ほ〜た〜るの〜ひ〜か〜り〜

ヴァルハラ学園卒業式。この日、ヴァルハラ学園を巣立っていく三年生たちがある者はしれっと、ある者は涙を浮かべながら卒業証書を手に学友との別れを惜しんでいる。

で。

そんな中、ひときわ異彩を放つ一人の三年女子と、そのお供の二年生が四人並んでいた。

「さって。卒業式も終わったし、校門のトコに馬車用意してあるから、早く行こっか」

仲の良い友人らに挨拶を済ませたフィレアは、意気揚々と先陣を切る。彼女は、このまま故国アルヴィニアに帰る。すでに荷物は別便で郵送してあった。

「よっしゃ。いくか」

アレンはというと、彼自身はそのまま向こうで仕官するつもりなのだが、あくまで試用期間ということで、荷物自体は大したことない。ライルやルナと同じく、大き目の旅行鞄を持参しているだけだ。

そして、全員にとって忘れられない春休みが始まったのである。

 

第78話「到着、そして……」

 

旅路は穏やかなものだった。

アレンが空腹を訴えたり、ルナがちょっとした暴走で馬車を壊して修理に半日ほどかかったり、フィレアが地図を読み違えて危うく別の国に行きそうになったりと、細かなハプニングはあったが、それもいつものことだ。今更そんなことで参るようなやわな人間はこのメンバーの中にはいない。

そして、アルヴィニア王国の首都アルグランに到着する。

フィレアとクリス以外の面々は、ただただ感心するばかりだった。

なにせ、アルグランの人口は、セントルイスの約三倍である。その都市規模も桁違いだ。活気もあり、街の中では自由な商売が公認されている。

アルヴィニア王国は、世界の中でも有数の先進国で、その首都はあらゆる人種・物品が行き交っていると聞いてはいたが、見ると聞くとでは大違いであった。

――この国の、王子と王女が、ここの二人。

そう考えると、クリスとフィレアをついつい別の目で見てしまう小庶民なライル。

「さぁって、と。とりあえず、お城に案内してくれる? クリス。もう疲れちゃった。とりあえず、休ませて」

「そうだな。なんだかんだで、一日近く遅れちまったし。早めに、王さんに挨拶しておいた方がよさそうだ」

そんなことにまったくプレッシャーを感じていないルナとアレンが心底羨ましいと思うライルだった。いや、羨ましがるのも間違っているのだが、そんな常識的な判断を彼に求めてはいけない。

と、そこで彼はあることに気付いた。

(……シルフィ? どこ行くんだ)

いつも見えない状態でライルに付き添っているシルフィ。その彼女がどこかへ行こうとしているのを見咎める。

普段、この状態なせいかシルフィの出番はかなり少ない。ライルとテレパシーで会話できるという設定を忘れている諸兄は、ここで思い出しておいて貰いたい……とか益体もない事を書いておく。

(うん? ちょいと友達に挨拶をば。心配しなくても、すぐ帰ってくるって)

(いや、心配はしてないからな、心配は)

ライルの五十倍以上の年月を重ねているシルフィだ。心配する必要などあるはずもない。

(うっわ。ひどいわね、マスター。ま、いってきます)

言いつつ、シルフィは飛び去っていく。

「友達、ねぇ?」

精霊だろうか。いや、精霊に間違いはないんだろうけど、一体どこのどちらさんなんだろう? フィオやアクアリアスさんみたいなやつならいいけど、前会ったソフィアさんとかシルフィと似た人だったら嫌だなぁ。どうせ僕に皺寄せが来るし……

「ライル? 着いたわよ」

ルナの声に、はっと我に返る。

目の前には、いつの間にか『一般人お断りじゃゴルァ!』とでも言いたげな巨大な門が聳え立っていた。その威圧感たるや、怒り狂うルナの三十分の一!

