「うお……」

アレンは思わず仰け反った。

アルヴィニアの王城の中のある一室。騎士達の休憩所になっている部屋に案内されて、入ってみると中の十人ほどの騎士がこぞってこちらに注目したのだ。

「あー、お前ら。こいつが、例の見習いだ。今日から研修みたいな感じで、一緒に働くことになる。……おい、自己紹介しろ」

そして、ここまで案内してくれた人物――騎士団長らしい――に促され、アレンは一歩前に進み出た。

「あ、アレン・クロウシードです。よろしくお願いします」

勢いよく頭を下げる。

「おう、よろしくなー」「まあ、そうしゃちほこばんなって」「とりあえず、顔を上げろやー」

などと、予想外に軽いノリでの歓迎。

とりあえず、アレンの第一印象はそう悪いものではなかったらしい。

 

第79話「初日」

 

そして、アレンは数人の先輩騎士と共に街に出る。

アルヴィニア王国の首都たるこのアルグランは、また治安の良い事でも知られる。その治安を根底から支えているのが、この騎士団によるパトロール、らしい。

無論、セントルイスにおいても、騎士の警邏はあることはあったが、その頻度、やる気はこちらが遥かに上である。

いきなり着せられた、見習い用の簡易鎧の感触にまごつきながらも、できる範囲で辺りに目を走らせるアレン。

「アレン……だったよな?」

そんな中、一人の騎士に肩を叩かれた。

「え? なんですか」

「そう気を張りすぎてもよくねぇぞ? もう少し肩の力を抜けって」

「は、はあ……」

とりあえずその言に従い、大きく二、三回深呼吸をする。思った以上に緊張していたようだ。慣れない敬語も、疲れることこの上ない。

その騎士――自己紹介されたところによると、ゼルヴィッチというらしい――はカラカラと笑いながら、

「ま、初めてだから、仕方ねえっちゃ仕方ないけどさ。そんな風に気合入れまくってたら、いざってときに動けないぞ」

「はい。どうもありがとうございます。ゼルヴィッチさん」

「ゼルでいいよ。みんなそう呼ぶ。――時にアレン、お前に一つだけ確かめておきたい事がある」

「は、はあ?」

その年若い(と言っても、アレンより五つは上だろう)騎士は真剣な表情で、ずずいっと迫ってきた。

「お前、フィレア様とどこまでいったんだ? お兄さんにちょいと話してみろ」

「ど、どこまでって……?」

「とぼけんな。もう、城中の噂になってんだぞ。フィレア様が、未来の旦那候補をローラント王国から引っ張ってきたって」

アレン、絶句。

見ると、近くにいる残り二人の騎士も興味深そうな目でこちらをじっと見ていた。

「し、城中?」

「おう。俺達騎士連中はもとより、大臣達や食堂の給仕でも知ってる。フィレア様は、俺達にとってアイドルみたいな存在だからな。当・然、気になるわけだ。さあ、しゃきしゃき答えろ。騎士団では先輩命令は絶対だぜ?」

「んなこと言われても、なんにもないですよ! 変な勘ぐりは止めてください!」

悲鳴のようにアレンが否定の声を上げる。

「えー。お前、そんな言い訳が通用するとでも思ってるわけ?」

「言い訳じゃないです! 誓って、やましい事はありません!」

「ふーん」

「本当ですよ?」

まだ疑わしげなゼルに、アレンは念を押す。

「ま、いいけどな。お前、もう少し周りに注意を払った方が良いぞ? 見ろ、愛すべき国民の方々が俺達の奇行に注目していらっしゃる」

ハッ、とアレンが気付くと、いつの間にか自分達を囲んで野次馬が集まりつつあった。アレンは慌てて、

「は、早く次の区画に行きましょう!」

「まあまあ。こういう人が集まるところこそ、ちゃんと見回って置くべきだとは思わないか? ん?」

「人を集めたのは俺らでしょうが!」

一声上げて、足早に去る。残った騎士達は意地悪い笑いを浮かべ、それに付いていくのだった。

 

ちなみに、この事をきっかけに、城中どころかアルグラン全体でアレンは一躍時の人になっていくのだが、それはもう少し後の話である。

 

 

 

 

「いやはや。悪い悪い。そこまで怒るとは思わなかった」

ゼルが全然悪いと思っていないような口調で、アレンに謝ってきた。

「怒ってはいませんけど……」

「そうか。……まあ、これ以上詮索はしねぇさ。本当になにも無かったのかもしれんし」

「かも、じゃなくて、なかったんです」

「そうかそうか。ま、なんにしろ、フィレア様を泣かせたら、俺を始めとしてファンからリンチを受ける事になるから、ヨロシク」

「ファン!?」

思わずまた声を上げてしまう。

「おいおい。そんな驚くようなことか? 可愛くて、強くて、しかも気さくな王女様だ。憧れるやつがいてもおかしかねぇだろう? ……まあ、どっちかっつーと、妹を見るような感じなんだが」

「はあ……」

アレンとしては、曖昧に頷いておくしかない。

しかし、そう言われて見ると、特別驚くような事でもない気がする。確かに、ゼルの言い分も否定できない面はあるのだ。

「っと、ゼルさん。街の端に着きましたけど、次はどこに行くんですか? このまま引き返すんですか?」

「いや、一応、外壁の向こう側もチェックする。モンスターが壁の辺りをうろついていたら危険だからな。実際にいなくても、隠れてるだけかもしれねぇから、痕跡とかに気を付けろ」

