もう冬だ。
 外の世界では肌寒く、人が少なく暖房もない幻想郷は既に寒い。

 当然、僕も厚着になっている。まあ、僕の周囲は適度な気温なのだが。

「え? 気温を操れるんだから必要ないだろうって?」
「っていうか、無駄じゃないの? 過ごしやすい気温じゃない」

 寒い寒い、と意外と寒がりな巫女が僕の傍でぬくぬくしながら尋ねてきた。

「ふっ、甘いな、霊夢」
「なにが?」
「僕は季節感を大切にする男。四季を感じるために、能力なんて無粋なもんは使っちゃあいけねぇよ」
「使ってるじゃない」
「適度に使わないといけねぇよ」

 第一、一人だけ薄着だと、こっちじゃともかく、外の世界じゃ相当浮く。
 そこらへんの事情もあるのだが、説明するのは面倒なのでそういうことにしておいた。

「大体なぁ、鍋とか肉まんとかおでんとか。寒いからこそ美味いものってたくさんあるんだぞ」
「それはそうね。寒い日に、鍋に熱燗で一杯なんて最高だし」
「……おい、未成年」

 将来、肝臓とか悪くしそうだなこいつ。

「あ、でも鍋いいな、鍋。今晩鍋にするか」
「いいわねぇ。あ、でも材料あったかしら」
「鶏肉はあったろ。あと白菜と葱と……ああ、春菊もあったっけ。十分じゃないか?」
「駄目よ。大根おろしがないわ」
「大根かぁ」

 そりゃ確かになかった気がする。僕的にはおろしはあってもなくてもいいんだが、霊夢が所望するなら仕方ない。

「ちょっくら人里に行って買ってくるわ。その間に、出汁とって、下拵えもしといてくれ」
「わかったわ」

 空を飛ぶ。
 手を振る霊夢に、同じく手を振って応えて西の空へ。

「あ、せっかく鍋するんだから、身体冷やしていこう」

 うむ、と気温の調節をやめる。
 十分身体を冷やした後の鍋かぁ。この寒さはちょっとした苦行だが、その分後の鍋の美味さは最高だ。

「って、寒っ、本当に寒っ!」

 ぶるぶる震えた。

 って、まだ十二月入ったばっかりだっつーのに、なんだこの寒さ。
 空を飛んでいるから、余計にそう感じるのかもしれないけど、こりゃあ霊夢が僕の傍から離れなかったのも納得できる。

「……凍えるなぁ。しかし、男たるもの初志貫徹」

 能力に任せきりで、この寒さに対抗できるほどの厚着はしていないのだが、一旦決めたことは守り通す。
 とりあえず、人里に着くまではこの寒さを我慢しよう。

 どうでもいいことにこだわってるな、我ながら。

「うう〜、雪でも降るんじゃないか?」

 どんより曇る空を見て、そう呟く。

 ったく。冬は食い物とかは美味いけど、出歩くには徹底的に向いていないな。とっとと春になれ。そして花見だ。

「ん?」

 なんて季節に文句を言いつつ飛んでいると、前方に人影を発見した。

「あら、こんにちは」
「あ、ああ。こんにちは」

 出会ったのは、僕と同じか少し下に見える少女。
 冬っぽい服装ではあるが、明らかに薄着。この寒さで大丈夫なのか、この娘。

「空を飛ぶ人間、ね。最近はそういうの流行っているのかしら」
「流行ってはいないけど……」
「そう? 私が眠っている間に、また空を飛ぶ人間が増えたんだから、てっきりそういうことかと」

 妖怪さん?
 だろうな。考えてみれば、普通の人間が空を飛ぶはずがない。……いやいや、僕は普通ですよ?

「えっと、一応念のために聞いておくけど……僕を食べようとしていたりする?」
「私、まだ起きたばかりでお腹が空いているのよ。食べてもいいなら、頂きます」

 ガッ、やっぱりか。
 いやでも、僕は確か不老不死になったはず。リアルで『僕の顔をお食べ』とか某パン男みたいなことを言っても良いやも……

「いや、よくないよくない!」

 なんて少しだけ思ったけど、やっぱり喰われるのなんて真っ平ゴメンだ。生きたまま咀嚼されるって、それなんてホラー?

 うわ、なんか寒くなってきた。指先が凍りつきそうなほどにっ!

