悠人、アセリアの二人がラキオス軍に合流して二日が過ぎた。
 新たに加わった人員を含めた連携訓練を執り行ったが、ほぼ問題なし。悠人とアセリアは、余程他の神剣使いと一緒に戦った経験が多いのか、初めてにも関わらずラキオスのスピリット隊と完璧に足並みを揃えてみせた。

 エターナルとしては新米、という時深の言葉通り、やや神剣の扱いに慣れていない様子が見られるものの、それ以前は歴戦の戦士だったのだろう。にしては、アセリアはともかく、悠人の剣術が微妙だったのが解せないが。

 最後の感想については口を噤んで、友希は謁見の間にてレスティーナにそう奏上した。

「……そうですか。トモキ、皆の調子は?」
「問題無いです。一度実戦を経験したからか、レゾナンスの安定度も上がってます」

 事実だった。訓練とは異なる緊張感の中での戦いで、各々得るものがあったのだ。

「レゾナンス、ですか。そういえば、戦闘については門外漢なのですが、それはエターナルの皆さんに使うことは出来ないのでしょうか? 力を大きく向上させる魔法と聞いていますが」

 レスティーナが謁見の間に集まっている時深以下三人のエターナルを見て、もっともなことを言う。確かに、エターナル達と共鳴できれば、戦いは一気に有利になるだろう。レゾナンスを使用した場合のスピリット達の力の向上がそのまま適用されれば、数の不利を押し返せる可能性が大いに高まる。
 ……が、生憎とそれは無理な相談だった。

「陛下の提案は我々も考えましたが、ただでさえ今の力を扱うのに四苦八苦しているのに、エターナルの皆さんと共鳴したら、今度こそ魔法自体が破綻してしまいます」
「それで済めば良いほうですね……恐らく、あまりに増大した力に身体も神剣も耐えられず、そのまま死亡します」

 スピリットとエトランジェという小さな波同士なら共鳴できても、エターナルという大きな波を合わせようとすると何もかも飲み込まれてしまう。

「もしかしたら、『世界』を吸収した友希さんだけなら耐えられるかもしれませんが……数が多いほうが効果が高いようですし、下策です」
「そうですか。失礼しました」

 時深の説明にレスティーナは頷いて、その後も幾つかの確認をする。
 ヨーティアの開発した新装備の配備状況、他の仕事の調整、先の戦いで得られた情報の分析……全部が全部、万全とはいかないが、しかし、

「こと、ここに至っては決戦を先延ばしにする理由はありませんね。……エターナルの皆さんはどうお考えでしょうか?」
「ええ。私も問題はないと思います。むしろ、急いだ方が良いでしょう。いつ、連中の確保している神剣……『再生』がマナ消失を引き起こすか。そう余裕はないでしょう」

 代表して時深が答える。悠人とアセリアも異論はないのか、小さく頷いていた。

「わかりました。では、明日を決戦と定めます。いささか性急ですが、問題はありませんね、トモキ?」
「勿論です」

 先日の実戦の疲れや傷は既に癒えている。隊のみんなも、もうすぐ決戦だということは意識していて、いつでも出動できるよう気を引き締めていた。

「それでは具体的な動きですが……」

 いよいよである。
 悠人、アセリアという戦力が集結した今、レスティーナの言うとおりもはや座して待つ時間は終わりだ。

 ソーン・リームへと進撃し、ファンタズマゴリアの破壊のためにテムオリンらが確保している神剣――時深の話によると、『再生』と呼ばれる永遠神剣の拿捕、あるいは破壊を行う。
 間違いなく、激戦となる。友希がラキオスに来てからは、運良く身近なスピリットたちが戦死することはなかったが、今度こそ死者が出るかもしれない。いや、友希自身も死んでしまう可能性は非常に高い。

 それでも。負けたら世界が消滅する。
 ただ、未だ世界や国といった大きなものを守るという実感は、友希は持てていなかった。

 しかし、友希は死にたくはないし、何よりこの世界で知り合った人は死なせたくない人が多すぎる。
 それに連中へは報いが必要だ。自分の分だけではない。ゼフィに瞬、光陰と今日子もそうだし、この世界の誰もがロウ・エターナルに借りがある。そう、あの■人とアセ■■も……

『……ん?』
『どうかしましたか、主?』
『いや、なんか今……なんだろう。知らない人の名前が、浮かんだ、ような……』

 この世界の代表として、連中をぶった斬りに行く。そう考えていたはずなのに、まったく関係のない名前が友希の頭に浮かんだ。
 なんという名前だったか。大切なことの気がして、友希は少し深く考え、

