「けっこうやりますねー」 「そうかなー」 美鈴の掌底を捌き、手刀を繰り出す。 「そうですよ。幻想郷じゃあ体術を使う人はほとんどいませんからね」 「そりゃあ、あれだけ弾幕張れればなぁ」 当然のように躱されるが、流れるように膝。呆気なくガードされ、反撃が来る。 「でも、格闘でも妙に強い連中ばっかりだけど」 「そりゃ、普通の人間は敵いませんよ。身体能力を霊力で水増ししていますから」 げっ、そんなことしてたのか。 いや、霊夢とか魔理沙とか、あんな小さな体躯で僕より力持ちって、おかしいとは思ってたんだが。 「しかも、勘だけで凄い反応するから、並みの武道家じゃ勝てないんですよねー」 「理不尽な話だ」 美鈴の蹴りを受け止め、足を取って投げに入る。軽く抜けられ、一瞬硬直。 「ところで」 「なんだ?」 「さっきから胸ばっかり狙ってません?」 「ないない」 僕は手を振って否定した。 さて。 美鈴と軽く組み手をしていたわけなのだが、やはり彼女は強い。 ほんの思いつき。稽古をしている美鈴に、最近運動不足だからちょっとだけ相手を頼んだだけなのだが、それだけで彼女の強さは身に沁みた。 家庭の事情で、僕は幼少期のほとんどは武術漬けだった。才能がなく、一つもモノにはならなかったけど、武道やってないそこらの一般人になら遅れをとることはない。多分。 軽い組み手だったが、美鈴がそんな僕とは一線を画した達人だということはおぼろげにわかった。 「いい稽古になりました」 「世辞はいいよ、別に。美鈴からしたら退屈だったろ?」 「いえいえ。たまに人間の方が挑戦に来られますが、良也さんほど多彩な技を使う人はいませんでしたよ」 つっても、技の錬度は比べ物にならないほど低いだろう。 単に漫画とかの技を試すために色々齧ってたから、妙な動きになっているだけだ。覚えているだけでも空手柔道剣道合気道中国拳法なんかをやった覚えがある。 ……これだけ浮気性だから一つも身に付かず、年下の妹との喧嘩で全敗してしまうんだ。中学入ってからは月に一度稽古すればいい方だったし、大学入ってからは完璧引き篭もりで運動不足だし。 「そういう美鈴は中国拳法っぽいな。どの流派かはわかんないけど、誰に習ったんだ?」 「独学ですよ」 「独学って……師匠はいないの?」 「いませんけど、百年以上功夫を積んでいたら自然と」 とんでもない話だ。 感心しつつ、汗を拭う。 やー、一発も入れれなかったけど、いい運動になった。 「さってっと。じゃ、僕は魔法の師匠のところに行くわ」 「熱心ですねえ」 「やっぱ、運動よりかは、頭使う方が向いているっぽくてね」 「……それは暗に私の頭が悪いと言っていません?」 いやぁ、でもねえ。 何回ヒドい目に遭っても懲りず、居眠りしては咲夜さんに刺されている人が言っても説得力ないぞ。 「まあまあ。居眠りするなよー」 「否定してくださいよっ」 だって、頭を使う、というと、そのまま頭突きをするような気がするしなぁ。 ちょっとひどい気もするが、これが僕の美鈴への印象だ。 背中に突き刺さる抗議の声を無視して、紅魔館の中に足を踏み入れる。 ……相変わらず、不気味な屋敷だ。 主が吸血鬼だから仕方ないといえば仕方ないのだが、窓がほとんどなく、昼夜の区別がまるでつかない。通路の明かりは蝋燭のみなんていう狙ったとしか思えないシチュエーションだし。 いい加減、慣れてはいるのだが、逆に色々わかってきたせいで警戒することもあるわけで、 「…………」 図書館までの道のりを、慎重に歩く。空を飛んでは、いい的だから歩くのだ。 曲がり角なんかは要注意。いつまた、奴と鉢合わせるかわかったものでは…… 「みぃーつけた」 「ぎゃあ!? 出た!」 いつの間に後ろに回りこんだのか、かけられた声に僕は飛び上がる(文字通り)。 空中に留まった僕を、レミリアはニヤニヤ笑いで見てくる。 「よ、よう、レミリア。お邪魔しているぞ」 「知っているわ。美鈴と遊んでいるところから見ていたから」 見てたのかよ。 「そ、そうか。じゃあ僕はパチュリーんとこ行ってくるから、じゃあ……」 な、と言い切る前に、レミリアが瞬間移動でもしたかのようなスピードで僕の傍に来て、素早く僕の手を拘束した。 「つれないわね、逃げることないじゃない」 「……逃げるだろ、普通」 「ちょっとうちの妹の遊び相手をお願いしているだけなのに」 そうなのである。 