「あ〜〜、落ち着く」

 そろそろ落ち葉もちらほら出てくる季節だが、神社の境内の掃除は完璧。
 我ながらここの掃除も随分慣れたと思う。

 綺麗になった境内を眺めながら、石段に腰掛けて飲むお茶が、また格別なんだな、これが。

「霊夢、あれだ。僕が買ってきた羊羹切ってくれ」
「いいわよ。私も食べたいと思っていたところだし」

 人里でお菓子を売ると、売上は結構なものになる。
 別に、必需品以外は特にこちらで買うものもない僕の場合、残りのお金は大抵お茶菓子に化ける。

「持ってきたわ」

 ちゃっかり自分の分も切ってきた霊夢が、僕の分の皿を手渡してくる。
 ……霊夢のほうが僕のより倍近くでかいのは、もう今更突っ込むのも面倒くさい。

 まあ、霊夢は僕より年下の女の子。そんな子が、ちょっとおやつを多めに取るくらいで目くじらを立てるほど、僕はみみっちくはな……

「あっ! 霊夢っ。お前、端のガリガリしたところ取ったな!?」

 そこが一番美味いのにっ!

「なによ。切ったのは私よ」
「買ったのは僕だっ。いいから、その端っこだけでもよこせよ、この野郎」
「みみっちいわねえ。器が知れるわよ」
「知れて結構! 所詮、僕は羊羹の端を食うためにプライドを捨てられる小さい男さっ」

 ふっ、言い切ってやったぜ!

「まったく……。とにかく、これは私のよ」

 なんて、僕の抗議などどこ吹く風で、霊夢は羊羹を頬張る。

「あっ、こら」

 端を食われてなるものかと、僕も爪楊枝を霊夢の皿に突き出し、

「おっと」
「避けるな」
「無理言わないでよ。……ずず」

 くっ、茶を飲む余裕までありやがる。
 ええい、仕方がない。多少強引にでも。

「あ、ちょっと、押さないでよ」
「なら、羊羹を僕によこせ」
「それは駄目」
「くっ、こうなったら無理矢理にでも……」

 座っている体勢の霊夢では、皿を遠くに伸ばすにも限界がある。体格の差を利用し、僕は腕を伸ばし、

「……なにやってんだ、お前ら」

 そんな、呆れたような声に、僕は固まった。

















「なに真昼間から押し倒してんだよ」
「……うるさい」

 突然声をかけてきた少女――魔理沙の登場で、哀れ僕の羊羹は霊夢の胃袋に収まった。
 ええい、くそ。あの羊羹の端っこは美味かったのに。絶対美味かったのに。

「危うく、良也が襲われるところだったな」
「僕『が』?」
「そうだぜ? なにか変か?」

 いや、まあ。
 変じゃないけどね。変じゃないことが変っつーか。

「良也さん。洗い物」
「へいへい。魔理沙はお茶飲むか?」
「頂くぜ」

 羊羹の皿と、空になった急須を持って台所へ。

 薬缶を火にかける。
 最初にお茶を淹れた分のお湯が残っているので、すぐに沸くだろう。

 ほとんどお茶を飲むことが仕事っぽい巫女の指導のため、茶の淹れ方だけは無闇に上達した。お茶を淹れる温度は六十度がいいとか言うが、僕も霊夢も熱めが好みなので、その温度に合わせて薬缶を引き上げる。

 そして、おもむろに急須に湯を注ぐと、なんとも言えずいい香りが……

「出涸らしだけどな」

 まあ、魔理沙もこの神社の財政状況くらい承知の上なので、文句は言うまい。
 どうせ霊夢もまだ飲むんだろうから、ちょいと多めに。

「……羊羹の残りもサービスしてやるか」

 霊夢はかなり厚めに切ってたが、まだ半分くらいは残っている。

 均等に三つに切って、端っこは僕の分だ。さっき使ってた皿に加え、魔理沙用の皿を取り出し適当に乗せる。

「さて、っと」

 お盆に乗せて、少女二人の下に戻った。

 戻ってみると、二人は楽しそうに会話している。古くからの知り合いらしいから話も弾むんだろう。

「お、羊羹もか。霊夢、こんなの買って、今月の生活は大丈夫か」
「これは僕が買ってきてやったんだ。それと、茶菓子の一つくらいで破綻するような生活は、さすがの霊夢も送っていない……」

