ゼフィが呼び出された夜からしばらくは、サルドバルトの王城は緊張に包まれて時間が過ぎた。

 事件の起こったその日、サルドバルトにはラキオス王国の王、イースペリア国の女王も定例の会談のため訪れていた。そんな中でのラキオスに侵入者ありの報告は寝耳に水で、ラキオス国王、ルーグゥ・ダイ・ラキオスなどは、直ぐ様ラキオスに帰還しようとしたほどだ。しかし、途中で件のスピリットと鉢合わせる可能性もある。それは周囲から止められた。

 それも今日まで。ようやく先程、ラキオス側から侵入した全てのスピリットを撃退した、との報告が入った。
 もしかしたら、自分たちが出撃することになるかもしれない、と思い煩っていたゼフィは、心の中でほっと一息を付く。忙しくて時々にしか帰ることが出来なかったが、友希は初陣に出るかも知れない、ということを思った以上に悩んでいる様子だった。少しは気を楽にしてもらえるだろう。

「……して、侵入したスピリットとはバーンライトの者で間違いないのか?」
「ふん、そうに決まっておる。わしが留守の間を狙って、なんとも小賢しいことよ」
「レスティーナが上手くやったようですね。ラキオス王、帰ったら彼女を褒めて差し上げては?」

 それぞれサルドバルト王ダゥタス、ラキオス王ルーグゥ、イースペリア女王アズマリアであった。ゼフィの警備する会議室では、龍の魂同盟の国主だけが集まって、今後のことを協議している。人間の兵は締め出されていた。こういう場での警備はスピリットに任されるのが通例だ。純粋に戦力的な意味もあったし、なによりスピリットは他国に機密情報を漏らしたりすることはない。
 各国とも、選りすぐりのスピリットを一体ずつ、この場に置いている。イースペリアは、緑スピリット。ラキオスはゼフィと同じ青スピリットだ。
 イースペリアの方は知らないが、ラキオスのスピリットはゼフィも会ったことがある。ブルースピリットではアセリアに次ぐ実力を持つセリアだった。戦闘力で勝るアセリアではなくセリアなのは、恐らく性格を鑑みてのことだろう。アセリアは、国家の重鎮が集まる場には相応しいとは言えない。アセリアと同じく近隣のスピリットでは有数の実力を誇り、より護衛向きの緑スピリットであるエスペリアではないのは……ゼフィでは理由がわからなかった。

 ちなみに、その理由はなんのことはない。エスペリアは、王女であるレスティーナと親交が深く、国民に人気のある王女を苦々しく思っているルーグゥが余計なことを報告されたくなかっただけの話であった。

「しかし、バーンライトとの争いもそろそろ終結させたいところよ。こう小競り合いが続いてはマナがいくらあっても足りんわ。サルドバルト王、イースペリア女王よ。そちらの国のマナをラキオスに寄越す気はないか? さすれば、たちどころに周囲の驚異を払ってくれよう」
「なにを言うか! ラキオス王、貴様正気か? 我が国がどれほど飢えておるか、知らぬわけではあるまい」
「そうです。それにラキオス王。戦争を終結させる方法は、なにも相手を倒すだけではありません。講和の道もあるのではないですか?」

 ルーグゥの提案に、とんでもないと残り二カ国の王は反論する。

「日和よって。バーンライト、ダーツィの背後に帝国がいるのは明らか。和平を成し遂げたとて、その後に寝首を掻かれるのは目に見えておる」
「それは……そうですが」

 アズマリアは言い淀んだ。彼女の国、イースペリアはつい最近までダーツィと戦争をしていた。結局痛み分けに終わったが、正直なところ戦争の痛手を癒す時間が欲しい。そのためには当然マナも必要だった。
 ダゥタスの方は、もっと切実だ。もとより、サルドバルトはマナの少ない土地柄、常からギリギリの量しか確保できない。民がいくら死のうとダゥタスの知った事ではないが、これ以上生活に配分するマナが少なくなった場合、最悪反乱が起きる。

 ルーグゥは、二人の態度に『ふん』と鼻息を漏らして、髭を撫でつつ考え込む。
 と、なにかを思いついたのか、顔を上げた。

「ふふふ、そうだ。あれがあったか」
「? ラキオス王?」
「いや、なんでもない。少し、マナを確保する手段を思いついたのよ」
「それはなんでしょう? 我が国でも流用できそうなら、是非ともお教え願いたいのですが」
「イースペリアの女王よ。残念だが、これはラキオスでしか成し得ない方法よ」

