妖怪の山がずいぶん近づいた。 麓の樹海は、下を歩けば道に迷うことは間違いないが、空を飛んでいれば当然迷いっこない。 それは良いんだけれど、山に近付くごとに妖精の攻勢がきつくなってきて……むう、まだ落ちるほどじゃないけど、若干キツいかも。 「って、あれ?」 とかなんとか思っていたら、潮が引くように妖精たちがいなくなる。 ……はて。もしや僕の気迫に恐れをなしたか? 別に、気合なんかこれっぽっちも入れていないけど。 「今日はー」 不自然さに首を捻ると、どこからか声が聞こえる。 「命知らずな人間が多いわねー。あ、貴方は命知らずでもよかったっけ」 そう言いながら登場した、なにやらくるくる回っている女性……は、見覚えがある。 「えっと。お雛さん? そういえば、ここらへん、お雛さんの縄張りでしたっけ」 彼女は鍵山雛。れっきとした神様の一員で、厄神さんらしい。 厄神とは言っても、お雛さんが厄を撒き散らすわけではない。むしろその逆で、人間や妖怪の厄を集め、厄を取り除いてくれる有難い神様だ。 そんなわけで、人里での信仰も篤いんだけど、厄介(厄神だけに)なことに彼女は自分の周囲に厄を溜め込んでいるわけで、普通の人間が近付くとその厄が移ってしまうのだ。 おかげで、お供え物を捧げるにも決められた場所において、それを拾ってもらう、という手段しか使えない。 ……んで、厄とかその手のわけわからん力には滅法強い僕が、人里の人たちに代わりお供え物を届けたことがある。 「こんにちは。今日も貴方は、厄が見えないのね」 「いやあ。自分で言うのもなんですが、お雛さんに見えないだけで厄は相当溜め込んでいると思いますが」 うんうん。そうでもなけりゃ、僕はこんな妖怪の山の麓の樹海になんぞ来ていない。 絶対、なにかしらの厄っぽいものが存在しているに決まっている。単に僕の運が悪いだけという可能性は、悲しくなるので考えない方向で。 うーん、この能力さえなければ、お雛さんに厄を取ってもらうんだけど。 意識的に解除しても、あんまり厄は見えなかったそうだ。……だから、考えないんだって。 「それで? どこに向かうつもりかしら。ここから先は妖怪の山。人間が足を踏み入れるのは危険よ?」 「危険? ああ、そういえば」 前近付いたときは、思い切り椛に威嚇されたな。 まあでも、あれ以来、天狗の人たちには使い捨てカメラをたまに卸している。にとりを始め、外の世界の技術に興味のある河童連中とも少しは話したことあるし、特に問題ないと思うんだけど。 「や、あそこの連中は知り合いなんで大丈夫です」 「知り合い、って言ってもねえ。最近、あの山付近に不穏な気配がするの」 「不穏?」 不穏とか、不幸とか、厄いとか、そーゆーのを司る神様であるお雛さんが言ったら洒落にならないんだけど。 「不穏って、あれですか。最近出来たって言う神社……」 「かしらねぇ。天狗の領域に居を構えるなんて、随分豪胆な神だと思ったけど、よほどの大物なのかしらね」 「うへぇ」 神様もピンキリだ。 お雛さんや秋姉妹のようなどちらかというと気安い神様だけでなく、災害をもたらしたりする強烈で凶悪な神様もごまんといる。 ……まあ、この幻想郷でそんなことをすれば、妖怪やうちの巫女が黙っちゃいないだろうけど。 とにかく、もしかしたら僕が割って入れるような問題じゃない気がしてきた。 「……つっても、霊夢を放っておくわけにもいかんし。ああ、最近なんか僕、貧乏くじばっかり」 最近だけじゃない気がするが、気にしないったら気にしない。ああ、厄が溜まってるなぁ、あっはっは。 「なに、その乾いた笑い。っていうか、巫女っていえば、さっきここを通ったわよ」 「え?」 いや、別にそれ自体は不思議じゃあない。 だって、ここは妖怪の山までの通り道だし。 でもでも、それをお雛さんが知っているっつーことは、霊夢と会ったというわけで、こういうときの霊夢はとりあえず見かけた奴を片っ端からボコる困ったちゃんなわけであって。 「その、お雛さん?」 「なにかしら」 「もしかして、霊夢に喧嘩売られたり、した?」 「していないわよ」 は、はぁ。た、助かった。 ったく、秋姉妹に引き続いてお雛さんにまで攻撃を加えた日にゃあ、あいつお天道さまの下を胸張って歩けないぞ。 「ただ、この先は危険だからって追い返してあげようとしたら、いきなり弾幕ごっこを持ちかけられただけよ。私を妖怪扱いして」 「ごめんなさいでしたーーーーーっ!」 