ぬえは、本当に僕と別れて、独自に霊夢たちを追って行ったようだった。 ものすごいスピードで飛んでいった光の球を見送ってしばらく、僕は一人マイペースに飛ぶ。 「……で、あれはなんだらう」 驚きのあまり、ちょっと噛んでしまった。 ……雲の谷間に、なにやら馬鹿でかい船がある。 いや、船って、海とか川を渡るためのものじゃなかったか? 空飛ぶ船って……なんて漫画チックな。 「ふっ」 あまりにメルヘンな光景に、一瞬目が眩んだ。 空飛ぶ船があると噂は聞いていても、この目で見るまではイマイチ信じられなかったけど……本当だったか。 「と、とにかくだ。あれが噂の宝船だよな」 こんなのが二つも三つもあっても困るから、そうに違いない。 さっきから、妖精の攻勢も激しくなってきているし…… 「風符『シルフィウインド』!」 寄ってきた妖精を、カマイタチで蹴散らして、僕は船に近付く。 ……雲の中だから、視界が悪い。随分と濃い雲だ。ともすれば、宝船を見失ってしまいそうだったけど、なんとかかんとか船の甲板に辿り着く。 「……本当に雲が濃いなあ」 空を飛んでいるせいか、風も強い。 やれやれ……とっとと中に入るか。どうせ、霊夢たちも中だろ。……船の中からなにやら不自然な振動がしているしな。 相変わらず、大暴れの真っ最中らしい。三人ともいがみ合いながら飛んでいるはずだから、そろそろ一人くらい脱落するかな? 「入るところは……えっと」 きょろきょろと無闇に広い甲板を見渡して、入り口を探す。 そのおかげだった。なにやら、雲が拳の形を取って突っ込んでくることに気がつけたのは。 「へ?」 あまりに非現実的な光景に、一瞬目が点になる。 しかし、付けたくもなかったが身に付いてしまった僕の危機管理能力は、それに見事対応した。 「うおおおおおっっ!?」 一瞬、時間ごと加速して、横っ飛び。 「あ、っぶなっ!」 雲なんて、高々水滴やら氷の粒の癖に、当たると即死な嫌な圧力を感じた。 な、なんだなんだ? ここの雲は固体なのか? 雲の王国か? それとも空島か? 某青狸やゴム人間を思考の端に浮かべつつ、次に何があっても動けるよう、心構えをする。 「む」 ……果たして、また新しいのが現れた。 「今日は千客万来ね。しかも、またあの拳を見て逃げ出さない人間。……姐さんの復活を聞いて、人間達が祝いにやってきたと見える」 祝いに来た人間を拳で迎えるのか、オイ、と突っ込みたくなるような台詞ともに現れた女性。そして、その言葉からして、霊夢たちもやってきたっぽい。 珍しく、見た目大人っぽい人だけど……んん? なんだか、彼女に回りに、濃い雲がまとわり付いているぞ? 雲を操る能力……なの、か……? 「あの、つかぬ事を伺いますが、その親父臭い雲はなんでしょうか? ……貴女の趣味? 雲を操る力で親父を作るのが」 親父臭い。およそ雲につける形容詞とも思えないが、だってそうなのだから仕方がない。 『なんや小僧、なんぞ文句でもあんのか?』とか今にも喋り始めそうな親父顔を雲が形作っていて、なんだかとっても怖い。 「雲とは失礼な。雲山は入道よ。雲の入道。そして、彼を使うのが私の能力」 「にゅ、入道ですか」 入道ってそういうのだったんだ……。僕の乏しい知識からだと、なんかでかい妖怪、くらいのイメージだったんだけど。 「うん? ……雲山が、貴方も飛宝を集めていると言っている。さて、もしかして本当に人間達も姐さんの復活を望んでいるのかねえ」 「飛宝……あ、これ?」 リュックに詰めていたぬえ曰くの『飛倉の破片』を取り出す。 「そう、それそれ。いやあ、人間が率先して集めてくれるなんて、時代も変わったもんだ」 「いや、僕の前の連中は、宝目当てです。僕はまあ、そんな連中の、お目付け役……になれたいいな、とか」 「そう。でも、この船にはもう宝はないよ。巫女達が欲しがっているような金銀財宝は、初めからなかったけどね」 ん? それって、宝船じゃないような。 いや、金銀がなくても、宝石とかプラチナとかがあったのか? 「……ちなみに、どんな宝物があったの?」 「空を飛ぶ力を持った宝物や人間を改心させる宝物なんかだね。