「ええい、何故だ!? 何故サルドバルトごときがこれ程の戦力を持っておる!」

 情報部からの報告を受けたラキオス王ルーグゥは、激昂して玉座の肘掛けに拳を叩きつける。

「お、恐れながら……かの帝国が、サルドバルトに手を貸しているものと……」
「だから、何故それを事前に察知できなんだっ!?」
「も、申し訳ありません……」

 顔を紅潮させ、唾を飛ばしながら情報部の男をなじるルーグゥに、レスティーナはそっとため息を付いた。

 レスティーナは文字通り生まれた時の付き合いから、王の怒りは理解できていた。
 卑劣な手段で、イースペリアごとサルドバルトの戦力を潰し、意気揚々とイースペリアを勢力下に置いたと思いきや、既に死に体であったサルドバルトに攻めこまれてしまったのだ。途中までトントン拍子に思い通りの展開になっていたところをひっくり返され、この短期な国王が今までないほどに激しているのは容易に想像出来た。

 しかも、ルーグゥはこの期に及んで、マナ消失の件を仕組んだのが帝国だとは気付いていない。戦術研究室の一員でルーグゥが重用していたある男が、ラキオスを出奔しているとの情報をレスティーナは掴んでいた。子飼いの部下の調査によると、男は帝国へと"帰って"いったそうだ。

 ことによれば、この北方五国の争い全てが、サーギオスの掌の上である可能性もある。流石に、一から十まで全て仕組まれていたとは、レスティーナとて考えたくはなかったが。

「父様、どうか冷静に。……貴方はもう退室して宜しい」

 家臣に当たり散らすのを見過ごす訳にはいかない。ルーグゥはこのまま剣を抜いて首を斬り飛ばさんばかりの勢いだ。レスティーナはルーグゥが息を整える隙を見計らい、そう命令した。

「は、はっ」

 天からの助けを得たように、男は頭を下げ、そそくさと謁見の間から出ていく。呼び止めようとしたルーグゥを、レスティーナが制した。

「レスティーナ、お前は口を……」
「父様。今はそれよりも、サルドバルトに対応する方が先です。情報部の"強化"の打ち合わせはその後に」
「ぐぬ……」

 ルーグゥは感情的に動くところはあるが、愚鈍ではない。サルドバルトの都市アキラィスから、今にもラキオスに攻め込もうと準備しているスピリットの数は相当のものだ。ここで無駄に時間を浪費することの馬鹿馬鹿しさは理解している。
 感情はそれでも納得をしていなかったが、『ええい』と首を振り、今対応するべきことに思考を向ける。

 ほっ、と弛緩した空気が、謁見の間に集った大臣たちの間に流れた。彼らはこの場で発言しない。出世と保身だけに興味がある彼らは、決められた物事を進めるのは得意でも、こういった事態では競争相手に足を引っ張られぬよううかつな発言はしないのだ。

「……今すぐにスピリット隊を動かせ。ラースの守りを任せているスピリットは二線級の者しかおらぬだろう」

 サルドバルトに最も近い都市ラースを落とされれば、首元に刃を突き付けられたのと同じだ。ルーグゥは頭にあるスピリットの配置図を思い浮かべ、あの都市は半日と持たないと判断する。

「既にエトランジェユートを中心に準備は進めております。明朝には出発できるかと」
「なに?」
「エトランジェユートは必ず我が国に勝利をもたらしてくれることでしょう。どうかご安心ください」

 レスティーナ自身、あまり使いたくない言葉だが、敢えてこう言った。

「成程な……まあいい。我が国の神剣の勇者に、せいぜい働いてもらうとしよう」
「はい」

 ルーグゥの興奮は収まり、どっかと玉座に座り直す。

 快進撃を続ける悠人のことを、この王は信用しつつある。間違っても個人の人格を認めているわけではないが、その実力だけは認めていた。
 そんな王の空気を読み、レスティーナは『ここだ』と話を切り出した。

「父様、時に一つご相談が」
「ん? どうした、レスティーナよ」
「はい、先のイースペリアでの戦いでのことです。エトランジェ・ユートが敵国……サルドバルトのエトランジェを捕獲しました」
「なに!?」