「おい、どうした友希? ぼーっとして」
「え、あ!」

 悠人に声をかけられて、友希は我に返る。
 明日の動きに関わる大切な話にも関わらず、話半分に聞いてしまっていた。

「トモキ。体調が悪いのならそう言いなさい」
「あ、いえ。申し訳ありません、陛下。大丈夫です。本当です」
「そうですか。……ならば、弛んでいます。隊長の貴方がそんなことでは困りますよ」
「……はい。時深さん、悠人とアセリアも、本当に申し訳ありません」

 いやいいよ、と軽く答える悠人に、アセリアもコクコク頷いている。
 その二人を見て、先程ふとよぎった名前と非常に似ていると感じたが、友希はもうそのことについては無視することにした。

 悠人とアセリア、二人と出会ってから時折感じる奇妙な既視感について気には掛かるが、今はそのようなことにかかずらってる暇はない。比喩でも何でもなく、世界の危機なのだ。

「あちらの戦力は、エターナルが五人に、ミニオンが……恐らく残りは二十から三十体といったところでしょう。対してこちらはエターナルが三人、そしてラキオスのスピリット隊の皆さん」

 時深が復習するように彼我の戦力を上げる。

「本当に突入部隊以外は不要でしょうか? 統一して間もなく、動かすのは少々不安もありますが、それでもスピリットの百や二百は動かせます」

 それだけを動かすと、戦死者がどの程度出るかにもよるが、勝ったとしてもラキオスという国が傾く可能性が大いにある。
 しかし、それで勝率が一パーセントでも向上するならば、レスティーナはそのリスクを織り込んでも送り込むつもりだった。後の世に、大陸を統一し、そしてすぐに瓦解させた愚王、などといった評価が下されようとも構わない。世界そのものがなくなるよりは余程マシだ。

「言ってはなんですが、足手まといです。単純な戦力としてもそうですが……スピリット達が死ねば、覚悟があっても多かれ少なかれ精神的な動揺は避けられません。永遠神剣同士の闘いでは、それが致命傷になります」

 永遠神剣の力は意志の力によって引き出される。怒りや悲しみは一時的には大きな力になるが、不安要素にしかならない。
 戦争においては数の利が生きたが、今回の戦いにはマイナスの方が大きいと時深は判断していた。

「そうですか……では、当初の予定通りのメンバーで」
「はい。それで、予想される配置ですが……テムオリンがどこまで遊ぶ気なのかにもよりますが、おおよそ二択です。全戦力を一同に会しての決戦か、あるいは、ミニオンを途中の障害にし、エターナルを一人ずつ繰り出してくるか」
「……遊び、遊びですか」

 こらえきれないようにレスティーナがきゅっ、と口元を僅かに引き攣らせる。
 エターナルを五人同時に相手にするのと、一人を相手にするのを五回繰り返すことでは、言うまでもなく前者のほうが辛い。しかし、そんな選択肢を取る可能性があるというのは、あまりにもこちらを馬鹿にしている戦術だ。

 内心の怒りを押し殺し、レスティーナは頭を振る。

「いえ、むしろあちらが本腰を入れていないことに感謝をしましょう」
「ええ、その通りです。余裕を見せているテムオリンたちに、一泡吹かせてやりましょう。大丈夫です、そのための戦力は、十分に整っています」

 実際には、エターナルの二人分の差は非常に大きい。しかし、確信しているように言う時深の姿に、その場の全員が勇気づけられた。

「……もしかして明日の決着、時深は見えているのか?」
「いいえ」

 思わず、といった感じで口を挟んだ悠人の言葉に、時深はゆっくりと首を振った。

「ただ、信じているだけですよ。この世界の人達の意志は、ロウ・エターナルなどには負けないと。それに、こうしてアセリアも……悠人さんも駆けつけてくれましたし」
「あ……うん。まあ、な」

 悠人に言葉を告げる時、時深が少しだけ熱っぽい視線を向けたことに友希は気付いた。
 それに悠人は僅かに狼狽え、視線だけを時深から切る。

 ……いいのだろうか。確か、悠人とアセリアは恋仲だと聞いていたのだが、エターナルは一夫多妻が当たり前だとか。いや、そんな雰囲気でもない。悠人の性格からして、まさか浮気だということはないと思うのだが。

『三角関係ですかねー。いやー、高位存在と言えど、元人間ともなればこの辺りは変わらないんですねー』
『ウキウキしだすな。嫌だぞ、僕は。色恋沙汰で戦線崩壊とか』
『そりゃ大丈夫でしょう。アセリアさんの方は気付いてませんよ』

