紅魔館。パチュリーの図書館。 魔法使いの弟子である僕は、二週間に一度はここに来て、半日くらい魔法の勉強をしている。 当初の目的は、身を守るための力を付けるためだったが、今となっては半分以上が趣味だ。勉強すればするほど、魔法の腕に直結する――成長の実感があるのは、中々に得がたい体験だ。 それに、ゲームや漫画の設定を読み進めるような感覚が、割と楽しい。設定とか好きだからなあ。 「……ふう」 ふと腕時計を見ると、既に本を読みつつ、重点をノートに写しつつ……と始めて三時間も経っていた。 この図書館、フランドールが来ない限りは静寂に包まれた環境で、とても勉強には向いた環境だ。ただ、窓もないので時間の経過を忘れてしまうことが良くある。 「あ〜〜、肩凝ったな」 椅子から立ち上がり、伸びをする。凝った肩と首を回して解すが、どうにも具合が良くない。 外でも、僕は完全に引き篭もって、趣味と言えばパソコンでなにかするか、ゲームするか漫画するかだから、当然と言えば当然なんだけど。 「……永琳さんのところで、湿布でももらおうかな」 やたらめったら効きそうだ。機会があったら聞いてみることにしよう。 「良也さん。休憩なら、お茶でもいかがですか?」 「あ、小悪魔さん。どうもありがとうございます」 小悪魔さんがポットとカップ、あとお茶請けのシュークリームを持ってやって来た。 この人は、いつも計ったようなタイミングで(実際計っているのだろう)、こうやってティータイムを勧めてくれるから、とてもありがたい。 しかも、今日のお茶請けはシュークリーム。 頭の回転にはシュークリーム分が必要だ。うん。 「いえいえ、このくらいは。図書館を快適に利用してもらうのも、司書である私の役目ですから」 「そ、そうかなあ」 司書って、そんなイメージはないけど。いや、ありがたいんだけどね。 「に、してはこの図書館、一般開放していませんけど」 「まあ、吸血鬼の館ですからねえ」 ……開放したところで、『一般』は来ないか。 「それに、一般人が読んだら危険な書物も、たくさんありますので」 「……そうですね。未だ僕なんか、本に取り込まれそうになったりしますからね」 いや、ちゃんと回避しているよ? そこまで情けない修行は積んでいないよ? でも、冷やりとすることはたまにあったり。 ま、まあ気にしない気にしない。折角だからお茶をもらおう。 「……あ、美味い」 「そう言ってもらえるのが、一番嬉しいです。パチュリー様は、いつもなにも言わないので、張り合いがなくて」 本に集中してるからなあ。せいぜい、カップを掲げて『ありがとう』の代わりにするくらいだ。 でも、感謝はしていると思う。使い魔にそういう態度は、あんまり魔法使いっぽくはないけど。 「ん……」 しかし、肩が凝る。一度気になりだしたら、どうも気になって仕方がない。 首を回転させて、肩を自分でもみもみ。全然変わらなかった。 「どうしました?」 「いえ、肩がちょい凝ってて」 「あ。そうですよね、一日中机に向かってたら、肩も凝りますよねえ」 「そうですね。っていうか、パチュリーはどうなんでしょう? 僕より貧弱、かつ動かなさそうだ。そうとう体は固いはずだが。 「あ、パチュリー様は……」 と、少し小悪魔さんは悩んでから、うん、と一つ頷いた。 「ちょっと待っててください」 「? はい」 なんだろう、と思いながらも、小悪魔さんを見送る。 紅茶を飲み、シュークリームを食べ……あ、このシュークリーム、皮の厚みが丁度良い。中のクリームも美味しいけど、僕は皮の方も好きなんだ。 甘ったるいシュークリームの後に、紅茶を飲むとこれまた格別。僕も、日本茶の淹れ方は大分上手くなったと思うけど、紅茶は全然なんだよなあ。 なにせ、外の世界ではティーバックばっかりだから。茶葉を買ってきて、本格的に淹れ方を追求してみようかな。 ……なんて、ティータイムを楽しんでいると、小悪魔さんが帰ってきた。なぜか、美鈴を連れて。 「美鈴? なんでここに」 図書館に美鈴は、ミスマッチ過ぎてちょっと笑えるんだけど。 「いえ、良也さんが肩が凝って困っている、と小悪魔から聞きまして」 「パチュリー様、いつも美鈴にマッサージをやってもらっているんです」 ……あ〜、そういうことね。