える丁稚も育っておるでな。問題は、残った債権の回収じゃが……その辺も任せるとしようかの」
「い、いいんですか?」
「なんのなんの。友人のたっての頼みとあっては、この二ッ岩マミゾウ、見捨てることなどできんよ」

 すげえ、口調は古臭いが、確かな友情を感じられる台詞だ。まさか妖怪同士にこんなまともな友情めいたものが成立するだなんて!

「ふむ、まあ身辺整理を兼ねて、一週間程時間をもらえるかの。手紙に載っている内容を見るに、すぐにどうこうというわけじゃないのじゃろう?」
「あー、大丈夫です。というか、普通にぬえが住んでいるお寺とは不可侵条約を結んでいますし」

 命蓮寺と神子さんを始めとする仙人軍団は、仲良くはしていないが、さりとて敵対しているわけでもない。というか、あの人達は霊夢達に滅茶苦茶にされた霊廟の代わりとなる拠点を建設すべく、なんか異界を作っている最中だった。

「ふむ、わかった。少々待て」

 と、マミゾウさんは言って、懐からスマートフォンを取り出す。……って、おい、あれ最近発売されたやつだよ。どんだけ現代社会に溶け込んでいるんだ。僕なんて携帯使わないから、三年前に買ったガラケーのままなのに。
 マミゾウさんは手馴れた手つきで操作し、どこかに電話をかける。

「儂じゃ。発つ前にも少し話したが、友人のところに行くため、佐渡を離れることにした。……ああ、心配するな、一度は戻る。うむ……うむ」

 どうやら、会社の人相手らしい。数度やりとりした後、スマートフォンを閉じる。

「話はついた。さて、そうするととっとと帰って出発の準備をするべきなのじゃが……」
「はあ」
「まあ、少しくらい観光して行っても罰は当たらんじゃろう。案内してくれるかい? 無論、道中の諸々は儂が奢ってやろう」

 勿論、僕は快く頷くのだった。



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