僕は、東風谷に僕が幻想郷で出会った出来事などを語った。

 生霊になった冥界に行ったくだりで、東風谷はちょっと顔を引きつらせた。

「生霊……ですか」
「うん。生霊」

 続けて、『自分だけの世界に引き篭もる程度』の能力について話したところで、ツッコミが入った。

「引き篭もり?」
「ああ、スキマが言うにはそうらしい。僕的にももうちょっと格好いい名前をつけたかったけど、もう慣れちゃったし」
「スキマって……」
「隙間妖怪。僕の天敵」

 んで、生き返った後、幻想郷に来た辺りで、東風谷は重いため息をつく。

「なんでそんなことが出来るんですか……」
「知らない。まあ、そういうこともあるんだろ」
「ないですよっ」

 そんなことを言われても、と思いながら幻想郷での日々を話す。あと魔法の勉強を始めたことも。
 まあこちらは、彼女にとっては興味深いだけで特に言うことなかったらしい。まあ、フィギュア事件とか賽銭レボリューションとか、ぼかして話したし。

 で、永夜異変と不老不死になったことを説明したところで、とうとう東風谷はちゃぶ台に突っ伏した。

「どうした? まだ日常編その二と、良也クン閻魔に出会う編があるんだが」
「……いえ、もうなんて言ったらいいのか。どれだけ波乱万丈な生活を送っているんですか、先生は」
「いやぁ、はっはっは……」

 自分でも思い出しながら、なにこのB級漫画のプロットは、と思ったのは内緒だ。
 うん、当時は必死で考える暇もなかったけど、よくよく考えるとトラブルの頻度が半端じゃないぞ。

 こうなったら、東風谷にお払いでもしてもらった方がいい気がしてきた。

「っていうか、不老不死って本当ですか?」
「不老はよくわかんないけど、不死は間違いないっぽい。実際、四回か五回か死んだし」
「し、死!?」
「あ〜、気にするな。僕はもう気にしないことにした」

 深く考えるとドツボに嵌りそうだし。
 こういうスルー能力が、幻想郷に来てから無闇に上昇した気がする。まだまだ他の連中に比べたら甘いらしく、時々突っ込みを入れざるを得ないことがあるけど。

 でも、東風谷のスルー能力は低そうだなぁ。幻想郷でやっていけるか? 大丈夫か?

「早苗、驚くことはないよ。死ににくい妖怪なんざぁ、ここには山ほどいるからね」

 諏訪子が訳知り顔で言う。いや、僕を妖怪扱いすんな。

「いえ、先生は一応人間なんですけれど……」
「あ、一応をつけやがった」

 ……いいけどね別に。教え子に半分くらい人間扱いされなかろうが。

「まあ、閻魔編はまた今度話すとしよう。別にそんな特別なことは起きなかったし」
「タイトルだけで、私は聞きたくありません……」
「まあまあ。閻魔っつっても、単なる背の低い女の子だ」

 やたら説教臭いけど、真面目そうな東風谷なら仮に出会っても大丈夫だろう。

「で、僕が話したんだから、東風谷のほうも詳しい話をして欲しいんだけど」
「いいですけど、私の方は先生みたいに面白みのある話ではありませんよ……」
「なにおう。僕の話のどこに面白みがあった」

 徹頭徹尾、僕の苦労話だっただろうが。
 聞いていた諏訪子は、終始ケロケロ笑っていたけど。

 っかしいなあ。僕、身体を張って笑いを取る系の芸人じゃなかったはずなんだけどなぁ。

 内心、首をかしげながらぬるくなったお茶を口に運ぶ。……と、お茶の水面に波紋ができた。

「……ところで、まだ向こうの決着は付かないのか?」
「どうだろ。巫女もキツそうだけど、神奈子の方もかなり追い詰められているみたいだけど」

 さっきからずっこんばっかんと、霊夢と神奈子という神様の争いは激しさを増している。
 つーか、なんで裏の湖での弾幕ごっこの衝撃がこんなところまで届くんだよおっとろしい。

 しかし、諏訪子の言うことを信じれば、そろそろ決着は付くみたいだ。やれやれ……

「諏訪子様。やはり加勢に行ったほうがいいのでは……」
「そんなの、神奈子に追い返されるのがオチさ。まあ、負けたって取って喰われや……しないよね?」
「……するかも」

 この神社にも賽銭箱がある。賽銭箱というのがマズイ。『これは本来、うちの神社に入れられるべき賽銭よね』とか言いながら賽銭箱ごと毟り取っていく様が目に浮かぶ。

 こんな妄想がバレたら、多分針で刺されるけど。

「ん? また別の客が来たみたいだ。こっちは、この家に……あ、来た」

 諏訪子の言葉に玄関の方に意識を集中してみると、確かに誰かの気配っぽいものがそこはかとなく。
 直後、大きな声が届く。

『お邪魔するぜー!』

 って、この威勢のいい声は間違いなく、

「魔理沙」
「よっ、良也。ちょっと上がらせてもらったぜ」
「お前、それは家人に言え。そっちの二人だ」

 魔理沙は東風谷と諏訪子に手をひらひらさせて、勝手に座布団を引いて座る。

「またまたお前は、こういうところと仲良くなって……。異変を起こした連中と仲良くなるのがお前の趣味か?」
「その趣味についてはお前と霊夢にとやかく言われる筋合いはない。しかも今回は妖精が暴れている以外は異変じゃないだろ」
「なに、霊夢が動いている以上、異変と言ってもいいさ。……それで、私にお茶はないのかい?」

 我が物顔だな、勝手に入ったくせに。

「せ、先生? こちらは?」
「見ての通り魔法使い。魔理沙」
「おう、霧雨魔理沙だ。よろしく」

 あ、煎餅取りやがったっ!