 ルーグゥが、含み笑いを漏らす。

「そうだ。ダーツィとの戦で日和見を決めたイースペリアや惰弱なサルドバルトの手を借りるまでもない。我が国一国で全ては成し遂げられる」
「惰弱だと!?」

 ダゥタスが憤り、アズマリアが非難するような目でルーグゥを見る。
 ラキオス国王ルーグゥは、万事この調子だ。良くこれで同盟など維持できるものだ、とゼフィは不敬だと思いつつもいつも考えてしまう。イースペリアはまだしも立てるようにしているようだが、サルドバルトに対しては遠慮の欠片も見えない。元々サルドバルトがラキオスから独立した国であること、そして食料の多くをラキオスからの輸入に頼っていること。この二つが要因だろう。

「そうよ、その通り。そも、今回の侵入してきたスピリットとて、アキラィスにいるスピリット隊が迎撃出来ていれば、ここまで事態が長引くこともなかったのではないか?」

 サルドバルトの中でラキオスに最も近い街であるアキラィスは、侵入してきたスピリットによって一時的に占領され、ラキオスのスピリットとの戦場になったという。常駐していた第七分隊は……壊滅した。

 ギリ、とゼフィのところまで聞こえそうなほど、ダゥタスが歯軋りをする。

「それならば、機密情報を奪われたラキオスとて同じではないかっ」
「ふむ……確かに。スピリット隊の再編のため、一時的にラースの守りが手薄になったのは確かだ。反省点ではあるな。
 だが、所詮我が国が遅れをとったのは不意をうたれただけのこと。証拠に、見事に侵入者共を殲滅したではないか。簡単に都市を占拠される貴国と同様に考えてもらっては困る」
「ぐ……」

 ルーグゥの言うとおりならば、タイミング的にバーンライトにその情報が漏れていたとしか考えられない。そちらの方が問題なのだが、ルーグゥとダゥタスはスピリットの強さにしか目が行っていないようだ。二人の男に挟まれて、アズマリアはそっとため息を付いた。

「ラキオス王。ここは龍の魂同盟の条約によって約された神聖な会談の場。どうかあまり我らの国を謗るような言動は謹んでください」
「……ふん。まあ良いわ。して、今後のことだが」

 アズマリアの諫言に、ルーグゥは面白くなさそうに舌打ちすると、ようやく話を続け始めた。
 話し合いの結果は、結局静観。ルーグゥの言葉の端々から単独でもバーンライトを叩く、という気概を感じたものの、アズマリアは知らぬふりをした。今現在、ラキオスとバーンライトの戦力比は良く見積もって互角。本格的に侵攻をするならば手痛い損害を負うだろう。なにかしら切り札と成り得るようなものがあれば話は別だが……
 同盟国とは言え、アズマリアはあくまでイースペリアの女王。ラキオスのレスティーナとは個人的に親交があるものの、それだけで助力出来るはずもない。イースペリアも余裕はないのだ。

「さて、大まかにはこのくらいでよいでしょうか?」
「そうだな。後の細かいところは担当の者同士で話しあえば良い。サルドバルト王よ、よいな?」
「……特に異論はない」

 その後に決まったのは、いつも通りのことだった。『いつも通り』サルドバルトには不利な内容だ。しかし、どうしようもない。胃袋を握られているというのは、それほどのことなのだ。もし古よりの盟約がなければ、ルーグゥがサルドバルトに来ることすらなかっただろう。ラキオスにダゥタスを呼びつけるはずだ。

「では、休ませてもらおう。明日にはわしはラキオスに帰る。玉座をあまり空けたままにはしておけんのでな」
「私も同じようにさせてもらいます。ダーツィが今回のバーンライトの動きに呼応しないとも限らないので」

 ルーグゥとアズマリアが、それぞれ自国のスピリットを伴って会議室から出て行く。残されたのは、ダゥタスとゼフィのみだ。
 ゼフィが『失礼します』と声をかけてから、テーブルの上に置かれたダゥタス用の種々の資料を片付け始める。穀物高、各国のスピリットの数、市場の物価に同盟各国の人の行き来の資料等々。
 どれもがあまり表に出すわけには行かない情報だ。好奇心から概要を頭の中に収めるゼフィだが、これを他国の人間に話すことはありえない。

