普段は人気の菓子売りも、たまには客が来ない時間だってある。 持ってきた商品が半分ほど売れた辺りから、しばらくお客さんが来ない。 後十分くらい待って来なかったら、適当に店仕舞いしようかなあ、なんて思っていると、珍しい客が僕を見つけてやって来た。 「くださいな」 「はいはい。珍しいな、アリス」 「そう?」 背後に手提げ鞄を持たせた上海をメイドのように連れ歩いているアリスであった。 魔法の森に住んでいるアリスを、里で見かけるのはそれなりに珍しい。勿論、買い物なんかはしているので、何度かは里で遭遇したこともあるけど。 「なににする?」 「そうね……そこのチョコレートをもらえるかしら」 はいはい、と頷いて、板チョコを渡す。代金を受け取って……っと、お釣りお釣り。 「ありがとう。チョコレートなんて久し振りね」 「あー、ゴミは、ここにおいてるゴミ箱か、博麗神社の方へな」 わかっているわ、とアリスは頷いて、上海の持っている鞄の外ポケットにチョコレートを挟む。 ……ふむ、 「で、それってなに買ったんだ?」 見るからに上海が持ちづらそうにしている鞄を指差して尋ねる。 いや、パンパンに膨らんでいて、気にはなっていたんだ。 「これ? 単なる人形の材料よ。布とか、糸とか、綿とか」 「へえ、そういうの、買っているんだ」 「そりゃあね。気合を入れて作るときは全部自作するけど、たくさん作る時までそれじゃ、いくら時間があったって足りないわ」 「? たくさん? んな作ってなにするんだ?」 既にアリスの家には、たくさんという言葉では括れないほど大量の人形があったと思うが。 研究のために作るならともかく、量産するようなメリットはないと思うんだが。家狭くなるし。 「来週、お祭りでしょう? そこで人形劇と一緒に、手作りの人形を売るのよ。お祭りだと、みんな財布の紐が緩むからね」 「へえ」 売るんだ、人形。何度か祭りで劇しているところは見たけど。人形を売っているとは知らなかった。 勿論、戦闘用の人形じゃないんだろうけど。……いや、そうだよな? 投げたら爆発するような、弾幕ごっこ仕様の人形なんて売らないよな? 「けっこう良い稼ぎになるからね」 「……やっぱり魔法使いでも先立つものは必要か」 「当たり前でしょ。吸血鬼のパトロンのいる貴方の師匠や、全部自給自足するか盗んで用を足している魔理沙と一緒にしないで頂戴」 魔法の研究にはお金かかるもんねえ。 魔導書なんて、稀少なのになると一冊で一財産だし。アリスみたいなモノ作りが専門だと、いい材料を揃えようと思ったらやっぱ銭次第だし。 蔵書に数千数万の魔導書を抱えるパチュリーや、研究といえばほぼ魔法の森の茸で済ませる魔理沙が、どっちかっつーと異端だ。 僕の場合は……まあ、師匠のとこの本読んで、スペルカード作るくらいだから、正直お金はかかっていない。 「そう言えば、貴方前、人形欲しいって言ってたわね。良ければオーダーメイド、受け付けるけど?」 すちゃ、と注文用のメモらしいノートを、これまた上海の鞄から取り出してアリスが聞いてくる。 が、しかし、 「ん〜〜、パス。僕は単純に人形が欲しいんじゃなくて、そっちの……」 上海に目を向ける。『?』と首を傾げる仕草が可愛い。 「そういう、お手伝いさん的なのが欲しいんだ」 「それは、自分で修行して」 「へいへい」 ただ、僕の専門的に、人形を作るより使い魔作った方が技術的にはハードルは低い。 そのうちの検討課題として、頭の隅にでも置いておこう。 「それじゃ。貴方も来週のお祭り、参加するんでしょ? その時に」 「ああ。人形劇、楽しみにしてる」 じゃあね、とアリスと別れて…… その後は順調にお客さんも来て、二十分とかからず残りの商品を全て売り切った。 祭りの日。 幻想郷の祭りは、特に謂れもなく季節に最低一回は行われる。 基本的にお祭り騒ぎの大好きな人が多いし、なにより祭りとなれば大手を振って朝まで呑める。 ……ほんっと、アルコールの消費量の多い土地だ。 普段も露店等は出ているが、祭りの日は更に多い。普段は店舗を構えて営業をしている店も路上で売るし人は多いしで、道はかなり狭苦しくなる。 こんな日に菓子を売っても速攻で捌けてしまうのが目に見えているので、僕は祭りの日は店は出さない。一参加者として祭りを楽しむのが常だった。 「……しっかし、霊夢め」 で、一緒に来た霊夢は、『ちょっとくらいなら奢ってやるぞ』と僕が不覚な発言をした途端、焼き鳥を肴に飲み始めた。 祭り見物に来た魔理沙も途中で合流し、やんややんやと腰を据えて呑み始めたので、僕は呆れて金を多少渡して祭り見物に戻ったと言うわけだ。 ……ったく、もうちょい呑む以外にも楽しめばいいのに。 普段は見かけないお店もたくさん出る。通りで芸をしている人も多いし……歩くだけで楽しいものなのに。 