ラキオスの都市ラース。
 サルドバルト王国との国境に最も近いこの都市で、悠人率いるラキオススピリット部隊とサルドバルト――実質はサーギオス帝国のスピリットたちがぶつかり合っていた。

 数は、サルドバルト側が三倍近い。にも関わらず、ラキオスの精鋭たちは獅子奮迅の活躍を見せ、互角の戦いを繰り広げていた。

「くっ……ハァァ!」

 その一角で戦っている友希は、スピリットの一体の攻撃を受け止め、遮二無二力を込めて押し返す。体勢を崩した敵を一刀のもとに斬り捨てた。

「はぁ、はぁ――次ッ!」

 このスピリットの後衛を務めていた相手を見つけ、地面を蹴って斬りかかる。

「ちょっ、待ちなさい! 一人で突出しすぎ――」

 友希の小隊であるセリアが、後方で呼び掛けるが無視する。
 敵は既に魔法の詠唱に入っている。セリアなら問題なく打ち消すことの出来る威力だが、魔法を節約するに越したことはない。敵の魔法が完成する前に斬り伏せる。

 友希は、真っ直ぐに敵レッドスピリットに向けて走り――

『主ッ!』

 『束ね』からの警告の声に、ギリギリで身を捻った。

「――シャァ!」

 友希の横合いから突進してきたスピリットの槍の一閃が、友希の脇腹、危ういところを掠める。

「くぅぅぅ!?」

 鮮血が飛び散る。……が、傷は浅い。皮一枚よりわずかに深い程度。
 後一瞬気付くのが遅れれば、胴体の中心を刺し貫かれていたが、これなら戦闘に支障はない。

「らぁっ!」

 槍を外し、縺れるように密着したスピリットを、裏拳をブチ当てて引き剥がす。
 もはや、相手のスピリットは死に体だ。追撃して、確実に止めをさした。

 その頃には、最初に向かっていたレッドスピリットが詠唱を完成させていたが、直後に放たれたセリアのアイスバニッシャーにより、魔法の構成が霧散する。

 もうフォローするスピリットは周囲にいない。
 友希は、一度ざっと周囲を見渡してから、再度レッドスピリットに飛びかかった。



















 イースペリア戦を始めたときに比べ、友希の実力は飛躍的に伸びていた。
 いや。正確には、実力をちゃんと発揮できるようになった、と言う方が適切だろう。

 友希の戦闘技術はまだまだ未熟で、スピリットの中でも最低クラスだ。しかし、『束ね』は腐っても第五位の神剣。そして、彼女は友希への助力は惜しまない。

 本来なら、下位の神剣しか持たないスピリットならば、地力のみで押し切ることが出来る。
 今までそう出来なかったのは、偏に友希が戦いに対してどこか腰が引けていたからに他ならない。幾度かの実戦、そしてなにより戦いに対する姿勢が明確に変化したことにより、並のスピリットならば複数を相手しても負けないまでになった。

(……まあ、ラキオスのみんなには敵わないみたいだけど)

 戦場跡。
 敵スピリットが散り、金色のマナの霧へと還る幻想的な光景を眺めながら、友希はそっと溜息を付いた。

 終わってみれば、怪我人は出たものの、自軍の死者はゼロ。エトランジェ・高嶺悠人の一騎当千の実力もさることながら、ラキオスのスピリット隊の面々の活躍も並ではなかった。
 ゼフィが常々、『精鋭』と呼んでいたのもよくわかる。

(でも、僕も強くなった)

 二、三度危ういところもあったが、合計して十近くのスピリットを倒した。数を誇るつもりはないが、確かな成長だ。この調子で強くなっていけば、いつかはあの時の剣士にも届くかもしれない。

 そう考えていると、戦場に佇んでいる友希に、ハリオンから治療を受けていたセリアが近づいてきた。

「あ、セリア。お疲れ様――」
「ッ!」

 鋭い音が鳴り響く。
 頬にジンジンと痛みを感じて初めて、友希は自分が叩かれたことに気が付いた。

「え……と、なにを……」

 怒りよりも何よりも、困惑が先立つ。張られた頬を抑えて、友希は明らかな怒りを表しているセリアを呆然と見つめた。

「……あなた、死ぬつもり?」
「え?」
「一人で勝手に突出して、適当に暴れてっ。"あの程度"の実力でそんな真似をしたのは、自殺でもしたいのかって聞いているの!」
「なっ――!」

