(うぇええ? こ、こんなになってるんですか?)
(ふふ……よく観察しておきなさい、ウドンゲ。滅多に捕まえられない、人間の男のサンプルよ)
(へー、ほー、ふーん。いや、これはなかなか……)
(てゐは……言わなくても存分に観察しているわね)

 ……なんだ?
 ぼんやりとした意識の中で、なんか声が聞こえる。

(で、でも、こんなにして起きたりしませんか?)
(大丈夫。あの薬は特製よ。もうしばらくは目が覚めても意識が朦朧として、ロクに記憶に残らないはず)

 異様な眠気によって、聞こえてくる声も上滑りにしか聞こえない。内容が頭に入らない。
 でも、ここ最近の経験から、なんかロクでもないことが起きているということはわかる。

(じゃ、じゃあ、もう少し……)
(ウドンゲもなかなか大胆ね)
(し、師匠だってっ! 大体、この人は私にあんなことしたんだから、これくらいはやって当たり前ですっ!)

 さて……僕よ。

 そろそろ起きないと、なんか色々大切なものを失う予感がてんこもりだぞ?













「……ケツが痛い」
「気のせいよ」

 目覚めて一番にそんな感想を抱いた僕に、まるで僕がそれを言うのをわかっていたとしか思えないタイミングで永琳さんが答える。

「というか、全身が痒いというか痛いというか、疼くんですが」
「それもきっと気のせいね。何なら診てあげるけれど?」
「謹んで遠慮します」

 なんか永琳さんの診察は危険だと、僕の本能が叫んでいる。
 いや、理由はさっぱりわからないが。

「そう、残念ね」
「……なんで永琳さんが残念がるんですか?」
「いえ、意識のあるときの……なんでもないわ」

 ? まあいいか。

「もう朝かー」

 窓からぼんやりと入ってくる光が、すでに結構日は昇ってしまっていることを伝える。
 寝すぎたなぁ。昼には外の世界に帰る予定だったけど、こりゃ無理か。

 まあ、今日は花の日曜日。帰りが遅くなってしまっても、別にかまわないか。

「うーん、二次会ではそんな呑んでいないはずなんだけど……」

 頭がなんか痛い。
 でも、二日酔いというより、寝過ぎた後の鈍痛のような。

「ま、いいか」
「そうそう。あまり細かいことを気にするのは男らしくないわよ。ねえ、ウドンゲ?」

 永琳さんが、部屋の隅でなんか僕に背を向けていた鈴仙に水を向ける。
 ビクッ、とその肩が震え、鈴仙は顔を真っ赤にしてこっちを見た。

「な、なんだよ。昨日のことまだ怒ってるのか?」
「う、う」
「お、おい?」

 あまりの反応に、僕はうろたえ、

「うわぁ〜〜!」
「なんで逃げる!?」

 ショックだぞ、ショック! いくらなんでも、悲鳴を上げて逃げるほどひどいことしたか僕!?

「あ〜らら。鈴仙も結構な年だろうに、初心だねえ」
「……てゐ。なにか知っているのか?」
「知っているよ。『いろいろ』」

 そ、そのいろいろに、僕にとって極めて不都合な内容が含まれている気がするのは、気のせいだろうか。
 ……気にしたら負けな気がする。

「さってと、朝ごはんだね」
「もう昼だけど」
「じゃあ、朝昼ごはんだ。良也も食べるよね」
「食うよ」

 言われてみると、いい感じの空腹感。

「むにゃ……朝ごはん」

 ごはんという単語に反応したのか、むっくりと輝夜が上半身を起こす。
 ……こいつ、今まで眠っていたのか。

「あら、輝夜。おはよう」
「永琳……。おはよう。ああ、まだお昼ね。ちょっと早く目が覚めちゃったかな」

 ん〜〜、と伸びをする輝夜は、とんでもねぇことを言う。

 世間一般的には、太陽が真上に来た時間に『早く目が覚めた』とは表現しない。僕だって、休みの日は昼過ぎまで寝ることもあるが、早いとは表現しないぞ、さすがに。

「夜型生活はいい加減に改めなさい」
「いいじゃない。夜は月が綺麗なんだから」
「いやー、でも真面目な話、夜型生活だと、体調にもよくないし、なんていうか一日が短く感じられるぞ?」

 経験者は語る。
 大学一年のころ、思い切り昼夜が逆転して、講義の間に寝て徹夜でゲームとかしてた。

 ……あれはあれでいい思い出ではあるが、本当にあっというまに一年が過ぎてしまって、二年になってからは改めたのだ。

「貴方まで説教?」
「いやいや。ちょっとした忠告」
「ふん。まあいいわ。聞くだけ聞いておいてあげる。実践はしないけどね」

 するかどうかわからない、ですらなく、しないと言い切りやがった。

 
「まったく……。とりあえず、ごはんにいきましょうか? ウドンゲも、きっといるでしょ」
「そういえば、なんで逃げたのか、永琳さんは知ってます?」
「まぁね。私も知っているわよ。『いろいろ』」

 だから! その、いろいろの内容を聞かせてくれっ!




















