「おーい、幽々子ぉ? 妖夢〜?」

 僕は、対幽々子用のお土産(大福)を持って、白玉楼に来ていた。

 どうも、スキマがあの世とこの世の境界を締め直したらしく、以前よりは出入りしにくくなっているのだが、相変わらず冥界へはみんな気楽に行き来している。

 ……だというのに、ここのところ妖夢の姿を人里で見かけなくなってきたので、様子を見に来たのだ。幽々子は冥界に引き篭もりだけど、妖夢は結構な頻度で見かけていたのに、ちょっとおかしい。

「あ、良也さん。いらっしゃいませ」

 呼びかけてしばらくすると、半霊を従えた妖夢が迎えてくれた。

「ああ、妖夢。こんちわ。これ、お土産」
「これはどうも。いつもすみません。幽々子様が喜びます」

 包みを渡すと、妖夢は大事そうに抱え、お辞儀してくる。……つっても、あの腹ペコ姫には、全然足りない量でしかないんだけどな。

「まあ、甘いのは僕も好きだし、こっちもいつもお茶をご馳走になっているし、いいよ。上がっていいか」
「どうぞ。幽々子様も今退屈を持て余していらっしゃいますし、話相手になってあげて下さい」

 別に、今日は幽々子がメインじゃないんだけどなぁ。いや、幽々子は幽々子で、話してて楽しい奴ではあるんだけど。

 勝手知ったる……というほどでもないが、一ヶ月ほど暮らしたことのある廊下を歩く。
 相変わらず長い。その道すがら、妖夢にさりげなく尋ねてみた。

「そういえば、最近人里に来ていないみたいだけど、なんかあったか?」
「え? えっと。はい、ちょっと思うところがありまして」

 意外。あっさりと認めた。

「なんか悩みか? もしかして人間に苛められているとか!?」

 んなことする奴がいてみろ、この僕が天に代わってお仕置きしてやる。具体的には、男なら魔法四種を全力でぶち込み、女の子ならスカートめくりの刑だ。

「あ、いえ。そんなことはありません」
「な、なんだ。ちょっとビビったぜ」
「先日、閻魔様に説教をされまして」

 先日、そして閻魔っていうと、

「映姫か」
「あ、はい。四季映姫様です。……というか、良也さんも会ってたんですね。しかも呼び捨て」

 僕にあんだけ説教したくせに、妖夢にまで。本当に説教好きな閻魔だな。それとも、閻魔だから説教好きなのか?

「で、なんて言われたん?」
「えっと。あまりこの世に来すぎるな、と。私は冥界の者ですけど、あまりこの世で生活しすぎると、生きている者と変わらなくなるから、と」
「? それの何が悪いんだ?」

 むう、僕のときもそうだったけど、突拍子もないことを言うなあ。

「い、いえ、ですから。余り現世に馴染み過ぎるのがよくないらしく」
「つっても、妖夢は半分生きているんだろ」
「ええ。ですけど、私は半分死んでいる者でもありますので」

 むー、納得がいかないなぁ。

「例えばだ、妖夢。半殺しにされた人間がいたとして、そいつはまだこの世にいるよな?」
「は、はあ。いえ、そうですけど、それと私と、どういう関係が……」
「だって妖夢ってば、要するに半殺しにされた人間と同じような状態だろ?」

 ひきっ、と妖夢の頬が引きつったような気がする。
 あ、あれ? なにか間違っていたか?

「良也さん……。半人半霊について、そんな理解の仕方をしていたんですか」
「へ? あ、いや、その。だって、半分死んでいるっていうから、僕はてっきり」

 わかりやすい言葉に変換したっつーか。あ、あれ? もしかして、僕、ちょっと失敗したかもー、とか思ってたら、ため息をついた妖夢に楼観剣の鞘で小突かれた。


















「あっはっは。なるほど、半殺しねぇ。わからなくもないわ。これから妖夢はそう名乗ってみたら? 半殺し人間魂魄妖夢」

 僕がちょっと涙目になっている理由を聞いた幽々子は、何の遠慮もなく笑い飛ばし、妖夢にそんなことを言った。

「お断りします。大体なんですか、半殺し人間って」
「その言い方だと、むしろ半殺しにする方な気がするな……」

 刀持っているし、ビジュアルだけなら間違いじゃないかもしれない。あ、いや、刃物だと全殺しか。

「でも、閻魔様に言われたんだったら、自粛しないとねえ」
「冥界にいるんだから、死後とかないだろ。気にすることないと思うんだけど」
「そうだけどね。一応、あの方は私の上司みたいなものだから」