 紙を束ね、とんとんと揃えていると、ダゥタスがテーブルに拳を落とした。ドンッ、と予想外に大きな音が立ち、会議室の外を固めていた兵士が慌てて顔を見せる。

「ど、どうなされましたか? 会議は終わったものと……」
「五月蝿い! 黙っておれ。しばらく入ってくるなっ」
「か、かしこまりました!」

 国王に一喝され、兵士は慌てて出て行く。ダゥタスは傍目にも興奮していた。下手に反論などしたら、文字通り首が飛びそうだったのだ。

「ラキオス王め! なにが惰弱だ!? 蔑みおって!」
「陛下、落ち着いて――」

 唾を飛ばし顔を真っ赤にさせて憤るダゥタスをゼフィは止めようとする、だが、それはダゥタスの逆鱗に触れるだけだった。

「やかましいっ! そもそも貴様らスピリットがしっかりしておれば、ああも大きな口を叩かれることはないものを!」
「……申し訳ありません」

 資料を撒き散らし、罵声を飛ばすダゥタスに、ゼフィはただ平身低頭して許しを乞う。人間、それも国王に対して逆らうようなことは不可能だった。
 しばらく興奮していたダゥタスだったが、スピリット相手に声を荒げるなど人形を相手に憂さ晴らしをしているのと変わらない、と己を諌める。

「ふぅ、ふぅ。……そうだ、奴はどうなのだ。我が国のエトランジェは。確か貴様の隊に所属していたであろうが」
「……エトランジェ・トモキ様の成長著しく。訓練期間は短いものの、もうすぐ一般的なスピリットと遜色ない程になるでしょう。ゆくゆくは、大陸を代表する実力者となるに違いありません」

 実際、友希の成長速度は並のスピリットを凌駕していた。ただ、これは子供の姿で転送されてくるスピリットとは違い、最初から手足が伸びきっているということと、神剣の位によるものが大きい。

「一般的な……だと!? ええい、エトランジェだぞ、エトランジェ! これだけ時間を掛けて、まだその程度なのか!」

 すぐに激昂する。一度燃え上がった激情の火は、そうそう鎮火することはなかった。

「お言葉ですが陛下。スピリットが一人前となるには通常数年の時を要します。それを考えれば……」
「スピリット風情が勝手に囀るでないわ!」
「……失礼を」

 ゼフィが口を噤むと、ダゥタスはひとしきりこの場にいない友希を罵る。口汚く、聞くに耐えなかったが、ゼフィは我慢した。まさか耳を塞ぐわけにもいかない。
 そうして三分も経つと、流石に息が切れたか罵りのネタも尽きたのか、ダゥタスは荒く息をついた。

 しばらく息を整えていたダゥタスだが、なにかを考え込んで、ふと顔を上げる。

「……くっ、そのようなエトランジェ、飼っておく必要もない」
「お、お待ちくださ――」

 友希が排除されかねない発言に、ゼフィも動揺して口を挟もうとするが、じろりと睨まれそれ以上は言葉にできなかった。

「ふん、下賎な者同士、仲良くやっているようだな。……なに。なにもただ殺そうというわけではない。『処刑』だ」

 ゼフィの目が大きく開く。『処刑』。それは、スピリットに使う場合、単に首を刎ねるという行為を指さない。

「あの出来そこないのエトランジェには調度良い『試し』であろう。これで生き残る事が出来れば、もうしばらく様子を見てやる。……伝統通りであろう。イスガルドにもそう伝えておけ。相手は任せよう」
「は……は、い」
「ああ、結果は報告するようにな。余を失望させないことを祈る」

 ダゥタスは、それだけを言って会議室から出て行く。
 ゼフィは、再度資料を束ね……ガクリ、と崩れ落ちそうになった。

「う、」

 涙が滲みそうになるが、こらえる。ノロノロとまとめた資料を持ち、ゼフィも会議室から出て行った。


































 友希はその日、久しぶりに軽やかな気分で訓練に精を出していた。
 サルドバルトの都市を敵のスピリットが占拠し、いつでも出撃できるよう待機状態だったのだが……ラキオスのスピリットが、敵を全て撃退したのだ。

 自分が戦場に出て、斬り、斬られる。そして最悪は死……そんなことを考えて悶々と過ごしていた友希にとっては朗報だった。ラキオスのスピリットとやらにはいくら感謝を捧げても良い。