 友希が絶句していると、セリアは容赦なく言葉を重ねる。

「今回は、基本の三人組を崩すような状況なんてなかったでしょう。なんであんなことをしたの」
「そ、それは勿論、その方が効率がいいと思ったから」
「……今回は決着を急がないといけない戦いだったのかしら。それに、あなたが一人で無茶をしたところで、戦況は悪くなるだけだわ」

 友希の頭に血が上る。散々に言われて、思わず反論した。

「ぜ、全部うまくいかなかったことは確かさ。でも、次はうまくやってみせる」
「次? 次なんてないわ。この後、私はユート様に、あなたを戦線から外すことを具申する。元々イレギュラーな参戦だもの」

 言うだけ言って、セリアはくるりと背を向けた。

 戦えなくなる……一昔前までは、願ってもないことだったのに、友希は焦りを覚えてセリアの肩を乱暴に掴んだ。

「ちょ、ちょっと待てよ! なんでそんなに怒ってるんだ」

 必死に追いすがる友希を、セリアは乱暴に引き剥がす。

「無能な味方は、敵より恐ろしいからよ。あなたみたいな命知らずをフォローして死ぬのは御免だわ。
 ……ゼフィも、なんでこんなのを助けたのかしらね」
「――!?」

 思わぬ名前を出され、友希は固まる。その様子をセリアは一瞥してから、ラースの街壁の中へと撤退していった。

 気が付くと、既に周囲に他のスピリットの姿はない。戦闘が終わったら、一旦ラースの中に集合する手はずになっていたのだ。
 ……いや、一人だけ残っていた。

「ずいぶん怒られていましたねぇ〜」
「あ……ハリオン」
「少し失礼しますよ〜」

 友希の後ろから近付いてきたハリオンが、友希の手を取り、静かに詠唱をする。
 柔らかい緑色のマナが友希を包み、傷を癒していった。

「う〜〜ん、お腹と肩、あと太腿の傷は、少しズレていたら致命傷でしたねぇ〜。気を付けないといけませんよ」
「い、いや。それは偶々……」
「メッ、お姉さんの言うことはちゃんと聞かないといけません」

 相変わらずほんわかしたハリオンだが、存外強い口調で言い切られてしまった。
 その逆らえない雰囲気に、友希は思わず押し黙る。

「もう無茶しないようにしてくださいねぇ〜。傷はわたしがいくらでも癒してあげられますけど〜、死んでしまったらどうしようもないですから〜」
「……ハリオンも、そう言うのか」

 セリアと違って責めるような口調ではないが、ハリオンも友希の行動を咎めていた。

「それは勿論。今回は大丈夫でしたけど、次も大丈夫とは限りませんから〜。それに、今回セリアが怪我をしたのも、トモキさまを助けようとしたからですしねぇ〜」
「あ……」

 言われて見れば、本来小隊の一番後ろで敵の魔法を止める役目のセリアは、本来、小隊がきちんと機能していれば、早々怪我を負うポジションではない。友希がアタッカーのポジションを放棄して飛び出したことで、しわ寄せがセリアとハリオンに来たことは間違いなかった。

「今回はいいですけど、何度もこういうことがあったら、お姉さんも困っちゃいます」
「……その、本当にごめん」

 スピリットが、三人を一つの単位として動いていることは、それなりに意味がある。
 友希が単独行動をしたことで、セリアとハリオンは二人で戦うことを強要されたのだ。自分のことばかりに目が行って、そのことにはまるで思い至らなかった友希は、頭を下げた。
 これでは、セリアが怒るのも無理はない。

「だから、次からは気をつけてください。それでいいですから。でも、どうしてそんなに無茶をしたのか聞かせてもらってもいいですか〜?」

 聞かれて、友希は悩む。
 なぜ、あそこまで気負っていたのか。正直に言うと、自分でもよくわかっていなかった。友希は戦いは怖いし、死にたくもない。一人で無理をして戦うなど、まったく性に合っていないはずだ。

