本日は、香霖堂で一杯やる約束である。

 僕は霊夢と一緒に、魔法の森までの道のり(空だが)を飛んでいた。

「また、今日はたくさん持ってきたわねぇ」
「お前と魔理沙はよく呑むからな。未成年の癖に呑みすぎだ、うわばみどもめ」

 かちゃかちゃと、瓶のぶつかる音が背中のリュックから聞こえる。……いかんいかん、瓶が割れでもしたら、霊夢に文句を言われる。

「前みたいに美味しいお酒なのかしら?」
「前、ってのがいつのことを指しているのかはわからんが、そんなに良い酒でもないぞ。粗悪品でもないけどな」

 なにせ、霊夢も魔理沙も、ある程度呑むと味は二の次で次々空けていくのだ。もったいないことこの上ない。

 僕だってあれば呑んじゃうほうだが、良い酒はしっかり味わって呑むポリシーがある。そこら辺は、この小娘たちとは違うので悪しからずだ。

「しかし、季節の茸で一杯か。風流だねぇ」
「風流なのはいいけど、良也さん、気をつけたほうがいいわよ」
「……なにが?」

 こいつが『気をつけて』とまで言う事態。自然と身構えてしまう。

「魔理沙の持ってくる茸は、たまに幻覚作用があったりするから」
「オイ」

 それって気をつけてどうにかなることなのか? はっきり言って、僕は茸の種類なんてほとんど知らないぞ。

「ま、死にはしないけどね。魔理沙はそこら辺、目端が利くから」
「目端が利くなら、そもそも初めから毒茸を持ってくるなと言っておけ」
「いや、これが味はいいのよ」
「……味覚にも影響のある毒なんじゃないか?」
「でも、美味しいんだってば」

 こ、細かいことを気にしないやつめ。
 いつか身体を壊しても知らんぞ。

 ……いやぁ、霊夢が身体を壊すような食べ物だったら、僕は死ぬなぁ、普通に。

「よし、覚悟しておく」
「なんの覚悟よ」
「万が一の覚悟だ」

 前、死んでも死なないことが判明したので、色々と気楽だ。
 さあ魔理沙め、毒茸程度いくらでも持ってくるがいいっ!





















「森近さん、こんにちは」
「ああ、良也君。こんにちは。霊夢も、いらっしゃい」

 まるで、ここに座ってン十年、という感じの森近さんが出迎えてくれた。お客が来たのに立ち上がる気配すら見せず、悠々と新聞を読んでいる。

「記事見たよ、良也君。君も大変だったみたいだね」
「説明の手間が省けてなによりですね」

 そう考えると、あのパパラッチの行動にも、一定のメリットはあるのか。
 でも、新聞に使われている写真が、僕が妹紅に腹を蹴られて嘔吐しそうになっている写真だしなぁ……

 ていうか、あの場に居たのか、あの天狗。暇人め。

「さて、魔理沙が来るまでもう少しかかりそうだ。良ければ、この間見つけたこの道具の使い方を教えてくれないかな」
「ええ、いいですよ」

 快諾すると、森近さんは次々と道具を取り出した。相変わらず意味不明のものも多くあるが……順に挙げるなら。

 ゲームボーイ(初代)、銀玉鉄砲、温泉卵製造機、理科の実験とかで使いそうなちゃっちい注射器。

「この、温泉卵作るやつは使えそうですね……」
「それはよかったっ! で、どうやって使うんだい?」
「卵とお湯を入れて三分……あ、いや、割れて使い物になりませんねこりゃ」

 というか、使えないのばっかりじゃないか。相変わらず、どこで拾ってくるんだ、この人は。

「……そうか、残念だ」
「いや、残念がるほど便利なものじゃあないです」

 香霖堂には何回か来たが、来るたびにカオスになっている気がする。

 というか外に何気なくドナ○ドとカー○ル・サンダースの人形が置いてあるのはどうなんだ。あの人形が動き出したら、喧嘩するぞ、絶対。
 ……あれ? 人形が動き出すという状況を、割とあることだよなぁ、なんて思っちゃってるぞ、僕。

