実は……というか。守矢神社の神様方と、地霊殿の連中との交渉はまだ続いていた。
 八咫烏を降ろしてまで実行に移そうとした核融合炉を、神奈子さんと諏訪子はどうしても諦めきれないらしい。

 ……まあ、話を聞くに、することがないから暇、というのがその大きな理由ではあるのだろうが。

 結局、双方と知り合いである僕が仲立ちしつつ、なんとか核融合炉設立の運びとなった。
 僕じゃなくて、どっちにも睨みが利く(戦力的な意味で)霊夢が仲介役になってくれれば、もっとスムーズに進んだだろうに、面倒くさいって来やしねえ。

「……で、なにこのでかい穴」
「ふっふっふ。恐れ入ったかい?」

 どこから持ってきたのか、工事現場の人が使うような黄色のヘルメットを被って、諏訪子が自慢げに胸を張る。……ヘルメットがずれて、『おおっと』って直してる。

「恐れ入ったというか……こんな馬鹿でかい穴を開けて、地盤とか大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。そこらへんはちゃーんと計算してある」
「ならいいけどさ……」

 直径百メートルくらい。深さは――地霊殿・灼熱地獄跡までだから何百メートルだ?――の、超巨大な穴。
 これが、地下の核融合炉までずーっと続いている。この穴を元に、核融合のエネルギーの活用方法を研究するそうだ。

 穴を開けるまでが諏訪子の仕事で、地下への階段を作ったり、研究のための施設を作ったりするのは河童の仕事。地下は熱くて皿が干上がる、と愚痴を零しながら仕事をしている。

「おー、なかなか良いペースじゃないか」
「神奈子さん……」
「良也もどうも。お前さんが口利いてくれなかったら、ここまでこぎつけるのに、もうしばらくかかっただろ」
「いや、別に。あっちはあっちで、お空が色々大変だったみたいで」

 別に、僕は地霊殿の人たちに特別扱いされているというわけでもない。少し変わった人間、辺りの評価だろう。敵と思われていないだけだ。

 地霊殿――というより、さとりさんが、渋々ながらもこの核融合炉建設を了承したのは、お空の力の逃げ場を探していた事が大きい。
 お空の力は膨大だ。灼熱地獄跡に昔の熱気を取り戻したにも飽き足らず、地底の平均気温を十度以上上昇させたらしい。

 力を放出しないでおくと、身体にも良くない。なので、この核融合炉で、適度に力を発散させる、ってことだそうだ。

「ああ、そうだね。あの鴉、意外に八咫烏との相性が良かったらしい。計算外ではあったけど、結果としてこっちの都合の良い展開になった」
「らしい……って、降ろした張本人が、抜け抜けと」

 意外と腹黒い? ……ったく。黙ってこんなことすんな、と霊夢にさんざボコられたのに、元気だこと。

「あれ、良也じゃん? なに、こんなところで」
「にとり?」

 ああ、こいつも河童だから、作業中なのか。

「や、おひさ」
「おひさ、かな?」

 たまに、山に向かう途中、挨拶くらいはするが。でも、確かにちゃんと話すのは久しぶりかも。

「で、どうしてこんなところに? ここは関係者以外立ち入り禁止だよ。今工事中で危ないから」
「何の因果か、関係者なんだよ。地下の連中との橋渡し役だ」

 ふーん? とよくわかっていない様子のにとり。

「いや、しかし。核融合エネルギーってのは凄いねえ。ちょっとだけ試してみたけど、この膨大な熱量だけでも色々使い道はありそうだ」
「……そこらへんはよくわからなんから、聞き流して良い?」
「原理だけは分かってた火力発電も、これでなんとかなりそうだ。まあ、発電のために準備しないといけないものはたくさんあるけど」
「いや、だから」

 いかん、目がウキウキしている。
 周りの河童も、多かれ少なかれそんなところはあるが、にとりは特にだ。

「ふふ、頑張って研究しとくれよ。私も、それでこそやった甲斐がある」
「おおっと、神様。これはどうも。ええ、存分にやらせてもらいますよ」
「そうかい。そりゃよかった。ところで、外の世界にはこんな装置があったりするんだが」

 と、神奈子さんはにとりのみならず、周りの河童を集めて外の世界の技術について、概要を説明し始める。
 細かいところまではしらないみたいだが、どんなものがあって、大体こんな感じで動いている、という話だけでも、河童達にとっては貴重な情報のようだ。みんな真剣に聞いていた。