と、通りの少し開けたところで、人だかりが出来ているのが見えた。 半円状になっている人垣……なんだろ。 割り込むのもなんなので、軽く空を飛んで、上から観察。……他にも数人、飛べる人間や妖怪や妖精がいるので、それでも見づらかったが……なんとか、事の中心を覗き見ることに成功する。 「……アリスか」 先週会ったアリスが、十数体の人形を操りながら、見事な劇を披露していた。 どうも、ミュージカル風味の趣向らしく、楽器を持った人形が精妙な音楽を奏で、見事な踊りを踊っている。 物語の語り手はアリスだ。……話自体は、陳腐な恋物語だったけど、アリスの場合は人形の動きがメイン。サイズと頭身と質感を除けば、生きている人間と変わらない動きを見せる人形に、集まった人は見入っている。 ……もう終りの方だったらしく、僕が見始めて少しすると、人形とアリスとが一列に並んで、優雅な礼をした。 「もっと早く来ればよかったか……」 やんややんやと喝采を送る観客に混じって拍手しながら、そう思った。 まあ、少しとは言え見せてもらったのだから、と、懐から小銭を取り出して、上海が重たげにお客の方に持ってきたザルに投入する。 ……むう、しかし上海、潰れやしないだろうな。硬貨がたくさん入っているぞ。 いや、わかってる。妖怪連中相手に肉弾戦までこなす上海人形が、この程度でどうにかなるとは思えない。……でも、大丈夫か、と思っちゃうのは仕方ないんだよ。 「さて……。それじゃあここからは人形の販売をするわ。たくさん揃えてきたから、買っていって頂戴」 と、アリスは後ろにでん、と置いてあった大きな風呂敷を広げる。 中から、たくさんの人形が出てきた。 ……演劇を見物していた人は、それぞれ興味深そうに買っていく。 適当に、人が少なくなるまで待って、僕は、よっ、とアリスに挨拶をした。 「あら、来たの」 「おう。途中からだけど、劇も見せてもらった。やっぱ凄いな」 「ありがと。貴方も買っていく? ほら、巫女へのお土産にでも」 と、やたらふりふりの服を着せた人形を見せるアリスだけど…… 「……欲しがると思うか?」 「全然」 「だよな。人形なんて見ても、人形供養をしたら儲かるかしら? くらいしか思わないと思うぞ」 間違いない。確信を持って言える。 「あ、あの。すみません、アリスさん」 「あら、いらっしゃい」 なんて、軽い世間話をしていると、後ろからお客らしき男の人が、おずおずを話しかけてきた。 む……しまった、商売の邪魔をしてしまったか。 「ああ、波多野さん。ご注文の人形、出来ていますわ」 「わっ、やった」 ……そういや、オーダーメイドも受け付けるって言ってたっけ? 顔は見たことある男の人――波多野さんは、じゃらじゃらと多めのお金をアリスに渡して、代わりに人形を受け取った。 ……別に人形好きでも偏見を持ったりしないが、一体どんな人形を、 「へ?」 「うわぁ、ありがとうございます。……そっくりだ」 「いえいえ。今後ともご贔屓に」 営業用スマイルでお客を見送るアリス。が、僕はそんなことを気にしている余裕はなかった。 「……アリス?」 「な、なによ? なにか文句でもあるの?」 いや、文句っつーか。 「……僕の見間違えじゃなければ、あの人形、どうも魔理沙っぽかったんだが」 デフォルメされていたが、あの特徴ある服と金髪は間違いない。玩具の箒を持ってたし。 「里には物好きもいるものね。あの子の人形が欲しいって言うんだもの」 やっぱりか! 「お前、随分前に懲りたんじゃなかったのかよ!?」 「仕方ないじゃない、売れるんだから」 あ、開き直ってやがる!? 「って、よく見たらこれお雛さん! こっちは、咲夜さんに東風谷に慧音さんに……って、レミリアのやつは一体どこの誰が!?」 「お客さんの情報を漏らすわけにはいかないわ」 しれっと、妙にクオリティの高い人形をさり気なく隠しながら、アリスは顔を逸らした。 「あのー、アリスさん」 「こんばんはー」 人が少なくなるタイミングを見計らっていたのか、どんどんお客が集まってくる。 ……のは、いいんだけど、明らかに今までの客層と違う。人形を買うのは子供連れなんかが多かったが、今集まっているのは……簡単に言うと、僕の同類だ。 「ああ、はいはい。……良也、仕事の邪魔だから、どっか行って」 「……バレないようにしろよ。前みたく、リンチされても知らないぞ」 「大丈夫よ。多分」 僕の忠告に、平然とした顔で答えるアリスだが……こめかみに流れる一筋の汗を僕は見逃さない。が、とりあえずそれも、人形と一緒で見なかったことにしてやる。 リスクを承知しているのなら、僕がなにを言うことでもない。 ……ちなみに、後日聞いた話だが、当然のようにバレたらしい。 南無。 | ||
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