「イェーイッ! 魔法の森から茸のお届けだぜ!」

 なんて、ちょっと悩んでいると、香霖堂のドアが激しく開けられ、魔理沙が登場した。
 衝撃で、天井から埃が落ちてきて、森近さんと僕はコホッ、と咳払い。

「また、ずいぶんたくさん持ってきたね」
「まぁな。取れたてだぜ」

 いつも被っている帽子を袋代わりに、魔理沙はこれでもかっ! というほどの茸を持ってきていた。
 ……のはいいんだけど、どう見ても『毒持ってますぜ、毒』と主張しているとしか思えないそのショッキングピンクな茸は捨ててくれ。

「香霖、七輪の用意はできてるな? とっとと焼いちまおうぜ」
「ああ。ちょっと待ってくれ」

 七輪、とはまた古風な道具だ。でも、幻想郷じゃ当たり前なんだよなぁ……

「って、七輪なんか屋内で使っていいもんなの? 一酸化炭素中毒とか……」
「いっさんかたんそ? ってなんだい」

 森近さんが首をかしげる。

「いや、閉め切った屋内で七輪なんか使ったら、危険……」
「ああ。それなら抜かりはない。炭は使わないからね」

 ……え?

「魔理沙」
「ほいきた」

 と、魔理沙が言われて取り出したのは、愛用の八卦炉。それを、本来炭を置くべきところに配置する。
 ……って、大体なにをするのかは読めた。

「……うわぁ。魔法をこんなことに使っていいもんなのか?」
「便利なんだから硬いことは言いっこなし。大体、魔法ってのは生活を便利にするためのもんだ。本来はな」
「イの一番に魔法を弾幕ごっこに応用している奴が言って良い台詞じゃないぞ、それ」
「気にすんな」

 得意げに、魔理沙が八卦炉を『トロ火かな……』なんて呟きつつ操作し、火が出るようにする。

 う〜ん。なるほど。
 魔理沙に言われるのはどうにも納得できないが、僕も魔法を使ってもうちょい生活を向上させても良いのかもしれん。
 外の世界じゃ必要ないけど。

「さて。早く始めましょうか。良也さん、お酒」
「はいはい、っと」
「ああ、酒器はこれを使うといい」

 森近さんが一揃えの酒器を取り出し、その一つを渡してくれる。
 上品な漆塗り。見るだけで格の高い一品だとわかった。

「いい器ですね。使っちゃっていいんですか」
「なぁに。道具は使われてこそ、だよ」
「はい……って魔理沙っ! そのピンクの茸はマジやばそうだからやめてくれ!」

 ちょっと良い話、に持っていきたかったのに、魔理沙がいそいそと変な色合いの茸を焼こうとしてたから、慌てて止めに入った。

「おいおい。こと茸に関しては私はプロだぜ。信用できないか?」
「その色で信用できると言う奴が居れば、それは稀代の大馬鹿者か大英雄だ」
「そこまで言うか。大丈夫だって。これは確かにちょっと色が派手だけど、毒はもちろん……」