空中だけど、土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。 あいつっ、あいつっ、もしかしてお雛さんのこと知らないっつーわけじゃいよな!? 仮にも人里で信仰されている神様……そういえばあいつ、自分ちの祭神も知らないんじゃなかったっけ? 「……もう、本格的に駄目臭いぞ、あの巫女」 なんで幻想郷に来て一年そこそこ、しかも週通いの僕より神様のことに疎いんだ。 しかも、ボコってるし。 「まあ、あれが博麗の巫女だけどね。あれが彼女の仕事なのは別に間違いじゃないから」 「退治するのは妖怪だけでしょう? お雛さん、あいつを甘やかしちゃいけません」 ったく、今度、ちゃんと言い聞かせておかないと。 霊夢が僕の言うことを素直に聞くとは思えないけど。 「それで、巫女を追いかけるのかしら?」 「はい、そのつもりです。後であいつに謝らせに来ますんで」 「いいわよ、別に。私の厄を撥ねつけるほどの力を持っていたし、山の神様にも負けたりしないでしょう。貴方も、怪我はしないように気をつけて」 「ありがとうございます」 優しさが身に沁みるなぁ。 普段、周りにいるのが優しさなんて単語とは無縁の連中が多いからなぁ。 こういうまともな人ばかりだと、幻想郷ももうちょっと平和だろうに。 「それじゃ、行きますんで」 「ええ、博麗の巫女によろしく」 「はい」 お雛さんに別れを告げる。 ……さて、急がないと。霊夢め、とっちめて……やれたらいいなぁ、とか思ったり。 はあ……やっと河童の縄張りまで来た。 ここまで来れば、あとは通いなれた道だ。 「にとりー! いるかー!」 はて、僕が来ると、大抵土産をせびって真っ先に来る河童がいない。 むう、まああいつも出かけることくらいあるだろうし、気にすることないか。 川面に沿って川の上流を目指す。九天の滝まで行ったら、椛にアポとって、霊夢のことを教えてもらおう。山の哨戒をしている彼女なら知っているだろう……し? 「…………」 なにやら、ちょっと前の方に不自然な歪みが見えた。 その歪みは、背景の色に合わせようとしてはいるのだが、どうにも細かな色合いに違いがある。そしてなにより、その歪みは『破れている』。 「……にとり」 「あれ? ばれちゃったかぁー」 「逆に、どうしてばれないと思ったのかを是非聞かせて欲しい」 んな破れた風呂敷型光学迷彩で、どうやって隠れられるのか。 「んー、改良の余地ありかあ。あの巫女にもすぐバレちゃったし」 「むしろ改良の余地しかない……って、お前も霊夢に会ったのか」 「うん」 この河童もやられたな。もう聞くまでもない。 しかし、好き勝手やってるなあ。 「奥に進んだら危ないから警告してやったのに、攻撃してきた。人間と河童は盟友だってのに、最近は冷たいねえ」 「うーん」 河童の方は、こう言っているのだが、技術関連以外は割とシャイな連中なので、人間のほうは別にどうとも思っていなかったりするのだが。 「まあ、関係修復に尽力してくれ。僕は霊夢を追いかけているから」 「おっと。ちょいと待ちな。あの巫女は今、山の上の神様のところに向かっている。知っているかい?」 「聞いたけど。……なあ、実際どんなもんなんだ?」 ここをねぐらにしている河童ならば、より具体的に神様のことを知っているかもしれない。 「さあ、私はなんとなく不穏ってことくらいしかわからないねえ」 「それだけかよ」 さっきお雛さんに聞いた情報となにも変わらない。 「巫女もその神様を退治に行ったんだろ? 人間だけじゃあ頼りないから、天狗様に相談しようと思ってるんだけど。巫女を追いかけるんだったら一緒に来るかい?」 む、まあそっちのほうがいいか。 僕は一応、椛のいるところ辺りまでは入っていいという風に許可されたけど、霊夢を追いかけに山の奥まで行くなら、天狗に話は通しておかないといけない。 いや、僕は霊夢みたく、傍若無人じゃないしね? 泰然自若とも言えるか。 「よし、じゃあよろしく」 「ま、椛に話をすればいいと思うよ」 にとりと連れ立って、九天の滝に向かう。 ……どうでもいいけど、隣でブツブツと新兵器のアイデアを呟くのは止めてほしい。思わず、ツッコミを入れてしまいそうになるから。 つーか、お前、普通に弾幕撃つほうが強いだろ。 | ||
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