青娥さんを見捨て――げふげふ、えー、青娥さんに後を任せて飛んできた先にあったのは、巨大な建物だった。 飛鳥時代とか平安時代とか、あそこらへんの時代を想起させる意匠。しかし、朽ち果てているという印象はなく、ただ静かに眠っている……そんなイメージだ。 「ほー」 流石はかの聖徳太子が眠るという霊廟。なんていうか、らしい雰囲気である。 妖精たちも断続的に襲ってくるが、この空間の静謐なイメージは損なわない。 「っと、雷符『エレキテルショック』!」 やって来た妖精がたくさんだったので、咄嗟にスペルカードを発動させ撃退する。雷は便利だ。威力は高いし、速度は雷速。難を言えば、集中しないとそこらの金属に引き寄せられて命中しないってことくらいか。 「……ん?」 そんな風に、妖精を倒しながらえんやこらと進んでいると、二人組の人影が見えた。 その内の一人が、僕の方に気がついて、ぎゅーん! と凄まじい速度でやって来る。 僕の目の前でストップした、陰陽師と言うか公達というか、そんな感じの衣装を着た女の子は、自信満々の様子で尋ねてきた。 「我が復活を祝福する者よ、何者ぞ」 「え? あーー、っと……土樹良也です」 いきなりの登場に戸惑いはしたが、とりあえず何者と聞かれたら名乗るのが礼儀だろう。まあ、人の名前を尋ねる前に自分の名前を言えと言いたくなくもないが、別に僕は気にしないし。 「む、これはご丁寧に。私は物部布都という。千四百年の長きにわたり眠りにつき、そしてこの度、尸解仙として復活した者だ」 「はあ……布都さん?」 「君は良也だな。覚えたぞ」 さてはて、尸解仙、というと、仙人の中で一番位の低いやつだったはず。まあ、仙人自体、人を超越した超人(そのまんまだが)なので、その中の序列がどうであれ、凄い力を持ってはいるのだろう。 しかし、僕としては、物部、という苗字の方が気になる。物部氏と言えば、日本史の中で聞く名前だ。 生憎と、高校の頃に習った名前なので、具体的になにをしたのかは覚えていないが、それでも名前が記憶に残っている辺りそれなりに有名なのだろう。 えーと、なんだったっけ…… 「私のことを知らないということは、我が復活の祝福に来たわけじゃないのか?」 「それはそうなんですけど……まあでも、千四百年でしたっけ? 長いこと眠っていたみたいですね。えー、おめでとうございます?」 「む、ありがとう」 なんとも間抜けなやり取りであった。なんかこの人、素直と言うか猪突猛進というか、そんな感じがする。 「布都! 貴方はまた警戒もなしにほいほいと! お寺の刺客だったらどうするのよ」 「む、屠自古。いやさ、この良也は、寺の刺客などではないぞ。仏教の手先が、こうも礼儀正しい訳あるまい」 「本当に?」 ……いや、ごめんなさい。僕、今のところ仏教の手先です。 新しくやってきた人は、足がなくて二股に分かれた人魂の形をしていた。ええと……亡霊? まあいいか。 「いや、あの。実は僕はお寺の人に言われてきたんですけど……」 「なんだとっ! 迂闊、私の目も曇ったか。まあ、千四百年も眠っていては仕方ないが」 「貴方の目は昔っから節穴よ」 屠自古さんとやらが、情け容赦ないツッコミを入れる。 「成る程、我が復活を察知し、再び封印するために来たというわけか。笑止、物部の秘術と道教の融合、その身で試してみるか?」 「いや、だから貴方のことは知らなかったんですってば」 「そ、そういえばそうか。……えー、と、と、すると霊廟の参拝か?」 な、なんだろう、この人。自己完結するの早くて、それがいまいち的外れだ。 「はいはい、布都はちょっと黙っていなさい。ええと? 良也でいいのかしら」 「あ、土樹良也です」 「そう。私は蘇我屠自古よ。