 昨日の宴会場のテーブル。残り物をおかずに、ご飯と味噌汁がついた朝食。
 呑みすぎで、後ろでうんうん唸っている巫女は、この際捨て置くとして、

「な、なあ。いい加減、普通にしてくれないか?」

 僕と一番遠い席に陣取り、極力目を合わせないようにしている鈴仙に言う。

「い、いえ、別に。私は普通ですよ? ええ。普通ですとも」
「……どもりまくってんじゃん」
「細かいことを気にしないでください」

 気にするな、と言われてもね。
 助けを求めて、永琳さんや輝夜、てゐに視線を向けるが、全員無視して食事を進めている。

「ったく」

 気にしても仕方ないので、味噌汁を啜る。
 鈴仙のこの反応は、昨日までのような敵意を伴ったものではない。なら、なんで避けるのか、と疑問に思うが、嫌われていないんだったらいいだろ。

 不可解ではあるけど。嫌われてないのに、なんで避けられるのか、とか。

「む」

 はっ、もしや。
 好きな子を前にしたら照れてまともに話せなくなるっていう、例のアレか?

「なんだ。それならそうと言ってくれれば」
「な、なんですか?」

 ふふふ、ういやつめ。

 きっと事実は違うんだろうけど、今は僕の中でそう完結しておくぞ。

「なんかキモいこと考えていそうだね」
「キモいゆーなっ! けっこう傷つくんだぞ、それってっ!」

 ひどいことを言うてゐに突っ込みを入れる。
 何気ない一言でも、人は傷つくことがあるんだっ! キモいとかお前殺すとかフラグ立たねーとか言うなっ!

「それはいいとして、良也。貴方、今日はどうするの?」
「どうするの、って。そりゃあ、これだけ食べさせてもらったら神社に帰るよ。霊夢は……僕が連れて帰るしかないんだろうな」

 ったく。スキマめ。霊夢にあまり呑ませるなって言ったのに。
 これ、どれだけ呑んだんだ、霊夢。

 完全に二日酔いらしく、いまだ気絶したように目を覚まさない巫女。酒臭い。

「そう。輝夜、ちょっと」
「なに?」

 永琳さんが輝夜に耳打ちをする。
 なんだ? 目の前でこそこそと。

「なるほど。それは良いわね。私たちのお礼として、これ以上の形はないわ」
「でしょう? 前に贈った人は、あの妹紅に横取りされたみたいだけど、今回はきっと大丈夫」

 妹紅?
 はて、焼き鳥少女がどうかしたのだろうか。

「さて、良也。今回は、貴方への礼を兼ねた宴会だったんだけど、ロクに歓待できず悪かったわね」
「歓待っていうか……」

 するつもりは、一応あったんだな。
 いきなり来た妹紅とガチで喧嘩したり、その喧嘩のダシに僕を使ったり。挙句の果て、自分だけ早々にぶっ倒れた輝夜に、そんな気持ちがあっただけでも驚きだ。

「代わり、と言ってはなんだけど。貴方にお土産の品を贈るわ」
「土産?」

 竹取物語の主人公、かぐや姫からの贈り物……

「それって、蓋を開けたら白い煙が出てきておじいさんになってしまうと言う……」
「竜宮の性悪なんかと一緒にしないでくれるかしら。効果はまるで真逆よ」

 真逆? よく意味がわからない。おじいさんじゃなくて、少年時代に戻れるとかなのか?

「永琳」
「すでに持ってきているわ」

 はやっ。仕事はやっ。

「……壺?」

 永琳さんが持っているのは『蓬莱』と書かれた壺。
 さて。蓬莱ってなんだっけか。

「なにそれ?」
「薬」
「別に僕は病気とかじゃないんだけど」
「これは予防のための薬よ。飲めば、病気になっても大丈夫」
「病気にならないんじゃなくて……病気になっても、大丈夫?」

 予防じゃないじゃないか。

「消費期限は当に過ぎているけど、効果は大丈夫かしら?」
「そんなもの、ありましたっけ」
「まあ、確かに。消費期限は永遠かな?」

 ……オイ。どんだけ古いんだ。

「ちょっと、そんな怪しい薬は遠慮……」
「これを飲めば、貴方は幻想郷でどんなことがあっても生き残れるわよ?」

 ……う。
 そ、それは、結構死と隣り合わせ風味な僕には魅力的。だけど、胡散臭い……

 ま、迷う。





 ちなみに、この日は普通に霊夢を背負って帰っておしまい。
 もらった薬は、飲んで大丈夫なのかどうかわからないので放置。……永琳さんの言うとおりなら、是非に飲みたいんだけど、あの人の言うことが全部本当とは限らない。
 ……さて、どうしようかなぁ。



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