……いやまあ。

つまり、この程度に臆するようなやつはいなかった。もちろん、小庶民ライルはちと怯んだけどそれだけだ。

「おおっ、フィレア様、クリス様。おかえりなさいませ!」

やたら芝居がかった口調で、年嵩の門兵が駆け寄ってくる。もう一人の年若い門兵も笑いながらこちらに視線を向けている。

「うん、ただいまー」

「ただいま戻りました」

フィレアはいつもの調子で。クリスは余所行きの笑顔でそれぞれ答える。

「フィレア様。ご卒業、おめでとうございます。ささ、王がお待ちですよ。お早く。お連れ様もご一緒にいらっしゃるようにとの事です。荷物はメイドに運ばせますから、どうぞお預けになってください」

笑顔で丁寧に応対する老兵に、ライルたちは面食らうものの荷物を渡す。こういう風な扱われ方には慣れていない。

老兵が開門の指示を出し、さらに話しかけてきた。

「時に……アレン様というのはどちらですかな?」

「俺だけど?」

きょとんと答えるアレン。そうこうするうちに、城門が完全に開く。

「じゃ、みんな。僕についてきて」

クリスが先導して、一同が歩き始める。

そして、最後尾に着いたアレンが門をくぐろうとした時、

ガキィン!

「……なんの真似だ?」

二人の門兵の持つ槍が交差して、彼の行く手を阻んだ。

「僕らとしても、フィレア様とクリス様の友人ならばお通ししたいのですが」

「王から直々に『アレンとか言う若造は通しちゃいかーん! 私の……私のフィレアを誑かす悪魔は適当に撃退しておけ!』と、命令されておりまして」

彼らも非常に嫌そうだ。いくら王様からの命令でも、こんなことやりたくはないのだろう。

「……って、なにが誑かすだよ、誰が誰を」

アレンとしても、その命令にはかなり納得のいかない部分がある。

「一応、こんなものもらっているんだが」

と、その王から送られてきた召喚状を見せても、彼らは力なく首を振った。

「すまないが、ねぇ? うちの王様、娘のことになると見境がなくなるのだ。どんな理由があろうと通すな、といわれている」

「……一体、俺が仕える王さんってどんなのだ」

やる気満々でやって来たというのにこの仕打ち。気力が萎えてくるアレン。

と、そこへフィレアが割って入ってきた。

「ふぃ、フィレア様」

「お父様には私から話すから。……アレンちゃん、行くよ」

「お、おう」

すでに、ライルたちはいない。面倒ごとになる前に立ち去ったのだろう。

門兵たちは、据わった目つきで異様な迫力を帯びながら歩くフィレアを、為す術なく見送るのだった。

「……ねえ、先輩。フィレア様、変わりました?」

「いや、いい傾向だよ。あれでこそ、王族の血」

もうここの門の守護を任されて四十年は経つ大先輩の言葉に、若き門兵は『うちの国、大丈夫か?』と、一抹の不安を覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、クリス。おかえり」

なにやら足止めされているアレンを置いて、先に謁見の間にやって来たライルたち。

そこで、この国の王様というカリスに会っていた。謁見の間には隣に補佐官でクリスの姉リティがいるだけで、他に人はいない。

「で、フィレアはどうした? 私の可愛いフィレアは」

この発言で、ライルとルナのカリスへの評価は『娘バカ』へと変わった。

そして、間もなく件のフィレアがやってくる。後ろにはなにやら居心地の悪そうなアレンも一緒だ。

「おお、フィレア! ……と、そっちのはまさか」

「えいっ!」

それ以上カリスは何も言えなかった。フィレアがジャンプ一閃。ドロップキックをお見舞いしたのだ。

「ぐぅ、フィレア、ナイスパンチ」

「キックです! って、そんな基本的なボケをする余裕があるなら、気絶しないで下さい、お父様! 言いたいことは色々あるんですよ!!」

仮にも王様の胸倉をわしっと掴むフィレア。

この時点で、ライルとルナのカリスへの評価は『変な人』に変わった。

「まあまあ、フィレア。お父様にはこの後も仕事があるんだから、その辺にして置いてあげて。終わったら好きにしていいから」

リティがやんわりとフィレアを止める。

「う〜ん。わかった」

「そ。いい子ねフィレア。……お父様――いえ、王もいつまでも寝ていないで、早く起きてください」

リティが補佐官の顔になると、いつのまにやら手に握っていたスイッチをカチッと押す。

瞬間、王座が吹っ飛んだ。

「はい?」

爆発には慣れているが、今のは? まさか、あの優しそうなお姉さんがやったんだろうか?