 ルーグゥは驚愕の声を上げる。

「サルドバルトにもエトランジェがいたのか! ……ええい、捕獲など生温い、即刻首を刎ねろ!」
「落ち着いてください、父様。これには理由があります」

 激したルーグゥに対し、変わらず冷静に話しかけるレスティーナ。
 家臣たちに、この構図がどう印象付けられるか。内心舌打ちを漏らしつつ、ルーグゥはひとまず怒りを抑えこみ先を促した。

「話してみろ」
「はい。そのエトランジェ……トモキというそうですが、彼は我々が捕虜にしたわけではありません。彼が自分から亡命を申し出たのです」
「亡命だと?」
「ええ。エトランジェ・トモキが言うには、サルドバルト王に対しては王家の縛りは効かないとのこと。それに、既に亡国の道を歩む国家。そんなのに付きあうのは真っ平だとか」
「所詮傍流の血筋。あの王にエトランジェに対する強制力がないのは頷ける話だが……だからと言って、信用できるのか?」

 訝しむルーグゥに、レスティーナは自信を持って頷いてみせた。彼女は友希のことを直接は知らない。しかし、エスペリアからの報告では基本的に善人のようだ。なにより、悠人が信用している者である。本人にとっては不本意とはいえ、この国のために尽力してくれた勇者の友人を疑うことはできない。

「私が直接会って検分しました。私に対しては王家の縛りは問題なく効いているようです。更に、知っての通りサルドバルトは貧しい土地柄。こちらで一定の生活を保障してやる、と言えば尻尾を振ってきましたよ」

 当然、口から出任せである。しかし、ルーグゥにとっては、十分信用できる話だった。彼は自分に流れる血に誇りを持っていたし、人は贅沢を好む生き物だと知っている。
 その二つにエトランジェが屈した。当たり前の話だな、とさえ思っていた。

「と、するとそのエトランジェも神剣を持っているのか」
「ええ」
「残りの神剣は『誓い』『因果』『空虚』……どれだ?」
「四神剣には該当しないようです。まったく新しい神剣の使い手だとか。その分、悠人より力では劣るそうですが、スピリットとして扱う分には強力な存在です」

 これは悠人やエスペリアから聞いた情報で、この点は偽っていない。実力のところを勘違いさせていると、無茶振りをされる可能性がある。

「なるほど……まあ、所詮サルドバルト程度の国に現れた者か。いいだろう、スピリット隊に組み込んで好きに使え」
「ありがとうございます。最近、スピリットが転送されてくることも少なくなりましたから、思わぬ幸運です」
「神が、我がラキオスにこの地を平定せよと言っているのだろう」

 自分の言葉をまるで疑っていない様子で、ルーグゥが言った。

「さて、他に話すべきことはあるか」

 家臣を睥睨してルーグゥが問う。彼らは目を伏せて、沈黙を保った。

「では、解散とする。レスティーナよ、サルドバルトの件、後は任せるぞ」

 ルーグゥが立ち上がり、小姓と共に謁見の間を出ていく。
 王が完全にいなくなると、大臣たちもそれぞれ謁見の間を出ていく。この国難の時に、緊張感の欠片も見えない。それぞれ得意分野では有能な人間が多いのだが、それを発揮しようという気がまるで伺えない。

(……とりあえず、エトランジェ・トモキのことはなんとかなりましたか)

 家臣たちを追い越すように早足で謁見の間を出ていくレスティーナは、大きな懸案の一つが片付いたことに安堵する。
 しかし、寝室に向かったであろう王と同じようにこのまま眠るわけにはいかない。スピリット隊は確かに明朝から出発するが、その前にやることは山ほどある。

 まず、防波堤となるのはラースの街になる。スピリットの到着に先立って伝令を飛ばし、スピリット隊の受け入れ準備に、やらないよりはマシ程度だが街壁の強化をさせる。子飼いの情報収集員からの情報はひっきりなしに飛んで来るため、その都度適切な対応が必要だ。
 なにより大変なのは、バーンライト、ダーツィ、イースペリアと短期間に領土を増やしたことによる防衛体制の見直し。この機会に乗じてサーギオスやマリロガンが攻めてこないとも限らない。国自体が消失し、所属国がラキオスに移った旧国のスピリットの生き残りを急ぎ編成しないといけない。

