東風谷を伴って人里に来る。
 どうやら、東風谷は人里に来たことがないどころか場所すら知らなかったらしく(どうやって生活するつもりだったんだ?)、今や外の世界では見ることの出来ない旧時代的な街並みにキョロキョロしていた。

「東風谷。とりあえず、食べ物屋の場所覚えよう。あとで僕が人集めるから、神社の話はそのときに」

 なにはともあれ、収入源の確保が第一だ。
 今日は僕が貸してやるということで話は付いているが、流石に無償でポン、とお金を上げられるほど僕もお人好しじゃないし、そもそもそれをすると東風谷が心苦しいそうだ。

 だから、結局は霊夢と同じこと。人に来てもらって、賽銭を入れてもらうなりなんなりで、収入とする。

「あ、はい」

 素直に頷いてくれて、こちらでも東風谷は優秀な生徒であることを再確認。

 そうすると、問題は一つ。

「あ……」

 いつも寄ってくる子供の一人と遭遇。目が合うと、そいつは僕の右隣――東風谷のほうに視線を移し、

「わーーーーー! また良也兄ちゃんが別の女の人を連れてるー!」

 などと叫びながら、子供の集団に突っ込んでいった。
 なんだってーっ! と子供らしい素直な反応をした連中は、事実であることを確認すると、うわぁ〜、と何の理由があるのか問い質したいくらいの元気さでこちらにやってきて僕をもみくちゃにする。

「ええいっ! お前ら失せろ! ほれ、とってこーいっ!」

 瞬時に僕は連中の人数が八人であることを看破。それぞれ味の違う飴玉をそれぞれ指の間に構え、広場の人のいないところに向けて投げる。
 子供たちは、こっちに来たときと同じ勢いでそいつに群がり、僕はとっさに東風谷の手を取って逃げた。
 ていうか、なぜ逃げなくてはならん?

「ふう」

 とりあえず、撒いた事を確信して、一つ息を吐く。

 ……いや、だから問題は一つなんだって。要は、僕が優秀な教師かどうかって問題。

「先生……。そんなにいつも違う女性を引き連れているんですか?」
「いや、誤解。普段は一人。まあ、知り合いに女の子が多いせいで、そいつらとたまに一緒するんだけど、連中が面白がってね」

 別に示し合わせたわけでもなく、たまたま人里で咲夜さんとか妖夢とか、魔理沙、鈴仙、藍さん、まあ他にも何人か。そういう人たちと遭遇することもあって、ちょっと話しながら歩いていただけ。

 それを、他に娯楽の少ない大人連中がからかって、それが子供にも伝播して……ってのが真相だ。
 ま、中身や力はアレげなのが多いけど、見目麗しいのは確か……むう、素直に認めるのは癪だな。特に魔理沙辺り。

「えっと」
「前、宴会に来ていた連中だと思ってくれれば、間違いはない」
「ああ、あの」

 東風谷は苦い顔。

 あの賑やかな人妖たちを思い出しているんだろう。
 うん、初めてだと面食らう面子だというのは間違いない。……ああ、いや訂正。僕は今でもたまに面食らってる。

「とりあえず、僕は今彼女の一人もいないし、いたこともないことを明言しておく」
「いや、その……いいんですか? そんな堂々と言っちゃって」

 今更だ。

「無駄な時間取っちゃったな……とりあえず、米屋だ。付いて来てくれ」
「あ、はい」

 割と素直な東風谷にうんうんと頷き……僕は一路、米屋まで向かった。


















 米屋に着くと、見覚えのある女性が、一俵の米を軽々と持ち上げているところだった。

「……慧音さん。こんにちは」
「ああ、良也くん。こんにちは」

 ずん、と鈍い音を立てながら、慧音さんは米を下ろす。この人も妖獣なんだから、このくらいの重さは軽々なんだろうけど……シルエットがおかしいのは、まったくもって否定できない。

