今年のお正月は幻想郷で過ごすことにした。 いや、もちろん実家には顔を出す。一月三日には帰る予定だ。 しかし、なにせ知り合い関係で二つも神社があるのだ。初詣をするにもいいし、なにより年末年始はただ酒が呑める機会が多い。 つい昨日も忘年会と称した宴会が開かれ、しこたま呑んだ。 ……で、本日は大晦日。以前は大晦日も宴会をしていたんだけど、年の瀬くらいゆっくりしようということで、今年はなし。 本当のことを言えば、境内で妖怪どもが騒いでいたら参拝客が来ないでしょー! とキレかけた霊夢の鶴の一声で決まったんだけどね。 「霊夢、年越し蕎麦上がったぞ」 「ありがとう、良也さん」 で、僕は博麗神社で蕎麦を作ってやっていた。 人里で買ってきた蕎麦だ。つゆと薬味、あと掻き揚げも一緒についてきたので、本当に暖めるだけだったけど。 「ふー、ふー……んまい」 「そうね、良い味ね」 しばし、霊夢と無言で蕎麦をすする。 一緒に持ってきた飲み物は、もちろん蕎麦焼酎。お湯割りだ。 「やっぱり蕎麦には蕎麦焼酎だよな。……ん、美味い」 「ちょっと安易過ぎない?」 「お前、その差し出した湯飲みは何だ?」 「おかわり」 はいはいと僕はどっと疲れながらそれを受け取り、焼酎と薬缶に入った熱湯を注ぐ。 まあ、今日はあまり呑みすぎるつもりはないだろう、霊夢も。 なにせ、博麗神社はもうすぐ書き入れ時。流石に、外の世界の有名神社のように何万人という単位で参拝客が来ることはなかろうが、やっぱり正月ともなれば…… 「ん? どうしたの、良也さん」 「いや、なんでもない……」 冷静に考えてみよう。まず、博麗神社までの道のりは、かなりつらい。人里からここまで空を飛べない人にはちょっとした距離だ。更に、途中に妖怪が跋扈している可能性も高い。しかも夜ともなれば危険度は倍率ドン、更に倍。 ……二年参りの参拝客はこの時点であまり期待できない。っていうか、もうすぐ年も明けるというのに、この時点で一人も来ていないし。 そして、さらに人里での博麗神社の信用度というか、信仰度。はっきり言って低い。っていうか、ここは既に妖怪に乗っ取られていると大真面目に信じている人までいる。道のりの危険以上に、博麗神社は危険という認識もあったりなかったり。 そんな神社に、人里の人が来るか? ……来ないんじゃないか? 「それにしても、元旦はどのくらい賽銭……もとい、参拝客が来るのかしら。楽しみねえ。三が日は妖怪たちも来ないし」 「……そういえば、念を押してたな」 正月中に来たら夢想封印するぞとか言って脅していた。 「うん。やっぱり、妖怪がいると人間は来にくいでしょうしね」 「くう」 きらきらさせて夢を語る霊夢に、僕は涙を禁じえない。 駄目だ、駄目なんだよ、霊夢。そーゆーのは日ごろの信用がモノを言うんだ。妖怪が来ないっていうことも宣伝してないし、宣伝したとしても信じられないし。 っていうか、僕だって妖怪連中が大人しく従うとは思えないし。……ほら、そこ、そこ。 「年越し蕎麦か、美味しそうね。私にももらえるかしら?」 「紫っ」 いつの間に来やがったんだ、このスキマ。 「ほら、良也。早くなさい。まだ一人分残っているのはわかっているわよ」 「……あれ、僕のおかわり用なんだけど」 「なに?」 「へーい」 ちぇ、お前は家で藍さんにでも作ってもらえばいいだろうに、なぜに僕をこき使うんだ。 でも、逆らうと怖いので、仕方なく台所へ向かう。もう一人前買っていた蕎麦を茹でるための湯を沸かしていたら、なんとはなしに霊夢とスキマの会話が聞こえた。 『ちょっと紫。私は、妖怪に来るなって言ったわよ?』 『霊夢、貴方、もしかして妙な期待を持っていないかしら? 正月だから、参拝客は来るはずだ、とか』 『な、なによ。違うってーの?』 ……あ、スキマ。それ以上は言っちゃ駄目だって。 あえて、あえて僕は聞こえないよう、意識をそらす。……ああ、そろそろ茹で加減もいい感じだなぁ、っと。 僕は、淡々と器に蕎麦を移し、熱々にしたつゆをかける。 お盆にどんぶりを乗せ霊夢とスキマがいる居間へ。 「あら、早かったわね」 「……いやまあ」 戻ってみると、霊夢はうつむいてぷるぷるしていた。 僕は冷静にスキマの前に蕎麦を置き、時計を確認。……もうあと数秒で年が明ける。 「あけましておめでとう、霊夢。じゃあ、僕はちょっとでかけてくる」 僕が慌てて居間を飛び出すと同時、なにかちゃぶ台をひっくり返すような音が響く。 霊夢の怒りの声が聞こえた気がしたけれど……気にしないのだ、僕は。 「……博麗神社とは大違いだな」 霊夢ンところを飛び出したとて、こんな夜中に行くところなどない。 と、思っていたんだけど、そういえばこの幻想郷にはもう一つ神社があることを思い出した。 本当は日が昇ってから行こうと思っていたんだけど、こういう状況なら守矢神社に顔を出すのもいいだろう。 ……そう思って、はるばる妖怪の山を登ってきたんだけど、 「はーい、皆さん、甘酒はいかがですかー?」 