ライルは目の前の光景と、それをやったであろう人物とのギャップに混乱してしまう。

「……リティ姉さんはマジカルトラップの名手なんだ。多分、ずっと前から仕込んでたんだね、あの罠」

「人は見かけによらないというかなんと言うか……っていうか、すごい家族だね、クリス」

「いやまあ、いろいろな意味でね」

はぁ、と重いため息をつくクリス。ちなみに、ライルの言う“すごい家族”には、女装を趣味とするクリスも入っていたのだが、あえてそれを重ねて言うことはしなかった。

そして、カリスが吹っ飛ぶ様を逐一見ていたルナは、真剣な目で一言。

「……やるわね、あの女」

((対抗意識燃やしてるーーーー!?))

戦慄するライルとクリス。

まさか、これまで以上にルナの魔法が過激になるのか!? と嫌な未来像を脳裏に浮かべる。

「うわぁ」「うわぁ」

「なによ、あんたら」

同時に奇妙な声を上げた二人に、ルナが怪訝そうな目を向ける。

「いや、なんでもない」

「……そう?」

あまり興味がないように、ルナはそのままメラメラと燃える目でリティを睨みつける。

それに気付いたリティは、さすが大人の余裕か、ふいっと受け流して見せた。

「あっ……」

気絶しているカリスを、それでも運んでいこうとしたリティが、ボールペンを落とす。

「ごめんなさい。そこの人、拾ってくれないかしら」

「ええ、いいですよ」

たまたま近くにいたルナが、それを拾おうと手を伸ばし、

「……!?」

突然、そのボールペンを蹴飛ばした。ボールペンは壁にぶつかり、ポンッ、と小さな音を立てる。

「あら」

「私に罠を仕掛けるなんて、いい度胸じゃない」

「気付くとは思わなかったわ」

「そりゃあね。ギリギリまで魔力を隠匿して、なかなか“出来た”マジカルトラップだったけど、さっきので私も警戒していたし」

なるほど、とリティが頷く。

「そういうこと。ま、こっちに滞在している間は気をつけることね。わたしに喧嘩を売ったからには、見事に嵌めて見せるからね」

「上等」

まるで獣のような笑みを浮かべるルナと、女王の冷笑を浮かべるリティ。ライルは二人の後ろにドラゴンと巨人(タイタン)が睨みあっている幻視を見た。

「あ、あの〜、ルナ? いきなり王女様に喧嘩吹っかけない方が。ほら、王女様も、宣戦布告しないで……」

「無駄だよ、ライル。リティ姉さま、ああ見えて姉妹の仲でいっちゃん危険人物なんだ。……まあ、言ってみれば策略に長けたルナって感じ。罠使いの癖に、直接戦闘が大好きだし」

「……無理でしょ、それは」

「できるんだよ、これが。なぜか。あの人、ナイフも得意だし」

「なぜナイフ!? つーか、トラップもだけど!!」

もういい加減わけがわからなくて、叫びだすライル。

そんなライルに、クリスはシニカルに笑ってみせ、

「そんな疑問は、僕は十年以上持っていたよ。なぜか、と聞かれると、王女っていう立場の人間を放任主義で育てたあのクソ親父の仕業」

そうか、なるほど。

ライルの中で、カリスは第一級の厄介者として認定されたのだった。

「……で、俺は結局どうすればいいだ」

挨拶すべき人間は気絶し、一応、騎士見習いとしてきたのに、いきなり途方にくれるアレンだった。

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