以前の一件から、フランドールはなにやら僕(の血)に興味を持ったらしく、ことあるごとに構ってくるのだ。なんでも、生の血を飲んだのは初めてだそうだ。 それを、レミリアが後押しするのだからたまったものではない。ここ最近は、パチュリーんトコに行く前にとっ捕まって、献血させられるのだ。 無論のことだが、当のレミリア本人もついでとばかりに吸っていく。 おかげで紅魔館に来るたび貧血だ。 「……それでも通う僕も僕だけどな」 「なにブツブツ言っているの?」 「ちょっと、自分の危機管理意識についてちょっと」 「あら、それなら安心していいわ。なかなかの隠行だったわよ。ねぇ、咲夜?」 どこに咲夜さんが、と思いきや、廊下の向こうの暗がりからメイド長が姿を現す。 「ええ。屋敷の中に入ってからは、ほとんど気配が消えていました。まあ、入る前から補足していればなんのことはありませんが」 「……咲夜さん。無駄だと思うけど、助けてくんない?」 「お断りします。お嬢様方の望みを叶えるのがメイドの本懐ですので」 だからって、お客にこの扱いはないと思うんだけどなー。その辺どうよ、メイド。 「さあ、無駄な抵抗はやめて付いてきなさい。大丈夫、悪いようにはしないから」 「お前がいる時点で悪いことだよっ! 離せっー!」 暴れるも、軽く動きが封じられる。人間と妖怪の筋力の差は如何ともしがたいのであった。 「あ、良也っ、いらっしゃい!」 「……いらっしゃいましたよ」 連れて行かれたのは妹君のおわす地下室。 じめじめしたイメージの地下に似合わず、なんかやたらと少女趣味な部屋だ。 ……咲夜さんの空間操作によって、馬鹿広いのと、ところどころ補修した跡がなければだが。 「今日はなにして遊ぶっ!?」 「まて、今日は僕が決める。フランドールに任せてたら、自動的に僕が痛い目に遭うからな」 弾幕ごっこをしないという約束は守ってくれるので、いつぞやの図書館のときのように即死はないが、このやたら広い空間を使っての鬼ごっこやら缶蹴りやら、達磨さんが転んだはハードな上に高確率でトラブルが発生する。 達磨さんが転んだでは、本当に四肢をもがれて達磨さんにされそうに……い、いや、思い出すのはよそう。 ここは、こんなこともあろうかと用意しておいたコイツで…… 「と、いうわけで今日はこれだっ!」 「……トランプ?」 「そう。トランプ。なにで遊ぶ? ババ抜きか? 七並べか? ……二人じゃあ神経衰弱くらいかな」 挙げていって、二人じゃ碌な遊び方がないことに気が付いた。 ……くっ、せめてあと一人。出来れば二人いればいくらでも面白い遊びはあるものを! 「じゃ、じゃあね」 「ん?」 フランドールがもじもじしている。 さて。一体どんな難解なゲームを持ち出してくる? ブラックジャックとかは、ルールしか知らないぞ。いや、もっと難しく、幻想郷的ローカルルールが入った大富豪とか? ヤッベ、超難しそう。 「あのね。お姉さまも呼んで、一緒にやらない?」 ブラックジャックどころか難易度SSSの難問を持ち出してきやがった。 「あ、あのなぁ。あのレミリアだぞ? 参加してもいいのか? マジで?」 「聞こえているわよ」 「ぎゃあっ!?」 「なによ、お化けを見たみたいな顔をして」 な、なんで、いきなり後ろから出て来るんだよ。もしかしてずっと観察していたのか? 「あ、お姉さま……」 「フラン、貴方が望むなら、トランプを一緒にしましょう」 「うんっ」 うわぁ、元気のいい返事。 さて、姉妹水入らずのところで邪魔するのもなんだ。僕は退散…… 「咲夜」 「はい」 しようとしたけれど、続けて現れた咲夜さんの登場によって不可能になってしまった。あっはっは。 「じゃあ、ポーカーでもしましょうか」 「……なぜそこでポーカー?」 「当然、賭けるわよ。フランもいいわね」 「うんっ」 うわぁい。人の話聞けよ。 「良也は負けるごとに血を一〇〇シーシーね」 「おいっ!」 その後の事は言うまでもないだろう。 致死量ギリギリまで吸われた僕は、その日紅魔館でたっぷりと肉を食べさせられた。 そろそろ、ここに通うのも考えた方がいいのかも知れない。 | ||
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