今年の春先に起きた、とある異変。 新しく、幻想郷に出来たお寺の面々と出会ったあの異変。 ……相も変わらず、ロクな思い出がないわけである。 幻想郷に地底世界が存在していた事実が明かされ、そっちでの異変を解決したといういつも通りな騒動のあった冬も終わり、大学最後の一年を控えた春のこと。 桜の季節にはいささか早いが、もしかしたら気の早い連中が花見をしているかもしれん、と幻想郷にやって来た。 ……でも、やっていなかった。どうにもこうにも、それどころじゃない様子であったのである。 博麗神社の境内に三人ほどの影が集まり、なにやら緊張した空気を醸し出している。 「って、東風谷?」 「あ、先生。こんにちは」 その中の一人は、山の神社の巫女(正確には風祝)である東風谷だった。 残り二人――霊夢と魔理沙がいるのはいつものことだが、東風谷がいるのは割と珍しい。 「おー、こんにちは。なんだ、霊夢。客にお茶も出していないのか? ちょっと待ってろ。僕も飲みたいから淹れてくる」 「待ちなさい、良也さん」 首根っこをつかまれぐえっ、てなる。 「な、なんだ、お茶はいらんのか? 昼間っから酒か?」 「良也さんの中で、私はどういうキャラなのかしら……」 「そりゃお前、霊夢と言えばお茶か酒だ」 無言でげしっ、と蹴られた。 ……言葉で返さないところを見ると、反論が思い浮かばなかったらしい。 「良也、それどころじゃないんだ。実はだな、宝船が空を飛んでいるんだ」 「……は?」 宝船? っていうと、あの七福神が乗っているという、あの宝船か? いや、七福神が実在していたとしても今の僕は驚いたりしないが。 「本当なのか、東風谷?」 とりあえず、この中で一番マトモそうな彼女に尋ねてみる。 「はあ。宝船かどうかは分かりませんが、空飛ぶ船があるのは確かみたいです。つい先ほども、雲の切れ目から大きな影が見えましたから」 「ほう」 「妖精や妖怪も、その影響か騒がしくなってきてて。神奈子様に、幻想郷に慣れるためにもちょいと妖怪退治をしてこいと言われました。 それでとりあえず、専門家である霊夢さんのところへ来てみたんです」 ……神奈子さん、余計なことを。もし東風谷が霊夢や魔理沙みたくなったらどうするんだ。いや、もう既にその片鱗はある気がするけど! 「異変か?」 「そうね、異変ね。今日まで気付かなかったけど」 やれやれ、面倒くさい、とかなんとか口では言いながらも、なんか霊夢はやる気満々でポキポキ指を鳴らした。 「……霊夢? なんか、いつになく気力に満ち溢れていないか?」 「だって、宝船よ、宝船。金銀財宝が私を待っているわ」 目が円マークになっていた! 嫌な予感がして魔理沙を見ると、こちらはドルマークになっている。 まさか!? と、思って東風谷を見ると――よかった、こっちはフツー……か? いや、目を逸らしていないか? 一瞬見えたその瞳の奥に、寛永通宝が見えたのは気のせいか? 「東風谷?」 「最近、神奈子様と諏訪子様のお酒の量が増えて……赤字気味なんですよね、うちの家計」 ブルータス、お前もか。 「そんなわけでね。妖怪退治の『ついで』に、お宝をせしめてやりましょう。もちろん、早い者勝ちで、って話していたところなのよ」 「……ここでおっ始めないだけマシか」 こいつらのことだから、この場で決着をつけて、勝者だけが悠々と宝船に向かうかと思った。 「当たり前よ。また神社が壊されたらかなわないわ」 「……そういう理由かよ。もういいよ、さっさと行けよ」 なんか疲れて、しっしと三人を追い払うようにする。 しかし、全員動かない。 お互い牽制しあってる、なんか。 「……先生が来て、均衡が崩れるかと思っていましたが」 だから、早く行けよ。東風谷も、均衡とか言ってないでさあ。 「なに、良也程度じゃ私たちの均衡に影響を与えることなんてできないさ」 「その辺の石ころと同じね」 ひどい言われようだった。 っていうか、僕の存在って一体…… んで、言葉通り、三人は睨みあったまま動かない。 ……しばらくして、魔理沙が突如空を指差して、叫んだ。 「ああっ!? あんなところに、UFOが!」 ひどい。なにがひどいって、もう色々と。魔理沙が知っていると言うことは、もしかして既に幻想となってしまっている誤魔化し方なのだろうか…… 「――って、うわ、本当にいる!?」 いいよもう、魔理沙。そんなんに引っ掛かる奴いないからさ。 霊夢も東風谷も、呆れたように魔理沙を見ている。 