イスガルドからサルドバルトの裏切りを聞かされてから三日。
 どうするか決めることも出来ず、友希は惰性のようにサルドバルト王国に留まったまま漫然と過ごしていた。ようやく訓練場を使えるようになったので、現在は訓練に没頭することで一時悩みを棚上げしている。

「トモキッ! なにをぼさっとしているっ!」

 だが、ふとした瞬間に気になってしまい、たまにこうやってイスガルドの叱責が飛ぶ。イスガルドとて、今の友希が訓練に集中出来ないのも無理はないと分かっているが、しかし訓練に関して彼が妥協することはない。

「余所見をしていると怪我をしますよ」
「おわっ!?」

 友希と対峙していたゼフィの袈裟懸けの攻撃を、友希は慌てて受け止めた。神剣の力は抑えているものの、それ以外は本気の攻撃だ。思わず受けた剣を取り落としてしまいそうになる。
 力を込め、その攻撃を耐え切る。ゼフィの打ち込み稽古の受け手は、神経をすり減らす作業だった。加減をしているゼフィと違い、友希は全身全霊で支えているが、ちょっとでも気を緩めればそのまま肩を切り裂かれるだろう。

「っぶな。ゼフィ、少し手加減してくれよ」
「気を抜いているトモキ様が悪いです」
「わかった……よ!」

 意趣返しに、不意打ち気味に友希も攻撃するが、ゼフィには余裕を持って防がれた。ギリリ、と数秒の拮抗の後、軽く弾き飛ばされる。
 ゼフィの『蒼天』は、その巨大な刀身に関わらず防御の力はそれほどでもない。防御に優れたグリーンスピリットは元より、友希より守りの力は弱いはずだ。それでも通じないのは、友希の攻撃力不足だけではなく、ゼフィの受けの技術が卓越しているからに他ならない。それなりに戦えるようになった友希だが、訓練を受けた期間はほんの数ヶ月。『束ね』の力の強さである程度は誤魔化せても、やはり長年修練を積んできたゼフィには敵わなかった。

 完全に防がれた、と受け攻めを交代しようとする友希に、『束ね』が声を飛ばしてくる。

『主、次撃は切り上げ。すぐに』
『……っ、わかった』

 友希は体勢を即座に立て直し、下方からゼフィを攻める。
 『蒼天』は大剣。どうしても細かい取り回しは遅れる。次の攻撃は『蒼天』で防げず、水のマナの盾でもって止められた。……が、その一撃でゼフィの纏う守りのマナの大半を削る。

 次、当てることが出来れば有効打だ。

『休ませてはいけません』

 その言葉を待つまでもなく、『束ね』から送られてきた攻撃のイメージに従って、友希は第三撃を繰り出していた。
 今度こそゼフィの防御は間に合わない。寸止めにしないと、と友希が思ったのと、ゼフィが閃光のような素早さでウイングハイロゥを翻らせたのはほぼ同時だった。

 ともすれば吹き飛ばされそうな強風と共に、ゼフィが数メートルは後ろに飛ぶ。目標を失った友希の攻撃は虚しく空を切った。

『……残念。離脱の素早さは計算外でしたね』
『くそ、もう少しだったのに』
『主、前から思っていたのですが、主は彼女のように一撃で敵を下すような力はありません。今のように連撃を意識しないと』

 ゼフィの戦闘スタイルに影響されたのか、友希は初撃に全てを掛けて飛び込むクセがある。しかし、常に防御のマナを纏っているスピリットを相手にする場合、一撃で致命傷を与えるのは余程の力の差がない限り難しい。刃物なら、当たりさえすればすぐに致命と成り得る人間とは違う。
 そもそも、『束ね』の特性的に、攻撃の際に全マナを集中させるような真似は苦手だ。マナの総量なら位が下の『蒼天』には負けないが、こと攻撃の出力なら到底及ばない。

 ならば、相手の防御のマナを削るために、何度も攻撃を加えるのが正しい。スピリットの攻撃とはそういうものだ。相手の守りのマナを削り、最後に肉体を斬る。一撃で相手の盾と肉体を同時に叩き伏せるゼフィは、攻撃力の高いブルースピリットの中でも少々異端であった。