 案の定、目を白黒させている東風谷は、しばらく混乱していた。……が、自分も人のこと言えないことをやっと思い出したのか、慧音さんに一礼した。

「こんにちは。以前の宴会でご一緒しましたね。東風谷早苗です」
「ああ、守矢神社の。……こんにちは。お元気そうで何よりです。上白沢慧音です」

 ああ、いいなあ。幻想郷きっての真面目二人。これに妖夢でも加われば、夢のトリニティ完成だ。

「また妙なことを考えているね……」
「へっ? あ、いえ、そんなことは」
「君はすぐ顔に出るから、気をつけたほうが良い」

 そ、そう、かな? そうかも。多分、そう。いや、いままでのことを考えるに、そう考えるのが妥当かも。

「で、今日はどうしたのかな? 米屋なんて、珍しい」
「ああ、東風谷はこっちに来たばかりなんで、ちょっくら案内を」
「成る程」
「あ、東風谷。慧音さんはこう見えても半獣の人で、里の守護者、なんて呼ばれているありがたい人なんだ。珍しいことに、委員長タイプの優しい人だから、頼りにするといいよ」

 委員長タイプ? と慧音さんは首を傾げたが、東風谷には伝わったんでよしとする。

「里の守護者、ですか」
「まあ、私をそう呼ぶ者もいる。しかし、普通に接してくれると、私としてはありがたい」
「ああ、そうそう。慧音さん、東風谷ん所のお守りは凄く良く効くから、是非みんなを誘って買いに行ってください」

 慧音さんはキョトンとするが、僕が守矢神社のお守りを懐から出してみると、頷いてくれた。

「それ、東風谷さんのところのお守りだったのか」
「あ、はい」

 こいつの効果は折り紙付きだ。
 霊的防御力向上と所謂ドラクエの『せいすい』に似た効果。他にも種類によって色々。安産交通学業なんでもござれ。込められている霊力からして、決して劇的ではないものの確実にプラスの効果がある。
 これが外の世界換算でわずか五百円。

 ――異様に妖怪と縁のありすぎる僕が持っていると、すぐ擦り切れちゃうんだけど。それでも、日々妖怪の脅威にさらされている人里の住人にとっては、とても有用なお守りだ。

「ふむ……妖怪の山までは比較的安全な道のりだし。分かった。今度行ってみよう」
「ありがとうございます」

 ちなみに、意外に思えるが妖怪の山までは、慧音さんの言うとおり割合安全な道のりだ。
 途中、神様の領域がそこかしこにあるし、河童など割合友好的な妖怪が多いためでもある。妖怪の山そのものは入山が危険だったけど、今度の協定でそれもなくなった。

 厄介なのはルーミアみたいな特定のねぐらを持たない妖怪と、気侭な妖精くらいだけど……なんだかんだで幻想郷の住人。注意すれば回避するのは難しくない。
 そういうのに遭遇して命を奪われる、っていうのは要するに交通事故みたいなもんだ。

 慧音さんに別れを告げ、とりあえず当面必要な分だけの米を購入する。無論、僕の金で。

「ちょっとおまけしておくよ。あんた、噂の山の巫女さんだろ? 博麗のは頼りにならねぇし、よろしくな」
「あ、は、はい!」

 元気よく頷く東風谷。

 ……しかし、霊夢。相変わらず、人里での人望がないんだな。
















「さて……とりあえずはこんなもんか」
「ですね。あまり多すぎても持ち帰れませんし」

 とりあえず、いくつかの食材を購入し、なんとか一週間くらいの買いだめをしておいた。
 たった三人、しかも女所帯の守矢神社なので、一週間分とはいえ量はさほどでもない。神様の熱烈な要望による日本酒がなければ、僕一人でも持ち運べる量だ。

「すみません、代金はいつか必ず返しますから」
「期待して待ってる。さて、帰る前に神社の宣伝もしないといけないな」
「ええ。あの上白沢さんに言っただけじゃ不十分でしょうし」