「あー、もう、やることが多すぎるのよ。父様も、大臣連中も手伝えっての」

 誰も見ていないのをいいことに、レスティーナは素に戻って吐き捨てた。























 扉の向こうに気配を感じて、友希はむっくりと体を起こした。

「……誰だ?」
「あれ? 気付かれた」

 声をかけると、キィ、と音を鳴らして部屋の扉が開く。その向こうからは、昨日知り合ったばかりだというのになんとも親しげな笑顔を浮かべるネリーの姿があった。

「ちぇー、ダイビングで起こしてみたかったのにー」
「……いや、さらっと変なことしないでくれ。女の子が」

 ネリーは言動は幼いが、身体は成長しつつある。見た目は向こうで言う中学生くらいだろうか? 少なくとも、男のベッドに突貫していい年頃ではない。

「くーるでしょ?」
「それは多分クールとは言わないと思う……」
「えー? 難しいなー」

 どうも、この少女は『クール』という言葉に並々ならぬ情熱を燃やしていた。
 友希が気になって聞いたところ、悠人がアセリアのことを『クール』と評したのを聞いていたらしい。

 だが、本人もイマイチ『クール』の定義をわかっておらず、こうして突拍子もないことをすることがある。単に言葉の響きが気に入っただけなんじゃないか、と友希は思っていた。

「……まあでも、起こしにきてくれたのはありがとう」
「いーよいーよ。あ、セリアが朝ごはんだから早く起きてーって言ってたよ」
「了解。着替えてから行くから、先に行っててくれ」

 朝にはまだ早い時間。しかし、いつサルドバルトが攻めに転じるかわからない。ここまでが休息できるギリギリの時間だった。

(結局、あまり眠れなかったけど)

 今後のことを考えれば少しでも睡眠は取っておくべきなのだが、友希はどうにも眠れず、体を横にして目を瞑っていただけだった。そうでもなければ、扉を開ける前のネリーの気配に気付く訳がない。友希は別に武道の達人でもなんでもないのだ。

『気を張りすぎですよ、主。これからラースへと向かい、戦いはその後でしょう。今からそんなに気を張っていては、本番で使い物にならなくなります』
『いや……わかっちゃいるんだけど』

 言い訳しながら、クローゼットを開ける。他に服がないため着ていた戦闘服を脱ぎ、悠人用の予備の学生服を身に着ける。丈は合っていなかったが、そこはもう一つの宿舎に住んでいるエスペリアが整えてくれた。

 サルドバルト製より質のいい服に身を纏い、心を硬くしていく。
 これから戦争だ。相手は名目上はサルドバルトだが、実質的にはサーギオス帝国。そう"あの黒い剣士と同じ"サーギオスだ。

《どこの国、と問われれば、強いて言うならばサーギオス帝国だ》

 そうあの男は言っていた。
 いくつか不審な点はあるものの、こんなことで嘘を言っても仕方がないだろう。

 神聖サーギオス帝国……その国について、友希が知っていることはあまりにも少ない。この世界では最大の勢力を誇る国で、国家間の争いには直接的間接的を問わず何らかの形で介入している。そんな教科書通りの程度でしかない。

 ただ、あの国を辿れば最終的に黒い剣士に行き着けるかもしれない。それだけわかっていれば、今はいい。

『主、準備が出来たなら、早く向かっては? 待たせないほうがいいでしょう』
『っと、そうだった。サンキュ、『束ね』』

 時間にして一分程ぼうっとしていた友希は、慌てて食堂に向かう。

 食堂に来ると、それぞれ戦闘服を着込み、神剣を携えたスピリットたちが揃っていた。
 昨夜の食事では和気藹々と楽しんでいた面々も、流石に出陣前とあっては緊張――

「ヘリオン、お皿運んでくれるかしら」
「はいー……って、わわっ!?」
「ちょっと、気をつけてよね。そこの段差に躓くの何度目?」
「はーい、ネリーとシアーもお手伝いするー」
「するー」
「ああ、ほらニム。寝癖が付いたままよ」
「んー、お姉ちゃん、直して」
「仕方ないわねえ」
「また戦争ですか〜。行軍中は、お菓子を食べられないのが悲しいですねえ」
「ハリオン、そんなこと言って、またこっそりお菓子を持って行く気でしょう? ちょっとまとめた荷物を見せなさい」
「あらあら〜」
「さり気なく隠さないの!」

