次の日。

大体、昼前には目的のダンジョン前に到着したライルたちは、とりあえず腹ごしらえをしていた。

メニューは、昨日捕った兎の肉を保存食にした物がメインだ。

「……ライルくん、いつの間にこんなの作ってたの?」

「ん? 夜、見張りしているとき。肉が少し余って、もったいなかったから」

抜け目のない……と、呆れながら、リムは自分の分の肉を口に運ぶ。元来、菜食主義の彼女であったが、ここでそんな事を言うことはない。

「ま、食べてちょっと休憩したら行くか」

早々に食べ終わっていたガイスが、独り言のように言った。

 

第59話「そして彼の場合(後編)」

 

さて、今回のミッションは、ダンジョンの捜索である。

詳しい内容はと言うと、このダンジョン内に学園関係者が隠したアイテムを発見、回収し、学園側に提出することでミッション完了となる。

アイテムは、校章が刻まれた宝石だと言う話だ。

ただ、このダンジョンは構造こそ単純なもののかなり広い。

そして、調査されつくした事もあって、モンスター・罠などの障害はほとんど存在しない。そんなわけで、入り口付近を捜索していたが、ガイスが二手に分かれる事を提案した。

「でも、大丈夫? 学園側が罠をしかけてるって話だし、数は少なくたって、モンスターもいるだろうし」

「平気だって。その学園側が、このダンジョンに聖水振り撒いているし。罠だって、致死的なものはさすがに仕掛けないと思う。大体、こんな広いとこ、固まって探してたら時間かかって仕方ないだろ」

ちなみに、去年の魔族の例もあって、ライルはシルフィにダンジョン内を調べさせた。

結果は、問題無し。おそらく事故を恐れた学園の人が、魔物除けに使った聖水のおかげで、モンスターも、害獣と呼ばれる程度のクラスのものしか発見できなかった。

その報告を聞いていたライルは、まあいいかと賛成する事にした。

「わかった。それじゃ、私はガイスくんと行くから、クレアちゃんはライルくんと行ってね」

「お、おいおい。引っ張るな」

そうと決まると、リムはぐいぐいと強引にガイスを引っ張っていく。

「えっ、別にくじとかで決めれば……」

言いかけるが、リムはさっさと行ってしまった。なんとなく、悪戯っぽい光がその瞳に宿っていたように思えるのは気のせいだろうか。

「ま、いいか」

ライルとしても、この組み合わせに不満があるわけではない。

戦力的に言っても、男二人が分かれるのは当然の成り行きだ。それに、ライルはリムがなんとなく苦手だった。

普段は温厚なのだが、さすがルナの親友というか、なんとなく裏があるような気がするのだ。

「じゃ、ライルくん、行こうか」

「あ、うん。了解……」

かと言って、クレアと行くのも、イマイチ気が引けるライルだった。

 

 

 

 

 

「〜〜♪」

なぜかはわからないが、やけに機嫌のいいクレア。

対して、ライルはと言うとどことなく居心地の悪い思いをしていた。

今、シルフィは傍にいない。このミッションはあくまで授業の一環だ。あまり私が手助けするわけにもいかないでしょ、とどこかに行ってしまった。

つまり正真正銘、女の子と二人きりである。しかも、クレアと言えば、クラス内ではアイドル的存在だ。

当然のごとく、そんな事は今までなかった(この際、ルナは無視)ライルは、話しかけることもできず、黙々と歩くことしかできなかった。

「ねえ、ライルくん。ここら辺、なんか怪しいと思うんだけど」

ぼーっとしていたライルは、その一言で我に返った。

「あ、ああ、うん。どれどれ」

見てみると、これまたあからさまな罠だった。明らかに、他の土と色が違う場所がある。

そこに、石を投げて見ると、地面が陥没。どうやら落とし穴らしいが、どう見ても膝くらいまでの深さしかない。万が一引っかかったとしても、いいとこ捻挫だろう。

「初歩的……と言うより、子供っぽいトラップだね」

いくら学生相手とは言え、舐めすぎではないだろうか。

そう思ったのだろう、クレアはひょい、と落とし穴を跨いだ。

「危ない!」

「え?」

ライルが叫ぶ前に、クレアは足を降ろしていた。

クレアの左足で踏んだ地面が崩れる。

バランスを崩したクレアは、後ろ向きに倒れこんだ。

ずさっ! と土煙が上がる。

「…………………」

「…………………はぁ〜〜〜〜〜〜〜」

ぎりぎりセーフ。

ライルは間一髪で、クレアと地面の間に滑り込んでいた。

下手したら後頭部を打ち付けていたかもしれないだけに、安堵の息も長い。

「クレアさん。もうちょっと気を付けてね……」

「う、ごめん」

バツが悪そうに、クレアが謝った。

と、そこでライルが一つの事実に気付く。

……この体勢は、マズイ。クレアを庇うため一緒に倒れたので、かなり密着してしまっていた。

鼻をくすぐる髪の毛からいい匂いがする。腰にまわした手から、柔らかい感触が感じられて、そっちに向かおうとする意識をライルは慌ててカットした。

(し、しまった。下手に動けない……てゆか、緊張で体が動いてくれない)

