さて、射命丸と別れた僕は人里で菓子を売り捌き、酒と乾き物を購入。 そこらで呑もうとした所、慧音さんに見咎められた。 「……良也くん。君はこんなときにまで来たのか」 「いや、こっちがこんなんになっているなんて知らなかったんで」 「それならそれで、なんで神社に留まっていなかったんだ。あそこなら安全だろうに」 んー、まあ慧音さんの言うことももっともなんだけど。 「だって、凄く綺麗じゃないですか」 「それは否定しないけど……神社で見ていればよかったんじゃあ?」 「折角だから、色々見ておきたかったんで」 無用心な……と慧音さんは呆れる。 でもまあ、妖精くらいになら遅れをとらない程度には力をつけているんだ。そこまで過保護に心配されることもないと思う。 「それで、その酒をどうするつもりだ?」 「花見酒と洒落込もうかと」 「……危ないだろう」 「まあ、妖怪が出てきたら一緒に呑めばいいと思ってます」 妖怪というのは、基本的に酒好きだ。人喰い連中も含めて、人間か酒か、の二択を出せば酒を選ぶ連中ばかり。 ……まあ、僕をつまみにして呑む輩がいないとも限らないが、大概の妖怪は単純。そんなことはすまい。 「まあ君は、本当に危険な妖怪とはほとんど顔見知りだから、大丈夫かもしれないが」 「……ああ、危険ですね、連中は」 もう、色んな意味で。 「だが気をつけろ。こんな異変だと、活発に動き回っていそうなのが一人いる」 「誰ですか?」 「花の妖怪、風見幽香」 「なぁんだ。花の妖怪ですか。そんなメルヘンなのだったら、むしろ会ってみたいですよ。んじゃ、僕は行きます」 心配性な慧音さんに笑い飛ばして、僕は飛び立つ。 「あっ、こら、良也くん!」 「じゃーさよーならー」 手を振って、どこで呑もうかなぁ、と脳内マップを検索。 するのも面倒になったので、適当に飛んで適当に綺麗なところに陣取ることに大決定。 ……まあ、わずか三十分後。このときの慧音さんの忠告を聞かなかったことを後悔することになるんだけれども。 「おおー」 適当にふらふら飛び回った結果、僕は見事なひまわり畑に到着した。 この春先に見るひまわりというのも、乙なものだ。背後に目を向けてみると、桜も咲き誇っており、黄色とピンクが視界一杯に広がる。 ……むう、本格的に桃源郷じみてきたな。 僕は適当に周囲に気を配り、襲ってくる妖精がいないことを確認して徳利に口をつける。 「んぐ……ぷはぁっ!」 面倒くさいので酒器もなし。酒の共に、少量の干した豆があるだけだ。これだけの花という肴があれば、この豆もいらないくらいだけど。 「あら、初めて見る顔ね」 「んあ?」 ひまわり畑の隙間から声が聞こえる。 ……はて、この霊力。妖怪に間違いないみたいだけど、まだ会ったことないな。 「あ、あ〜。こんにちは」 姿を見せたのは日傘を持ったお嬢様然とした少女。ニコニコと笑うその笑顔に、ちょっと背筋に冷たいものが走ったが、とりあえず気のせいだと思っておく。 「こんにちは。さて、貴方は誰?」 「良也」 一言だけ答えて、くぴっ、と一口酒を含む。 「……この私を前にして、豪胆なこと」 「こっちが名乗ったんだから、そっちの名前も教えて欲しいんだけど」 「私? 私は四季のフラワーマスター風見幽香。この太陽の畑を寝床にしている妖怪」 風見? って、ついさっき聞いた名前じゃないか。奇遇だな。 「ああ、あんたがあの花の妖怪って奴? いやぁ、ちょっと会ってみたかったんだ」 「珍しいわね」 「そう? 花を咲かせたり出来るんだろ。花はけっこう好きだし」 「それは嬉しいわ」 む、そうとなれば、もう少し話してみたい。 そういうときに無敵なアイテムは、幸い今僕の口元に。 「一杯どう?」 「そうね、ただの人間を苛めても仕方ないし」 ちょっと聞き捨てならない台詞があったけど、気にする暇もなく幽香は徳利を受け取り、優雅に一口呑んだ。 