霊夢を追いかけて飛んでいると、いつの間にか聖輦船を出てしまい、なんか妙な空気が流れる空間に出た。
 ……うーん、ここが魔界とやらか。ちょっと変な臭いがするくらいで、元の世界と大して変わらんな。

 真下を見ると、結界らしき『壁』みたいなのがある。
 この下が法界……なのかな。むう、どうにも違う世界と言うのは勝手が違ってて、よくわからない。

 さっきから、妖精の攻勢は強くなるばっかりだし……しんどいなあ。

「火符……『サラマンデルフレア』!」

 残り枚数がそろそろ心許なくなってきたスペルカードを使って、回りの妖精を吹き飛ばす。
 ただし、ほんの十数秒で、吹き飛ばした数以上の妖精が集まってきて、キリがない。

 そ、そろそろ許容限度、越えつつある、かな?

「こ、このっ、しつこい!」

 飛んできた妖精を、霊弾で撃ち落としていく……が、魔界の妖精は特別製なのか、それとも異変の中心に近付いた影響か、一発で落とせない妖精が増えてきた。
 そうすると、段々と僕の弾幕では処理能力がおっつかなくなってきて、まるで濁流に流される木っ端のごとく、翻弄され始める。

「ぎゃっ、ぐぉ!?」

 がーーーっ! 七面倒臭い! 数が多いんだよ、どっから沸いて出て来るんだこいつら!?

 一旦反転して、距離を置く。ふっ、ここまで距離を離せば、もう少し余裕を持って対処できる!

「ええい、こうなったら、まとめて面倒見てやる! さあ、どっからでもかかってきやがれ!」

 少しテンパってるのを自覚しながら、残りのスペルカード三枚を全部取り出して、妖精たちに向き直る。
 ……たらり、と汗が流れた。

「えっと、空と妖精が……五分五分?」

 なんか、向こうの風景が全然見えない。ブラインドのように妖精が集まりすぎていて……ええっと、

「う、うわーんっ!?」

 半泣きになりながら、僕はスペルカードを発動する。

 土符! 土符! 風符! はい、札(たま)切れ!!

「全然減ってないしっ!」

 すわ、妖精に殺されるのか!? と、僕は覚悟を決めた。

 強めの妖精が三匹ほど、纏めてきて僕に向かって弾幕を放ってくる。
 円状に広がるそれが、僕を包囲して……

「あ、死んだ」

 躱せないと判断した僕は、観念して目を瞑った。うう、痛いのはヤダなあ……っていうか、落ちたら下の結界っぽいのにぶつかるけど、大丈夫なんだろうな?



























「南無南無」

 ……なにやら、読経の声が聞こえる。
 読経と言えばお坊さんだけど、この声は若い女性の声だ。ああ、考えてみればムサい剃髪したおじさんより、若くて綺麗な女性の読経の方が、仏さんもいい気分だろうなあ。

 うん、僕の葬式の時には、そうしてもらえるよう、言い含めておこう。はっはっは、まだ若い身空で変かな。

「う、ん」

 歌のように聞こえる読経に、このまま眠っていたい誘惑にかられるけど……ふと、女性の声が止んだ。

「あら? もしかして、生きていらっしゃいます?」
「……いらっしゃいます」

 そーか、また僕死んだのか、と納得しながらむくりと身体を起こす。
 えっと、あ〜、頭がはっきりしない。こりゃ脳をやられたな。

「えっと、貴女は?」
「私は聖白蓮。遠い昔の時代の僧侶です。貴方こそ、何者ですか。どうやってこの法界に?」

 聖……って、ああっ!

「あ、貴女が聖さん? ええっと、外でナズーリンとか一輪さんとかが復活させようとしてた」
「ああ、懐かしい名前ですね。道理で外が騒がしいと思ったら、そうですか、彼女達が」

 目を瞑って、昔の仲間を思い浮かべているであろう聖さん。ああ、本当にいい人っぽい。

「それでは、貴方も彼女達の仲間ですか? 私の封印を解く……というより、封印をすり抜けていらっしゃったようですが」
「ええと、それは自分でもよくわからないんですけど……。ああ、名前は、土樹良也です」
「そうですか。良也さん、とお呼びしても?」

 コクコク頷いた。……なんだかな。調子狂うな。

 しかし、あの結界を僕はどうやって越えたんだろう? もしかして、死者とか無機物とかには反応しない結界? それとも、またしても僕の能力か。どっちでもいいけど。

「あの、聖さん? あの結界はどういう封印かわかります?」
「あれは、世界を隔てる壁。魔界は、いくつかの世界に分けられます。この法界もその一つ。あれは、世界と世界の境界を強調した結界です。
 この封印を破るには、結界の境界を超えるほどの縁が必要ですね。例えば、封印の向こうに残した私自身の一部……は、封印時に処分されましたから、肉親同士の縁や信仰していた神との縁といったところでしょうか」

