守矢神社の面々の歓迎会の日。

 とりあえず、いつも博麗神社に集まっている連中に声をかけ、その全員が参加希望したらしい。
 全員、多分酒が目的だろうけど、これで東風谷たちが受け入れられるのなら、僕としても異論はない。

 で、もちろん僕もお誘いを受けたんだけど、ちょっと遅刻してしまった。

「やれやれ……もう始めてるだろうな」

 僕一人が遅れた程度で宴会の開始時間が遅れるわけはない。
 まあ、すぐ呑んで、連中のテンションに追いついて見せるさ。ちゃんと差し入れも持ってきたし。

 ビニール袋でがちゃがちゃ言っている差し入れを、揺れないように運ぶ。

 守矢神社に行くには天狗の土地を突っ切る必要があるが、誰も呼び止めない。……前、天狗と交渉したらしい神奈子さんが言っていたが、守矢神社に参拝に行くルートに限り、人間や妖怪の立ち入りを許可してもらったらしい。

 ここまで天狗が譲歩するんだから、きっとあそこの二柱はすごい神なんだろう。諏訪子はどうやってもそうは見えないけど。

 などと考えていたら、がやがやと騒がしい守矢の神社が見えてきた。
 ここから見えるだけでも、天狗や河童という妖怪の山の面々、紅魔館の連中、永遠亭の連中が見える。あ、あと妖夢もいるから多分幽々子も来ているな。

「……って、やっぱりもう始めてら」

 全員、酒器を片手に赤ら顔だった。

「良也さん、遅刻よ」
「悪い悪い。まあ、手土産は持ってきたから許してくれ」

 霊夢が投げてよこしたコップを空中でナイスキャッチ。
 宴会の中心に陣取っている巫女二人の間に降り立ち、霊夢から酌を受ける。

「んぐ……ぷはぁ! 美味い!」
「良い呑みっぷりね。はい、ホストからも酌だ」
「おお、これは神奈子さん。ありがとうございます」

 霊夢の前に座っている威厳たっぷりの神様から酌を受ける。
 神酒、って書いてあるけど、僕が呑んでもいいもんなのか?

「ん……ぐっ!?」

 う、美味い! 良い酒だっ! ちょい度数高めだけどっ!

「美味しいですねぇ」
「ふっ、当然。私がコツコツ溜め込んだ金で買ったお酒だからね。外の世界の金を持ってても仕方ないし、ぱーっと使ったのさ」
「ああ、そうか……」

 ここの人たちは自分の意思で幻想郷に来たんだったな。向こうの財産は処分して当然か。

「なあ、東風谷。お前もぱーっと……どうした、赤い顔して。もう酔ったのか?」

 なんとなく、そんな感じには見えないが。むしろ、照れているっぽい。

「なんでもありませ「それは私が説明しましょう!」

 突然、嬉々として話に割って入ったのは……射命丸?

 で、紙の束を差し出してくる。

「なにこれ?」
「毎度お馴染み、文々。新聞です」
「んー?」

 見ると、一面のトップに、僕が東風谷を支えている写真が。昨日、眩暈がしたとか言う東風谷を支えたな、確か。
 ……んで、その下の文はもう見るのも嫌だ。

「なんだこれ!?」
「いやはや、久々に良い写真が撮れました。あ、焼き増し要ります?」
「いらんっ!」

 すぱーん、と射命丸に新聞を突っ返す。
 ……でもまあ、見る限り、守矢神社のことが客観的に書かれたりもしているので、これはこれで幻想郷にここの人たちを紹介するにはよかったんだろう。

 なぜこの記事のトップに、僕と東風谷のツーショットを持ってくるかは知らないが。

「ったく、後で訂正記事出しておけよ?」
「ええ、構いませんよ? でも、それには真実を知る必要があります。さあ、ここの巫女と貴方の関係、根掘り葉掘り聞かせていただきますっ!」

 んな、改めて説明するほどの関係でもないんだけど……まあいいか。

「僕、塾の講師。こっち、教え子」
「もうちょっと詳しく!」
「いや……それ以上でも以下でもないんだが。たまに外の世界の神社に通っていたくらいで」

 射命丸に正直なところを答える。
 でも、このパパラッチはそれでは納得できないのか、僕のコップに酒を注いで言った。

「んもぉ! 酔いが足りないから、舌も回らないんですかねえ? ささ、ぐいっとどうぞっ」
「……いや、いいけどな。別に特に言うことは」

 誤魔化すように、注がれた酒を一気に煽る。

 途端、喉を駆け抜けるものすんごいアルコール臭!