 うーん、そこまで言うなら、毒はないのかもしれないが、しかし人間としてこれを食って大丈夫というのもなんか違う気が……

「毒はもちろん入っているが、少しだから大丈夫だぜ」

 無言でその茸を奪い、外に捨てた。



























「ところで、今日は私もお酒を持ってきたんだ」
「へ?」

 程よく酔いが回ったあたりで、魔理沙がそんなことを言って帽子から一升瓶を取り出した。

「……なんだ、これ」

 ラベルもなにもない、ただの瓶。中に入っているのは無色透明の液体。
 酒、なのだろうが、なんの酒だろ。

「ふふふ……私が研究に研究を重ねて作った茸焼酎だぜ」
「……茸、の焼酎?」

 なんだ、それ。
 いや、外の世界では現在焼酎ブームで、牛乳やら栗やら昆布やら玉露やらで焼酎を作っているのだから、別に茸もアリといえばアリなのかもしれないが。

「いやぁ、大変だったぜ。霊夢にも作り方聞きながら、苦節三ヶ月」
「三ヶ月だけかよ」

 というか、自分で作ってるんだな。
 幻想郷は自給自足が基本だから、別に変じゃないけど。

「まあまあ。気にするな。というわけで、記念すべき私の初めての酒、試してみてくれ」

 魔理沙は言いながら、僕と森近さんに茸焼酎を注いでくれる。

「と、ありがたくいただくよ」
「ああ。じゃ、森近さん。魔理沙の酒に乾杯ってことで」

 ああ、と森近さんは頷き、僕と乾杯をする。

「って、あれ? 魔理沙は飲まないのか。霊夢も」

 見ると、二人は僕の持ってきた酒を呑んでいるみたいだった。

「私はもう味見したからな」
「実は焼酎苦手ってことにしているの」

 ……魔理沙の言い分はともかく、霊夢の『苦手ってことにしているの』はなんだ。とてつもなく胡散臭いんだが。

「ん? 初めて作ったにしては美味しいね」
「お、おお。そうか?」
「ああ。魔理沙、これはなかなかイケるよ」

 ああ、森近さん、そんな無警戒に呑んで……

「ちろ、っとな」

 なにか嫌な予感がした僕は、舌先で舐めるように味わってみる。

 口内を吹き抜ける茸の香り。泥臭い、と思いきやそうではなく、すっきりした味わいだ。

「む、確かに、けっこうイケる」
「良也もそう思うか」
「ああ。なんだ、魔理沙。意外な特技があったんだな」

 一口、飲み下し、そう評価をする。

「いやぁ、びっくりしたよ?」
「も、森近さんなんか顔がすごくあか、赤い?」

 え? なんだ、身体の調子がおかしい。

「魔理沙。やっぱりそれ、捨てたほうが良かったんじゃない」
「でもせっかく作ったんだしなぁ。ちぇっ、予想外だったぜ。まさか蒸留すると毒性が強くなる茸があるなんて」

 な、ナニィィィィィ!!!?

「森近さん、あんなこと言ってますよ」
「おかしいとは思ったんだ」

 あ、なんか視界がぐるぐる回ってきた。
 しかし、それ以上に熱いな。度数高かったのか? 火照ってき……

「熱い」
「ひゃ?」

 森近さんが、そう言って服を手にかける。

 お、おい、まさか?

「ど、どうしたんだ香霖、なんか目が据わってるぞ」
「魔理沙。その焼酎を作った茸って、もともとどんな毒があるの?」
「いや、ちょっと幻覚を見る程度で……もしかして、酒にして毒の種類が変わったか」

 ちょっ! おまっ!

「熱いっ!」

 森近さんは服を脱ぎ捨てた。

 ふ、ふんどし!? いや、別に変じゃないけどとてつもなく変だぞっ!

「さあ、君たちも脱ぐんだ」

 ふんどし一丁で少女二人に迫る男の図。
 ……うわぁ。もう、どうしたもんか、この状況。というか、これって一体どういう毒なんだ。ふんどし毒? 嫌だなぁ。

「やれやれ……香霖、落ち着けって」

 しかし、相手は霊夢と魔理沙だ。
 魔理沙は慌てず騒がず、七輪から八卦炉を取り出し、

「『マスタースパーク』」

 マスタースパークをぶっ放した。
 当然、森近さんは吹っ飛ばされ、店の三割は微塵と化した。

「さて、良也も襲ってくるつもりか? なら、正当防衛だぜ」
「ま、待て。僕は呑んだ量が少ないから、大丈夫だ」

 どう考えても過剰防衛ですよねそれ。

 ……さて。
 とりあえず、宴会は中断して、店の片づけをしないと、なぁ。



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