 ずず、とお茶をすすりながら幽々子。

「上司?」
「ええ。私は閻魔様から、冥界の管理を任されているんですもの」
「……本社の部長と、支店の支店長みたいなものか?」

 じゃあ、地獄が本社か。嫌な本社だなオイ。

「まあ、そんなわけで、現世にあまり頻繁に赴くのは止めているんです」

 と、妖夢は締めくくった。

「はぁ。んじゃあ、僕がここに会いに来るわ」
「あのー、良也さんがあの世に来るのも、あんまり良くない気がするんですけど」
「大丈夫。僕、死なないから」

 うむ、閻魔の裁判を受けることは多分ないだろうから大丈夫。
 幽々子みたいに権力関係に組み込まれているわけでもないし、別に気にするこたぁない。

 前の時、色々説教されたけど、冥界に行き過ぎるな、とは言われなかったし。

「そ、それもどうかと。閻魔様は怖いですよ……」
「それは十分思い知っている」

 なにせ、前のとき稽古を散々つけられたもんで。ありゃあ、妖夢の三倍はスパルタだったな……

「思い知っている人の態度とは思えませんが」
「それはまあ、閻魔以前に怖いのにいっぱい会ってきたからな……」

 人喰い妖怪とかスキマとか吸血鬼とか。怖い人に対するリアクションなんて、もう面倒で取っていられない。直接的な危険度で言えば、人喰いのほうが危険だし。

「そういえば良也」
「ん? どうした」
「もう大福はないのかしら?」

 と、幽々子が言って、嫌な予感がして。まあぶっちゃけて言うと、こいつ一人で全部食いやがった。

「ああ! 僕まだ一つも食ってないのに!」
「だって、私へのお土産でしょ?」
「普通、だからって独り占めはしないだろ。あ〜あ、妖夢だって食べてないのに」
「あ、いえ。すみません。私は一ついただきました」

 なぬ? いつの間に食べたのか、見えなかったぞ。

 これはあれか。幽々子と暮らす以上、当然のスキルなのか。そういえば僕も、生霊のとき晩御飯のおかずとか取られまくったよなぁ、とか考えていると食べ物の恨みが復活。

 そろそろ、仕返しをせねばなるまい。

「ええい、今までの所業、もはや見過ごすことはできんっ! 表に出ろ、幽々子。お前の腹ごなしのため、ちょっと今までの仕返しをしてやるっ!」
「いやよ、面倒くさい」
「食べてすぐ横になると牛になるぞ」
「別に構わないわよ〜〜」

 こ、こいつ。幽霊だからって、女を捨てすぎだっ! 腹をぼりぼり掻くなっ!

「よ、よし」

 まあ、表に出ても、僕がボコられて終了だった気がするので、今度は搦め手で攻めよう。

 幻想郷に来るときは、いつも持ち歩いている飴玉を取り出す。

「妖夢、口を開けろ」
「は? はあ」

 意外に素直に従った妖夢の口に、イチゴ味のキャンディを素早く包装を剥がして放り込む。

「んぐ!? い、一体なんですか」
「なに、ちょっとしたあてつけだ」

 僕も、ミルク味の飴を頬張る。ふっ、幽々子の奴、見てる見てる。
 のそり、と起き上がって、物欲しそうにこちらに話しかけてきた。

「私には?」
「お前にくれてやる飴はねぇ!」

 言ってやった! 言ってやったぞ。これは人類にとっては小さな一歩だが、僕にとっては大きな一歩だったりしたりしなかったりーーー!

 腕をガッ! と、天に向け、反逆の成功に感動する。

 ふっ、悔しそうにしてるしてる。飴は残ってやるが、今日という今日は幽々子にはやらん。

「そう、仕方ないわね。もらうわよ」
「は?」

 気が付くと、幽々子に顔を抑えられていた。
 ぐぐ、とちょっとずつ顔が近付……

「ま、待て! なにをする気だ!?」
「飴を頂くだけだけど」
「どこから!?」

 もはや語るまでもない、と幽々子の端正な顔が近付く。
 も、もしかしてというかなんというか、これはアレか! く、口移……

「あ、あわわ」
「よ、よよよ、妖夢! 赤くなって見てないで助けてくれ!」

 なんか、よくわかんないけど必死になってきたーー!

「あら、失礼ね。そこまで嫌がらなくてもいいじゃない」

 嫌じゃない、とちらっと思ってしまうからマズいんだよっ! ど、どうするどうする!? このまま流れに任せてしまうのは、非常にマズ……

 ……あ。

「はい、確かに頂いたわ」

 ……ぬかった。
 幽々子は、僕がうろたえている間に僕のポケットを探り、見事飴をゲットしていた。

「この程度でうろたえるなんて、まだまだね。私を出し抜くには、あと十年は修行して出直してきなさい」

 もごもごと美味そうに飴を口に含む幽々子に、僕はぐうの音も出なかった。

「……ぐう」

 あ、いや、出た。



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