『わかってるんだけど……ゼフィが強いからさ』
『ああいう戦い方に憧れるのはわからなくもないですが。あれはリスクが高い戦い方ですよ』

 一撃に全ての力を込める。聞こえはいいが、次の攻撃までに『溜め』が必要だし、躱されたり敵が複数いたりすると途端にピンチとなる。あんな戦い方で模擬戦で全戦全勝しているゼフィは、ある種の天才であった。

『……まあ、そういう『強い』というイメージは重要ではありますが』
『そうなのか? イメージだけじゃなにも変わらない気がするけど』
『マナを操るのにイメージは重要ですよ。ただ、アレは少々真似るには独特なだけです』

 『束ね』から先程の攻撃の講釈を受けていると、距離を取ったゼフィが歩いて来る。

「今の攻撃は良かったですよ。やれば出来るじゃないですか。そうやって集中してくださいね」
「う……わかってるよ。少し気を抜いていたっていうか」
「それが実戦では致命的なんです。気を張りすぎるのは勿論駄目ですけど」

 スピリットとは言え、人間と同じく四六時中集中することは出来ない。その辺りのペース配分は、友希にはまだ理解出来ない領域だった。
 勿論、先程の友希のように完全に別のことに気を取られるのは論外だが。

「じゃあ、次です。調子が良いみたいですから、次もトモキ様が攻撃を」
「……ああ」

 悩みは一時棚上げしておく。どういう選択をするにせよ、実力はあって困るものではない。最近、ようやく力の扱い方を理解できたような気がするのだ。

 が、

『主。オーラフォトンがコントロール出来ていません。今は訓練なんですから、多少溜めに時間がかかっても丁寧にやることを考えてください』
『う……了解』

 『束ね』から見ると、まだまだのようだった。

 柄を掴む感触に集中する。神剣『束ね』の中にある力を汲み上げ、刃に纏わせる。
 言うだけならば簡単だが、この作業は非常に繊細だ。神剣を操るのは意志の力が重要だが、興奮しすぎても、逆に鎮静しすぎてもいけない。感情の揺れは一時的に大きな力を引き出すが、大きな目で見るとロスが多くなってしまう。しかし、人間である友希には完全にフラットな意識を保つのは難しい。この辺りが、神剣に意識を呑まれたスピリットが強力な理由の一つだった。
 もっとも、イスガルドに言わせると、真の意味で神剣の力を引き出すには、それでは駄目なのだそうだが。

 『束ね』の刀身にオーラフォトンの光が宿るのに十秒。とても実戦では使えないレベルだが、今はこれで良い。今のは、ロスなく力を発揮できた。
 黙ってゼフィは受けるために構え、

「……はぁぁああっ!」

 雄叫びを上げ、友希はゼフィに突っ込んだ。



















 友希の攻撃がとうとうゼフィの防御を突破するのを見て、イスガルドは嘆息を漏らした。

 ゼフィは攻撃に比べ防御が苦手だ。だが、ブルースピリットの中では平均以上の力はある。友希が苦手だった攻撃も、形になりつつあった。
 それを、ほんの一週間前ならば素直に喜べていたのだが。

「ほう、なかなかやるではないか、我が国のエトランジェは」
「……これは、アキオン様。訓練場まで、何の御用でしょうか」

 突然後ろからかかった声に、内心驚きつつもイスガルドは振り向いた。
 声は、訓練士であるイスガルドの上官にあたる大臣の一人、アキオンだ。以前、イスガルドにサルドバルトの離反を伝えたのも、この男であった。

「なに、たまにはスピリット隊の強さをこの目で確かめねばな」

 彼はスピリットの総括官、という肩書きだが、専ら宮廷政治に没頭し、これまで一度も訓練を見に来たりはしなかった。イスガルドを初めとした訓練士たちも、スピリットの育成や運用について素人の彼に口を挟んでもらいたくはなかったので、今までは上手く回っていたのだが、

 どうやら、この男は今回のサルドバルトの同盟離反を機に、手柄を立てようと奔走しているようだった。
 実際、荒事になる可能性は高い。そして、その場合、いの一番に出番が来るのがスピリット隊だ。生き馬の目を抜く政治の世界に身を置くアキオンは、この機会を逃すわけにはいかないのだろう。

「態々訓練場までお越しいただかずとも、お呼びいただければこちらからご報告にあがりましたのに」
「いや、エトランジェとも直に話をしてみたかったのだ」
「……左様ですか」