「しかし、変わった内装だな?」
「ここんちは、僕と同じく外の世界から来たんだよ。向こうでの知り合いなんだ」
「へえ。確かに、煎餅も美味い」
「つーかお前、僕の持ってきた菓子食ったんじゃないのか?」
「いやぁ、美味かったぜ」

 こいつ……全部食いやがったな。糖尿病になっても知らんぞ。

「追いかけたはいいけど、霊夢はもうラスボスとやりあってるっぽかったしなぁ。大人しく、良也と合流しようとしたんだが」
「敵側でのほほんと茶を啜ってちゃ悪いか」
「いやぁ、いいんじゃないか」

 くくく、と笑う魔理沙。
 やれやれ。

 とか思っていると、袖がクイクイと引っ張られた。

「なに、東風谷」
「先生……彼女、魔法使いですって? 何歳なんですか」
「さあ。魔理沙、お前何歳だっけ?」
「まあそこそこだぜ」

 霊夢と同じ答え。
 お前ら、そんなに年齢を明かしたくないのか?

 まあでも、見た目通りならティーンなのは間違いないだろう。真ん中より上か下かはちょっとわかりかねる。
 魔理沙はまだ人間の魔法使いだから、見た目通りなはずだが。

「博麗神社の巫女といい、この幻想郷の人間は、こんな少女しかいないんですか」
「それは、僕も聞きたい。人里なんかには普通に老若男女問わずいるけど……人間の実力者や、人型の妖怪の大半は、こんなのばかりだな」
「なんだ? ひそひそして」←こんなの

 もしかして、霊力とかそういう力は、少女期の女が一番上手く扱えるんだとか、そんなどうでもいい設定があるのかもしれない。
 いや、ないだろうけどさ。言ってみただけさ。

「いや、っていうか東風谷だって人のこと言えないだろ」
「そ、それはそうなんですが」
「そっちの諏訪子も」
「んー? なーにー」

 あ、もはや諏訪子は蛙のぬいぐるみを枕にしてごろごろモードだった。
 その視線は、あらぬ方向……裏の湖の方向を見ている。

「さっきから気になってたんだけど、見えてんの?」
「うんー。……あ、今決着付いた」

 諏訪子がそう言うかどうか、というタイミングで、これまでで一番の衝撃がビリビリと家屋を襲う。

「そのうち、こっちにも来るんじゃない?」
「やれやれ……しかし、やっと終わったか」
「どっちが勝ったか聞かないの?」

 んなの、決まってる。

「霊夢だろ、どうせ」





















「あ〜、疲れた。良也さん、お茶」
「お前は人んちでも、僕に茶を強請るんだな!」

 東風谷がわざわざもう一回淹れてきてくれたお茶を、霊夢に注ぐ。

 珍しくボロボロになった霊夢と、負けないくらいボロボロの神奈子さん。
 神奈子さんのほうは東風谷に心配されているけど、平気平気、と笑い飛ばしていた。

「で? 勝負はあんたが勝ったわけだけど。私たちをどうするつもり?」

 お茶を飲んで一服したところで、神奈子さんが切り出す。

「どうもしないわよ。ここに住むんだったら、ここのルールに従って欲しいだけ。とりあえず、うちには手を出さないで」

 霊夢は面倒そうに応える。
 ……まあ、霊夢がそんな複雑なことを答えるわけないんだけど。

「ああ、それと、天狗のほうに挨拶しといたほうがいいかも。割と怒ってて、そのうち攻められるかも」

 ふと思いついて、言ってみた。

「天狗ね。ご忠告ありがと、良也」
「……やっぱり神奈子さんも僕のこと知っているんだ」
「なぁに。早苗目当てとはいえ、このご時世に足繁く通ってくれた人間だ。覚えるさそりゃ」
「だ、誰が誰目当てなんですかっ!」

 東風谷の突っ込み。
 いや、本当になぁ。だって僕、お守り買うために行ってたんだし。地味に護符として強力だったから。

 その後も、霊夢と神奈子さんの話し合いは続く。
 どちらかというと、勝負に負けた神奈子さんが霊夢に譲っている感じだったけど。

 まあ、で、色々決まった。
 博麗神社に分社を置くだとか、天狗とのつなぎの仕方だとか。

 ああ……そうそう。

 この守矢神社の歓迎会なるものを、近日中に開くことにしたらしい。
 これは魔理沙の提案。

 お前、呑みたいだけだろう、と思ったりもしたが。
 まあ、案自体は悪くないので、僕も了解した。

 ……さて、来週は宴会だ。



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