「ぐ、はっ!? お、お前、これ……」
「手早く酔っていただくにはこれが一番かと思いました」

 それは、僕を以前アル中で殺した馬鹿度数の酒……『天狗殺し』。
 う、迂闊ぅ〜〜!

「さぁさ、どぞどぞ、話してくださいっ!」

 僕はどこか朦朧とした意識で、射命丸がメモを構えるのを見るのだった。






















 つっても、ゼロにいくらをかけてもゼロにしかならないように、そもそも僕と東風谷の関係は説明しきっていたので、追加で言うことも少ない。

 あ〜、危機感がなくなってペラペラ話しているなぁ、という自覚はあったものの、射命丸の望む回答はとうとう出てこなかった。

「むう……つまらない。本当に何もないんですね」
「まぁな〜。東風谷、むしろこれから起こす?」

 酒臭い息を吐きながら、隣の東風谷に僕的ダンディ目線を送る。

「え、あのちょっと、神奈子様? お酒を注がないでくださいっ」

 無視された。つーか、気付かれなかった。
 良也クンショック!

「周りを見てみろ、みんな呑んでるぜ? 早苗だけ空気を読まずに、酒呑まずにやりすごそうってのはねぇだろ」
「ていうか、貴方たちは呑んじゃいけない年齢でしょう!?」

 東風谷は、いつの間にか輪に混じっていた幹事の魔理沙を問い詰める。
 で、その言葉に霊夢が答えた。

「酒を呑むのに、年齢制限があるっていうの?」
「あ、ありますよっ!」
「ふーん、まあ関係ないけど」

 うん、東風谷。それは僕が一年以上前に通った道だ。
 そして僕は悟ったのさ。

「東風谷」
「先生っ。先生からも言ってあげて……」
「それは違う。いいか……このゲームに登場する人物は全員十八歳以上です。小さい、とか子供、とかいう表現はキャラクターの身体的特徴を表すものであり、年齢とは無関係です。
 また『ようじょ』という表現についても、『妖怪少女』の略であることは言うまでもなく、字が違っているのものがあれば、それは誤字に間違いないでしょう」
「は、はぁ!?」

 む、流石の東風谷もエロゲのお約束には知識が浅かったか。いや、今ふと思いついたフレーズなんだけどねっ。

「っていうか、十八歳以上だと、まだ呑んじゃいけませんっ! 二十歳以上からです」
「東風谷は細かいなあ。誤差の範囲誤差の範囲」

 僕は適当に手をひらひらさせる。
 うむ、十代と二十代の間には深くて長い溝がある気もするが、気にしないのだ僕は。

「も、もしかして先生……相当、酔ってます?」
「あっはっは。東風谷は面白いことを言うなあ。僕が酔う? アリエナイ!」
「有り得ています! 有り得ていますから!」

 まったく、心配性だ。

「霊夢、話してやってくれよ。僕がどれだけの酒豪かを」
「そうね……まあ弱いほうではないわね」
「もっと強気に説明してくれ」
「大丈夫、一回アル中で死んだけど、生き返ったから」
「ぇぇぇえええ!?」

 霊夢の言葉に目を大きくする東風谷。あれ? 東風谷に、は不老不死だってこと話していたんだけど……もしかして僕、信用されていなかった?

 でも、それより、霊夢のその説明だと、むしろ酒に弱いという印象を与えてしまうぞ。

「魔理沙。僕は酒に強いよなっ!?」
「そうだな。私の毒入り焼酎のんでもへっちゃらだったもんな」
「ど、毒!?」

 またしても東風谷が素っ頓狂な声を上げる。
 いやまあ。

「とりあえず早苗。呑みなさい」
「無理です無理です無理です!」

 神奈子さんが酔っ払い顔で、東風谷に無理矢理杯を持たせようとするが、頑強な抵抗にあう。むう……

「ほらほら、神奈子さん。あんまり無理矢理呑ませるのもよくありませんよ」
「ここらで酒の味くらい覚えて欲しいんだけどなあ」
「確かに、この幻想郷では酒の呑めない奴は駄目駄目ですが……とりあえず今日はこれで」