 チッ、とイスガルドは内心で舌打ちをする。
 彼がこのところ友希を気にかけているのはイスガルドも認識していた。過去、イスガルドが提出した報告書について質問されたり、今の戦闘力を事細かに聞かれたのだ。

 まず間違い無く、アキオンは友希を戦力の要として見ている。現時点で、そこまでの実力がないことは伝わっているはずだが、ラキオスの悠人の活躍もあり、エトランジェにかける期待は並々ならぬものがあった。

 もはや友希の自由にさせるつもりのイスガルドとしては、あまり面白い事態ではない。

「では、トモキを呼びましょうか」
「いや、それには及ばない。今の訓練に区切りがついてからで良い」
「……はい」

 そう言われては、反論できない。イスガルドは一旦押し黙って、訓練の監視に戻る。

 突然訪問した上司に戸惑いはあるが、今は自分の仕事に打ち込むべきだろう。

 と、それでもやはり気になるのはあの二人。友希とゼフィの打ち込み稽古は、今度はゼフィが打ち込む側に回ったようだ。ゼフィの身体から陽炎のようにマナが立ち上る。
 その力強さは他のスピリットと比べるべくもない。受け側の友希は若干怯えていた。

(おいおい、ちゃんと加減するんだろうな?)

 友希の実力が上がったことにより、力の制限を緩めたようだが少々過剰に見える。
 止めるべきか、と悩んでいるうちにゼフィは神速の速度で踏み込み、

 ズンッ! と、振り下ろした神剣の威力が大地を抉った。

 直前でギリギリ身を引いた友希を守っていたオーラフォトンの障壁は、紙のように切り裂かれている。あと一歩前に踏み込んでいたら、友希の身体は真っ二つになっていただろう。防御面はグリーンスピリットにもそうそう劣らないはずなのだが、まるで関係がなかった。
 まあしかし、そもそも彼女の一撃をまともに受け止める事ができるスピリットなぞ、イスガルドはラキオス王国のエスペリアぐらいしか心当たりがない。噂のラキオスのエトランジェでも怪しいと思っている。

 引き攣った顔で地面から引き抜かれる『蒼天』を見ていた友希は、我に帰ってゼフィに抗議した。

 まあ、当然だろう。今のは明らかに訓練の域を越えている。寸止めにする気配すらなかった。しかし、あのゼフィが力加減を誤るとも思えないが、

(ああ、成程)

 二人の様子を、じっと注視しているアキオンを見て、イスガルドは納得した。
 そういえば、ゼフィにはアキオンのことをそれとなく伝えてある。無闇に友希に注目を集めたくないのだろう。『スピリットの攻撃に為す術がないエトランジェ』となれば、注目度は下がる。

 実際のところは、友希の実力はそう捨てたものではない。
 客観的に実力を評価すると、弱めのブルースピリットぐらいの攻撃力、並のグリーンスピリットの防御力、ゼフィに対してしか使えないが効果の高い強化魔法と弱い回復魔法。総合力は、第二分隊の中も上位に入る。
 勿論、戦いに対する気構え、という意味ではマイナスだ。しかし、理性を保っており教育も受けていることから、柔軟な戦術に対応できるという利点は、それを補って余りある。

 と、言う事をイスガルドはアキオンに既に報告している。それでも、目の前でこうして蹴散らされるところを目撃しては、アキオンの印象は大幅に下方修正されるだろう。

 実にゼフィらしい。彼女は基本的に人間に忠実でスピリットの鑑に見えるのだが、命令に反しない範囲では割と反骨心旺盛なのだった。そうでもなければ、ああまで友希に肩入れしないし、家庭菜園のことを人間側に認めさせたり出来ないだろう。本人は隠しているつもりのようだが、自分のように神剣に呑まれないスピリットを育てるよう、サルドバルトに方針転換させようと躍起にもなっている。

「……さて、トモキも情けないな。まだゼフィに敵わないのか」

 いささかわざとらしいかもしれないが、イスガルドも助け舟を出すことにした。独り言にように呟いて、アキオンの反応を伺う。
 だが、所詮政治の世界に挫折したイスガルドの観察力では、アキオンのポーカーフェイスを見破ることは出来なかった。


