そう言いながら境内をちょこまかしている東風谷。 ……そう、守矢の神社は、博麗神社と違い大盛況だった。 勿論、人里の人口が人口なので、この広い境内を埋め尽くす、というほどでもないが、見る限り数十人は確実にいる。 「東風谷、もらえるか?」 「あ、先生。あけましておめでとうございます」 「うん、あけましておめでとう。……すごいな、この人数」 東風谷から熱い甘酒をもらって啜る。……あ、美味い。 「はい。一ヶ月ほど前から『守矢神社で新年を迎えようツアー』を企画していましたから」 「……いや、企画って」 「ツアーには私が先導を。そうでもしないと、流石に夜闇の移動は危険ですからね」 すんげえ発想。確かに、徐々に信仰を集めている守矢の巫女が守ってくれるなら、初詣に行こうって人も出てくるだろう。 しかし、なるほど……霊夢に足りないのは、この東風谷みたいな熱心さというか執念というかやる気というか。そういうものだな。 あいつの場合、信仰を増やそうという気概はまったくなく、ただなんとなく賽銭が増えて欲しいな、ついでに客も――というスタンスだし。 「んじゃ、僕もガラガラ鳴らしてくるか」 「いや、あの先生? あれはガラガラじゃなくて本坪鈴と言って」 「ガラガラでいいじゃん」 財布から小さな硬貨を一つ取り出して本殿の方へ向かう。 もう、ここにいる人たちはみんなやったのか、特に並ぶこともなく賽銭箱の前に辿り着けた。 「さって、なにをお願いするか……」 でもなあ、願ったところで聞き届けてくれるのは、神奈子さんと諏訪子なんだよねえ。あの二人の普段を知っている分、なにを頼めばいいのやら。 ……ん〜、確か神奈子さんは軍神って言っていたな。 「よし、弾幕ごっこで落とされることが少なくなりますように、っと」 賽銭を投げ入れて、ガラガラを鳴らす。 二拝二拍手一拝は……まあいいや。どうせここの神様とは顔見知りだし。 「おいおい、良也」 「あ、神奈子さん。あけましておめでとうございます」 「はい、おめっとさん。それはいいけど、なに、さっきの願い事は? もうちょっと男らしく、誰よりも強くなりたいとか言えばいいじゃないか。新年なんだし」 「別に強くなりたいわけでもないんで」 大体、強くなったところで僕の立場が変わるとも思えない。いやまあ、一応男の子として強さに憧れなくもないけど、修行とか御免被る。 「覇気がないねえ。なんなら加護を授けてやってもいいのに」 「とりあえず、お守りはいつも持っていますから」 「……ま、いいけどさ。さて、私は他の参拝客の相手でもしようかね」 初詣に来てその神社の神様に直接相手してもらえるとか、幻想郷ならではである。 あれ? そういえば諏訪子はどこに行った? きょろきょろしてみるが、あの小さな神様の姿は見えない。 んん? 「あ、いた」 なんか、神社の脇からこっそり参拝客の人たちを観察している。 とりあえず、気付かれないよう近付いて、後ろから脅かしてみよう。 「……わっ!」 「あうっ!?」 ビビって飛び上がった諏訪子は、反射的に裏拳を僕の腹に――!?! 「ぐふっ」 「あ、りょ、良也!? あんた、なにしてんのさ」 「な、ナイスキック」 「……余裕あるね」 ないけど、一応お約束でね。 しばらく悶絶してから、起き上がる。……そろそろ単純な痛みとかは気にならなくなってきたな。 「あけましておめでとう。で、なにやってんだ諏訪子は?」 「おめでと。……いやあ、一応、ここの神様は神奈子だからね。あんまり私がでしゃばると、ちょっと」 はてな。確か、元々ここは諏訪子のものだとかいう話も聞いたことがあるようなないような。 東風谷から話を聞いたんだけど、東風谷もいまいちわかっていないらしい。 ……複雑なご家庭だこと。 「ってか、ここにちっちゃい神様がいるってことはみんな知っているんじゃないか?」 「……ちっちゃいとか言わない。私、これでもあんたよりずっと、ずーーっと年上だよ」 「で、そのちっちゃい神様もみんなに新年の挨拶をすればいいじゃないか」 聞けー! と頬を引っ張られた。 つってもねえ、年上に見えないんだよ、ほら、こんなところが。 「ほら、東風谷だって、お守りとかの売り子、一人じゃ大変そうだし」 ここの破魔矢とかすげぇ効きそうだし、ここぞとばかりにみんな買い込んでいる。 御神籤も飛ぶように売れているし…… 「はあ、仕方ないね」 「とか言いつつ、満更でもない諏訪子であった」 無言で蹴られた。 ふっ、ナイスキック。 守矢神社の初詣を十分に堪能してから、博麗神社に戻った。 人妖入り混じっての大新年会が開かれていた。 「……霊夢?」 「なにも言わないで」 不貞腐れて、霊夢は酒を呑んだ。仕方なく、僕は酌をしてやった。 守矢神社の様子は……言わない方がいいんだろうな。 | ||
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