 しかし、現実に、敵を前にした友希はセリアの制止の声も聞かず暴走し、そして今も次の戦いのことを考えている。

 その理由もよくわからず、思いのまま友希は口を開いた。

「そりゃ、まだ高嶺なんかには全然敵わないけど……僕も、少しは強くなったし。だからもっと戦って、早く佳織ちゃんを取り戻したいし。そしたら、ゼフィの仇を……」

 そう、彼女の仇討ちをしたい。

 友希の中でもやもやしていた感情が、ようやく形になった。

 大切な人を殺された。だから復讐する。短絡的だと自分でも思うが、友希は言葉にせずともとうにそう決めていた。
 だから、あの男が所属しているという帝国へは敵意を持つし、あの男を倒すために力も付ける。

 佳織を取り戻す、ラキオスを守る……そういう気持ちが全くないわけではないが、友希の一番の理由はそれだった。

「そうですか〜」
「……ごめん」

 口に出してみれば、嫌になるほど自分勝手な理由だった。悠人には佳織を助ける手助けをしたい、などと調子のいいことを言って、本音はこれだ。呆れられても仕方がない。

「? なんで謝るんですか〜」
「だって……そんな理由で、ハリオンたちを危険な目に遭わせて」
「それはさっき謝ってもらいました」

 それでも、何としてでも謝りたい気分だった。ゼフィの仇討ちは、ひどく個人的な動機だ。そんなものに付き合わされた二人はたまったものじゃないだろう。

 これならいっそ、ラキオスを出て、一人で仇討ちに動いたほうがいいかもしれない。
 そんなことまで考えた友希を、ハリオンは少し面白くなさそうに見て、

「ん〜〜、えいっ」
「わっぷ!?」

 正面から抱きすくめた。

「は、ハリオン!? な、なにを……」
「今、すごく追い詰められた顔していましたよ〜。だから、ちょっと落ち着いてください」
「落ち着いたっ、落ち着いたから! ていうか、なんで抱きしめるの!?」
「こうすると、小さい子は大人しくなりますから」

 子供扱い!? と、友希がその手から逃れようとしても、意外に力強いハリオンの抱擁から逃れられない。

 あまつさえ、ハリオンは友希の頭まで撫でながら、諭すように喋り始めた。

「……トモキさまが頑張る理由はわかりましたけど、やっぱり今日みたいなのは駄目です。仇討ち自体は止めませんけど〜、ゼフィがトモキさまを守って死んだのは、きっとトモキさまに生き残って欲しいからですし」
「……ハリオンも、ゼフィのこと知ってるんだ」
「はい〜。こうやって戦いになる前は、合同訓練とかでたまにご一緒してましたねぇ〜」

 適当に話題を振って逃げようとするも、がっちりと抱き締められて離れることができない。

「でも、セリアの方が仲は良かったですよ〜。だからでしょうかねぇ〜、そのゼフィが守ったトモキさまが無理しちゃうのは嫌なんだと思いますよ〜」
「……でも、僕は」

 自分の不甲斐なさにセリアが怒る理由はわかった。しかし、友希はそれでも仇を取ることは諦められない。

「やりたいことがあるなら、なおさら生き残らないと駄目ですよ〜」

 そんな内心を見透かしたように、ハリオンが言った。

 反論ができない。いちいちもっともだし、なにより頭を撫でられて抵抗する気力が完全に萎えてしまう。

「さてと。それじゃ、集合しましょうかねぇ〜。トモキさまも遅れちゃ駄目ですよ〜」
「あ……」

 そしてハリオンは、あっさりと離れて外壁の向こうへ去っていく。
 思わずそれを見送ってから、友希は大きく溜息を付いた。

「……なんか、駄目だな、僕」

 周りに味方の姿はない。既に集合場所に集まっているのだろう。
 遅れ過ぎないよう、友希は小走りにセリアやハリオンの後を追うのだった。

































 ラキオスは、すぐにはサルドバルトに攻めこむことはできない。
 国境の町であるこのラースの守りは薄いし、イースペリアを併呑したことによる混乱が収束していないためだ。サルドバルトの戦力について、詳細な情報もまだ入ってきていない。