 いや、慧音さんに言っておけば、八割がた大丈夫だろう。生真面目に口コミしてくれるだろうし、慧音さんの言うことなら里の誰もが信じる。

 でもまあ、残りの二割くらいは僕も埋めてみようって感じだ。

「さて、じゃあ僕の用事とついでだな。東風谷、ちょっと荷物見張ってて」
「? はあ」

 さっきから、遠巻きに僕をそわそわと追跡している連中が何人かいる。
 ……って、阿求ちゃん。君もか。

 苦笑しつつ、リュックを下ろし、手をパンパンと叩く。

「はいっ! 土樹菓子店、開店するよ」

 二メートル四方のシートを広げ、その上にリュックから取り出した菓子を陳列する。
 わらわらと群がってくる人たち。……あ、妖怪も混じってる。

「こいつはいくらだい?」
「こんなところで!」

 指を立て、値段を示す。
 ポッ○ー一箱でも、利益を乗せているのでそこそこの値段だ。

 まあでも、希少性と味のおかげで、売れ行きは好調。

「あ、注文していたマシュマロは持ってきてくださいましたか?」
「阿求ちゃんか。はいはい。少しお待ちを……ん、五円チョコをオマケだ」
「ありがとうございます」

 花開く、というのがぴったりの笑顔を見せる阿求ちゃんを、ちょっと待て、と押し留める。

「オマケの代わりっちゃあなんだけど、ちょっとストップ。後で頼みがある」
「はい? まあいいですけど」

 阿求ちゃんに一言言ってから、僕は商売に戻った。

 つっても、残り十五分と持たず、商品は完売となる。でも、ここで解散、というようにはならない。
 うちで買い物してくれた多くの人は、今度はあれを持ってきてくれ、これが美味しかった、なんて、売り終わった後に色々と感想を聞かせてくれる。

 おかげで、初期は住人の好みを外すこともあったけど、今ではラインナップは万全。

 ……でも、今日はその前にすることがある。

「あ〜、皆さん。ちょっとお聞きして欲しいことがあるんですが」

 なんだなんだ、と注目が集まったところで、東風谷を手招きする。
 東風谷は少し戸惑ったみたいだけど、結局はちょっと恥ずかしそうにしながらもこちらに来た。

「こちら、今度妖怪の山の頂上に引っ越してきた神社の巫女、東風谷早苗。ほら、東風谷」

 まったく打ち合わせもなしだったのは申し訳ないが、忘れていたんだから仕方ない。

 促された意味を悟った東風谷は、あーうー、と彼女んちのちっこいほうの神様がしていた口癖? をしてから、口を開いた。

「えっと、守矢神社の東風谷早苗です。今、当神社では参拝客を絶賛募集中で……」

 あ、ちょっとテンパってる。参拝客募集中て。神社がそういうこと言ってもいいんだろうか?
 案の定、里のみんなは胡散臭そうだ。大体、東風谷の衣装が紅白じゃなくて、青い2Pカラーみたいなのがいけないんだ。

「えっと、皆さん。東風谷はちょっと緊張しているみたいですけど、この神社のご利益は保障しますよ」
「でもなあ、良也くん。ちょっと彼女は頼りなくないかい?」

 神の威徳とはあんまり関係ない気がするが、でも確かに。
 でもさ、ゴンベーさん。それ、大いに間違いだ。

「ま、そう見えるかもしれませんね。……東風谷。上へ」
「え? あ、待ってください!」

 置いていかれるとでも思ったのか、東風谷は空を飛んだ僕を慌てて追いかけてくる。

「東風谷、弾幕ごっこするぞー! 守矢の巫女……じゃなかった、風祝の力、見せてやれ」
「えええええええ!? ま、まさかそんなこと!?」
「いや、これが一番手っ取り早いから」

 こういう事情なら仕方ないだろう。
 ちょっと楽しくなってる自分を戒めながら、霊弾をお見舞いする。

 ……が、あっさり避けられた。
 さすが属性・風。機動力が違う。

「んもう、知りませんからね!?」
「大丈夫。なぜなら僕はまだ生きている」

 根拠のないっ! と東風谷は怒りながら、割と本気目の弾幕を……あ、ヤバ。

「こ、東風谷ぁあああああっっっ! 手加減をしろおおおお!」

 開始五秒足らずで泣き言ですよ僕!?

「いきなり吹っかけてきたのは先生のほうでしょう!?」
「そうだけど、そうだけど!」

 でも、いきなりこんな本気が来るとは思いませんでしたよ? ほら、これちょっとしたデモンストレーションのつもりだったしっ。

「秘術『グレイソーマタージ』」
「!? 火符『サラマンデルフレア』!」

 東風谷が大人気なくもスペルカードを使うのを見て、僕も涙目で火符を使う。

 ……結果は、まあ言わなくてもわかるだろう?








「なるほど……英雄伝に付け加えるべき人かもしれません」
「そ、そりゃあ、よかった」

 阿求ちゃんがそう言うのを聞いて、とりあえず思惑通りに進んだのを内心ガッツポーズ取ると共に、ズタボロの我が身を慈しむ僕であった。



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