「良也さんっ。無事だったんですねっ!」
「……妖夢の中では、一体どんな危機的状況に陥ってたんだ、僕」

 まあ、確かに、一歩間違えれば大怪我をしていた状況ではあったが。

 ――あれから。
 勝負に勝った霊夢が、萃香を引っ張っていって、宴会に来ていたみんなの前で謝罪させ(ごめーん、の一言という誠意の欠片も感じられないものだったが)そのままなし崩し的に宴会に突入した。

 ……いや、こいつら。実は単に呑むのが好きなだけだろう。

「あ、どうぞ」
「ありがと。妖夢も、ほら」

 妖夢からどぶろくをもらい、返杯もする。
 どぶろくなど初めて呑むが、意外や意外、けっこうイケる。

「呑んでるわね、良也さん」
「霊夢?」
「ああ、霊夢。あなたも呑む?」
「頂くわ」

 妖夢のどぶろくを、盃に受ける霊夢。
 ……夢夢コンビか。昨日は弾幕ごっこをしていたが、別に仲が悪いというわけではないんだな。

「ぷはっ。……ああ、そうそう。良也さんにはお礼を言いに来たのよ。今回の異変、解決を手伝ってもらったし」
「ええ? 大丈夫だったんですか?」
「随分信用ないな……。余裕綽々だったさ」

 言うまでもなく強がりである。
 しかし、あまり妖夢の前で弱っちいところを見せたくない。……いや、僕が弱いなんてこと、妖夢は百も承知なのだが、一応オトコノコの意地というものがある。

「それと、紫と幽々子が呼んでいたわよ」
「僕はいないと言っておいてくれ」

 なに、そのゴールデンコンビ。
 僕の苦手な人トップランカーの二人じゃないか。

「そう? もうそろそろ死ぬけど、いいのかって言っていたけど」
「ぐっ……そいつぁ、ゴメンだよ」

 いや、確かに考えなきゃいけないなぁ、とは思っていたんですよ。

「良也さん、それってどういうことですか?」
「あ〜、妖夢。話せば長くなるんだが……僕の肉体の方が、霊体が戻らないせいで、死の危機に瀕しているらしい」
「短いわね」

 うるさい。

「た、大変じゃないですかっ」
「そうだねー」

 確かに大変だ。
 そういうことなら、あの二人に頼るのもやむをえんかもしれん。

 なにせ片方は冥界の管理人、もう片方はなんか無敵っぽいキャラ。僕に有益なアドバイスをくれるに違いない。

「じゃ、ちょっと行ってくるわ」

 いやだなぁ、気が重いなぁ。からかわれたり、弄られたり、タライを落とされたりしないだろうか。

「あら、リクエストなら仕方ないわね」

 不意に殺気ッ!

「ふんっ!」

 多少酒が入っていたとて、ここ数日の異変はひ弱な僕を見事成長させている。
 当然のように、頭上に突如現れたタライを横っ飛びで躱し、

「は?」

 その先にあったバナナの皮に僕の足は見事捕られ、すってんころりんと転んだ。

「な、何年前の芸風だ……」
「さぁねぇ」

 クスクス笑う紫さんがちょっとムカついたので、軽く皮肉を言うことにする

「紫さん。貴方、実はすっごい年増……」

 あ、やばい死んだ。
 以前、紫さんがルーミアに向けたのと同種の視線が僕を射抜く。

 ……うわーい、めちゃめちゃマジじゃん。

「こら、紫。あまりうちの生霊さんをいじめないで頂戴」

 そこに割って入ってきたのは幽々子だった。
 もう、僕的に猛獣か何かとしか思えない紫さんを、どうどうと諌めた。

「あら、幽々子。この子、貴方のことも年増だとか思っているわよ?」
「なんですって?」

 あ、笑ってるけど、これは幽々子怒っている。
 というか、僕の心を捏造しないで欲しい。

「……と、とりあえず、本題に入りませんか?」
「そうね。今後は、女性の年については言及しないように」
「いやぁ、見た目若ければ、別に関係ない気もしますが」

 うん、関係ない関係ない。僕は全然イケる。

「それは、喜んで良いのかしら」
「もちろんです」
「……なにか、釈然としないけど、まあいいわ」

 そう言って、紫さんはようやく話を進め始めた。

「とりあえず、貴方。死にたくないんだったら、生き返りなさい」
「その言葉に、色々と矛盾を感じるのは僕だけでしょうか」
「貴方だけよ。別に、そのまま死にたいんだったら止めはしないけれども」
「いやまさか。生き返りたいですよ」