 それに、館のスピリットの世話から解放されたのもありがたいことだった。ゼフィが隊長として城に詰めていた間、館の諸々――とは言っても食事の用意くらいだが――をしていた友希の精神力はガリガリと削られていた。
 こちらの調理器具や調味料に慣れていないこともあり、今までに増して貧相な食事。それを文句の一つもなく――ゼルだけは『不味い』と漏らしていた――平らげるスピリットたち。気分としてはゾンビまみれの館に閉じこめられたのと同じような感じだった。

 それも昨日まで。そのことを報告してくれたゼフィの顔がやけに暗かったのが気にかかったが、とにかく平穏な日常が戻ってきた。
 戦場に出ることを考えれば、訓練など大したことはない。

「はっ!」

 『束ね』を振るう。ここ数日では一番のキレだった。神剣を扱うときに大切なのはその精神。そのことを実感する。

『主。ゼフィはイスガルド殿となにを話しているのでしょう?』
『え? さあ。っていうか、訓練中は話しかけてくるなよ』

 確かに、訓練が始まってすぐ、ゼフィはイスガルドの所に行き、話をしていた。何の話かは知らないが、隊長である彼女が訓練士と話すことは別に不思議ではない。

『とは言っても、気になります。第六感と申しましょうか。嫌な予感がするのです』
『……お前、第六感どころかまともな五感ないだろ』
『そうなんですけどね……』

 しかし、と友希は考える。
 この世界に来てから『束ね』の言うことは大凡において正しかった。最初は反発して突っぱねていたが、よく考えてみると『束ね』の忠告の大部分は正しかった。今回のこれも、勘という曖昧なものではあるが、超自然的な存在である永遠神剣の勘だ。
 嫌な予感がする。浮かれていた気分に冷水が浴びせられたようだった。

 いつの間にか、剣を振る手が止まり、話し合っているゼフィとイスガルドに視線が行く。
 訓練の打ち合わせ……かなにかにしては、随分二人の顔が深刻であるように見えた。

 イスガルドが大きくため息をついて、訓練をしているスピリットの一人を指さす。ゼフィと同じブルースピリットで……名前は、なんだったか。ゼフィと似たような名前であることは覚えている。この世界ではスピリットに対する名前の付け方はひどく適当で、ゼフィと似た名前で第二分隊にはセフィ、ソフィ、サフィ、アルフィというスピリットがいる。ゼルも、強いスピリットであるゼフィから一文字もらったそうだ。お陰で、名前を覚えるのにひどく苦労している。

 その青いスピリットをゼフィも見て……今度は間違いない。彼女が泣いているように友希には見えた。
 イスガルドは、そんなゼフィの肩をポン、と叩いて、友希の方に歩いて来る。
 彼の顔は強張っていて、不吉なものを感じさせた。知らず、逃げるように友希は一歩引く。

「……そう逃げるな。なにか察したか?」
「……今よりキツい訓練ですか? そろそろ僕も限界が近いんですけど。でも、それなら喜んでやります」
「情けないことを言うな。……そして、残念ながら、訓練メニューの追加なんかじゃない」

 イスガルドが言い淀む。何事にもはっきりきっぱり言う彼にしては珍しいことだ。

「トモキ。お前さんが処刑の場に立つことが決定した」
「――え?」

 それでも、最後にはイスガルドは断言して……友希の思考は停止した。

「処、刑?」

 鸚鵡返しに言葉を繰り返す友希には、奈落に落ちるような感覚だけがある。
 処刑。殺すこと。ギロチンにはめられる自分を夢想する。

『……主。落ち着いてください。処刑の場に立つ……という言い回しはおかしくないですか?』

 『束ね』の言葉に、なんとか気を持ち直す。そうだ。単に殺すだけなら『処刑されることになった』でいいはずだ。わざわざ持って回った言い回しをする以上、なにかがある。

「処刑の場……って、どういう意味ですか?」
「ふむ、少しはタフになったと見える」

 僅かに感心した様子を見せ、イスガルドは説明を始めた。

「トモキ、スピリットの強化にはエーテルが必要なことは説明したな?」
「はい」

 エーテル。マナを加工して作られるこの物質は、この世界のあらゆる分野で使われている。そして、軍事面でのポピュラーな使い方が『スピリットに与えて強化する』ことだった。
 訓練で、連携の動きや剣術は身につけられる。しかし、根本の神剣の強さやマナの許容量を増やすには、エーテルを与えることが必要なのだ。サルドバルトのスピリットが弱いのは、スピリットに割り当てられるエーテルが少ないことが最大の要因だった。