 確かに、悠人が狼狽えたことを不思議に思ってはいるようだが、アセリアはその理由についてはわからないようで、特に怒りなどは見せていない。
 我ながら、殆ど表情の変わらないアセリアの感情を何故読めているのかわからないが、コミュニケーションが円滑に進むので友希は気にしないことにしていた。

 将来的に悠人が苦労する未来がありありと想像できたが、それは色男の責務ということで大人しく苦労していただきたい。なお、美少女二人に思いを寄せられていることに対する嫉妬は断じて含まれていない。

「こほん……よろしいですか?」

 レスティーナは王族として周りの人間の感情の機微を読むことには長けているため、当然のように気付いていた。
 咳払いの一つだけで場を引き締め、

「それでは明朝、払暁と共に出発しましょう。トモキ、本日はよく休むよう隊のみんなに伝えてください」
「わかりました」

 話し合いは終わり。
 明日は早い時間に出発となる。警備任務など、仕事の時間が不定期なのはスピリットは慣れっこなので問題はないが、早めに寝て体調を万全にする必要がある。

 解散して、謁見の間から退室する直前、友希はふと思い立って足を止めた。

「……陛下。少し、相談というか、個人的にお願いしたいことがあるのですが」
「? なんでしょう。多少の便宜を図る程度は構いませんが……」

 レスティーナに感謝の言葉を返し、友希はその要望を口にした。


































 謁見の間を辞して一時間後。
 スピリット達に先程の決定を伝えた後、友希はラキオス王都から遠く離れたサルドバルトの地に立っていた。

「……ここはあんまり変わらないな」

 訪れたのは、友希がファンタズマゴリアに来てから数ヶ月を過ごした、元サルドバルトスピリット隊第二分隊の館。

 あの後。友希はレスティーナに、エーテルジャンプの許可を求めたのだ。
 動かすのにそれなりのエーテルを食うエーテルジャンプの私的使用だが、レスティーナは二つ返事で許可をくれた。

 本当に、感謝しかない。
 お陰で、決戦前にここに来ることが出来た。結局、連戦に次ぐ連戦で、ここに来るのはサルドバルトを攻め落として以来となる。

 今もスピリット達の駐屯地として使われている屋敷なので、中から数人の気配がするが、驚かせるのもなんなので、そっと庭を目指す。

 ゼフィが作った仲間の墓。そして、友希が作ったゼフィと、最初の戦いで亡くなったみんなの墓。
 みんなの部屋に飾られていた花しか埋まっていない、そこに向かう。

 新しいスピリット達がここのことを知るはずがないので、荒れ果てているか、あるいは目印の石も含めてすべて掃除されているか――そう予想していたのだが、友希が目にした光景は意外なものだった。

「あれ?」

 友希が最後に訪れた時は多少荒れていたのが、綺麗に清掃されている。
 それだけなら良いのだが、墓の目印であった石も、友希の記憶通りに置いたままだった。小石というわけではないが、墓石のように立派で綺麗な石というわけではない。掃除をしたなら、当然撤去するものだと思うのだが、

「あれ、トモキ隊長?」
「ん……?」

 振り向くと、小柄な……ネリーやシアー、オルファリルより更に小さなブラックスピリットの少女がいた。
 一瞬、誰だと思ったが、よくよく見てみると、知った顔であることに気がつく。

「ゼル?」
「はい、ゼル・ブラックスピリットです。お久し振りです」

 ペコリ、と頭を下げるゼルに、友希は戸惑う。
 サルドバルトの第二分隊の唯一の生き残り。マロリガン攻めの際は同じ砦にいたが、その後、別のところに赴任。その頃はまだ友希はスピリットの人員配置まで知らされていなかったので知らなかったが、古巣に戻ってきていたらしい。
 しかし、と友希はゼルをまじまじと観察する。

 最初、気付かなかったのも無理はない、と自分で思う。神剣に自我を半ば飲まれていたはずのゼルは、昔からは考えられないほど明るい顔になっている。口元に浮かんだ微笑が、友希の中のゼルのイメージとあまりにそぐわなかったので、彼女とわからなかった。

「ゼル……その、変わった、な」
「はい。あの後、再訓練を受けまして……私は多少なりとも自我が残っていたので、戻ってくることが出来ました」

 ナナルゥのように成熟していないのも大きいのだろう。神剣の力も弱く、彼女の感情や記憶を消化しきれていなかった。
 それでも、相当厳しい訓練だったことは想像に難くない。ゼルは簡単に言っているが、自分を取り戻すためにどれほどの苦労があったのか、友希には想像もできなかった。