 そのため、しばらくはラースで守りを固めることになる。
 そして夜は、夜襲を警戒し、スピリット隊は交代で見張りをすることになったのだが、

(高嶺……恨むぞ)

 見張りは二人一組三交代。サルドバルト方面に面する街壁の上に、友希とセリアが防寒用の毛布にくるんで座り込んでいた。
 友希とセリアの間に一悶着あったと察した悠人が、話をする機会をやろうと隊長権限で決めたのだが……正直、友希としてはありがた迷惑以外の何者でもなかった。

 ひとまず見張りに没頭することで緊張感を忘れようとするが、隣に座るセリアのことが気になって仕方がない。

『……主』
『なんだ、敵か?』

 語りかけてきた『束ね』に問い返す。
 神剣の加護により、人並外れて夜目が効くようになっているが、相手が隠れて近付いていたりすれば友希に見破るような技術はない。そのため、周囲の警戒は『束ね』任せになっていた。
 その『束ね』の声掛けに、僅かに腰を浮かせる友希だが、

『いえ、近辺に他の神剣の気配はありません。それよりも、セリアと話をしないんですか?』
『そっちかよ』

 浮かせかけた腰を下ろす。

『なにを話していいかわからないっての。話したら、またボコボコに言われそうだし』
『しかし、悠人さんに主を隊から下ろすように進言する、とか言っておきながら、まだなにも話していないようですし。意図は聞いておいたほうがいいのでは?』
『いや、あれはタイミングがなかっただけだろ』

 あの戦いの後。
 警戒要員を早々に決めてから、悠人は忙しそうにエスペリアと共にエーテル技術者との打ち合わせに向かった。
 ラースに防衛施設を建築するための打ち合わせだ。そのために、ラキオスのレスティーナに向けた手紙を何通も送ることになったり、悠人の裁量で動かせるエーテルを取りまとめたり、建設予定地の視察をしたりと、悠人は隊長職として忙しく動き回っていた。

 見張りの相方の変更をお願いしようとタイミングを図っていた友希も話しかけられなかったので、セリアも似たようなものだろう。

『まあしかし、彼女が怒るのも無理はないでしょう。主の独断専行で無意味に苦戦したわけですし』
『……反省してるよ。少しは強くなった、なんて自惚れてた自分を張り倒したい』

 戦いの熱が冷めてしまえば、今日の戦いのことも反省点だらけだと気付く。初陣より更に周りが見えていなかった。
 改めて思う。あれはただの八つ当たりだった。ゼフィが殺されたことに対して、あの剣士と繋がりのある帝国のスピリットに怒りを叩きつけたのだ。
 それで、味方を危険にさらしていれば世話はない。

 自嘲する友希に、『束ね』は「それはそうと」と話しかけた。

『いい機会だから聞いておきますけど……昼間言っていた仇討ちとやら、本気ですか?』
『お前、ちゃんと警戒しとけよ。夜襲の危険は高いって、高嶺が言ってただろ』
『大丈夫です、意識の八割はそっちに振ってますから』

 ったく、と友希は嘆息してから、強く言い切った。

『……本気だ』
『そうですか』
『それだけかよ。感想とかはないのか?』
『いいえ、特には。以前も言いましたが、私は主の決めた道に口出しするつもりはありませんから。ただし……』
『ただし、なんだ?』

 『束ね』は、心の声で咳払いをする。相変わらず芸の細かい神剣だと友希は半ば呆れ、半ば感心した。

『志半ばで死亡エンドとかは勘弁して下さいね。昼間、ハリオンに言われてことを忘れないように』
『…………』

 ゼフィが体を張って守ってくれたことの意味。
 彼女が折角生かしてくれたのに、友希はそれを無為に捨てかねない行動をしてしまった。

『肝に銘じておくよ。僕だって、なにも好き好んで死にたいわけじゃない。
 ……でもさ、『束ね』。率直な意見を聞きたいんだけど……命の一つや二つ賭けないで、僕があいつに勝てると思うか?』

 現状、友希の数倍の強さを誇る悠人。その悠人が十人いたとしても、黒い剣士には勝てない。それだけの絶望的な差があった。
 後生大事に安全策を取っては、いつまでたっても仇など取れやしない。