僅かに残っていたのが、その飛宝さ」 「人間を改心させる!?」 特に興味もなかったが、とんでもないステキワードにティンときた。 なにそれ! スゲェ欲しい! 願わくば、妖怪にも使えると言うことないんだけど、そこまで贅沢は言うまい! 霊夢に使って、もう少し色々と僕任せなあの巫女を、真面目に働かせたい。あと、魔理沙も、手癖の悪いところを直してくれれば……あ、あと、あの僕の心のオアシス『だった』東風谷に戻って欲しいなあ! くう、夢が広がりまくりんぐ! 「……最近の人間は、変なヤツが多いな」 「はっ!?」 い、いかん。あまりに夢のアイテム過ぎて、ちょっと我を忘れていた。 ……ねえ、本当になくなっちゃったの? 「ん? 貴方も結局宝が目当て?」 「いやいや、そんなことないってば。そうだ、この木片が君たちのだって言うのなら、返すからさ」 リュックごと、彼女に飛宝とやらを渡す。 便利アイテムを手放して、さっきまでの霊力の充溢はなくなったけど、まあいい。 「え、くれるの? 本当に?」 「どうぞどうぞ」 「自分で持って行かなくて良いの? さっきの人間達は、自分達で持って行くために私を吹っ飛ばしてまで中に急いでいったけど」 ……なにしているんだ、あいつら。 そして、この人(?)、良い風に解釈しすぎだろう。 「うん、先に言った連中のと合わせて、これだけの飛宝が集まれば姐さんを復活できる」 「姐さん?」 そういえば、ぬえもこの飛倉だか飛宝だかを、彼女達がなんで集めているのかは知らないんだった。 その『姐さんの復活』のため、っていうのか…… 誰? 「ええ、今の人間はもう知らないかしら? 聖白蓮という人間がいたことを」 「……聞いたこともないな」 日本史は得意な方じゃないけど、そんな珍しい名前なら一度見たり聞いたりしたら覚えているはずだ。 まあ、もしかしたら幻想郷の歴史書じゃ、有名なのかもしれない。 「そうかもね。姐さんは、人間の間じゃ最後には悪魔呼ばわりされていたし」 「……オイオイ」 そ、そんな危険人物を開放しようとしているのか? 飛宝、奪い返した方が良いだろうか…… ……返り討ちに遭うな、うん。 「ん? 雲山が、貴方が妙なことを考えている、と言っているけど」 「考えたけど、もうやめた。まあ、危ない人だったら、霊夢がやっつけるだろ」 それは、殆ど確信に近い信頼だ。ことそういうことに関してだけは、霊夢のヤツはきっちり片をつける。 できれば、それ以外のこともちゃんとしてくれれば、言うことはないんだけどな。 「貴方も勘違いしているのね。姐さんは人間と妖怪は平等であるべきだ、と唱えているだけで、人間と敵対しているわけではないのに」 「……へ?」 人間と妖怪が……平等? 「その、聖って人は、そう言ってるのか」 「そう。そして、虐げられている妖怪のために立ち上がってくれた」 虐げられている妖怪、ねえ。 「……いい人っぽいね」 「もちろん」 そう、いい人ではあるんだろうな。でもきっと僕の境遇は理解してくれそうにない。 とりあえず、平等とか虐げられているとか、僕の日常を一日で良いから見てから言って欲しい。 外の世界じゃ妖怪はいないけど、妖怪のいるここは、妖怪の天下なんだって。 「さて、そんな姐さんを復活させるために、こいつを星のところに持っていかなきゃいけないんだけど……えっと?」 「土樹良也」 「土樹ね。私は雲居一輪。……で、悪いんだけど、持って行くのお願いできないかな」 一輪さんがすまなそうに言ってくる。 「……なんで?」 「今日だけで、宝目当ての人間が三人と、宝目当てじゃないけど人間が一人だ。なら、五人目が来てもおかしくはない。その五人目が、悪者じゃない保証はないからね」 見張りをしなきゃ、と一輪さんは言って、入道の雲山を見張りに立たせる。 「むっ!? 雲山、不審人物!」 さっ、と僕にも、雲の合間から一瞬影が飛び出てくるのが見えた。 それに、雲の入道とかいう雲山さんは顔をでかく――親父顔が全長十メートルくらいになった。怖いと言うか、キモいというか――して、目からビームを放…… 「って、目からビーム!?」 