僕は、青娥さんに連れられて霊廟の奥へと入った。 驚くべきことに、洞窟らしき道は人の手が入っており、周囲を埋め尽くさんばかりに集まりつつある神霊の光と相まって非常に幻想的な光景を見せていた。 しかし、弾幕ごっこができそうなほど広い洞窟が、一体幻想郷には何個あるんだろう…… 「ところで、聞いてもいいですか?」 「はい?」 先導していた青娥さんがふと思いついたように僕に話しかけてきた。 「先程言っていた不老不死というのは本当でしょうか? どう見ても、貴方は仙人という風格ではありませんが」 「あー、その話ですか」 まあ、気になるのは当然だ。青娥さんが信奉しているという道教は、一側面を取り上げて俗っぽく言えば『極めれば仙人という不老不死の存在になれますよ』というのが謳い文句の、非常に現世的な利益を与える宗教だ。 でも、僕は勿論のこと、その同じ蓬莱人である輝夜や妹紅、ついでに永琳さんだって、仙人って柄じゃない。 じゃあ、何者なんだ、という話だ。 僕だって、いまいち蓬莱の薬の効果はわかっていないのだが、わかっていないということを前置きしてから青娥さんに語って聞かせた。 ふんふん、と青娥さんは興味深そうに頷いて聞いてくれる。 「成る程。道を極めた先にある不老不死ではなく、道を外れた故に至った境地、というわけですか」 「いや境地と言うか……」 薬飲んだだけなんだけどなあ。 そんなお手軽☆不老不死と、天地万物と己を一体化したスゲー人である仙人とを同列には語れない。 「それは是非、その薬とやらを作った人に会ってみたいですわ。タオとは関わりのない力かもしれませんが、きっと素晴らしい力をお持ちでしょう」 「あんまりおすすめはしないけど……」 輝夜と永琳さんにそんな話をしても、多分力は貸してくれまい。 と、そこでぴくりと青娥さんが振り向いた。 「? どうしました」 「いえ、なにか……外で警備している芳香が、誰ぞと戦っているようで」 件のキョンシーさんは、今は霊廟の門番の仕事に戻っている。門番……と聞くと某昼寝をしたり漫画を読んだりしてサボってる拳法家さんが思い浮かぶが、キョンシーなら寝たりはしないだろう。 しかし、さて、戦っているとな? 小傘がリベンジをふっかけてきた可能性もあるが……嫌な予感がする。 「ふむ? ふむふむ……これは珍しい。私の作ったキョンシーの中でも随一の芳香が押されていますね」 「そんなん分かるんですか?」 「私の可愛い腐った部下のことくらいはわかりますよ」 『可愛い』と『腐った』。こんな相反する形容詞を二つ並べられるとは思わなかった。いや、確かに芳香は見た目は腐ってるようには見えないし、キョンシーのくせに愛嬌のあってくるくる変わる表情はまあ可愛いと言えなくはない。でも、凄まじい違和感は拭えない。 しかし……小傘を楽々追い払っていた芳香が苦戦する相手? 嫌な予感が加速中……フルスロットルだ。 「あれ?」 「ど、どうしました」 「いや、あの子がもう倒れちゃいまして。こっちに逃げてきてます。あっれー? こんなに強いのがいるなんて。お寺のボスでも攻め込んできたんですかね?」 絶対に霊夢だ。 考えてみれば、この洞窟内に集まっている神霊は十二分に異変と言えるだけの数だ。元凶らしい聖徳太子の復活を、あの巫女がいつもの変態的な勘で嗅ぎつけて、『とりあえずボコるか』と結論づけるのはまさに必然。お約束。様式美。 今回は、なんか話し合いで解決できそうだなー、と思ってたらこれだよ。 「あのー、青娥さん?」 「なんでしょう」 「多分ですけど……向かってきてるの、僕の知り合いかと。変なトラブルが起こったら解決する専門のやつがいるんです。この神霊のことで来てるんじゃないかな」 「ほう、流石は幻想郷。そんなのがいるとは」 青娥さんは感心したように眉を吊り上げ、その場に留まる。 「どれほどの力を持っているか、興味が有りますね。ちょっと試してみましょうか」 なにやら、青娥さんの目が爛々と輝き始めている。 ……なんだろう、強い相手と戦うなんて、普通嫌なもんだと思うのだが、この人異様にウキウキしている。 「そういえば、良也さんはどうします? ここから先は一本道なので、先に行ってもらっても構いませんが」 「あー」 ちら、と周囲を見る。 ……集まりまくった神霊と、それに惹かれて活性化している妖精の群れ。 今までは青娥さんが蹴散らしてくれていたが、これを自力で突破するのは、それなりに骨になりそうだ。 特に敵意もないのに、またしても霊夢が人を襲うのを見過ごすのもアレだし…… 「いえ、来てる奴、僕が説得してみます」 「そうですか?」 はい、と頷いた。 その場で待っていると、ほどなくしていつもの紅白が姿を現した。 相変わらずのチートっぷりを発揮しているようで、迫り来る雑魚をことごとく鎧袖一触に蹴散らしてやって来た霊夢は、立ち塞がる僕を見て怪訝な顔になる。 「……良也さん? なんで良也さんが、ことの元凶っぽいのと一緒にいるのかしら?」 「よう、霊夢。まあちょっと聞いてくれ――」 とりあえず、話をすることにする。まずは隣にいる青娥さんの紹介をして、ここで眠っている聖徳太子の説明。そして決して彼女たちは邪悪な存在ではなく、本来は敵であるお寺とも不干渉の交渉を進めようとしているところだ―― そう説明しようとした。説明しようとしたんだが、 「こんなにわかりやすく神霊が集まっている場所に、良也さんが……そうか、とうとう良也さんも異変の片棒を担ぐようになったのね?」 