「……よくわからんから、僕は地下に行ってくるわ」
「ん? そう?」

 同じく、手持ち無沙汰だった諏訪子にだけそう告げ、僕はこのでかい穴を通って、地霊殿へと向かった。




























 この、核融合研究所(仮名)が出来て、僕にとっての一番の利点は、地霊殿への行き来が容易になったことだろう。
 地霊殿の人たちは、幻想郷でもかなり上の部類の常識人である。特に、さとりさんは当主だというのに、他の当主にあるような……その、なんだ。変人っぽいところがあんまりない。

 まあ、心を読まれたらそんなこと言っていられないと思うが、僕は違うのでそれは置いておく。

 ってなわけで、僕的にはもうちょっと仲良くしといたほうが後々得かなー、とは思っていたのだ。この穴のおかげで、それもかなり簡単になった。

「あ、お空。こんにちは」

 核融合炉の中心。温度がかなり高くなっているところで、黒い羽を生やし、片手に制御棒をくっつけた地獄鴉がいた。
 毎回思うんだが、あの制御棒、邪魔じゃないんだろうか? 外そうと思えば外せるらしいけど……

「……ん? 誰だっけ。えーと、見たことはあるんだけど」
「おい、鳥頭」
「あ、なにか悪口言われてるのは分かる」

 ……マジ鳥頭である。こいつが鳥類だからか、それとも単にお空の特性か。それなりに顔を合わせている僕ですら、時々忘れ去られてしまう。
 例外は、地霊殿の仲間だけだ。その鳥頭っぷりは推して知るべし。

「……まあ、いいや。さとりさんはいる? って、出かけているのは見たことないけど」
「む、さとり様に何の用? 不審人物め」

 あ、なんか対応マズったかも。なにやら、高温の弾をいくつも生み出して、僕を消滅させる気満々じゃん。
 核融合を操るお空は、幻想郷でも屈指の火力を持つ。僕なんか、お空が生み出している無数の弾の一つも喰らえば、そのまま昇天できる。

「ま、待て。落ち着け。僕は不審人物じゃない……っつーか、このやりとりも何度目だ一体」
「そういえば、私も、こういうの初めてじゃない気がする」

 思い出せよ。
 ちなみに、この状態になったときの僕の生き残る確率は六割。これを高いと見るか低いと見るかは人によって違うだろうが、僕的には低すぎて泣けてくる。
 まあ、涙もすぐ蒸発するような色気のない死に場所だけどなっ!

 ……こんな台詞流用しないで済む人生が良かった。

「あれー? お兄さん。来たのー?」
「お燐!」

 助かった!