『主の命がいくら積み上がったところで、一撃で返り討ちが関の山かと』
『……お前、はっきり言うな。でも、わかるよ』

 正直、膝を折ってしまいたい。しかし、そう簡単に諦められるなら、そもそも仇討ちなどという発想は出てこかった。

『なに、主一人で駄目なら、仲間を集めてフルボッコにしてやればいいんです。丁度良く、ラキオスには精兵が揃っている。いくら強くとも、相手を孤立させて数で囲んでしまえばなんとでもなるでしょう』
『発想が邪悪だぞ……ていうか、数を集めてなんとかなるか?』

 いい例が悠人だ。数字だけを見ると、彼の加入はあくまでラキオスにとってたった一人戦闘要員が増えただけ。しかし、現実には彼一人増えただけで、ラキオス王国は北方五国を統一しつつある。
 この世界は、質が量を覆しうる世界なのだ。戦場で、英雄という言葉がまだ存在している。

『なに、私の本分はそれですからね。圧倒的強者を、弱者たちが力を束ねて打倒する――なんとも、心躍るではないですかっ』

 『束ね』は、そういう物語を好む。別に戦いに限らなくてもいい。一つの目的の元集まった集団とは、思いもよらぬ力を発揮する。その輝きに魅せられたのだ。
 互いのマナを奪い合うという本能のため、本質的に『協力』というのを不得手とする永遠神剣の中では変わり種とも言える。

『大体な。僕の個人的な復讐に、みんなを付き合わせるわけにはいかないだろ』
『なに、このままラキオスが覇道を突き進むと言うなら、いつか帝国ともぶつかり合うでしょう。その時になれば、利害は一致しますし、問題ありません』
『そりゃそうなんだけど……』

 復讐を誓いながらも、戦争は早く終わって欲しいと思う。矛盾だが、友希はそう考えていた。

「あの〜」

 と、そこで後ろから声がかかった。
 街壁の中に通じる階段から、ハリオンが顔を半分覗かせている。

「ハリオン? 交代の時間はまだ先だったと思うけど」

 セリアが立ち上がって仲間を迎える。

「いえいえ〜、頑張っている二人に、差し入れでもと思いまして〜」

 階段を登ると、ハリオンの全身が明らかになる。彼女は両手にお盆を持っており、その上には湯気を立てるカップと、甘い香りをさせる菓子が乗っていた。

「ハリオン、それどうしたの。焼きたてのヨフアルだなんて、なんであるのかしら」
「待機中は暇だったので〜。ここの厨房をお借りして、作ってみました。ヨフアルの型は持ってきていたので」
(……え? ヨフアルの型?)

 友希がハリオンの言葉に頭を捻る。
 ヨフアルとは、ハリオンが持ってきたお菓子のことで間違いないだろう。匂いといい形といい、地球のワッフルそっくりのお菓子だ。
 確かにこれを作るには型が必要だと思う。……しかし、戦場に持ってきた? というか、持っていたっけ? と疑問が頭を駆け巡る。

「あなたはまた……待機中は体を休めなさい。あと、余計な物は持ってくるなと何度言えばわかるの」
「はいはい、お小言は後で〜。それじゃ、冷めないうちに食べて下さいねぇ〜」

 セリアにお盆を半ば押し付けて、ハリオンは去っていく。
 はあ、とセリアが大きく溜息を付いた。

「……その、ハリオンっていつもああなの?」

 友希は先程までの気まずさを忘れて、思わず聞いてしまう。戦場の最前線でお菓子を作る。しかもそのための道具を行軍に持ってくる……など、常識外れにも程がある。

「そうです。まったく、今度きつく言っておかないと」

 ぶつぶつと文句を言いながら、セリアは再度腰掛ける。友希との間にお盆を置いて、カップとヨフアルを手に取った。

「……食べないんですか?」
「ああ、いやいや。いただくよ、うん」

 ずっと風に当たっていたため、体が冷えている。永遠神剣を手に入れてから体調不良とは無縁だが、暖かい飲み物と甘いものはありがたい。

 まずはカップに口をつけ一口。珈琲に似た苦味。目が覚めそうな味だった。
 続いて、あからさまにいい匂いを漂わせているヨフアルに齧り付く。これも思わず涙が出そうなほど美味い。