 ちなみに、友希は今までエーテルは吸収していない。『束ね』の持つ力を全て発揮することの出来ない友希にはまだ不要なためだ。

「しかし、一のエーテルを与えて五成長する者がいれば、一にも満たない者もいる。効率の悪い者にエーテルを与えても無駄だ。それでも、成長には個人差があって、後から急激に強くなる者もいるからある程度までは訓練をする。……しかし、どれだけエーテルを注ぎ、鍛えたとしても、強くなれない者もいるものだ。
 そんなとき、どうすると思う?」
「訓練をやめて放っておく……とか」
「それまで投与したエーテルを無駄にしてか? 生憎、サルドバルトにそんな無駄なことをする余裕はない」

 どうしてイスガルドが突然こんな話をするのか友希には理解できなかった。いや、その先を想像したくないだけなのかもしれない。

「……スピリットを殺せば、それまで与えたエーテルは全てマナとなって開放される。使えないスピリットは処分するのが、この国の習わしだ」
「そ……んな」

 友希はまるで奈落に突き落とされたような感覚に陥った。

「ただ、そう簡単な話ではなくてな。人間の命令には必ず従うスピリットだが、自害することと、溜め込んだマナを解放することだけは聞かない。そこで――」

 イスガルドが言葉を切る。友希は、嫌な予感しかしなかった。こうして与えられた情報を吟味してみると、いくつかの推測は出来る。もしかして、という思いと、まさか、という思いがぶつかりあう。
 固唾を飲んで次の言葉を待っていると、イスガルドがきっぱりと、

「サルドバルトでは、処分候補の二人のスピリットを選別し、お互いに戦わせるという方法を取っている。生き残った方は、見込みありとしてもうしばらく訓練されることになるな」

 そう断言した。
 友希はしばらく呆ける。意味が頭に浸透していき、猛然と口を開いた。

「……なんですか。なんですかそれは!?」
「なんだ、と聞かれてもな……。これがサルドバルトの、伝統的なスピリットの処刑方法だ。ラキオスのように、理性を残して育てられたスピリットなら、『神剣開放』と言って、任意で与えたマナを解放させることも出来るんだが」

 なんでもないことのように言うイスガルドに、初めて友希は明確な敵意を抱く。
 ……友希は、ゼフィ以外のスピリットは、未だ苦手だ。一言も話さないし、まるで機械のように反応は薄いし、それでいていざ訓練となれば鬼神のような強さを発揮する。正直、近くにいたくないし、おっかない。

 だけど、それでも。
 彼女たちは生きていて、大事に思っている人もいるのだ。

「いくらなんでも無茶苦茶だ! なにが処刑だ、犯罪をしたわけじゃないだろ。スピリットをなんだと思ってるんだよ!?」

 ここまで激昂した事自体、友希は自分で驚きだった。しかし、言葉が止まらなかった。
 イスガルドは、友希が声を荒らげるのをじっと見る。その態度にカチンと来て、友希は更に言葉を重ね――

「……え?」

 と、思った時、ゼフィがイスガルドの前に立った。

「トモキ様。それ以上、イスガルド様に暴言を吐くのはお止めください」
「な、なんでだよ!? ゼフィだって、こんな事納得できないだろっ」
「いいえ。納得しています。……トモキ様、先程の質問にお答えしましょう。スピリットは戦争の道具で、罪とはそのスピリットが弱いことです。
 我々を気にかけてくださるのは感謝いたしますが、どうかそこを勘違いなされないよう」

 友希は二の句が継げない。ゼフィが第二分隊の仲間を大切に思っていることは間違いない。それなのに、何故こんな冷たいことを言うのだろうか。

「……それに、スピリットのことばかり気にかけてはいけません。今回の処刑とは即ち、トモキ様とスピリットの戦いなのですから。気を抜けば――死にます」
「あ……」

 そうだ、そうだった。友希は、ハッとする。
 もし負ければ死ぬ……そんな戦いをしなければならないのだった。

 まるで冗談のような話だ。地球にいた頃に聞かされてもピンと来なかっただろうが……訓練の日々のお陰で、殺し合いというものがリアルに想像できる。いつもは寸止めされたり、切れ味や威力を弱めているスピリットの一撃が自分の脳天をかち割るイメージが脳裏を過ぎ去った。知らず、友希の歯がカチカチと鳴る。

「……まあ、そういうことだ。お前の相手は、あそこのサフィ・ブルースピリット。日時は本日訓練後……夕刻とする。その様では訓練は出来ないだろうから、お前は英気を養っておけ」

 夕方。もう後数時間しかない。
 友希は、訓練に戻って行くイスガルドになにも言うことも出来ず。のろのろと訓練所の隅に置いてあるベンチへとへたりこんだ。



































 処刑、死、戦う、スピリットと? なんで、どうして……、僕だけがこんな目に――!