「あれ? お燐知り合い?」
「あ、また忘れてる。良也のお兄さんじゃないか。お空、ほらほら、さとり様が珍しくお話しする人間」

 お燐が言うと、お空は『んー?』と考え込み、たっぷり十秒。ぽんっ、と手を叩いて、頷いた。

「あーっ! そうだったそうだった。ごめんごめん」

 何故にお燐に謝る。こっちが先じゃないのか?
 ……大体、何で本人がどれだけ訴えても思い出さないくせに、仲間に言われるとすぐ思い出すかなあ。

「なあ、お燐。こんな奴に核融合の制御任せて大丈夫なのか?」
「む、こんな奴とは失礼ね」

 いや、だってお前、人の顔すらすぐ忘れるような奴が、こんな莫大なエネルギーを操ると知ったら不安になるだろう。
 暴走でもしたら、地底中核の火で焼き尽くされるぞ。

「大丈夫だよ。なにを忘れても、さとり様の言いつけを忘れることはないからね、お空は」

 お燐が言い切る。……本当かなあ、疑わしい。

「……そりゃ便利な頭脳で」
「恐れ入ったか」

 いや、皮肉ってわかれ。

「……まあ、いいけど。そしていい加減、僕の顔と名前は覚えてくれ」
「大丈夫大丈夫。覚えた覚えた」
「じゃあ、僕の名前は?」

 念のため尋ねてみると、お空はそれはそれは明るい笑顔を浮かべて、自信満々に言い切った。

「土木良也!」
「土木じゃねえ!?」



















 ……まったく、誰がドカタなんだよ。あんな仕事、体力のない僕には出来ません。
 っていうか、そんな問題でもないな。

「さとりさん、お空になんとか言って上げてくださいよ」
「そう言われてもね。あの子の心は、すぐまっさらになっちゃうのよ。私が言って、治るものやら」

 ずず、と茶を啜りながら、こともなげに言うさとりさん。
 命からがら、地霊殿に向かった僕は、居間でさとりさんと顔をつき合わせて、お茶を飲んでいた。

「やれやれ……。しかし、お空には苦労しているんじゃ?」
「そうでもないわ。私のことは忘れないようだし」

 なんでだ。好感度か、好感度の問題なのか。どこでイベント回収し忘れた? それとも、これから起きるのか。

「それはどうでもいいとして」
「あんまりどうでもよくはないんですが。初対面扱いされて、排除されそうになる僕としては」
「あの核融合炉とやら、順調に工事は進んでいるみたいね」

 無視された。いいけどね、もう。

「……ええ、上の河童達の技術力は中々のものですから」
「やれやれ……うちのペットを、いいように使ってくれちゃって。あの神達は。お空の力を発散させる必要があったって、わかっていたみたいだし」
「あ、そうなんですか」

 意外と策士な。でもしかし、別に誰かが損するわけでもないんだから、いいんじゃないかな。

「もしかして、貴方もグルだったのかしら?」
「滅相もない」
「どうかしらね。心を読めない相手。なにを企んでいても、おかしくはないけれど」

 じー、とさとりさんが両目だけでなく、第三の目まで使って僕を睨んでくる。本気で疑われている、ってことはないと思うけど……

「勘弁してください。僕が神奈子さんたちとグルだったら、神奈子さんたちの方からバレるでしょう?」
「それもそうね。じゃあ、単独でよからぬことを考えていない?」

 ……考えていない考えていない。僕がそんな大それたことを考えられる人間だったら、多分既にこの世にいない。
 そりゃ、まあ婦女子には見せられない……読ませられない? 心中は、たまにあったりするけれども。

 あ、ヤベ。チラっと考えたせいで、その手のナニカが脳内を席巻し始めた!?

「……ふう」
「い、いやっ! なにも考えていないデスよ!」
「わかっているわ。貴方は、そんなあくどいことを考えられない人間だって、再確認したところ」

 うう……それは、重畳。でもなんだろう。この心を読まれていないのに、凄く見透かされた感は。

「でも、それはそれとして、あまり助平なことは考えない方がいいわよ。案外、心を読めなくても察することが出来るものだから、女は」
「だから違うと言うに……」

 駄目だ。口では絶対敵わない。

「お燐、おりーん」

 猫モードで座布団の上で寝っ転がっていたお燐を呼ぶ。
 ピクッ、と耳を動かすと、お燐はとてとて僕の膝の上まで来た。

「よしよし」
「すっかり懐いているわね……」
「いや、猫にはなぜか昔から懐かれるんですよ」

 犬とかは割とフツー。鳥は……試したことがないな。お空を見る限り、どうにも嫌われるっぽい。

「そいや、こいしは?」
「さあ? そういえば、ここ数日見ていないわね」
「放任主義っていうか。むしろ、この場合、問題はこいしか……」
「問題は少なくなっているわ。前の異変から、たまにだけど第三の瞳が薄目を開けるようになったから」

 あ、そういえば前見たな。

「いいこと、なのかなあ? 周りの妖怪からすれば、気が気でないと思うけど」

 心を読める妖怪二人目だし。僕は関係ないのが幸いだけど。

「覚なら、そのくらいは当然受け入れるべきことよ」
「厳しい」

 っていうか、以前の神奈子さんとさとりさんの舌戦を見る限り、とても友達とかが出来る雰囲気じゃないけどな。
 いや、今だって無意識で行動して、あんまり知り合いとかいないみたいだけど。

「それに、一人でも変わらず友人でいてくれる人がいるなら、大丈夫でしょう」
「……もしかして僕ですか」
「そう。まあ、ちゃんと開ききるまで、何百年かかかるでしょうけど、そのときはよろしく」

 何百年か。気の長い話で。

「ま〜、それは後日……そのときになったら」

 お燐を撫でる。……む、蚤はいないな。さとりさんの手入れがいいのか、それとも火車だからか。
 ゆっくり手で梳く。そして、お茶を飲む。





 ……なんだかんだで地霊殿では落ち着いて過ごせると、確信を深める僕だった。



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