「あ、あんた何者だ!?」
「冬の妖怪レティ・ホワイトロックよ。人間さん」
「え? 季節の妖怪とかいるの!?」

 なんて……

「なんて嫌な風物詩だ……」
「そう。そして、私は寒さを操る。貴方はここで凍えるの――」
「スルー!?」

 ツッコミを入れるがマズい。
 この周囲の気温が急速に低下している。

 これが寒さを操る能力……チンケに聞こえるが、この近辺全部を凍えさせるのなら、多分かなり強力な能力だ。

 ……でも。

「どうして凍えないのよ!?」
「僕、寒さには強いんだ(大嘘)」

 でも、僕には効かない。僕の周囲だけは、彼女の能力の影響範囲外。気温を上げれば、寒波は防げる。
 ……初めてだ。僕が優位に立てる妖怪って。

「くっ、ならこれよ」
「え?」

 レティが取り出したのは一枚のカード。
 ……うん、ソウダヨネー。妖怪なんだから、スペルカードの一枚や二枚、普通に使うよねー。

「寒符『リンガリングコールド』」
「きゃーーーーー!?」

 襲い掛かってくる弾幕っ!

「ほっ、はっ、そい!」

 必死で躱す。

 レベル的には、今まで僕が戦った連中の中でも高いほうじゃあない。
 ……でも、それはあくまで相対的な評価であって、決して僕とのレベル差がないというわけではない。

 誰だ、僕が初めて優位に立てるとか言った奴は。

「ま、負けるかっ! 火符『サラマンデルフレア』!」

 だが、以前のチルノ戦で、寒い連中は火に弱いことは実証済み。ここは慌てず騒がず、火符で攻撃。

「低温火傷ね。危ない危ない」
「へ?」

 だが、レティは怯むことすらなく、ひょいと躱してしまった。

「ちょ、ちょっと! 寒いの操るんだから、ちょっとは火を怖がれよっ!」
「貴方、勘違いしていない? 私はあくまで冬の妖怪。冬に焚き火くらい、風物詩でしょう?」

 嫌な風物詩の代表がなんか言ってますよっ!

「せ」
「せ?」
「戦略的撤退っ!」
「あっ! 待ちなさい!」

 ええい、妖怪退治なんて、僕の仕事じゃあない。巫女の仕事だ。

 と、言うわけで、頑張って博麗神社まで逃げ帰るっ!
 大根をちゃんと買って来るまで帰ってくるなと言われそうではあるが、背に腹は変えられな……

「は?」

 レティに背を向けた僕は、遠くから黒い点がこちらに急速に接近するのを発見した。
 ……っていうか、このパターン。もしかして、

「ィィィャッッッホーーーゥ!」
「き、きゃぁあああーーーー!?」

 なんて考える暇もなく、黒白の魔法使いは僕の脇を通り過ぎ、ブレーキをかけるも勢い余って冬の妖怪を轢き殺し、たっぷり二十メートルは制動距離に使ってようやく止まった。

「よっ、良也! 鍋するって聞いたんで、お使いを手伝いに来てやったぜ」
「……いや、もう。お前」

 魔理沙に助けられるのも何度目だろう? しかも今回は、本人まるっきり気が付いていないし。

 哀れなり、レティ・ホワイトロック。

「なんだ? どうした。そういえば、今なんか轢いた気がしたが」
「い、いや。気にするな。多分それはどっかの妖精かなんかだ」
「そっか。なら気にすることもないか」

 いや、それは気にしろよ。

 まあでも、魔理沙が気が付いていないのはなにより。もしまた僕を助けたってことを自覚すれば、今度はどんな見返りを要求されるかわからない。

 前は高い酒で済んだが、今度はパチュリーんとこの本をかっぱらってこいとか言いそう。
 んなことしたら、僕はパチュリーに(検閲)される。

「と、いうわけで、私はひとっ走り大根買ってきてやるから、お前は神社に帰って下拵えだ」
「構わないけど、本来その役目を果たすべき霊夢は」
「『こんな寒い時に水仕事なんて勘弁してよ』とか言ってたぜ」

 こ、これから本格的に寒くなるというのに、あいつは。

 呆れつつ、ついさっきまで争っていた冬の妖怪に目を向ける。

 ……流石は妖怪というか、まだピクピク動いている。心配する必要もなかったか。








 そして、その夜、僕と霊夢と魔理沙は、割と平和に鍋を食った。

「あ、良也。肉ばっかり食うな、肉ばっかり」
「いいだろ。魔理沙こそ、野菜もっと食え。でかくなれないぞ」
「大根おろしは美味しいわね……」
「とか言いつつ、霊夢。春菊独り占めするんじゃないっ」
「そうだ。僕まだ春菊一つも食べてないんだぞ」
「気にしない気にしない……クピ」
「あ、酒。僕にもよこせ」
「私にもだっ」

 ……シメの雑炊は平和だったぞ、うん。



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