さすがに、仕事に関係する事ではおちゃらけはなしである。ゼルはアレンの疑問に簡潔に答える。

「はい」

アレンの返事に一つ頷くと、ゼルを先頭に街壁に六つある門の内の一つに向かう。衛兵に身分証明書を見せ、門を潜る。

その向こうは平野だった。とりあえず、見える範囲には動物やモンスターの姿は無い。

大きな街では、大抵の場合、外敵の侵入を防ぐ壁と、大規模な結界が張られているものだ。モンスター、魔族と言った人類の敵対種は、自然と人間の多くいる街に集まる。そのための対策として、これくらいは当然の事だった。小さな村でも、結界くらいは張ってある。

その外で暮らすのは、よほどの変わり者だけだ。

……さて、そのはずなのに、アレンは門の外の平野に、一つの人工物を発見した。

「……ゼルさん。あれってなんなんですか?」

門から遠く離れた場所にある建物を指差す。ここからでは小さく見えるが、近付いてみれば相当な大きさであろう白亜の建物。まるで教会の神殿のようだが、明らかに様式が違う――ということまではアレンはわからなかったが、妙な建物という事はわかった。

「ああ、あれか。あれは、大地の精霊王様の“作業場”さ」

「作業、場?」

「ああ。うちの王国の守護精霊をしているのが、大地の精霊王のガイア様だって事は知ってるだろ? あの建物の真下は、ここら辺の地脈の要で……詳しくはしらんが、ガイア様はあの建物の中で、アルヴィニア王国のためになんかしている……らしい」

「ずいぶん曖昧な……」

アレンの何気ない一言に、ぐっ、とゼルが詰まる。

「い、いいだろうが! あれは、俺達騎士じゃなくて、宮廷魔術師とか、王族とかの管理区域なんだよ! ったく、異常はないようだから、さっさと戻るぞ!」

それを誤魔化すかのように一方的に捲くし立て、ゼルはアレンに背を向ける。他の騎士達は苦笑し、アレンはきょとんとするばかりであった。

「つまり……よく知らないんですね? そう言えばいいのに」

「……! アレン、お前、俺がそのことを突っ込むなって背中で語っていたのが聞こえんかったのか!」

ぐりぐりと、アレンの頭を拳骨で抉りにかかるゼル。

「たたたたっ!? わ、わかんねっスよ、そんなことーーーー!!」

大地の精霊王の神殿まで届けとばかりに、アレンの絶叫が空に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

で、次である。

もう夕刻。夕日が、城の中庭にある鍛錬場に差し込んでいた。

そこで、アレンを含め総勢十人ほどの騎士が剣を打ち交わしていた。

「ほっと! 現役学生の割には……っとぉ、なかなかやるな」

アレンと切り結んでいるのはゼル。彼は普段の三枚目な言動とは裏腹に、騎士団内で五指に入る腕前の持ち主だ。アレンをして、軽くあしらわれる……とまではいかなくとも、余裕を持って相手をされていた。

「くっ……はぁ!」

すでに、気功も併用し、アレンの全力は振り絞ってある。自分が学んだクロウシード流の全てを出し切って、それでも全然届かない。

その事実に、アレンは悔しさと嬉しさを同時に感じていた。

(こりゃ……気ぃ、引き締めてかからないとな)

更に剣を重ねる事十数合。

アレンは一旦下がって、仕切りなおす。肩で息をしているアレンに対し、ゼルの方は軽く息を乱している程度だ。

柄を握る拳に力を入れなおす。

「どうした? もうおしまいか」

ゼルの挑発にも動じない。いつの間にか、他の騎士らは見学モードに入り、こちらを見ているが、それも気にならない。

ゼルの目を真っ直ぐに見据え、相手の呼吸に合わせる。

しばらく、両者とも動かない。

このままでは、アレンに体力を回復させてしまうと思ったのか、不意にゼルが攻勢に入ろうとし、

その直前、アレンが弾かれたように飛び出した。

「!?」

出鼻を挫かれ、一瞬ゼルの動きが止まる。

それを見逃さず、アレンの渾身の一撃がゼルの肩口に決ま……

斬っ!!

「ふぃ〜〜。なんて馬鹿力だ、お前は」

一瞬後。その一撃を紙一重で避けられ、直後に剣を突きつけられ、アレンの負けが確定していた。勢い余ったアレンの剣は、地面に大きな亀裂を作っている。

「くっ、もう一度お願いします!」

今日はこれでゼルに三連敗だ。負けたままではいられないと、アレンは疲れきった体に鞭打って地面に刺さった剣を引き抜く。

「ダメだ。そろそろ終わりの時間。キチンと体を休めるのも、騎士の務めだぞ。それにこれ以上の訓練は体に悪い」

すげなく断るゼルに、しかしそれ以上詰め寄る事もできず、アレンは渋々と下がった。

そして、わっ! と他の騎士達に囲まれる。

「おお〜、なかなかすげぇじゃねぇか、ボウズ! あのゼルがあそこまで苦戦してるの、久しぶりに見たぞ!」「つーか、剣の腕なら騎士団でもけっこう上の方じゃないか? 頭は悪そうだけど」「ああ、確かに。こりゃちょっと知恵が足りなさそうな顔だ」「フィレア様の話によると、実際学校での成績は最底辺らしいぞ」「あ〜、剣術バカか〜。まあ、それはそれで……」

好き放題にアレンを叩いてくる騎士の皆さん。賞賛しているつもりらしいが、途中から妙な方向に話題が行ってしまってる。

「頭悪いって言うなーーーーーーーーー!!」

そんなアレンの抗議なぞ、当然のごとく聞き入れられる事はなかったのだった。

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