見ると、クレアのほうも、若干顔を赤くしている。

そのまま、しばらく硬直する二人だった。

 

 

 

 

 

 

そして、そんなライルとクレアを見つめる視線が二対。

「ふふふ……なんかよくわかんないけどうまくいってるみたいじゃない」

「なぁ、リム。デバガメって俺の趣味じゃないんだが」

「しゃらっぷ! こんな面白そうなの、見逃す手はないでしょう」

ライルたちと別れたはずのリムとガイスが、なぜか物陰に潜んでいた。

「な〜んか、昨日の晩話してたみたいだから、もしかしてと思ってたんだけど……これは予想以上に面白くなりそうね」

「お前、性格が違うぞ?」

「女の子は色恋沙汰が大好きなの」

言い切られても。

(すまん、ライル。俺には止められん)

内心でそんな事を考えているガイスなど、リムはすでに狸の置物かなにかと同じ程度にしか見ていない。

「……動いたっ!」

その言葉に反応して、ライルたちを見てみると、ようやく立ち上がるところだった。

「ほれっ、そこで抱き寄せろ……って、普通に歩くな! 意気地無しめ」

いや、アレはどう考えてもそういう展開ではないのでは? とガイスは思ったが、賢明な事に口は出さない。

「いやしかし、二人ともかなり照れてるわね。……暗いダンジョン、そして男と女。いやがおうにも気分が高まり……って展開を期待したいんだけど、どう思う?」

「……俺に振るな」

ガイスは、疲れたようにそう返事するのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ!」

三十分後、ライルたちは、なにやらそれっぽい宝箱を発見した。

「ちょっ、クレアさん? 気を付けてよ。宝箱にもトラップが仕掛けてあるかも……」

「大丈夫だって。同じ失敗は繰り返しません!」

やけに元気がいい……というより、はしゃいでいる。

こんな性格だったっけ、とライルは首をかしげる。

そして、クレアが宝箱を開け……

「!?」

その箱の中からキラリと光るものが見えた。

それに気付いたライルの手が走る。

無意識のうちに身体能力を強化していたのと、すぐ後ろにいたのが幸いしてなんとか“それ”を止める事ができた。

「っぶな」

宝箱の中から飛んできたのは短い矢。ライルはその矢の半ばほどを掴んでいた。

「だから気を付けてって言ったのに」

クレアは返事を返さない。さっき転んだ時みたいに、洒落で済むような罠ではない。

仕方ないと言えば仕方なかった。

「って、これ鏃がゴム製だ……」

「え?」

びよんびよんと鏃がぶれる。

へなへなとクレアが腰を抜かした。

「びっっっくりしたぁ……」

「それはこっちの台詞だって。もう少し慎重になってよね。……まあ、この罠も意地悪かったけどさ」

ライルは愚痴りながら宝箱の中に手を伸ばす。

「ま、目的の物は見つかったし、ガイスたちと合流して帰ろうか」

手には鮮やかな赤色の宝石が握られていた。中にヴァルハラ学園の校章が浮かんでいる。もちろん、宝石自体はイミテーションに違いないだろうが、なかなか綺麗な一品だった。

「あれ?」

「ん?」

「……ごめん、ライルくん。私、腰抜けて立てないみたい」

ライルは天を仰ぎ見た。当然、ダンジョン内なので汚い土の天井が見えるだけだったが。

「仕方ないなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ、クレア負ぶってるよ! ライルくん、これは役得!」

ちなみに、まだリムたちは覗きを続けていた。

「……俺にはあいつが疲れているように見えるぞ。……そもそも、なんで背負ってるんだ?」

宝箱を開けたとき、二人からは矢の罠の事が良く見えなかった。だから、どうしてライルがクレアを背負っているのかがわからなかった。

「そんなのどうでもいいじゃない。これは、面白い! すごく面白い……!!」

「趣味悪いなぁ」

「ライルくんとクレアかぁ。お似合いっちゃあお似合いかもね」

「だから、どうしてそこまで話が飛躍する?」

ため息を吐きつつ、こりゃ帰ってからのほうが大変だろうなあ、と思うガイスであった。

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