ほう、とため息をつく仕草は、なんともかんとも淑女然としている(ちなみに、スキマは熟女然としているとか言ったら怒られそうだ)。 ええい、どっかの呑み方を知らん巫女とか魔法使いにも見習って欲しいくらいだ。 「なかなかいいお酒ね」 「まあねー」 一口だけ呑んで、僕に返してくれる。素晴らしい。これがどこぞの鬼とかだったらそのまま全部呑んじゃうぞ。 なんて感想を抱きつつ、僕も一口。間接キスがどうとか気にする年齢でもない。彼女の方も、妖怪らしく気にしてはいないらしかった。 「なんでここに来たの、良也は」 「なんでと聞かれても。まあ、凄く花が咲いているんで、どっかで花見ながら酒を呑もうと思ってなんとなく」 「なかなかわかっているわね」 「そりゃどうも」 都合、十回は徳利を交換しただろうか。 僕がちょいほろ酔い加減になった頃に、いきなり彼女は登場した。 「あっ! この花っぽい雰囲気はっ!」 「あれ?」 胡乱な視線を声のした上空に向けてみると、パンツが見えた。 「……鈴仙?」 「きゃあっ! なに見ているんですかっ!」 慌ててスカートを抑える鈴仙が座薬弾をぶっ放してくる。 しかし、やっぱり動転してたのか、その弾は隣に座る幽香のほうへ…… 「危なっ……」 「危ないわね」 庇おうとするも、幽香はその弾をあっさり傘で弾いてしまった。 ……あれ? 今使った霊力、ちょっと桁外れでしたよ? 「さてはて、いきなり喧嘩を撃ってきて。そんなに苛められたいのかしら?」 「ふん、このお花っぽい気。貴方が異変の犯人でしょう?」 「そうだと言ったら?」 「ふん、言わなくたってわかるでしょう?」 あー、そっか。花の妖怪なんだから花の異変の犯人。実にわかりやすい。 「しかも、そっちの邪悪な人間と共謀しているわね、さては!」 「待て!」 誰が邪悪か!? 「鈴仙っ! そんなこと言うと、お前の下着の柄、里の男連中に言い触らすぞっ!」 「きゃああああああ!! なにを言い始めるんですか貴方は!?」 「ついでに、射命丸に言って、文々。新聞に載せちまうぞ!」 「やめてくださいっ!」 とはいえ、ずっと覗きっぱなしと思われるのもそれはそれで心外なので、僕も空を飛んで鈴仙と目線を同じくする。……おおう、酒呑んだせいでちょっとフラフラする。 「鈴仙ー。あんまり酒呑んでいる奴に弾幕を撃つな」 「ええい、この呑んだくれっ」 「固いことはいいっこなしだって。ねえ?」 「そうね」 さすが、一緒に呑んでいた幽香は頷いてくれる。 「つまみに兎鍋というのも悪くはないわ」 「……は?」 不穏な言葉に振り向くと、なにやら無数の弾幕が。 「貴方は離れていた方がいいわよ?」 「そう言うんだったら離れる時間をくれえええええええええ!!!?」 まだ僕がいるにもかかわらず、幽香は弾幕をぶっ放した。 もう、それはそれは見事な弾幕。僕が今まで遭った中でも間違いなく三指に入る密度と威力の弾幕だ。 「ギャ、ガフッ。どわっ!?」 容赦なく僕は打ちのめされる。 しかし、鈴仙の方はこの弾幕を見事に躱し、反撃に転じている。 「波符『月面波紋(ルナウェーブ)』」 「待て鈴仙! まだ僕がここにいるぅぅぅぅう!?」 「不死なんだから、自分でなんとかなさい」 「冷たっ!?」 いくら不老不死になったっつっても、痛いのに変わりはないというのに! 「あらあら。けっこうやるわね……花符『幻想郷の開花』」 「幽香! ストップ止めてマジホント死……」 あ。 幽香のほうから襲ってきた無数の弾幕が、やけにスローモーに見えて、 僕は、いつかのように意識が断絶した。 | ||
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