 かなぁ?
 む、微妙、かもしれない。

「失礼ね。食う寝るには困っていないわ」
「主に僕のおかげでな」
「もっと神社が流行ってくれないかしら」

 聞けって。
 僕が来なくなったらなったで、お前けっこう困るだろ。

「そういえばな、秋になったから、魔法の森もキノコが増えてきたんだ。そろそろキノコで一杯やろうぜ」
「いいわねぇ」

 ああ、それはいい。キノコ鍋なんかで一杯は、季節感もバリバリで最高だ。
 秋と言えば、他にも栗に新米に柿に秋刀魚。……最後のは海のない幻想郷では取れないが、とかく美味いものが多い季節である。

「よし、僕も酒持ってくるから参加させてくれ」
「お、いいぜ。キノコは新鮮さが大切だし、森の近くの香霖ちででもやるか」

 ああ、それがいいかもしれん。
 魔法の森の中は、普通の人間には良くない環境らしいからな。別に僕も霊夢も死なないだろうが。

「そういえば、このまえ里に行ったんだけどな……」

 魔理沙はさらに、最近流行っている飾り物や遊び、弾幕の色などを霊夢と楽しげに話す。
 最後のはともかく、やっぱりこの二人も一応は女の子だったんだよなぁ、と感想を抱きつつ、僕は蚊帳の外。

 ……まあいい。

 ちょうどパチュリーから魔導書を一冊借りてきたところだ。
 これは、パチュリー直筆の魔導書。彼女が得意とする属性の重ね掛けの、初歩の初歩の第一歩に繋がる一冊らしい。

 ……果てしなく道程は遠い気がするが、千里の道も一歩からだ。この一冊を理解するだけでも、一ヶ月は覚悟しろ、というのが師匠の言葉。

 本当に、魔法の道は果てしなく険しい。

 だけど、学べば学ぶだけ強くなれるという実感がある。歩みは亀より遅いが。

「……ん?」

 さあ読むか、と本を広げたところで、魔理沙がこちらをじっと見つめているのに気がついた。

「なんだ、僕に惚れたか?」
「なあ、良也。その本……」

 無視か。いや、頷かれたら頷かれたで反応に困るが。

「パチュリーから借りてきた。言っておくけど、魔理沙みたいに強奪はしていないぞ」
「だから、それは誤解だって。でも、ふーん……」

 さりげなく、本を魔理沙から遠ざける。
 あれは、獲物を狙う鷹の目だ。

「なんだよ」
「お前が見ても参考にはならないぞ。相当初歩の内容だからな」
「役に立つかどうかは私が決めるぜ。というわけで見せてくれ」
「断る」

 なにそのジャイアニズム。

「じゃあ、そいつを賭けて弾幕ごっこしないか? ほら、前に、お前が少しできるようになったら、やろうぜって約束したろう?」
「あったなぁ」

 まだ僕が生霊だったころの話だ。
 なんつーか、ここ最近の経験が濃すぎて、一年くらい前に感じられる。実際はほんの二、三ヶ月しか経っていないはずなのに。

 しかし待て。魔理沙と弾幕ごっこなんて危険極まりない上に、僕にとってのメリットがまったくない。

「あのなぁ、こっちのものばかり賭けに差し出させて、虫が良すぎると思わないか?」
「それもそうだな。なら、私はこいつを賭けるぜ」

 そうして魔理沙が取り出したのは……

「オイ」
「なんだ? それより高位の魔導書だぜ?」
「それもパチュリーのだろうがっ!」

 僕が知らないと思ったら大間違いである。
 つーか、僕があの図書館に行ったときに、堂々と盗んでいったやつじゃないか。

「大体、どんなの賭けられたって、僕は弾幕ごっこはするつもりないよ。疲れるし、負けると痛いし」
「なんだ。前約束したのに」
「まあ、僕が死ぬまでに一回くらいは相手してやるよ」

 魔理沙だって『死ぬまで借りてるだけだぜ』なんて詭弁を弄しているんだから、このくらいの返しはいいだろ。

「なに? 良也さん、やらないの?」
「あいにく、霊夢たちほど弾幕ごっこに慣れていないんでな」
「少しはやらないと慣れやしないわよ」

 お言葉ごもっともだが、初心者の相手はもうちょっとイージーな相手がいいと思うんだよ。

 とりあえず、魔理沙もしつこく迫ってくることもなく、その後は下らない、どうでもいい話で昼下がりを過ごした。

「ふあ……眠くなってきた」
「寝たら? 私の布団は敷きっぱなしよ」
「お前……もうちょい、女の子らしくだな」

 僕ですら、いつも布団を片しているのに。
 ま、お言葉に甘えるか。

「じゃ、お休みー」
「おやすみなさい」

 なんて、その日は昼寝をして過ごした。

 なんでもない一日だったな。我ながら。



前へ 戻る? 次へ