 ベンチに座ったまま、友希は混乱の極地にあった。スポーツの延長か何かのように思っていた訓練が、いまさらながら戦うためのものだということを実感した。

『主。嫌なのはわかりますが、しかしぼーっとする暇はありません。丁度、例の青の妖精……サフィとやらが訓練しています。少しでも敵の情報を集めないと』
『……敵? なんで――』
『ええい、面倒くさい! しっかりしなさい!』

 ぐっ、と声が漏れた。『束ね』が喝を入れる意味で、頭痛を引き起こしたのだった。

『〜〜、く、やめろ!』

 鋭い痛みに、反射的に声を上げた。『束ね』はすぐに頭痛を引っ込めて、再び話しかけてくる。

『少しは冷静になりましたか?』
『……なるか』

 嘘だ。痛みに思考が奪われたお陰で、余計なことが一瞬吹き飛んだ。そのせいか、先程までよりはものを考えられる。
 かと言って、理不尽な思いがなくなるわけもなかったが。

『……なんでだよ』
『泣き言は構いませんが、あの妖精の動きを見ながらにして下さい』

 『束ね』に言われ、仕方なく友希は青スピリット……サフィの動きを見る。

 ……サフィは、第二分隊のスピリットの中ではあまり強いとは言えない。攻撃力に優れたブルースピリットだが、威力はグリーンスピリットと同程度。ウイングハイロゥがあるため、機動力はあるものの、年少のゼルのほうが素早い。相手の魔法を封じるアイスバニッシャーという魔法はゼフィより得意だが、魔法を殆ど使えないゼフィに比べると、という程度の話でしか無い。
 総合的に見て……なるほど、気分の悪い話だが、処分される対象と挙げられたのもわかる。
 ただ、今の友希よりは強い。今やれば、十中八九負けるだろうが……

『せっかく、イスガルド殿が主に有利なようにしてくれたのですから。勝ちましょう」
『…………』

 片やいつも通りの訓練をこなし、片や休んでいれば、当然疲労によって動きには差が出る。英気を養っておけ、というイスガルドの言葉が、今さらながら自分を気遣ったものだということに友希は気付いた。
 だからと言って、有利になる、というほどでもないが。……そもそも、仮に百パーセント勝てるとしても、殺し合いなどしたくない。

「………………」

 サフィの顔を改めて見る。名前も覚えていなかった友希は、漠然としか覚えていないが、ゼフィは彼女に対してもなにくれと世話を焼いていたはずだ。そして、友希の作った拙い料理を、一言も言わずに食べていたはずだ。

「……くっそ」

 刻一刻と時間が過ぎていく。ジリジリと焦るばかりで、英気を養うどころではない。

『……なあ、『束ね』。僕も強くなったし、もしかして逃げること出来ないか?』

 ふと、思いついたこと。惰性でズルズルとこの国で訓練に明け暮れていたが、考えてみると最初の目的は逃げることだった。少しは力が付いたのだ。大体ではあるが、どの方向に逃げればいいかもわかる。
 言ってみると、『束ね』から呆れたような思念を感じた。

『主。自分で出来ると思っていないことを言うのはやめましょう。不可能です』
『そう……か』

 わかっていた。今の友希では逃げることなんて出来ない。ウイングハイロゥを持ち、単騎で簡単に友希を制圧出来るゼフィが追いかけてきたら、そこで詰みだ。
 いや、それでもダメもとで逃走を図ったほうがいいんじゃないだろうか。命をかけて戦う。つまり、生き残ろうと思えば友希はサフィを――

『……つらいのは理解しますが、斬らないと死にますよ』
『でもなっ!』

 未だ、訓練でも本気で攻撃することは出来ない。いくら人形のようでも、人の形をして動いているものを斬るなんて、友希の培った倫理観は許さなかった。十年以上、日本という国で育ち形作られたものは、そう簡単になくなりはしない。
 それでも、今までは生き残れた。しかし、今回は許さなければ死ぬだけだ。

 悶々と時を過ごす。その様子を、ゼフィが心配そうに見つめていた。




前へ 戻る 補足へ 次へ