賽銭箱に、財布の中にあまっていた十円玉を投入し、ガラガラする。

「よろしくお願いしますっ!」

 パンッ、と大きく拍手を打ち、一礼。相変わらず適当な作法だが、天罰が未だ下っていないところを見ると、ここの神様的にもオーケーらしい。

「毎回、熱心ですね。なにをお祈りしているんですか?」
「商売繁盛、かな」

 尋ねてくる東風谷に、本音を答えておいた。
 幻想郷での僕の商売が繁盛しますように……っても、いつも売り切れるから繁盛はしているんだがね。

「もう。冗談ばかり」
「嘘じゃないぞ。僕のバイトは、塾の講師だけじゃあないんだ」
「それじゃあ、そのバイトの成功を祈って、毎回ここに?」

 そうだ、と頷いてみせる。

 ……最近、幻想郷に行く前は、この守矢の神社に寄るようになっていた。毎回というわけではないが、割と頻繁に。
 なぜか。

 幻想郷で、死んだりしませんように、と祈るためだ。商売繁盛よりも、そちらの方が重要。
 なにせ、ただのお守りにあれだけの霊力が篭っていた神社だ。直接祈願することで得られる加護はいかほどのものか。

 こうやって、僕があの化け物だらけの幻想郷に何度も行っておきながら五体満足にいられるところから、察してもらいたい。

 博麗神社? 博麗神社は、なんというかそういう加護的なものはまったくなさそうだ。巫女の(物理的な)パワーはともかく。

「あ、そうだ。東風谷に聞きたいことがあったんだ」
「はい?」

 そうそう。あれだ。

「知り合いの神社に、さっぱり賽銭が入らないんだけど、どうしたら良いと思う?」

 ……あ、困ってる。
 む、露骨に金の話をしすぎたか。

「ど、どうすればいい、と聞かれましても。人はちゃんと来ているんですか?」
「来ていないな、人は」

 妖怪とか、妖怪っぽい人間なら割と来ているが。

「なら、信仰心を回復させるしかありませんね。そうしないと賽銭が入らないだけでなく、その神社の神様の力がなくなってしまいます」
「……あ、それはどうでもいいっていうか」

 博麗神社の神様は、霊夢も知らないから。もしかしたら、いないのかもしれん。

「どうでもよくはありません。信仰が増えれば、神様の力が増す。神様の力が増せば、ますます参拝客は増え、信仰が増す。この好循環を取り戻さずして、神社の復興など有り得ません」
「……随分、力説するけど、その割にはここも人いないよな」

 この守矢神社も、博麗神社と大差ないというか。
 まあ、こっちの世界じゃあ、幻想郷以上に、神様なんて信じない人が増えているしなぁ。

「…………」
「こ、東風谷?」

 な、なんか笑顔が怖いんですけど。

 あれ〜? 東風谷は優等生で、優しくて、穏やかで……そう、お嫁さんにしたい感じの女子高生だったはずなんだけどなー。
 なんでだろう。その、怒ったときの幻想郷の連中と、同じ感じのプレッシャーを感じるというか。物理的な圧力を伴う霊圧が、僕の世界をびんびんに押しまくっているというか。

 こ、東風谷も随分霊力(ちから)持ちなんだなー。なんか、僕よりよっぽどありそうなのは気のせいでしょうか。

「先生。なにか、仰いましたでしょうか」

 き、気のせいじゃないってこれーーッ!?

「こ、東風谷落ち着け! 僕が悪かった!」
「……言葉には気をつけてください」

 うん。よっくわかった。
 以後、僕は東風谷の前で、守矢神社の参拝客の話は致しません。















「というわけで、信仰を取り戻して、神様の力を増すのが近道だそうだぞ」

 幻想郷に来るなり、霊夢に向けてそう言ってやった。

 霊夢と、今日も来ていた魔理沙は、目をぱちくりさせる。

「どういうわけなのかわからないけど……なんの近道なの?」
「そりゃあ、博麗神社の賽銭を増やすための近道に決まっているじゃないか」

 うむ。決まっている決まっている。

「そうだなー。確かに、ここの財政状況は壊滅的だ」

 聞いていた魔理沙が、うんうんと頷いた。

「うるさいわね。食う寝るには困っていないんだから大丈夫よ」
「それは大丈夫の範疇なのか。人間には健康で文化的な最低限度の生活を営む権利というものがあるらしくてな」
「そんなもの、どこの誰がくれるのよ」

 はい、わかってはいたけど、現代日本の憲法なんぞ通用しませんね。
 まあ、ここの住人が義務を果たしているとも思えないから、当然っちゃあ当然なんだが。

「あのな。食う寝るに困ってないんだったら、毎回毎回毎回、僕に賽銭をたかるのをやめてくれないか?」
「たかってなんかいないわよ。ただ、良也さんが賽銭箱の位置を忘れているようだから、教えてあげただけ」

 詭弁にも程があるなこの巫女はっ!