「いや、待て! そりゃちょっと安易すぎるだろ!?」 なにやら、とんでもない勘違いをされていた! なにやらお札と針をそれぞれ両の手の指の間に挟み、こちらを見据える霊夢を慌てて止める。 「違うの?」 「違うっ。大体、とうとうってなんだよ! 僕がそんなこと起こしそうに見えるのか?」 「空を飛べる知り合いは、大体異変でシメたことある奴ばっかりだし。良也さんはいつかなー、とは思っていたわよ?」 「お前の知り合いと僕を同類にしないでくれ」 なによ、と霊夢は憮然となる。 「まあ、間違いだったとしても問題ないわ。良也さん、落ちたとしてもすぐ復活するじゃない。間違いだったら、ごめんなさいって謝るわ」 へー、こいつでも人に謝ることがあるんだ―……って、いやいや。 「一瞬納得しかけたが、そんな『例え死んだとしてもドラゴンボールがあるから大丈夫』的な理論で殺されてたまるか!」 「冗談よ」 どこまでがだ? 「死ぬ、死ぬだとぅ! それはいかん、いかんぞうー!」 僕と霊夢が漫才のようなやり取りをしていると、芳香がぴゅーんと飛んできた。 途中、手近にいた神霊をばくっと食べて、なにやら力を補強している。もしかして、あれで遅くなったのか。 「あら、誰かと思えばさっきのキョンシーじゃない。タフねえ、もう蘇ったの?」 感心半分、呆れ半分の霊夢に、今まで沈黙していた静画さんが自慢気に語りかけた。 「ええ、芳香は私の作ったキョンシーの中でも一等丈夫ですから」 「丈夫はいいけどさ、負けたら一回休みってこともちゃんと仕込んでおきなさいよ」 「それは失礼」 青娥さんと霊夢が視線を交わし合う。 「……で、どうしてそのキョンシーにここの番をさせていたの? ここになにがあるのかしら」 「あー、霊夢? それはここに聖徳太子様がだな……って、げっ!?」 説明をしようとする僕は、霊夢の後ろから更に生きの良い三人が飛んできたのを見て、顔を引き攣らせた。 「待て待て待てぇ! 霊夢っ、あれくらいで私を落としたと思ったら大間違いだぜ!」 「連コは基本ですよ!」 「えーと、ええーと……斬るっ」 順に魔理沙、東風谷、妖夢……揃いも揃って全身が煤けており、一度落とされたことはその様子からも台詞からも明白だ。妖夢だけは、なんか言おうとして口上が思いつかなかったみたいだけど。 「ちっ、しぶとい。ゾンビと一緒に落としてやったのに」 「やっぱりお前か……」 霊夢が面倒そうにそちらを見るのを見て、僕はうなだれる。お前ら、折角似たような年齢なんだから、もうちょっと仲良くしろよ。 「おろ? おいおいおい! どうして良也がここにいるんだ?」 「あ、本当だ。先生だ」 「りょ、良也さん!? ここは危ないですよっ」 そして、一気に騒がしくなった洞窟の中に、姦しい声が響く。 「ああ、それね。どうも良也さん、今回の異変に一枚噛んでいるみたいね」 「噛んでないっ!」 霊夢の台詞に即座に反論する僕だが、しかし状況証拠が優先されたらしい。新しく現れた三人は、三者三様に驚いた顔をして、 「へえ! 良也もやるようになったじゃないか!」 と、魔理沙は喜び、 「教師と生徒が敵と味方に別れるなんて……王道ですよねっ」 なにやら東風谷は訳の解らんことを口走り、 「ま、まさか良也さんが……斬れば正気に戻るでしょうかっ!」 妖夢は、実に生真面目な態度で物騒なことを言って鯉口を切っていた。 ……おい、魔理沙はともかくとして、東風谷と妖夢はアレだろ!? 色々おかしいって! 「せ、青娥さん! 逃げましょう! あの四人を同時に敵に回して生き残れる奴なんて、幻想郷に存在しませんっ」 「ふむ……しかし、私はあの四人の力……特に、タオを使っているっぽい巫女に、興味が有るんですが」 え? 霊夢は一応、曲がりなりにも神道の巫女…… 「なによ、良也さん?」 ……多分、巫女で合っている。はず? かもしれない。あれは巫女じゃなくてハクレイノミコという新種でも別に驚きゃしないが。 「そういう訳で、私はちょっとこの人達の力を確かめさせてもらいたいのです。良也さんは、どうぞお寺の使者としてこの向こうへ。豊聡耳様に近い人もいますよ。なに、芳香もいますし、大丈夫です」 「そう、大丈夫なのですっ。なぜなら、ゾンビは不滅だから! 死なないから! ゾンビ最高ぉーー!!」 ドヤ顔で手を天空に突き出しながら、芳香が猛っていた。死んでる癖に、テンション高ぇー。 んで、僕は相対している四人を見る。 ……スペルカードまで取り出しやがった。 「じゃ、じゃあ……その、失礼します」 見捨てるのもどうなんだ、という気はしたが、向こうの四人の殺気的なものはもう何時爆発するかわからなくなっていた。 じり、と後退し、一気にその場から離れる。 それが引き金だったのか、一気にその場に集った六人分の弾幕が、一瞬にして空間を埋めた。 「うぉおおおおーーーー!?」 衝撃波に煽られて、くるくると体制を崩す。 なんとか流れ弾が届かない場所まで逃げて、ちら、と後ろを見ると、青娥さんは芳香を盾にして、彼女を修理しながら必死で耐えていた。 「無茶しやがって……」 とりあえず、お約束のセリフを吐いて、僕は脇目も振らず洞窟の奥へと飛ぶのだった。 そこ、薄情者とか言わない。 | ||
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