 打ち込み稽古の後の休憩で、友希はイスガルドに名前を呼ばれ、駆け足で彼の元に向かった。
 と、イスガルドの隣に見慣れない男が立っているのに気がつく。

 身なりの良さからして、お偉いさんだろう。この国の人間に頭を下げるのは癪だったが、下手に波風を立てないよう、友希は会釈をした。

「イスガルドさん、お待たせしました」
「ああ、いや、私じゃない。こちらのアキオン様が――」
「初めまして、エトランジェ殿。私はスピリット隊を総括しているアキオンという。この訓練士イスガルドの直属の上司、ということになるな」
「はあ。初めまして」

 ずい、と前に出てきたアキオンに、友希は思わず気圧される。見た目は細身の中年。年齢の割に刻まれた皺が深く、妙な威圧感がある。

「それで、そのアキオンさんが僕に何の御用ですか?」

 イスガルドの上司、という割には、友希はこの男に会ったことがなかった。
 アキオンはなに、と口を開き

「噂のエトランジェ殿とやらを一度はこの目で見ておきたいと思ったのだ。丁度、我が国は重要な時期であるからな」
「……そうですか」

 重要な時期。強調されたその言語に、友希は重い気分になる。
 体を動かして一旦棚上げしたことが脳裏に過ぎる。自然と、アキオンを見つめる目が恨めしげなものになった。

「ほう、その様子だと、イスガルドからある程度は聞いているようだな」
「はい。彼とゼフィには事のあらましは伝えてあります」
「口外無用、と命令してあったはずだが?」
「しかし、彼らに直前で混乱されると困るでしょう。それに他の人間には言うな、とは聞きましたが、彼らはスピリットとエトランジェですから」
「うまい言い訳を思いつくものだ」

 傍から聞いていても、このアキオンという男とイスガルドは馬が合っていないようだった。と、いうか、仮にも上司にこの態度でいいのだろうか。

「まあ、良い。説明の手間が省けたとも言える。
 エトランジェ殿も聞いたとおり、我がサルドバルト王国は近く、龍の魂同盟を離反する。その際、今まで我等を搾取してきたラキオス、イースペリア両国と緊張が高まると予想される。その時には是非エトランジェ殿のお力をお借りしたい、とこのような次第で訪れたわけなのだ」

 慇懃無礼な態度だった。言葉だけは丁寧に繕っているが、要するに友希に戦えと言っているのだ。
 知ったことか、と無視してしまいたいが、ここは否定するべきではないだろう。

「はい、私と私の神剣『束ね』にお任せを」

 ゼフィに叩き込まれた、人間に対する言葉遣い。我が事ながら、乾いた言葉だと思った。

 そして、そのくらいのことは、友希の倍以上年を重ねているアキオンにはお見通しであった。彼は片眉を上げると、大げさに身振りを加えて口を開く。

「ふむ、どうやらエトランジェ殿は気乗りしないようだな?」
「っ! ……いえ、そんなことは」

 友希はこのような腹芸が必要な生活を送ったことがない。あっさり内心を見抜かれ、思わず声を上げそうになってしまった。

「いや、別に良い。聞けば、エトランジェ殿の世界は争いのない世界と聞く。気が進まないのも当然だろう」
「そうです……か?」

 意外な言葉だった。エトランジェである友希を気遣うような態度は――表面上だけとは言え――この国の人間から出た言葉とは思えない。
 もしかすると、それほど悪い人間ではないのかもしれない。

 そう、友希が思い始めると、アキオンは重ねて言葉を発する。

「ただ……我が国としては、それではいささか不味いのだ」
「それはわかります」

 友希の訓練期間は一年にも満たない。その僅かな訓練でも、この第二分隊の中でそれなりの実力を持つようになったのだ。サルドバルト王国の人材不足は察している。
 しかし、どれだけ請われても色よい返事は出来そうにない。何日も考え続けていたことが、ようやく形になりそうだ。やはり、友希はサルドバルトのためには戦えない。

 そうだ、と決めた。友希は、この決心をアキオンに話していいものかを悩み、

 アキオンが、口の端を吊り上げるようにして、嫌な笑みを作った。

「ときに、話は変わるが、エトランジェ殿は第二分隊のスピリットと随分仲が良いようだな?」
「え……?」

 本当に突然の話題転換に頭が付いていかない。しかし、何故かイスガルドが顔を強ばらせているのがわかった。

「は、はい。でも、それが一体……」
「なに、咎め立てしようというわけではない。人間がスピリットに手を出すのは罪だが、エトランジェ殿にはその法は適用されないのだから。私は興味がないが、存分に楽しまれるが良かろう」