「トモキ隊長はお墓参りですか?」
「ああ」

 友希がここに来る前に買い求めてきた花束を見て、ゼルが納得の表情になる。
 かく言うゼルも、右手には自分で摘んだと思しき小さな花と、もう片方の手には水の張ったバケツを持っていた。

「……ゼル、もしかしてここの世話」
「はい。お墓については、生前のゼフィ姉から聞いていたので」

 ゼルがゼフィをそう呼んでいたことも初めて知った。ゼフィがゼルについて、自我を呑まれる前はいい子だった、と評していたのをふと思い出す。

「掃除、僕も手伝うよ」
「え? でも、トモキ隊長にこんなこと……」

 新鮮な反応である。ラキオス王国――今や、大陸を統一した国の軍事のトップの一人である友希を、どうもゼルは特別視しているようだが、住んでいるところではしっかりと家事当番が割り振られる事実を知ったらどう反応するだろう。

 そんなことを想像しながら、掃除に入る。
 墓石の方はゼルに任せ、友希は雑草を毟っていく。

 ゼルは石に水をかけ、たわしで汚れを落としていた。

 ただ、頻繁に手入れをしているらしく、いくらも経たない内に掃除は完了する。

 終わった後、友希は持参した花束の花を一本ずつ、墓石の前に置く。ゼルもそれに習って花を供えた。

「さて、と」

 ゼフィの墓の前で手を合わせ、目を瞑る。

 墓参りが遅れたことの詫びと、これまであったことの報告。そして、明日決戦に赴くことを、ゼフィに伝える。

 今度こそ、死ぬかもしれない。今日、レスティーナに無理を言ってここに来たのは、その前にせめてゼフィに祈りを捧げたかったのと、戦いに臨むための勇気をもらうためだった。

 じっとそうして、十分も経っただろうか。
 心の中で、全てのことをゼフィに伝えた友希は立ち上がる。

 心に巣食っていた不安が、消し飛んだような気がした。死んだゼフィの声が聞こえるわけもないが、これは大切で必要な儀式だったと、改めて思う。

「……トモキ隊長、それがハイペリアのお祈りですか?」

 友希が手を合わせている間、口を挟むこともなく佇んでいたゼルが尋ねてくる。

「ああ。こう、手のひらを合わせて、目を閉じてお祈りするんだ。僕も、詳しい作法を知ってるわけじゃないけど」

 そういえば、実家が寺の光陰に聞いておけばよかったな、と今更ながらに気付いた。

「じゃ、僕はもう帰るよ」
「もうですか? 粗末ですが、お茶くらいはご馳走できますけど」

 サルドバルトのスピリットも、お茶を楽しむ程度の余裕はあるらしい。
 かつてのみすぼらしい食生活を覚えている友希としては、ちょっとした感動だった。

 しかし、申し出は嬉しいし、時間があれば是非頂きたいところだが、

「いや、ありがたいけど……ちょっと、明日は大切な仕事があるから、早めに帰らないといけないんだ」

 それでゼルも察したのか、それ以上引き止めることはしなかった。

 ゼルに別れを告げて、友希はサルドバルトのエーテルジャンプクライアントに向けて歩き始める。

『さて、帰って飯食って風呂入って寝るぞ』
『あれ? そういえば主。瞬さんのお墓には行かなくてもいいんですか?』
『あいつの場合、勝った後の報告ならまだしも、戦いの前に行っても仕方ないよ。本人がいたら、そんなことする暇があるならさっさと連中をぶちのめせ、本当に愚図だな! とか言うに決まってる』
『……改めて主、よく友人やってましたね』
『僕もそう思う』

 苦笑が自然に漏れる。ふと気付いて振り向いてみると、ゼルが館の前に立って、じっと見送っていた。軽く手を振り、再び歩き始め、

『――――』

 ふと、大切だった女の子の声が聞こえた気がした。頑張って、とそう言ってくれた気がした。

「……はあ」

 幻聴だろう。墓参りなんてして感傷的になっているから、そんなありもしない声が聞こえる。
 我ながら女々しい、と友希は自嘲し、しかし、幻でも何でも、好きな女に激励されて気合が入らないわけもなく、

「ああ、頑張るさ」

 しっかり声に出して、明日への決意を固めた。

















 翌日、友希は、集まった面々に声をかけた。

「さて……みんな行くぞ」

 力強い返事に友希は満足して、歩みを進める。


 決定した方針通り、夜明けとともにラキオススピリット隊は出発。
 エーテルジャンプにてニーハスに飛び、ソーン・リーム台地に向けて進軍を開始した。

 聖ヨト歴332年アソクの月赤みっつの日。
 この日、ファンタズマゴリアの命運をかけた戦いの幕が上がるのだった。




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