 すっかり忘れていたけど、差し入れを持ってきたんだった。
 ビニール袋の中からオレンジの奴を取り出して、東風谷に渡す。

「あ、ジュースですか」
「まあ、呑んでくれ。日本酒よりはこっちの方がいいだろう」
「へえ。外の世界の食べ物を売っている、ってのは聞いてたけど、本当に外と行き来できるんだねぇ」

 神奈子さんが感心して僕を見る。

「いやぁ。ま、それは差し入れだから、遠慮せず呑んでくれ」
「あ、はい。……く」

 んーーーーー!? と、呑んだ瞬間、東風谷が口を押さえて首を振る。

 どうしたんだろ?

「ん、んぐ! せ、先生!? これ、お酒じゃないですかっ!!」
「? ああ。チューハイの方が呑み易いと思ったんだけど。あ、梅のほうが良い?」

 酒に慣れていないであろう東風谷のため、チューハイを持ってきてやったのだが、オレンジは苦手か。
 あとイチゴと梅とレモンとリンゴと桃があるんだけど……うーん、イチゴとか桃が呑み易いかな?

「良也、なにそれー?」
「……酒のこととなると嗅覚がいいな、萃香」

 ほれ、と、一本を投げてやる。
 酔ってるせいか、目標は見事に逸れたが、不自然な軌道を描いて萃香の手の中に納まる。

「だ、誰ですか?」
「萃香。鬼。いつも酒呑んでる。幼女……もとい妖女」

 まだむせている東風谷の求めに、的確な説明を返す。

 その萃香は、不慣れな様子でプルタブを開け、イチゴのチューハイを一口嚥下する。

「甘っ! なにこれ?」
「向こうの若い女性には、そういうのの方が売れているんだよ。なあ、東風谷」
「い、いえ……私は良く知らないんですが」

 む、まさかチューハイすら呑んだことなかったのか? 一口だけのはずなのに、顔赤くなってるし。

「はっはっは。なるほど……いい気遣いじゃないか。早苗、塾のとはいえ、先生からの施しだ。せめてその一缶は空けるように」
「ちょ、神奈子様!?」

 まあ、呑んでもらえないと、ちょっと悲しいけどね。

 そんな風に騒いでいたせいか、なんだなんだ、と物珍し好きな連中が集まってきた。

「良也、なによそれ」
「レミリアにも一本やろう。ほら、妖夢も」
「あ、ありがとうございます」

 八十八円の安売りのやつだが、三十本ほど持ってきたので、交流のある大体の連中には配れた。

「甘すぎるわ」
「……これ本当にお酒?」
「ジュースと思えば呑めるけど……」

 ちなみに、全般的に不評。……女の子には、こういうのの方がいいと思ったんだけどなあ。

「まあ、いつも日本酒やら焼酎やらワインやら呑んでるお前らには向いていないと思ったけど」

 でも、ああいう甘いのを呑むのが女の子と言うものじゃないだろうか。……むう。僕が古いのか?

「あ、東風谷。紹介すると、あれが吸血鬼、あれがメイド、あれが魔法使い(喘息持ち)で、あっちが亡霊、半人半霊。あっちが兎かけるにで薬師と月のお姫様で不死人。人形師とか騒霊とか天狗とか……あれ? スキマがいねぇな。まあ、会わないに越したことは……東風谷?」

 集まってきたのが、大体幻想郷の主要な人物たちなので紹介しようとしたのだが……振り向いてみると、東風谷は真っ赤になって倒れていた。
 カラカラと、空にしたと思われるチューハイの缶が一本転がる。

「弱っ」
「私が挨拶しておくよ。ありがと、良也。……諏訪子、早苗をよろしく」

 神奈子さんが、連中の前に出て、いつの間にか現れていた諏訪子が東風谷の看病をする。
 んで、神奈子さんは持っている一升瓶の中身をみんなに振舞う。

 それを見て、なんとなくこの人たちはうまくやっていけるんじゃないだろうか、と思った。

「うあ〜〜、世界が回ってしゅ〜」
「あ、いややっぱ駄目かも」

 目がぐるぐるの東風谷を見て、前言撤回する僕だった。



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