 ゼフィとの睦言を知られていた。友希は恥ずかしくなり視線を逸らす。

 これは、別にイスガルドがそのことまで上に報告したというわけではなく、単なるアキオンの予想だった。実に分かりやすい反応に、アキオンは内心で嘲笑する。

「だ、だからそれがなんだっていうんですかっ」
「なにというわけではない。ただ、忠告しようというのだ。エトランジェ殿が仲の良いそのスピリットも、貴殿が戦うのを渋ると死ぬかも知れない、ということをな」
「――え?」

 想像の埒外のことを言われ、友希は思わず思考を停止する。

「ふむ? それほどおかしなことを言ったか? エトランジェという戦力を持つこの部隊は、当然、大きな戦力として期待されている。そこで、エトランジェ殿が期待通りの強さを発揮しない場合、他のスピリットに負担が行くのは自明の理だろう」
「あ……」

 自分が戦うか否か、ということに思考が行っていて、ろくに考えていなかった。
 友希が戦おうが、戦うまいが、ゼフィたちが命がけの戦場に行くのに違いはないのだ。

「ああ、そうだ。勿論、そんなことはあるまいが、もし仮にエトランジェ殿が自身の勤めを放棄した場合、この部隊は最も過酷な戦場に送り込まれるということを付け加えておく」
「――! アキオン様、私は聞いていませんっ。この部隊を使い潰すような真似は……」
「真似は、なんだ、イスガルド」

 威圧するアキオンに、イスガルドは抗弁出来ず、ぐっ、と唸る。
 自分がいなくなれば、と期待を抱いていた友希は、その言葉に目の前が真っ暗になった。

「まあ、せいぜい頑張ることだ。エトランジェ殿が力を発揮すれば、必ずこの難局を乗り越えられる。……では、私はこれで失礼するぞ」

 アキオンが背中を向けて去っていく。
 それを、友希は呆然と立ち尽くして見送ることしか出来なかった。

























「さて、そんなわけで。少し困ったことになった」

 あの後。もうこれは訓練にならないかと、友希抜きで今日の訓練を終えた後、イスガルドはゼフィも呼んで先程の話をした。
 ゼフィは、見た目は表情を変えていないが、内心相当怒っているだろうな、とイスガルドは長年の付き合いから察する。

「その……失礼ながら、アキオン様は本当にトモキ様を、それ程に重要視されていらっしゃるのですか?」

 隣に立つ友希を気にかけながら、ゼフィはそう言った。

「確かに現状のトモキは、そこそこ強いスピリット、という程度だ。しかし、将来的に化けるものと期待しているのだろう。もしくは、人間の軍隊の戦意を高揚させるのを狙っているのかも知れないが……」

 神剣を携えたエトランジェ、となれば、伝説の存在。スピリットはともかく、人間の士気はそれなりに上がるだろう。
 その伝説の通りの活躍をみせているラキオスの悠人がいるからなおさらだ。

「まあ、どちらにせよ、トモキにとっては選択肢がなくなったようなものだな」

 考えても仕方がない。戦となった際にスピリット隊の指揮官となるアキオンがああ言った以上、それを覆すことはイスガルドの権限では不可能だ。アキオンは言ったとおりにこの第二分隊を前線に出し、それなりの働きを求めるだろう。仮に友希が逃げ出した場合も同様だ。

 こうなっては、イスガルドに出来ることは、せめて少しでも強くして戦場に送り出してやることしかない。
 心の中ではアキオンを百回はぶちのめしているイスガルドだったが、出来ることと出来ないことはちゃんと把握していた。

「イスガルド様、それはトモキ様に戦え、と?」
「それは私が決めることじゃない。が、大体分かるさ」

 二人が話している間にも、友希はぐるぐると混乱したままだった。
 しかし、それはつい今朝までのように、戦うべきかサルドバルトから逃げるべきか、そのことを悩んでいるわけではない。