さて、話を聞くに、貴方は交渉役、という理解で良いのかしら? たった一人、しかも仏教の臭いがしない者を寄越すとなると、その『お寺の人』とやらは、我々と争いたくない……そういう意図が感じられるのだけれど?」 うお、すげえ。またしても日本史に出てくる苗字の屠自古さんは、僕のやってきた理由をぴたりと当ててしまった。 「ええ、まあそういうわけです。こちらの聖徳太子様と、この幻想郷の唯一のお寺の人は、争いたくないそうで――」 「むう、確かに周りに漂っているのは低俗霊。太子様の復活に惹かれてやって来たか」 布都さんが話をぶった切って周りを見渡す。……ていうかこの人、神霊に気付いていなかったのか。星空レベルで集まってるっていうのに。 「こうしてはいられない。屠自古、行くぞ! 太子様をお迎えに上がるのだ!」 「いやいや、布都。お客様を放っておくわけにはいかないでしょう? それこそ太子様の考えに背くことではないかしら」 今にもすっ飛んでいきそうな様子で布都さんが言い、すげなく屠自古さんが突っ込む。 ……なんていうか、暴走機関車とストッパー。チルノと大ちゃんを思い出すやりとりだ。 「う、むう」 「寺の使いさん。もう少し、詳しい話を聞かせてくれるかしら」 「ええ、それはいいんですけど。出来れば早いところどっかに隠れたほうが」 「なに? やはり、仏教の使徒どもが攻め入ってくるのか」 布都さん面倒くさい人だなあ。 「いえ、違います。よりタチの悪い四人組が、今ここに攻めて来ていてですね、青娥さんが食い止めてるんですが」 「ふむ、太子様の復活に合わせて侵入者、か。ふふ、これは太子様の復活のための試練というわけだな?」 「貴方ね、そのなんでもかんでも都合よく解釈する癖、改めたらどう?」 屠自古さんの呆れたようなツッコミも、布都さんは聞いていない模様。霊力の矢のようなものをいくつも展開し、迎撃準備完了と言った風情。 確かに布都さんは強い。流石は自称仙人。僕が全力を出したって、この矢の一本にも及ばない。いや、一本くらいはイケるか? うんいけるいける…… まあそれはともかく。……今から来る連中、一対一ならまだしも、四人まとめて相手するのは……うん、無理ゲーじゃない? 「いや、あの、布都さん? ちょっと――」 止めようと口を開けた辺りで、後ろから衝撃波。 恐る恐る後ろを見ると、辺りの妖精や神霊をまるで塵芥のように吹き飛ばしながら、四人の人影が大弾幕ごっこを繰り広げながら飛んできていた。 自信満々に迎え撃とうとしていた布都さんは、その様子を見て顔を引き攣らせる。 「あの、良也? タチの悪い四人組とは……」 「あれです」 「そ、そうか。いやさ、太子様復活のための試練と思えばこれくらい、怖気付いてなんとする。物部の秘術と道教の融合を見せてくれよう」 「その物部となんちゃらってフレーズ、気に入ってるんですか?」 あ、無視して飛んでっちゃった。 止める暇もなく突っ込んでいく布都さんに向け、僕はポッケのハンカチを取り出してひらひらさせる。 「こりゃ駄目だわ。私は一足先に太子様の元へ向かうとしましょう。太子様の御力なら、連中も倒せるはず」 「……本当にそうですかね?」 『うおおおおー! 天符『雨の磐舟』ーー!!』なんて叫びながら、馬鹿でかい舟を召喚してカチコミをかける布都さんは、霊夢の霊弾を受け魔理沙のレーザーに貫かれ東風谷の神風に煽られ妖夢に舟をバラバラに切り裂かれる。 それでも、その猛攻に耐え切り、反撃し始めている辺りは流石だが、しかし長くは持たないだろう。 「た、多分」 屠自古さんは、その様子に顔を引き攣らせ、顔を背けた。 「……しかし、今の日の本はあんな物騒な人間がたくさんいるの? 私が人間として生きた時代は、魑魅魍魎が跋扈していたけれど、あそこまで常識外れの人間は太子様くらいだったわよ」 遠くにパパパ、と煌く弾幕の光をちらりと見て、屠自古さんが感心したように言った。