「別に入れること自体は構わないけどな。でも、僕一人に依存する今の状況は問題だろ?」
「だって、誰も神社に来てくれないんだもの」
「だからこそ、信仰を取り戻すんだよ」

 野生を取り戻す勢いで。

「取り戻すも何も、この神社に人が集まったことって、今まであったか?」
「言い直そう。信仰をゲットだぜ!」

 取り『戻す』じゃないんだな。

「それじゃあ、良也さんがやってよ。私は面倒くさいから嫌よ」
「うわぁい、こいつはーもーどうしたもんかー!」

 せっかく、僕がこの博麗神社の窮状を見かねて、他の神社にリサーチまでしてやったのに。

「わかったよ。とりあえず、これから里に行くから、ついでに神社に来ないかー、と聞いてきてやる」
「お願いね」

 ま、あくまでついでだ。
 神社の人間でもない僕が言ってどうこうなる問題でもないだろう。

 巫女がこれじゃあなぁ。










 と、言うわけでやってきた人間の里。
 群がる子供たちを飴符『キャンディレイン』で仕留め、お菓子類を売り捌く。

 ……ふーん。塩辛い系より、甘い系の方が人気あるんだな。

「ときに、皆さん」

 大体、人が集まるピーク辺りで、声を張り上げた。

「ん?」

 何事か、と注目が集まったところで、おもむろに本題を告げた。

「是非、博麗神社に参拝してあげてください。色々といいことがあるかもしれません」
「じ、神社ぁ?」

 なんでこう、神社の話題を出しただけで、驚愕のリアクションが来るのか?

「ど、どうしたんですか?」
「どうしたもなにも……博麗神社は妖怪どもの巣窟だって話じゃねぇか」
「間違いじゃありませんが、連中も神社の中では暴れません」

 滅多には。

「それに、巫女もグルになって、人間を食わせるって話で」
「一応、その神社に寝泊りしている僕からすれば、それは嘘です」
「いや、境内じゃなくて、行く道に罠が仕掛けてあるんだよ」

 ……そういえば、いつも僕は空から来るから忘れていたが、博麗神社とこの人の里を結ぶ道は、けっこう荒くて視界が悪い。
 妖怪に襲われる、格好のシチュエーションだな。

 しかも割と遠いしなぁ……。

「一応、罠ってわけじゃあないんですけど、確かに危険ですね」
「だろう?」

 ならば霊夢が先導する、巫女巫女ツアーを企画し……駄目だ。あいつがそんな面倒なことをするはずがない。

「あ〜〜、まあ、言われているほどの危険地帯ってわけじゃないですから、気が向いたらお願いします」
「良ちゃん、神社に寝泊りして、怖くないかい?」
「いやぁ、別に。あそこに来る妖怪で、僕なんかを相手にする奴は居ませんよ。喰おうとする奴も今のところはいませんし」

 これは、きっと霊夢の人徳なのだろう。
 割と好戦的な妖怪でも、博麗神社では大人しくしている。

「いやでもなぁ。博麗神社の巫女って、どうにも頼りなくて。妖怪とか来て、ちゃんと退治できるのか?」
「…………は?」

 待て待て待て待て待て待て待て。
 確かに私生活じゃあグータラの名を冠するに相応しい霊夢だが、こと妖怪退治に関する限りは、奴の右に出る人間は居ない。

 次点で魔理沙と咲夜さんか。

「あの〜。あいつは、多分最強クラスの妖怪だって退治できるんですけど」
「そうなのか?」

 あれ〜? どうして、ここの人たち知らないんだろう。
 霊夢は前、幻想郷全部を巻き込むような異変(萃香の件以外にもいくつかあったらしい)をいくつも解決してきた実績があるのに。

「それは仕方ないな」
「……あれ? 慧音さん」

 凛とした声に振り向いてみると、苦笑している上白沢慧音さんがいらっしゃった。

「いらっしゃい。なんか要りますか?」
「そっちの、ミルクのキャンディを」

 ほい、と渡し、代金を受け取る。

 この人は、里の守護者とか呼ばれている、半獣の人だ。
 とても物知りで、僕も幻想郷のあれこれを彼女から聞いたりしている。

「で、なにが仕方ないんですか?」
「巫女の信用のことだよ。巫女は確かにいろんな異変を解決しているけど、それをまったくアピールしていないからね。
 里のみんなからしたら、妖怪退治もできず、神社に妖怪を入れてしまっている駄目巫女ってことになっているんだ」
「はあ、アピール……」

 いかにも面倒くさがりそうだ。

「もっと里に来て妖怪退治をすれば良いんだ。その役目を私がやっているから、本来巫女が受けるべき信用を私が受けている」
「いやぁ。霊夢が慧音さんと同じようにしていたとして、同じ信用を勝ち取れるかどうかは微妙だと思いますが」

 あの性格じゃなぁ。イマイチ、信用ならんというか。
 ほら、雰囲気とかも大切じゃない?

「それは私を褒めているのか、巫女を貶しているのか」
「慧音さんを褒めているに決まっているじゃないですか」

 確かに、色々と特殊な性格をしているとは思うが、霊夢のことは僕は好きだからな。
 ……とりあえず、もう少し色んなことを自分でしてくれれば言うことはないんだが。

「ふむ……まあ、巫女は買い物くらいにしか人の里には来ないから。よく来る君が、巫女の評判を上げてあげるといい」
「ぼ、僕が?」
「普段一緒にいる者から良い点を聞けば、みんなも考え直すだろう」

 えーと。そんなこと言われてもー。
 霊夢の私生活からして、良い点を上げろという方が難しいというか、あいつの良い点は性格と一緒で非常にわかりづらいというか。
 そんなミッション・インポッシブルを任されても困るんですけどーーー。







 で、この話でなにが言いたかったかというと。
 博麗神社の賽銭を増やすのは、無理だった、ってだけなんだけどね。



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