ふーん、美鈴がマッサージ……確かに、似合ってそう。拳法家だしなあ。 「それじゃ、ちょいと失礼して。そこのソファに寝っ転がって下さい。うつ伏せで」 「了解」 手近にある大きなソファに指示通りうつ伏せになる。 そういえば、マッサージとか始めてだ。 「どれどれ……ああ、確かに気の流れが淀んでいますね」 「そうか〜」 「ええ。でも、私に任せてください」 ぐい、と肩甲骨の辺りが強く押される。そのあと続けて、肩回りを中心に美鈴の手が時に押し、時に揉み、僕の身体を解していった。 痛いかなあ、と思っていたが、そんなことはなく、押されるごとにじんわりと暖かいものが流される感じがする。 「……美鈴、もしかして気使ってる?」 「ええ。私の気で、良也さんの淀んだ気を押し流しています」 続けますよ、と美鈴がマッサージを再開する。 ああ、そうか。リアル気功師なんだよな、美鈴は。流石に、気持ちが良い。 凝り固まった体が、解体されていくような感触。なんか夢見心地になってきた。 「どうですかー?」 「いいょぅ〜」 答える声も、なんか危うい。 肩が終わって、腰の方に美鈴の手が移動する感触がある。あ〜、こっちも良い感じ。マジで眠くなってきた。 僕が、最後に見たのは、視界の端で苦笑しながらお茶の片付けをする、小悪魔さんだった。 「……んあ」 ゆっくりと身体を起こす。 ……ソファ? 「あー、寝ちゃったのか」 そうそう、確か美鈴にマッサージをしてもらっていたんだった。 あまりに気持ちよすぎて、寝入ってしまったらしい。 このタオルケットは……小悪魔さんかな。あとでお礼言っておかないと。 「しかし、身体が軽い」 寝起きでだるいのをさっぴいても、今までになく身体の調子が良い。腕を回し、軽く動きを確認しても、いつもよりシャープな動きな気がする。 流石美鈴。こっちにも、後でお礼を言っておかないと。 「あーーっ! 良也、起きた!」 「ふ、フランドール?」 あれ? 僕何時間寝た? 最近のフランドールは、僕の勉強の邪魔をするのを悪いと思い始めたのか、ちゃんと僕が魔法の勉強を終えてから遊びをせがむようになった。 ……で、そのフランドールが来ているってことは。 「うわ、四時間も寝たのか」 寝すぎたな。今晩、ちゃんと眠れるかねえ。 「おはよう、良也」 「……レミリア?」 なんでここに。珍しい。 「フランが一緒に遊びたいって言うからね」 「あー、そう」 やれやれ、妹には甘いんだよな、こいつ。僕には厳しいけどね。 「……で、トランプか」 「ええ。フランが新しい遊びを覚えたみたいよ。二人だとつまらないからって、貴方も入れることにしたの」 ん? なんだろ。大富豪とかかな。 「なあ、フランドール。それってなんだ?」 「七並べ」 あ〜〜、七並べね。よかった、大富豪じゃなくて。幻想郷ローカルルールとかあったら、多分キツイ勝負になったろう。 「ああ、いいよ。テーブルは……」 「こちらに」 レミリアの後ろに、音もなくテーブルと咲夜さんが出現する。 ……いきなり出てきたのは良いとして、もしかして咲夜さんが持ってきたのか、このテーブル。 時間を止めて、ひいこら運んでいる咲夜さんを想像すると、なんか楽しいぞ。 「なにか?」 「なんでも」 鋭いなあ。他の皆さんも、平気で僕の心を読むのだけど、咲夜さんは一際鋭い。 ……メイドだからか? しかし、メイドと言えば、ミニスカも悪くないけど、僕としては是非ロングも試してもらいたい…… 「さ、良也、始めよう!」 「はっ!?」 フランドールに腕を引っ張られて、我に帰る。咲夜さんは、なにやらじとーっと湿った視線をこちらに送っていた。 ……いかんなあ。妄想癖は大分治ったと思ったんだけど。 「さあ、良也。七を並べなさい」 「……なんで僕が」 別に良いけど……。レミリアからトランプを受け取って、ぱらぱらと。 「……よし、準備できたぞ。トランプ配るな」 咲夜さんは参加しないようで、レミリアの後ろで笑って控えている。 ……時間を止めて相手の手札を確認、とかしないよな。流石に。そこまで大人気なくはないだろう。 「よし、始めるか」 ……始めた。ゲームは普通の進行する。 別に、吸血鬼だからってルールを守らないわけじゃない。