 ……している様子は欠片も見えなかった。朝から姦しい騒ぎがそこかしこで起こっている。
 昨日はこの明るさに救われる気持ちだったが、しかし戦争を前にしてこの脳天気さはいいのだろうか。

 挨拶も忘れて食堂の入り口に立つ友希の目に、一人静かに佇んでいる赤スピリット――ナナルゥの姿が目に入る。
 彼女はラキオスのスピリットにしては珍しく、サルドバルトのそれに近い。あの国にいた当時は、そんな現実が嫌で嫌で仕方なかったのだが、友希は彼女を見てようやく気持ちを共有できる人間がいたとある意味安堵する。

「あの、おは――」

 きゅぅ、と可愛らしい音がナナルゥのお腹から聞こえた。

「……食事はまだでしょうか」
「ょう」

 がくっ、と途中で力が抜けた。

「? おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます、トモキ様」
「おはようー!」
「ようー」
「あ、おはようございます」
「ねぼすけさんですねえ〜」

 と、口々に挨拶される。ラキオスに来てから、調子を乱されっぱなし――いや、むしろ調子が戻っているのだろうか。
 中途半端な挨拶になってしまったので、友希は改めて声を張り上げた。

「……おはようさん」






























 なんやかんやで昨夜と変わらないほど騒がしい朝食を取った後、友希を含む第二宿舎のスピリットたちは、第一宿舎の前に集合していた。

「さて、全員揃ったみたいだし、出発前に軽くブリーフィングだ。よろしく」

 そこには既に準備が出来ている第一宿舎の面子が待機しており、集まったことを確認してから隊長である悠人は全員に声をかける。

「っと、その前に御剣の説明をしとかなきゃな。御剣、ちょっと前に出てくれ」
「わかった」

 円陣で集まっていた友希は、悠人の隣に並ぶ。

「第二宿舎のみんなはもう知っているだろうけど、改めて紹介する。俺と同じエトランジェの、御剣友希だ。さっきレスティーナから、正式にスピリット隊に入ってもらえるよう許可をもらった。今回、一緒に戦ってもらうことになる。
 ……んだけど、御剣、いいのか? 確認してなかったけど」

 真面目な顔で説明していた悠人は、いきなり困った顔になって友希に顔を向けた。
 戦わないと、この世界にスピリットやエトランジェの居場所はない。とは言え、やはり知り合いを戦いに巻き込むのは気が引けるのだ。

「最初からそのつもりだよ。佳織ちゃんを助けるために戦ってるんだろ? なら、その手伝いはさせてくれ」

 付き合いだけなら義理の兄の悠人より古いのだ。友希にとっても、佳織は大切な存在である。

 それに、今や友希にも戦う理由がある。サルドバルトの背後には帝国がいる。あの黒い剣士と関わりのある、帝国が。

「……そうか、助かる。一緒にがんばろう」

 悠人は、友希の言葉に頭を下げた。
 そして、自分の近くにいるスピリットたちに振り返る。

「ああ、そうだ。第一宿舎のスピリットは紹介してなかったな。みんな」

 悠人が声をかけると、まずは悠人の隣に控えるグリーンスピリットが前に出た。

「何度かお目にかかりましたね。エスペリア・グリーンスピリットと申します。癒しと守りならお任せ下さい」

 続いて、元気一杯という感じで、レッドスピリットの少女が、

「オルファはね、オルファリルっていうのっ。えっと……トモキさまもカオリの友達なんだよね? これからよろしくね!」

 最後にブルースピリットの少女は、

「……?」

 自分に注目が集まっていることに、一瞬不思議そうな顔をした後、

「ん、アセリアだ」

 こくり、と頷いてそう自分の名前を告げた。なぜかとても満足そうな顔だった。

(この子も……いや、違うな)

 ナナルゥと同じような子なのかと友希は一瞬思ったが、やはり微妙に違う。
 これでこの場に集まったすべてのスピリットが紹介されたことになるが、同じようなスピリットは一人としていない。