「おいしい……」
「それはよかった。作ったハリオンも喜ぶでしょう。戦場でなければ素直に礼を言えたんですが」

 友希の感想に安心したように、セリアが続きを食べ始めた。

 どこか緊張していた空気が弛緩している。友希は内心ほっとして、気が付くと自然とセリアに話しかけていた。

「あの、セリア」
「はい」
「昼は、その……ごめん。次からはこんなことないよう気をつける」
「……次はない、と言ったと思いますが」
「そうだけど、その。今度はちゃんとするから、今回だけ見逃して欲しいというか」

 一回一回の戦いで命を削っているスピリットたちに、酷い言い草だと思う。
 しかし、友希はこう言うしかなかった。

 セリアは熱いお茶を一口嚥下し、呼吸を整える。

「呆れた人ですね」
「本当にごめん」
「……はあ」

 これでもかと小さくなる友希に、セリアは肩を竦める。

「……気持ちは、理解できます。これで最初で最後ですから」
「――! あ、ありがとうっ、ありがとう!」

 喜びを顕にする友希に、セリアは少し怯んだように、

「こほん。ところでトモキ様、一つお聞きしたいのですが」
「え、あ、はい。……その、その前にセリア? 僕相手に様付けとか、丁寧に喋ったりとか、やっぱりしなくてもいいよ? セリアに言われると、すごい違和感がある」
「……人にそのような話し方をする教育は受けていません」
「でも昼は――」
「あれは、戦闘の後で興奮していたからです。普段まであんな風に人に話しかけはしません」
「そこをなんとか」

 ラキオスのスピリットたちは、割と気安く話しかけてくれるので、セリアの口調はどうにも慣れなかった。
 勿論、一部礼儀正しいスピリットもいるのだが、セリアは今日のやりとりで……はっきり言ってしまうと『上』の人間に思えてしまい、敬語を使われるとムズ痒くて仕方がない。
 そう説得する友希に、セリアは今日一番の重い溜息をつく。

「変わった人ね。ハイペリアの人間とはみんなこんな感じなの? ……ああ、呼び方は変えないわよ。口調なら誤魔化せても、人間を呼び捨てにしたりして、誰かに聞かれたら面倒だもの」
「了解。……それで、もしかして高嶺も同じようなこと言った?」
「ええ。流石に隊長にまで砕けた話し方だと示しがつかないから断ったけど」

 友希は、悠人とスピリットたちのやり取りを思い出す。
 『パパ』と呼び、悠人に懐きまくっているオルファリル。同じく事あるごとに悠人に付き纏い、遠慮のない物言いのネリーとシアー。敬意どころか敵意でも持ってるんじゃないか? という態度のニムントール。

「……その、年少組はどう見ても」
「言わないで。わたしも頭が痛いんだから」
「はあ」

 しかし、ニムントールは別にしても、義妹の佳織といい、その友達でクラスのマスコット的存在だった小鳥といい、悠人は年下を惹きつけるフェロモンでも撒き散らしているのだろうか。
 光陰が泣いて羨ましがりそうだな、と友希は想像して少し笑う。

「話が逸れちゃったわね。聞きたいことっていうのはゼフィのこと。あの子、どうやって亡くなったのかしら」
「……ハリオンから、セリアはゼフィと仲良かったって」
「国は違うけど、同期なの。資料は読んだけど……実際に見たトモキ様から聞かせて欲しいの。彼女の死に様を」

 聞かれ、友希はぽつぽつと話し始める。
 思い出すだけで痛みの伴う記憶だが、ゼフィの友人に請われて話さない訳にはいかない。

 すべて話し終えた後、セリアは『そう』とだけ呟き、沈黙した。

「……ごめん」
「なんであなたが謝るの。聞く限り、どうしようもない状況だったじゃない」
「でも、僕がもっとしっかりしていたら」
「でも、とかもしも、は戦いにはないのよ。ゼフィは死んだ。それだけのこと」

 セリアの物言いに、友希は反論する。

「それだけ――って。セリアはそいつが憎くないのか?」
「なにも感じないわけじゃないけど。でも、戦争をしているんだもの。誰かが死ぬことは当たり前よ。違う?」
「それは……そうだけ、ど」