むしろ、ちゃんとルールを守らないと楽しくないことを、二人ともよく知っている。 七並べにありがちの、相手のカードを出させないために任意のカードを出さないなんてテクを使いつつ、ゲームは後半戦に入っていった。 「……良也。ハートの四を早く出しなさい」 「レミリアこそ、とっととクローバーの十を出したらどうだ」 お互い、牽制しあう。 ちなみに、フランドールはとっくに上がっている。僕もレミリアも、フランドールには甘いので……その、視線で次どのカードを出したいのか分かっちゃうし。全力でサポートしたのだ。 「つまんない。……咲夜ー、ジュース持ってきて」 「ジュースならそちらに」 「良也じゃなくて」 ナチュラルにジュース扱いされている!? 「はい、かしこまりました」 と、咲夜さんがいなくなる。と、思ったら一瞬後にジュースを持って現れた。 フランドールはそれを嬉しそうに飲む。 ……畜生、和やかだなあ。 「……よし、ここは……スペードのエースで」 「ちょっと。私はハートの四を出せって言ったのよ?」 「生憎、僕はまだ後二ターンは大丈夫だ。……レミリアは、もうパス二回だよな。どうする?」 「ぐ」 パス三回で負け。そして、レミリアの出せるカードは、僕が全て止めている。向こうはクローバーの十を止めているけど、それを出したら僕は残り全てのカードを出せる。 ……詰んだな。 「良也? 素直に出しておいた方が良いわよ、なにかと」 「おいおい、たかがゲームだろ。脅すなよ」 「そう。残念ね」 残念とか、爪出して殺る気満々じゃないか。子供にも程がある……あ、子供か。阿求ちゃんの書いた求聞史記にもしっかり書かれていたしな。 ……しかし、子供のご機嫌取りのために負けるのなんて真っ平ゴメンである。普段なら平身低頭して逃げていたかもしれないが、今この場なら大丈夫。 「フランドール。ちょいとこっちに来なさい」 「ん? なーに」 ジュースを飲み干して、フランドールが来る。嬉々として膝に乗ってきた。 ……ふ。 「ひ、卑怯よ」 「吸血鬼が卑怯とか言うな」 「くっ」 レミリアも、フランドールが近くにいるんじゃあ手を出せないだろう。僕だけを殺すくらい出来るだろうけど、血がかかってフランドールの服が汚れるからな。 ……うん、多分僕を殺さない理由はそんなもんだ。フランドールの服>僕の命ってなっているところに、涙を禁じえない。 「どうする?」 「……わかったわよ。私の負けでいいわ」 「よし、二位」 やれやれ……なんとか勝ったか。僕がレミリアに勝つなんて、トランプだろうが妙に嬉しい。 「くっ、この手のゲームで人間に負けたことはなかったのに」 「……そりゃ、お前が運命を操れるからだろ」 「そうよ。自分の力を最大限に使って勝負に挑んで、なにか悪いのかしら」 タチわりぃ……まあでも、僕には運命なんて通用しない(らしい)。純粋な運と実力勝負だ。 ……ふ、そして僕が勝った。五百年生きているとは言っても、所詮精神は子供。大人の心理攻撃には、到底敵わないってことさ。ハァーーーハッハッハ! 「あ〜、むしゃくしゃするわね。咲夜、ワインを用意して頂戴。今日は呑むわよ」 「はい、かしこまりました」 「お、ワインか。僕にも呑ませてくれ」 む、とレミリアが睨んでくるが、頼むよ、と手を合わせると、仕方ない、とばかりにため息をついた。 「はあ……咲夜。グラスは二つ。フランにも、軽いカクテルを」 「はい」 お、いいところある。 まあ、もしかしたら、フランドールがいるから『優しいお姉ちゃん』を演じたいだけなのかもしれないが。 「あ、お姉さま、私も呑んで良いの?」 「ええ。良也がいれば、能力が暴走する心配はないし。たまには、一緒に呑みましょう」 「やった」 もしかして、いいようにダシに使われている? そんな疑問を抱きながらも、咲夜さんが持ってきたワインとつまみは非常に美味しく、すぐに気にならなくなったのだった。 ……ま、この酒の美味さに免じて、僕の血を使って妙なカクテル(ブラッディなんとかって名前だ。文字通りの意味で)を作ったのは、見逃してやろう。 | ||
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