 一応、現世に未練もあるのだ。
 例えば、今月発売する新刊だとかゲームだとか。

「……ていうか、生き返れるんですか、僕」
「『生』霊なんだから、当たり前じゃない」

 当たり前なのか〜。僕の狭い常識じゃあ、それは当たり前とは言わないなぁ……。

「本来、生きている肉体と霊体は引き合うものなのに、なぜ貴方だけ例外かわかる?」
「さっぱり」
「少しは自分で考えようとしなさい」

 考える……。もっと考える。と、ふと頭の中でピコーンと電球が灯った。というか、今まで思いつかなかったのが変なくらいだ。

「もしかしてそれは、僕の『世界を創る』とかいう能力の……?」
「そう。貴方の『自分だけの世界に引き篭もる程度』の能力のせいよ」
「字面くらい、格好良くしてもいいじゃないですか」
「名は体を表す、という通り、名称は重要よ。ちゃんと正しい名前にしないと」

 まあ、どちらでもいい。僕が、ヒキコモラーなのは、あまり否定できない事実ではあるし。幻想郷に来てからはそうでもないけど。

「それで、その能力ね。肉体と魂の絆すら断絶させてしまうみたい。だから、ふらふらとここまで来ちゃったのね」
「……はた迷惑な」
「貴方の力でしょう?」

 紫さんの言う通りではあるんだが、別に欲しくて身に着けたわけじゃないしなぁ……。もっと便利なものだったらともかく、こんなチンケなもの、あまりうれしくはない。

「多分だけど、その力を解除すれば、一気に肉体に引っ張られるはずよ」
「幽々子のお墨付きなら問題ないな」

 幽霊に関しては、専門家中の専門家だ。

「では早速……」

 紫さんに日傘で叩かれた。
 次いで、幽々子に扇子で叩かれた。

「挨拶もせず行くつもり?」

 そうだそうだ。
 妖夢とか霊夢とか魔理沙とか。挨拶をしておかなきゃいけない人間は何人か居る。
 あのパーフェクトメイド・咲夜さんもそうだし……ついでに萃香もかな。

 ……む。見てみたら、折りよく全員集まって歓談している。
 いざ突貫だ。

「お〜い、みんな。ちょっと聞いとくれ」
「なんだい」

 一番初めに反応したのは魔理沙だった。というかやっぱりこの娘は良い娘だ。話を無視して酒ばっかり呑んでいるどこぞの鬼も見習って欲しい。

 とりあえず、全員、聞こえる範囲にいるので(聞く体勢になっているのは半分だけだが)、話すことにした。

「僕、外の世界に帰ることになったから」
「ふーん。じゃあね、良也さん」

 軽いな、霊夢。

「そ。次会うときは、スカートの中を覗こうとしないように」
「だって、あんなひらひらさせてたら気になるだろっ!?」

 ナイフを突きつけないでくれ、咲夜さん。

「まあ、縁があったらまたな」
「色々ありがとう、魔理沙」

 うむ。正しい別れ方はこうだよな。

「次に会うのは、きっと貴方が本当に死んだときでしょう。それまで、どうかお元気で」
「……死んだときに会ったら元気じゃないと思うが。でも、死後の楽しみができたな」

 冥界の庭師なせいか、別れの言葉も微妙に見当違いというか。
 一番世話になったのに、妖夢にはなんも返せなかったなぁ。

「じゃあねー」
「霊夢以上に軽い奴発見」
「んぐ……ま、人の縁は奇なるもの。一度交わったなら、またどっかで会うこともあるさ」
「鬼だろ、お前は」

 まあ、そういうことがあればいいとは思う。
 ……これで、全員終わり。

 あまりにあっさりしているけど、まあ、僕にはこれくらいが似合いだと思う。

「そんじゃ、そっちの二人もさいならー」

 年長二人組に手を振る。
 ……さて、知り合いはこれで全部かー。まだまだ宴会に来ている人はいるけれど、話したことのある人間はこれで全員だ。

 あっちの人たちとも話してみたかったなぁ。オール美人だし。

 そんなことをちょいと心残りにしつつ、僕は能力を意識的に解除した。

 ……今まで、僕を包んでいた空間が解ける。
 同時に、どこか東の方に引っ張られる感触がして、

 僕は、意識を失った。



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