 スピリットを斬った感触がまざまざと蘇ってくる。もしかしたら、友希の斬ったスピリットの中にも、大切な人はいたのではないか。
 割り切ったつもりだったが、ふとした拍子に考えてしまう。

「……戦いが終わるまで、彼女のことを悼むのはやめておきなさい。生き残った者は、全力で生き抜く。それが戦いで死んだ者への礼儀よ。
 仇討ち……やめろとは言わない。でも、それは覚えておきなさい」
「なんで知って――」

 聞こうとして、ハリオンに話していたことを思い出した。
 友希はハリオンの顔を思い浮かべ、口は軽そうだなあ、と顔を引き攣らせる。

「……そろそろ交代ね。ハリオンも、なんてタイミングで差し入れするの」

 どうせお菓子が丁度焼けたからとか、そういう理由だろう。

「っと、了解。交代……次はファーレーンとニムントールだっけ。僕が呼んでくる」
「わかったわ」

 すっかり冷めてしまったお茶を飲み干して、友希は片付けるためお盆を持って街壁の中に入っていく。
 途中、ちらりとだけセリアの後ろ姿を見て、小さく頭を下げた。

『しかし……今日は色んな人に似たようなことを言われる日だ……』

 ハリオンに始まり、『束ね』にセリア。

『忠告してもらえるうちが華です。それだけ今日の主が無茶苦茶だったんですよ』
『わかってるよ』

 『束ね』に拗ねたように吐き捨てて、友希はファーレーンとニムントールの部屋に向かうのだった。









































 翌日。

「……今日から暫く、トモキ様には後衛を勤めてもらいます」
「ちょ、セリア? 昨日のことなら謝ったじゃ……」
「許したわけじゃない。しばらく反省しなさい」

 もう無茶をするつもりはないが、役立たずに甘んじるつもりもない友希はなおも反論する。

「でも、それだと僕が遊兵になっちゃわないか?」

 友希には遠距離攻撃手段がない。セリアとハリオンのフォローに回るしかないが、昨日来たレベルの敵ならそもそもフォローは必要ない。
 勿論、保険としてなら意味はなくはないが、それはちゃんと別部隊がいる。

「……そうね。トモキ様、昨日の魔法、ちょっと使ってみてくれる?」
「それは効果がなかったじゃないか」
「調子が悪かっただけかもしれない。いいからやってみなさい」

 強く言われて、友希が渋々と魔法を起動する。
 地面に描かれた魔法陣からオーラフォトンが降り注ぎ、そしてその殆どが二人に定着することなく流出――しない。

「あ、あれ?」
「……まったく無意味、というわけじゃなさそうね。ハリオンはどう?」

 調子を確かめるように二度三度神剣を振るセリアは、そう評価した。

「ええ、なんだかいつもより硬い盾が張れそうですねぇ〜」
「ど、どういうこと?」

 効果は低い。ゼフィに対して発動した場合に比べて半分、いや三分の一以下だ。
 しかしそれでも、対象と信頼し合っていないと効果のない魔法は、効力を発揮していた。

「どうもこうも……単に調子が良くなっただけじゃない?」

 あっさりと言うセリア。一方、ハリオンはニンマリと笑い、

「ふふふ〜、トモキ様は、昨日の今日でわたしたちのこと、ずいぶん好きになってくれたんですねぇ〜」
「……は?」
「だってこの魔法、『好き合った者』同士じゃないと効果がないんじゃありませんでしたっけ? ロマンティックな魔法です〜」

 微妙にニュアンスが違っているのは突っ込まないことにして、友希は一人考える。

 『サプライ』は、お互いのマナが引き合っていないと効果のない魔法。マナが引き合うためには、互いに『信頼』とか『絆』とか呼ばれる感情が必要だ。
 『互いに』である。どちらか片方だけでは魔法は成立しない。

 そして、気が早っていた昨日の友希に、そんなものはなかった。

『……ややこしい魔法だな、おい』
『まあ勘弁して下さい。その代わり、型に嵌ると強力ですよ。ラブラブカップルなんかだと、効率はン倍です。主とゼフィなんかまさにそのまんまでした』
『ラブラブっておま……』

 あまりの言葉の響きに絶句しながら、友希は頭をかかえるのだった。




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