……あ、今、妖夢が落ちた。近接戦がメインだから、他の連中より弾幕を食らうことが多かったのだと思われる。 「いや……多分、あれは世界でも稀に見るレベルの超人かと。あと、一人は半人半霊だし」 「半霊?」 なんだそれ、と疑問に思っているらしい屠自古さんに、適当に説明しておく。 「ふむ……在り方は仙人に近い……気がするわね」 「そうなんですか?」 「ええ。死から復活した尸解仙と、半分死んでいる半人半霊。私が目指すべきところなのかもしれないわね」 ふーむ。 「……あれ? でも、なんで屠自古さんは一人だけ亡霊なんですか?」 ふと疑問に思った。ここの霊廟に眠っていた人は青娥さんしかり布都さんしかり、仙人だ。 だけども、屠自古さんだけ亡霊。……復活にミスったとか、そういうこと? 「ああ、ちょっと布都と色々あってね。まあ、肉の体なんていつ滅びるかもわからない不安定なものより、今の体の方が気に入っているから、問題はないわ。布都にも含むところはないし」 「へえ……まあ、蘇我氏と物部氏って言えば、なんか争っていた家同士ですしねえ」 ちょっとだけ教科書の内容を思い出したのだ。 「え? ちょっとちょっと、太子様はともかく、私たちの家のことまで知っているの?」 「普通に教科書に載っていますけど」 「教科書……?」 「ええと……日本の学校、子供みんなが通う所で教えているって言えばいいかな? それで、仏教関連でなんかいがみ合いがあった家って、紹介されていたような」 ピンと来ない様子の屠自古さんに、追加で説明する。しかし、話し方は普通に現代的なのに、変なところを知らないんだな。 「へえ、布都の仕掛けた対立が、そんなに有名になっているなんてね」 「……は?」 「あら、それは伝わっていないのね。蘇我の家に仏教を吹き込んだのは布都で、蘇我の中で物部との対立を煽ったのが私」 い、今僕は、日本史の一部を引っくり返すような真実を知ってしまったような気がする。 ていうか、そんな時代に女性がどうやってそこまでの影響力を持てたんだ? いや、あの一万円札の図柄にもなった聖徳太子が女性とかいう時点で、もはやギャグだけど。あ、ふと思ったけど、聖徳太子でギャグだからって、まさか飛鳥文化アタック的な技を使ったりしないだろうな…… 「聞きたいんですけど、小野妹子って知ってます?」 「はあ、知っていますが。太子が懇意にしていた、随に派遣された女性ですよ」 「……小野妹子も女なんですか。しかも、本当に聖徳太子と仲良かったんだ……」 衝撃の事実。女性と勘違いしそうな歴史上の人物ナンバーワンは本当に女性でした。 今日知った数々の歴史的事実を論文にして学会に発表できそうだ。……いや、一笑に付されるのがオチか。 「しかしまあ、なんというか、太子様は偉人だとは思っていましたが、自分が知っている名前が歴史書に載るのはこそばゆい感じがしますね」 「は、はは……」 載っているのが歴史書だけならばまだマシだろう。 下手に歴史に名を残すと、漫画やらゲームやらに登場したり、果ては性転換の末萌えキャラ化されたりする世の中だからな……。三国志とか、色々とヒドい。……もしかしたら、本当にあの時代の中国の武将は女の子だったのかもしれないけど。 いかん、僕の歴史観がだいぶ毒されてきている。 「あ、もうすぐ太子様が眠っていらっしゃる場所に着きますよ」 「そ、そうですか」 グダグダといろんなことを考えていたら、到着したらしい。 よ、よし。とりあえず気を取り直して日本史の有名人に会うとするか。 | ||
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