「もう少しマシな気の逸らし方はなかったの?」 「UFOですかあ。何型ですか?」 「……焼きそば食べたいなあ」 霊夢、東風谷、僕の順である。ああ、カップ焼きそばは『焼き』そばではないけど、時々食べたくなるんだよね。 「いや、本当だって! 見てみろよ、上! 上!」 魔理沙が、もう外れてしまったネタをいつまでも引っ張る。 仕方ないなあ、と、霊夢と東風谷は魔理沙に隙を見せないようにして、そっと空を伺い、 「へ?」 「うえぇ!?」 声を上げた。 なんだなんだ、と僕も見てみると……UFOだった。なんかこう、平べったい底面に、上に半球が付いた……なんつったっけ。 「あ、アダムスキー型じゃないですか!」 「ああ、そうそう。それ!」 東風谷の嬉しそうな悲鳴に、僕はぽんっ、と手を打った。 そう、日本人がUFOと聞いたらまず思い浮かべる陳腐な形のUFOだった。あまりにそのまんまで、胡散臭すぎて困る。 ……どこの妖精の悪戯だ? 「って、おいおい!? 沢山出てきたぜ」 魔理沙の言うとおり、一匹見かけたせいか、三十匹くらい出て来た。 「エイリアンの地球侵略ですかね?」 「いや、東風谷? 宇宙人なんているわけが……」 ない、と言おうとしてはたと気が付いた。 ……いるなあ。近所の竹林に、月から来た人類っぽいなにかが数人ほど。 「きっと、あれも宝船の異変に関係しているに違いないわ」 「霊夢が言うならそうなんだろうな」 もう、理屈とか何とかを超えて、この手のことに対する霊夢の嗅覚はもう無条件で信じるしかない。 「なるほど。じゃあ、あのUFOもついでに集めよう。珍しいしっ」 魔理沙が飛び出した。 「あ、ちょっと待ちなさい!」 「待たないと撃ちますよ!」 東風谷……待たないと撃つとか、女の子がほら、はしたない。 はあ。神奈子さん、諏訪子……ちゃんと女の子らしく教育してくれよぉ。東風谷も、霊夢たちと同類項になってしまってるじゃないかあ。 などと心で突っ込みを入れている間に、霊夢と東風谷は魔理沙を追って飛び上がり、ものの一分も経たない内に、豆粒のようになってしまった。……最後に雲に隠れる直前、なんかお互いに向けて光る弾を撃っていた気がするが、気にしないことにしよう。 しかし、あのUFOは実際なんだろう? まさか、本気で宇宙人が攻めてきたとは思えないが。 すっごいチープな外観だが……一応、危険はないのか? 撃ってこないし。 ちょっとした好奇心から、僕は飛び上がってUFOの一つに近付いていった。 「攻撃は……してこないか」 ふむ、ますますなにか分からない。誰かが乗っているのか? そう思って、更にそのUFOに近付く……と、 「あ、あれ?」 手に触れるほどの位置まで近付いてみると、UFOだったはずのそれは、何の変哲もない木片に変化した。 ……いや、空に浮かんでいるんだから何の変哲もない、って訳じゃないんだろうが、UFOに比べれば常識的な物だ。 UFOの、正体見たり普通の木片ってか。……語呂が悪い。 僕にはなんとなく察しがついた。サニーの力をかけられたときと同じような感じがする。サニーは、物を別物のように見せるような力はないけど……幻覚を見せるような力と考えれば、特に変ではない。 ならば、僕の能力の範囲内に入った途端、正体が割れたのも説明が付く。 「でも、誰がやったんだろ」 幻覚のUFOの数からして、それなりの力を持っている妖怪なのだろうと思うけど、そんな能力の持ち主に心当たりはなかった。 いや、勿論僕が幻想郷の全ての妖怪を把握しているわけじゃないんだけど……これだけの能力なら、噂くらいは聞いていてもおかしくないんだけどな。 「ん?」 なんとなく、手に持っていた木片から、小さな白い影が離れていく。 ……蛇だ。いや、鳥かもしれないし、ただのロープのようにも見える。そんな、正体不明の何かが、木片にへばりついていたようだった。そして今、逃げている。 ええと? 「追いかけるか……。異変に関わっているらしいしなあ」 霊夢たちがどうこうなるとも思えないが、それでも危険の芽っぽいのは一つでも潰しておいた方がいいだろう。いや、僕が潰せるかどうかは兎も角。 ……でも、結局霊夢たちが向かった方向なんだよなあ。異変に関わらず、神社で寝て過ごしたいけど…… 「……連中、無茶しそうだなあ」 随分と実力に見合わないことだとは思うのだけど……やっぱり、なんだかんだで年頃の娘さんが三人ってのは、心配なのであった。 | ||
| ||
前へ | 戻る? | 次へ |