斬っ!
「くっ」
ぱっ、と鮮血が飛び散る。
カリスは、だくだくと血が流れるわき腹を押さえ、死角から攻撃してきた兵を一刀の元に切り伏せた。
「! おいっ、大丈夫か?」
アレンが、自分に襲い掛かってくる者らの相手をしながら、声を張り上げる。
ええい、元気なやつめ、と内心で愚痴って、カリスは返事をする。
「お前に心配されるほど落ちぶれちゃおらんわ」
三割ほど強がりが入っていたが、それを聞いてアレンは安心したらしい。
背中合わせになっているので、カリスの傷がどの程度のものかわからないのもあるだろう。
血と一緒に、体力もどんどん奪われ、カリスはだんだん意識が朦朧としてくる。
だが、あと少しだ。
少ない、と言っても百人以上はいたはずの兵の数は、既に十を切っている。このうち、九割を倒したのがアレン。カリスは、不覚ながら、序盤の序盤で体力がやばくなっていた。ここまで死なないようにするのが精一杯だったのだ。
忌々しいやつだが、その強さだけは認めざるを得ないだろう。
そんな自分の思考に舌打ちをして、カリスはゆっくりと意識を手放した。
第87話「アルヴィニア王国の一番長い日 その5」
「……いっ! おいっ!」
カリスの思考に、ゆっくりと光が差し込んでくる。薄く目を開けると、むさ苦しい男――つまり、アレンの顔が飛び込んできた。
「おい、大丈夫か!?」
「ええい、うるさい……。そんな大声出さんでも、聞こえとるわ」
ゆっくりと身を起こす。……と、自分の腹に乱暴に布が巻かれているのが見えた。血で少し紅く染まっているが、血自体はもう止まっているらしい。
「ずいぶんと乱暴な応急処置だな……」
「ええいっ、憎まれ口叩くくらいなら、安静にしてろ!」
そんな事を言いつつ、アレンはカリスの体を地面に押し付ける。
「ぐぁっ!? 痛い。やめんか」
「すげぇ顔色悪いぞ。動くな。なんか傷に悪そうだから」
もがもがと暴れるカリスを、その膂力に任せて押さえつけるアレン。あ〜もう当身食らわせて眠らせるか、などと物騒な事を考えていたりする。
暴れても無駄だと悟ったカリスは、体の力を抜く。確かに、動き回って傷を悪化させるのはよろしくない。
そして、ふと首を横に向けると、さっきまで襲い掛かってきた兵たちが倒れていた。
「……全滅、させたのか」
「ああ。まあ。けっこう大変だったけど」
まあ、覚えている限り、自分が倒れる直前には八人しか残っていなかったはずだ。こいつなら、自分を庇いながらもそのくらいの人数は倒してのけるだろう。
戦闘関連限定ではあるが、じょじょにアレンを認め始めているようだ。無論、そんな事は自覚していないし、表に出すはずもないが。
「となると、私もじっとしているわけにはいかんな。貴族連中のとこに乗り込むなら、私がいないと格好がつかんだろう」
「だから、動くなって!」
よっ、と起き上がろうとするカリスを、アレンは再び押し留める。今度は、お仕置きとばかりに傷口を。
「〜〜〜〜〜ッッ!!?」
「ほれ。そんな今にも死にそうなやつが。クリスが来るのを待てば、魔法で治して……」
「だからって、なにしてんだコノヤロウ!」
カリスが怒りに任せて手を突き出す。
……さて、アレンとて、全くの無傷と言うわけではない。それなりに細かい傷は多く刻まれている。
カリスの指は、そのアレンの傷口の一つにめりっ♪ と突き刺さった。
「ぎゃああああ!?」
痛みに思わず、カリスの傷の上においてある手に力が入るアレン。
「のぉおおおおおおおお!!?」
のた打ち回るカリス。
悶絶するアレン。
壮絶な戦闘の後、彼らはいっそ可哀想なくらいグダグダだった。
「なんでさ?」
人質を無事に城の外に逃がしたクリスが合流した時、そんな言葉しか呟けないほど。
「ねぇ、喧嘩してる場合じゃないって、本当に分かってる?」
「「いや、それはこいつが!」」
クリスの問いかけに、アレンとカリスが同時にお互いを指差す。見事なまでに被っている。
お前ら本当は仲いいだろう、とクリスはため息をつきつつ思った。
とりあえず、クリスが到着してから、すぐに傷は癒した。あくまで間に合わせの処置だが、大きく動かなければ傷口が開くことはないだろう。
三人は、慎重に兵士の一人から聞き出した部屋に向かっている。
そこは、たまに舞踏会やパーティーで使う大きな部屋で……クーデターを起こした貴族連中は、そこで酒盛りに興じていると言う。
その部屋に向かう途中、他の兵が襲ってくることはなかった。ガイアから報告された人数と、倒した人数。明らかに釣り合わないのだが。
実は、アレンたちは気付かなかったが、アレンとカリス、そしてクリスがそれぞれ奮闘している間、自軍が劣勢と見るや逃げ出した者が多数いたのだ。
どれだけ、彼らの主人に人望がないのか、よくわかるというものである。
「……ここか」
ようやっと、宴会場までたどり着く。
中からは、自分たちの勝利を祝う歓喜の声が聞こえてくる。
「さて、と。アレン。ぶち破ってやれ」
カリスの言葉に、アレンは一つ頷くと、目の前の扉に剣を叩き付けた。
蝶番が外れ、扉が吹き飛ぶ。木片を撒き散らしながら、入り口近くにいた者を薙ぎ倒した。
とたん、しんと静まり返る室内。
「ああぁん。なんだぁ? カリスたちは倒してきたのか、お前」
酔った一人がアレンに近付いていく。位置関係から、カリスとクリスの姿が見えていないらしい。アレンを兵と勘違いしたようだ。
そんな貴族の一人を、無言で張っ倒し、アレンはカリスに道を譲る。
「なっ」
宴会場内がにわかに騒然となる。酒で朦朧とした頭でも、今どのような状況なのか位は理解できているのだろう。
そして、全員がこちらに注目したことを確認して、カリスは毅然と宣言した。
「逆賊、アンドレイ・カーター。及び、その他荷担した者たちよ! 貴様らの兵は全て打ち倒した。おとなしく、投降しろ!」
この瞬間、三日天下ならぬ、彼らの半日天下は終わりを告げた。
……で、終われば綺麗だったのだ。
「クククク。カリス。お前、それで勝ったつもりか」
などと、カッコイイこと言いながら一歩踏み出したのは、カリスが名前も覚えていないような宮廷魔術師の一人。口調こそはっきりしているが、その千鳥足を見れば泥酔していることは疑いない。
「貴様も、難儀な娘を持ったなぁ? 城中にマジカルトラップが仕掛けられているのを見た時は、さしもの私も目を疑ったぞ」
何の話、と聞きかけて、すぐに思い当たった。
……そーいえば、我が娘、リティは稀代のトラップの名手ではなかったか?