なんだそのありえない攻撃方法は!? つ、使いたい。僕も使ってみたいぞそれ! 「うわっちゅ!?」 憧れの視線を、ビームの放たれたその先へやる。 どんな威力なんだろう? 気になる気になるっ 「……って、ナズーリンじゃない」 「たた……一輪、いきなり攻撃はやめてくんない?」 「ただの威嚇さ」 ……威嚇かあ。格好よかったのに。 しかし、現れたこの女の子の耳は……ネズミの耳、か? 猫耳やウサミミや犬耳はいたけど、ネズミとは。またマニアックな。 よし、略してネズミミと呼ぼう。 いや、色気はないけど、子供的な可愛さがあるな、うん。 「ん? そっちの人間は?」 僕の不埒な視線に気付いたのか、ネズミミのナズーリンとやらは、訝しげにこっちを見た。 「飛宝をわざわざ集めてきてくれた人間で、土樹さ。ナズーリン、お前さんも集めてきたんじゃないのかい?」 「え? あ、はは……まあ、ボチボチ」 ……今、なんか後手に隠さなかったか? 「じゃ、じゃ、私はご主人様のところに行ってくるから」 「ん? あ、ああ」 若干慌てた様子で、ナズーリンが去っていく。 「……あ、しまったな。ナズーリンに貴方の飛宝を預ければわざわざ足労してもらうこともなかった」 「いや、どっちにしろ、船の中には入るつもりだったから」 最初は、あの三人娘を追いかけてきたんだからね。 「じゃ、ちょっと僕も行ってみる。一輪さん、さいなら」 「ああ。姐さんが復活したら、祝いに一杯やろう ……この人も飲兵衛か。 さて、とりあえずさっきのナズーリンを追いかけてみるか。どうせ、船の中も妖精で一杯なんだろうから。 「おーいっ、ちょっと待ってくれ!」 「ん?」 とっとと行ってしまいそうなナズーリンに大声で呼びかけて、止まってもらう。 「君は、さっきの人間――たしか、土樹か。なにか用?」 「いや、こん中、予想以上に妖精が多くてさ。奥に行くなら、一緒に行きたいなあ、って」 どうも、妖精たちはここの住人ってわけじゃなく、異変に乗じて暴れているだけらしい。ナズーリンも自分で蹴散らしながら進んでいたし。 なら、二人でいるほうが楽なのは間違いない。 「ん……私は構わないよ。地上じゃなくてよかったね。そうじゃなければ、うちのネズミたちの食欲が抑えられないところだった。野鼠はこういう時は不便だね」 「ね、ネズミ?」 「ネズミの道は妖怪ネズミ。私の力は、連中を操って探し物をすること」 んで、これを発見した、とナズーリンはえっと……なんか豪華な……なんて言えばいいんだ? ああ、あれだ。お寺とかのお土産の、ミニチュアの五重塔みたいなやつ。あれがキラキラしている感じだ。 「これは毘沙門天の宝塔。まったく、こんな大事なものをなくすなんて、我がご主人様ながらうっかり者だな」 「なくした?」 「そう。他のみんなには恥ずかしくて言えなかったんだろう。直属の部下の私がこっそり捜索を頼まれてね。とある古道具屋で発見した」 随分ふっかけられたけどね、とナズーリンはため息をついた。 古道具屋、ね? 落し物を勝手に売り物にしちゃうような非常識な古道具屋というと、一軒だけ心当たりがあるな。 「ま、オマケでいいのをもらったから、トントンかな。ネズミの私としては、これはとても良いものだった」 「いいのって……」 ナズーリンが取り出したのは、その、どっかの大国発のどっかの遊園地で超有名な、多分世界で一番有名なネズミ…… 「こんな立派なネズミがあるなんて、外の世界からの流出物もなかなかだね。店主の能力で名前と用途もわかった。見ての通り、これはぬいぐるみで名前はミッ○ー……」 「だ、駄目だ! それは駄目! 下手に名前を言うと、博麗大結界を越えても来そうだ!?」 そんなものを許可なしに売り物にしたら、ディ○ニーに訴えられるよ、森近さーーんっ!? 今は見えない、香霖堂の方向に向けて、僕は声なき声を上げた。 ナズーリンは、大事そうにミッ……ネズミのぬいぐるみをしまいながら、そんな僕を不思議そうに見るのだった。 | ||
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