 ……そーか、そういうのなら、多分能力の方だな。
 弾幕ごっこに直接役に立ったりはあんまりしないくせに、こういうのには滅法強いんだよなあ……

 しかし、ってことは彼女を連れ出せるか? ……いや、博麗大結界も、他の人間を連れ出せたりしないから、無理かな。
 どっちにしろ、封印を解くって言っていたんだから、そっちに任せるか。

「それにしても、貴方のような人間までもが私を助けに来るなんて。外の人間は、私が間違っていなかったことを認めてくれたのかしら?」
「い、いや。僕がここに来たのはほんの偶然っていうか」

 法界に来たのは、妖精に落とされたせいだし。

「それでは、また妖怪たちは人間に虐げられているのでしょうか。妖怪も人間も、法の下で平等に生きるべき、という私の考えは受け入れられていないのですね」

 あ〜、聞いてはいたけど、やっぱそういう人なのか。
 いや、言っていることは間違っちゃいないと思うんだけど……うーん?

「今はですね、妖怪は幻想郷ってところにいてですね」

 外の世界には殆どいない。そもそも、外の世界では妖怪ってのは一般に認知されていない、ってことを話した。
 話すにつれて、聖さんは見る間に落胆していく。

「そうですか……。世界は人間の天下になってしまっているのですね」
「まあ、そうですね」

 外にも妖怪がいなくなったわけじゃないけど、表立って歩いていない。外は、人間の世と言って間違いないだろう。

 沈痛な顔で、聖さんが落ち込む。
 な、なんだかなあ。そりゃ、僕だって妖怪の友達は多いから、無意味に虐待されたりしたら嫌だけど。でも、外が人間の天下だって言っても、気にする奴はいないし。

「で、でも幻想郷は妖怪の天下ですよ」
「そうですか……。しかし、閉じ込められているようなものでしょう」

 大体、閉じ込められているとは思えないほど好き勝手やっているぞ。全員。

「それでも、いつの世も最終的に勝つのは人間です。きっと、その幻想郷とやらでも。違いますか?」
「ま、まあ。ごく一部、人間とは到底思えない連中が、妖怪退治をしていたりしますが」

 でも、筆頭の霊夢はそれほど熱心ってわけじゃないからなあ。
 妖怪は許さないポーズを取っているが、博麗神社は妖怪の巣だと噂されるくらいだし。

「やはり。虐げられるのは妖怪の方ばかりですか。これはいけないと思いませんか?」
「いけないと思わなくはないですけど。でも、妖怪は人を喰うじゃないですか」

 喰わない妖怪もいるし、そういう連中とは仲良くなれるけど、喰う連中とは流石になあ……

「そういう妖怪とまで仲良くってのは、人間的に難しいと思いますけど。怖いし」
「そして、怖がるからこそ、人は妖怪を排除する。そう、ちゃんと話せば害のない妖怪までね」

 うーん、それは確かにそうかも。でも、やっぱりどうにも納得いかない。
 少なくとも、幻想郷の妖怪で、いいように退治されているようなのはいないんだけどなあ。なんていうか、危機感の違い?

 ああ、この感覚をどう伝えればいいんだろう?
 ……無理か、アレを言葉で伝えるのは。

「えっと、まあ僕としては、こっちに危害を加えない妖怪だったら、仲良くしたいとは思っていますよ?」
「それはいいことね。しかし、大多数の人間は私が寺にいた頃と変わっていない様子」

 いや、僕だって聖さんの言う『大多数』に含まれる人間だと思うんだけど。
 人里の人たちだって、危害を加えない妖怪とは普通に付き合っている。根性のある人は、弾幕ごっこを見物してたりもする。

 ……うん。外の世界では排除された代わりに、幻想郷ではうまくやっていると思うんですよ?