「そいつの部屋を探った時、罠の起動スイッチを発見してな……。こいつを全部押せば、この城程度崩れ落ちることは請け合いよ」
と、男が取り出したるは数十のスイッチ。一握りの棒のてっぺんにスイッチが配置してある、なんかスタンダードなものだ。
「い、いや。ちょっと待て。それを押せば、お前らも被害にあうぞ!?」
カリスの言葉に、男はしばらく考え込む。
「………………………………」
「………………………………」
ゴクリ、とその場の全員が唾を飲み込む。
今やこの酔っ払いの手にこの場の者ら全員の運命が握られている。認めたくはなかったが。
「死なばもろともよぉ!!」
「いや待ておい!」
そんな誰かの突っ込みをもかき消す爆音が、一気に巻き起こった。
遠く、城が崩れ落ちる様を見つめる神殿に残った者たち。
「……一体、なにをしたんでしょうね、アレンちゃんたちは」
「そ、そうね」
妹の言葉に、姉リティは嫌な汗を流しながら答える。
あの日……初めて、ルナとあった日。あの日から、表には出なかったが、ルナとリティの争いは水面下で進行していた。
そう。あのライバルを屠るため、城中に極大のトラップを仕掛けていたのだが――
「全く。とんでもないことをするもんです」
「そ、そうね」
まさか、アレが発動した?
いやいやいやいや。まさか、そんな。作ってしまった後で、こんなん使ったら城が崩壊しちゃうなー、と起動スイッチは自室に隠したはずだ。
でも、少し探せば、発見されるなぁ。
「お姉さま? どうしたんですか」
「な、なんにもないわよ」
「???」
すぐにトラップも解除するつもりだったのだが、クーデターのドサクサで残ったままになってた。
もし。もし……だ。城が今、崩壊しようとしているのが自分のトラップ(すでにそんな範疇ではない)のせいだとしたらどうだろう?
「やっば」
安く見積もっても、復建には相当の費用がかかる。今年は、今ひとつ作物の出来が悪くて、税の集まりは悪いだろうに。
……いや、クーデター起こした連中の財産を差し押さえれば、なんとか。あー、そうだ。あれも連中のせいにすればいいや。
頭の中で、そんな計算を進め、ルナと同等なくらい性質の悪い次期女王は安心するのだった。
「くっ、油断していた。そういえば、今回はリティ姉さんがあまり活躍してなかったっけ」
瓦礫を掻き分けながら、クリスが立ち上がる。
「……おーい。ついさっきも似たようなこと言った気がするがね。……あんた、娘の教育も間違っている」
「う、うるさいわ!」
続いて立ち上がる、アレンとカリス。
権威の象徴たる王城は、今や瓦礫の山と化している。
轟音に家の外に出たアルグランの住人たちは、それを見てぽかーんとする。……そりゃそうだろう。
「まあ、とりあえずめでたしめでたし……で、いいのか?」
「いいわけないだろう。……一体、立て直すのにどれだけかかると思っている」
「いや、つっても、俺には関係ないし。ご愁傷様?」
疑問系で言うアレン。
その物言いに、カリスは怒り、アレンに飛び掛った。
「ええいっ! 貴様! 貴様は復建作業にこき使ってやるから覚悟しろ!」
「って!? 怪我人のくせに無理すんな! ……って、石で殴り掛かってくんなあああああ!!」
どつきまわる両雄。一応、国の英雄になるんだろうか、この二人は。
クリスは、それはいやだなぁ、と頭を抱えた。
「くっ、そっちがその気なら……」
「む? 怪我人に真剣か? 今日びの若者のモラルの低下は甚だしいな……」
「うるせえ!」
今度はガキガキと剣を交錯させる二人。もう、怒ってもいいだろうか? そろそろ僕の堪忍袋も限界に達してきたのだが。
クリスは頭痛を抑えながら深く、深くため息をつくのだった。