『戦うしかないとして……さて、大丈夫ですか、主』
『……大丈夫じゃないに決まっているだろ』

 ここまで沈黙を保っていた『束ね』が、友希の思考が纏まってきたのを察して話しかけてきた。

 そう、友希の答えは既に決まっている。
 今でもスピリットを斬るのは嫌だし、こんな真似をしたサルドバルト王国の言いなりになるのも嫌だ。
 だが、そんな友希自身の感情を天秤に掛けるまでもなく、第二分隊の皆――いや、ゼフィの身が危険に晒されることになるのは、断じて許容出来ない。

 だから、アキオンが去ってすぐに、ここで戦うことだけは決まった。今までは見苦しく悩んでいたが、結論は変わらなかった。

『しかし、もしかするとラキオスの悠人さんともやりあうことになるかも知れませんね。いえ、同じエトランジェにはエトランジェをぶつけろ、とむしろ積極的に戦わされるかも知れません。そうなった場合、どうするつもりですか?』
『お前、言い難いことをはっきり言うな』
『失礼。所詮剣ですので、人の感情の機微はさっぱりです』

 ともすれば、そこらの人間より人間らしい『束ね』がしれっと言う。

『しかし、そんな私でも、ここで引いては男がすたる、というのはわかります』
『すたるだけで済むなら、それでもいいんだけどな』

 ゼフィが怪我を負う、死ぬ。想像もしたくない。

 格好良く、自分が守ってやるとか、なにを捨ててもいいとかは言えない。しかし、見捨てて逃げることだけはできない。選択肢が狭まったから、かえって腹が決まった。

『で、結局悠人さんにはどう対応するつもりで?』
『……高嶺に会ったら、なんとか戦いを回避できないか話すさ。話せなかったら、ケツ捲るしかない。大体、仮にやりあったとして絶対に勝てないぞ?』

 既に、エトランジェユートの雷名はこのサルドバルトの市井にまで及んでいる。龍を倒したことを皮切りに、バーンライトとの戦争では八面六臂の大活躍だということだ。無論、当の悠人はまったく喜んでおらず、むしろスピリットを斬ることに悩んでいることは想像に難くないが。
 話半分でも、今の友希が対抗出来る相手ではない。これに、精鋭と名高いラキオスのスピリットがいるのだから、正直、友達云々を置いても戦いたくない相手であった。

『それもそうですね。私も第四位なんかと戦いたくはありません』
『一つしか違わないだろ……』
『実質六位の私からすれば二つ違いますので』

 微妙に自分の神剣が情けなくなりつつも、友希はなんだかんだで長い付き合いになったこの剣に『まあ、よろしく』と声をかける。

『それはそれとして、いつかあのアキオンという男には、それなりの報復をしましょう』
『……ああ』

 友希は心の中で頷く。
 どうするかは確かに決めたが、この国とあの男に対する恨み言までなくしたわけではない。

「さて」

 ふうー、と友希は大きく深呼吸した。
 そして、言い合っているゼフィとイスガルドに割って入る。

「すみません。……気は進みませんけど、僕もサルドバルトの人間として戦うことにします」
「トモキ様!?」
「ごめん、ゼフィ」

 色々な意味で友希は謝った。ゼフィの心配を無下にすることに対して。そして、自分のことばかりでゼフィのことに考えが及んでいなかったことに対して。

「悪いな、トモキ。詫びに、時間外でもなるべく館ででも訓練を施してやる。正直、どの程度時間が残っているかもわからん。その間、詰め込めるだけ詰め込むからな」
「う……はい」

 イスガルドの提案に、怯みながらも頷く。訓練場は、サーギオスのスピリットが使うため、使える時間が少なくなっている。実際ありがたい話ではあった。

「トモキ様が戦う必要なんて有りません! 私たちのことなら気にせずに……」
「気にするなって……無茶言わないでくれ」

 生き残るためなら、確かにゼフィのことなど無視して逃げてしまったほうが良い。しかし、無理な相談だ。多分、今はだいぶ遠い記憶となった友人、瞬辺りに言わせると、馬鹿な行動なのだろう。

 逆に、佳織を助けるために戦っている悠人にならば理解してくれると思う。
 悠人の佳織に対する気持ち程純粋で強くはないかも知れないが、しかし友希も引けない。

「トモキ様っ!」

 しかし、半ば予想はしていたとは言え、ゼフィの説得には骨が折れそうだった。




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