「それで、御剣には今回はセリアとハリオンの二人と小隊を組んでもらう。二人ともよろしく頼む」
「了解しました」
「は〜い」

 訓練で力を確かめ合った訳でもない友希を、誰と組ませたものかと悠人が悩んだ末に決めたのがこの組み合わせだった。
 攻防魔と隙のないセリアと、あれで安定感のあるハリオンと組めば、うまく合わせる事ができるだろう。出来ればハリオンの代わりにエスペリアを付ければ万全なのだが、エスペリアとは一時敵として相対したこともある。昨日から顔をあわせているハリオンのほうがやりやすいだろう。

 そんな悠人の判断に、隊長職を支えてきたエスペリアはそっと感心する。

「じゃあ、他の小隊も発表するぞ。まずは――」

 悠人が手元の紙(日本語でメモ書きが走らせてある)に視線を落としながら、スピリットを小隊に分けていく。
 ネリーとシアーが別々の小隊になってぶーぶー文句を言っていたり、オルファが悠人と一緒になって『わーい、パパと一緒ー!』と悠人に抱きついたりする一コマはあったが、概ね問題なく決まった。

 そして、友希は我慢できなくなり、発表し終わった悠人に話しかける。

「……なあ、高嶺、パパって」

 悠人の親友である光陰は多少ロリの気が入っていた。その手のゲームや漫画もこっそり持っていたりもしたし、もしや悠人もその趣味に毒されてやしないかと一瞬友希は疑う。

「いや、その……愛称みたいなもんだよ。オルファって家族に憧れているらしくてさ。は、はは」

 悠人は笑って誤魔化そうとする。本当か? と再度問いを重ねたくなったが、触れないことにした。

「よ、よし。じゃあ出発するぞ」
「「「おー!」」」

 くるりと悠人が振り向き、宣言すると、年少組の元気のよい返事が返ってきた。そして、そのまま走りだす。

『いいのかなあ』
『いいんじゃないでしょうか。まさかこの世界にまで日本の条例が適用されるわけじゃないでしょう』
『いや、法律とかじゃなくて倫理的に』
『愛があれば年齢なんて! 主は源氏物語を読んだことがないのですか? あの日本が誇る傑作を』
『そんな物語までカバーしているお前は一体何なんだ』

 自分の神剣が物語の収集を本能としているのは知っていたが、なぜこんなに日本ローカルの話に詳しいのだろう。
 やれやれとため息をつきながら、友希は『束ね』の力を引き出す。

 足に力を込め、もう小さくなり始めている悠人たちの影を追いかけた。













































 スピリットの移動は、基本的に足だ。
 馬のような乗用の家畜がいないわけではないが、スピリットに与えられるほど安いものではないし――そもそも、マナが余程薄い地域でない限り、走ったほうがよほど早い。

 一蹴りで十〜二十メートルほども跳躍し疾走する。過度に疲労しないように抑えてさえ、その進軍速度は下手な自動車より早い。

 景色を瞬く間に後ろに置き去りながら、友希は今回小隊を組む事になったセリア、ハリオンの二人と並走していた。

「それで、トモキ様の得意はなんでしょうか? それによってポジションを分けたいと思うのですが」

 セリアが刺を感じる口調で話しかけてくる。別に怒っているというわけではなく、彼女は昨夜、食卓を共にした時からずっとこうだった。

 少し萎縮しながらも、友希は答える。

「……向こうの訓練士には『全体的に平均以上、しかし突出したものはない』って言われた」
「それはすごいですねえ。わたし、回復魔法は得意なんですけど、攻撃とかはからっきしなんですよ〜」