「聖さ……って、うわっ!?」

 とりあえず、そこら辺のことを聖さんにうまく伝えれば、と思って口を開きかけると、法界を覆っていた結界が突然弾けた。

「封印が解かれたようね」
「み、みたいですね」

 ちょいビビった。しかし、そっか。僕がけっこう飛宝持ってたけど、解けたのか。

「ああ、本当に彼女達がやってくれたのね。この恩、どうやって報いるべきか」
「とりあえず、早いトコ帰って顔を見せてあげるべきじゃ?」
「そうね。まずはそこから。話し相手になってくれてありがとう、良也さん。久しぶりすぎて、ついつい喋りすぎてしまったわ」

 そりゃ、随分長いこと封印されていたんだろうし。
 僕も、妖怪の味方っていう珍しい人と話せて面白かった。

 ……まあ、見解の違いは、聖さんが幻想郷に来ることで解決するだろうと思う。

「ってか、僕はどうやって帰ったら良いんだろう」
「じゃあ、私と一緒に来ますか?」
「そっか。そういえば、ムラサの船でここまで来たんだから、帰りもそうだよな」

 うんうん、じゃあ聖さんと一緒に聖輦船に合流しよ……

「……ん?」

 なんか遠くから見たことのある、針状の弾幕が襲い掛かってきた。

「うがぁ!?」

 身体をくねくねさせて、ギリ躱す。
 って、かぁ、あ、あぶねっ!

 視線を、この針を放った紅白に向けて、文句を飛ばす。

「霊夢っ! いきなりなんだよ、これは!」
「良也さん? そんなところでなにをしているの。危ないじゃない」

 あ、危ないじゃないって、お前な。
 霊夢の言葉からは、友人を危うく落としそうになったことに対する罪悪感と言うものが感じられない。

 ……まあ、霊夢が罪悪感を覚えているところなんて、想像も付かんが。

「あら、良也さんと違って随分乱暴な人間だこと。それとも、やはりこれが今の世の人間の標準かしら」
「いや、あれを標準にされるのはちょっと」
「ふふふ、冗談です」

 笑ってみせる聖さん。でも、目は全然笑っていない。油断なく霊夢を観察している。

「貴女が封印を解いてくれたのかしら?」
「結果的にそういうことになっちゃったのかしら」

 聖さんの声に、霊夢はうーん、と困惑したように答える。って、おいおい。

「霊夢。お前は止めに来たんじゃなかったのか?」
「なによ。同じ封印を解くにしても、妖怪がやるよりも私がやった方がいいでしょう?」
「封印を解かないと言う選択肢は?」

 いや、聖さんと話したからには、彼女の封印は解いてあげたいとは思ったけど。でも、霊夢的には止める場面じゃない?

「どんな人間が封印されているのか。気になって夜も眠れなくなるじゃない」
「お前ね……」

 霊夢らしい、自分勝手と言うか傍若無人と言うか、そんな理由だった。
 そして、キッ、と霊夢は無駄に凛々しい視線を聖さんに向けると、お払い棒を構えた。

「そして、妖怪たちが崇めている貴女を、私は危険と判断したわ。さあ、大人しくもう一度封印されなさい」
「理不尽ーーー!?」

 思わずツッコミを入れてしまった。
 いや、自分で封印を解いておきながら、もう一回封印とかわけわからんし。

「私の封印を解いた貴女は違うのですか? 人間も妖怪も平等であるべきだと、そう考えているのではないのですか?」
「生憎と、私の仕事は妖怪退治なのよ。妖怪を人間扱いしちゃ商売上がったりだわ」

 別にそれで金儲けているわけでもないくせに……

「妖怪を人間扱いする必要はないのです。ただ、人間と対等であると認めること……できませんか?」
「無理な相談ね」
「て言っても霊夢。お前って、普通に妖怪連中と仲良いくせに。人間より友達多いだろ?」

 今はシリアスなシーンなんだから黙ってろ、と言わんばかりに針が飛んできた。
 なんとか避けるが、あまり口を出さない方がいいのかもしれない。

 やれやれ……

「さあ、とにかくそういうわけで。妖怪に味方するような奴なんて、全部退治するわよ」
「ふう。しかし、私もはいそうですかと退治されるわけにはいきません。私を解放してくれた妖怪たちに報いなければいけませんので」
「いや、解放したのは霊夢……」

 今度は、空気読めとばかりに、小さい弾が聖さんから飛んできた。
 躱す。

「……もう喋りません」

 二人の間に、なにやらぴりぴりした空気が流れるのを感じて、僕は避難する。
 ……うう、思いついたことをそのまま口に出しちゃうのは自重しよう。

「そういうわけで、貴女が私を退治すると言うなら、精一杯抵抗させてもらいます」
「そう来なくっちゃね。さあ、かかってきなさい」
「……やはり、人間は変わっていないな。誠に愚かで自分勝手であるッ!」

 いざ、南無三! と、いう言葉と共に、霊夢と聖さんがぶつかり合った。





 僕は、勿論こそこそ逃げた。



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