 素直に感心するハリオンに、友希は居心地が悪くなって視線を背ける。
 全然凄くはない。もし本当に友希が凄い使い手ならば、ゼフィは死ななかった。そう思った。

「ユート様も能力だけは全体的にハイレベルな方だけど、エトランジェというのはみんなそうなのですか」
「……いや、高嶺とは……一緒にしないで欲しい」

 垣間見た悠人の力は、単純に見積もって友希の数倍はある。
 はっきり言って悔しい。悠人のことは友達だと思っているが、嫉妬を捨て切れない。

 きり、と友希は知らず歯を食いしばった。

「僕は……『束ね』は、はっきり言ってそんなに強くない。能力は高嶺の足元にも及ばないし、実戦経験も数えるくらいしかない。
 でも、やる。絶対に」

 それだけは心に決めていた。

 決意を告げる友希に、二人は複雑な顔になる。

「……あらあら〜。頑張っている子はお姉さんがいい子いい子してあげましょう」
「ちょっ、やめてくれよ、ハリオン」

 頭に手を伸ばそうとするハリオンから距離を取る。
 ハリオンの、こうしたお姉さん風を吹かせようとする所は友希は苦手だった。

 本人に言われて、呼び捨てにして口調を改めても、どうにも子供扱いされている感が否めない。

「ハリオン。後にしなさい」
「いや、後でもやめて欲しいんだけど」

 まさかのセリアからの容認の発言に、友希は思わず突っ込んだ。

「それはそうと。そういうことならば、とりあえず今回は後ろで魔法で援護してもらいたいと思います」

 それを無視して、セリアは一方的に小隊のポジションについて話し始めた。

「そして私が直接攻めます。ハリオンは敵の攻撃を受けつつ、負傷したらその治療を……」

 チリ、と友希の胸に小さな反発心が湧き出る。

「え、いやちょっと待ってくれ。……僕としては、今回は前に出て戦おうかと思っているんだけど」

 ハリオンは本人も言うとおり攻撃が苦手なグリーンスピリットだ。セリアはブルースピリットだから攻撃が得意なのだろうが、敵の魔法が怖いのでアイスバニッシャーに集中してもらったほうがいいと思う。ならば前線で剣を振るうのは自分が適任だと友希は考えた。

 そんな友希に、セリアは少し考える素振りを見せて、口を開く。

「……正直に言いましょう。わたしは貴方を信用していません」
「なっ――」

 あまりにもはっきりとした物言いに、友希は思わず言葉に詰まった。

「戦いの技術は未知数、それも昨日会ったばかり。信用されているとでも?」
「……いや、そんなことはない、けど」

 そう、ある程度予想はしていた。しかし、一緒に戦う相手に面と向かって言われるとは思っていなかった。

「前に出るには剣の技術も必要です。しかし、魔法なら一定の効果はあるはず。だから、魔法で援護して欲しいのですが……間違っていますか?」
「……それは」

 言葉に詰まる。
 反論出来ない。自分を信用していないと言うセリアを説き伏せるほどの理由が見当たらない。

 ……いや、待て。あった。

「それがその……僕の魔法ってちょっと特殊で」
「特殊?」
「そう。その……信頼し合った仲間じゃないと効果を発揮しないという」

 そうしないと、『サプライ』でマナを送るリンクが確立されず、魔法は効果を及ぼさない。そう説明する。

「……妙な魔法もあるものですね。念のため、試してみてもらえますか? そのような魔法を実戦でいきなり使うことになったりしたら不安が残るので」

 消耗をするのは嫌だが、確かにぶっつけ本番で試すのは怖い。友希は頷いた。

「いいよ」
「ああ、ちょっと待ってください」

 セリアが神剣を通じて、周りを走る仲間に事の次第を伝える。このくらいの距離なら、神剣通話は問題なく通じた。

「……どうぞ」
「ああ。『束ね』」

 右手に神剣を現出させ、魔法発動のための集中に入る。

『無理だと思いますが』
『それを証明するためだよ』

 魔法自体は真面目に使う。
 走る友希の足元に魔法陣が展開し、近くのセリア、ハリオンへと供与のオーラが降り注いだ。

「『サプライ』」

 魔法の完成。
 対象がゼフィなら、この時点で能力は跳ね上がっている。しかし……

「……確かに、ほぼ効果はないようです」
「ぽかぽか暖かいんですけどねえ」

 セリアが冷静に分析し、ハリオンも困った顔になる。
 どちらにも、効果は微々たるものだった。まったくないわけではないようだったが、友希の削った力を考えると割に合わない。むしろ、副次効果であるオーラフォトンによる治癒の方が役に立つくらいだった。
 予想できていたとはいえ、少し寂しくなる。

「ほら、な。じゃあ僕が前に出るってことで……」
「……やむを得ません。それで行きましょう」

 セリアが、友希のことをじっと見てから、諦めたように嘆息した。
 ハリオンは何も言わないものの、どこか心配そうな目で友希を見ている。

 ……信用されていないというのはよくわかった。なら、実戦で信頼を勝ち取ろう。
 そう、友希は決意し、ぐっ、と『束ね』を握る手に力を込めた。




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