「ぐあ……」
ライルのうめき声が部屋に響く。
昨日の盗賊との戦闘。あの時、気孔術で無理矢理身体能力を引き上げた反動で、全身筋肉痛である。慣れてないくせにやるからこういうことになるのである。
「大丈夫か?」
同室のアランが心配そうに声をかける。
「……大丈夫じゃない。立てない」
特に足の筋肉痛がひどい。(剣術では)格上の相手の隙をつくため、無茶なほどのスピードで攻めたから。
「やれやれ……こりゃ、今日は欠席だな」
「な、なんのこれしき……」
やせ我慢100%だった。
第43話「そして、夜が明けて」
「『し、シルフィードウイング〜〜』」
ライルがふわっと浮かぶ。
歩けないなら、飛んで行けばいいや、ということらしい。体勢を変えるだけでも痛いのだが、大分マシだ。
「……一体、なにをどうやったら、そんな細かな動作ができるんだ?」
アランは訝しがる。
彼が『シルフィードウイング』を使ったら、決めた方角に一直線するだけだ。だのに、ライルは、空中数cmのところで滑るように移動。
どうやら、自分が思っていた以上に相性がいいらしい、この彼は。
「……そういえばさ。結局、あの盗賊って、どうやって倒したんだ?」
最後の一撃。あれの余波で、アランとアリスは二人仲良く気絶した。だから、シルフィのこともばれていなかったりする。
「あー、ルナが魔法で」
嘘は言ってない。
「魔法? ぜんっぜん使わせてもらえなかっただろ」
「最後の一撃でさ、蓄積していた魔力がなくなっちゃったらしいんだ」
なるほど、とアランはうなずく。
ちなみに、それならば、その一撃を防いだライルは瀕死の重傷を負っていたはずなのだが、そこまでは考えが及ばなかったらしい。
「悪いな。アイツがいれば、早く決着がついていたんだが」
「……アイツ?」
「ああ。まあ、気にしないでくれ。終わったことだ」
そんなこと言われたら、気になるに決まってるだろ、とライルは心の中で呟く。
まあ、聞いても教えてくれそうにないし、忘れることにした。
そういえば、と、隣で術の制御を手伝ってくれているシルフィに顔を向ける。
(なあ。どうして、精霊界に帰ってたんだ? 仕事だったら、ちょっと前に、泣きながら済ませたって言ってたじゃないか)
大体、三日ほど前の話だ。
夏休みに会った、ソフィアさんから呼び出しがかかって、膨大な量の仕事を片付けたと、愚痴っていた。
(あー、ちょっと、結婚式がね……)
(結婚式?)
(結婚っていう習慣は精霊界ではあんまりポピュラーじゃないんだけど……まあ、するとなったら、一応、慣例として精霊王も立ち会わなきゃなんないのよ。まあ、途中で抜け出してきちゃったんだけど)
(ふーん……)
えらいさんは大変だ、とライルは思った。つっても、シルフィがとっても偉い身分なんて、いまだ半信半疑だが。
「おーい、ライル。危ないぞー?」
「へ?」
ガツンッ!
……シルフィと話していたら、壁にぶつかってしまったライルであった。(イタッと体を動かしたら、さらに筋肉痛で痛い思いをして、踏んだりけったり)
……結局、登校したはいいが、実技主体のユグドラシル学園の授業に全身筋肉痛男が参加できるはずもない。
今日は、保健室に直行と相成った。
「ドジね、マスター」
「いや、これはドジとかじゃないぞ」
保健の先生は、なにやら出張とかでいないらしい。まあ、筋肉痛に手当てがいるとも思えないが。ついでに、他の生徒もいないので、シルフィはライルのベッドに腰掛け、姿を現している。
「短期留学生が、授業休んでどうするのよ」
「そ、そう言われると返す言葉もないけど」
「ほら、さっさと寝て寝て。それでも、少しは気孔術も上達してるんだから、よく寝ればすぐ直るわよ」
と、シルフィはライルを小突いた。
「お、お前、少しは労われ」
「自業自得でしょ。あの男の武器、ちょっと観察すればどういう代物かすぐわかったでしょうに」
「んなの、あの状況でわかるわけないだろ」
幸いにも、盗賊の人を思う存分しばき倒したおかげか、ルナのお仕置きがなかったのが唯一の救いだった。……単に、ライルが動けないのを見て、『狩る』面白みを感じなかっただけかもしれない。
そんな怖い考えを、ライルは頭を振って打ち消した。
「あれ? マスター。誰か来たみたいよ」
言いつつ、シルフィはすぅ、と空間に溶けるように姿を消す。
それと同時くらいに、保健室の扉が開けられた。
そこから顔を覗かせたのは、アランとルナ。
「よう。見舞いに来てやったぞ」
「本当はのたうちまわるあんたをみて、からかうためだけどね」
……まあ、なにも言うまい。
それよりも、ライルはとっても気になることがあった。
ルナには見えていないが、アランの隣に、上位精霊が浮いていた。
……通常、上位精霊っていうのは精霊界にいるはずだ。人間界にいるやつらは、強い武具に宿っていたり、精霊が強く働いている秘境とかにいたり……あとは、シルフィみたいにだれかと契約していたり(まあ、時々、これにあてはまらない精霊もいる……ソフィアとか)。
見たところ、その上位精霊は、火属性みたいだ。
だが、この土地は別に火属性が強い土地って訳でもないし、近くに火山とかがあるわけでもない。そんな伝説級の武具はないし……いや、ライルの枕元に、あるにはあるが、関係ない。
つーことは……
ライルは朝のアランの言葉を思い出した。
『悪いな。アイツがいれば、早く決着がついていたんだが』
……なるほど、そーゆーことか。
「なあ、アラン」
「ん? なんだ?」
「……その隣にいるやつ、知り合いか?」
僕の言っていることに気付いたアランは目を白黒させ、なんのことかわからないルナは怪訝な顔をした。
「は? ライル、あんたなに言って……」
「み、見えるのか?」
「うん。一応」
「だからあんたたち……」
「信じられないなあ。今まで、こいつは俺にしか見えなかったのに……って、ちょっと黙れ」
「ん? どうかした?」
「ああ、ちょっとこいつがうるさくて……」
「私を無視するんじゃなぁぁぁーーい!!!!」
直後、保健室は謎の(?)大爆発に見舞われた。
「俺は火精霊のフィオ。まあ、よろしくな」
あのあと……とりあえず、ライルたちは逃げた。ヴァルハラ学園内ならジュディさんがどーとでもするのだろうが、ここは他の学園だ。妙な厄介ごとはごめんである。
まあ、筋肉痛のライルが逃げ出すのはちょっと苦労したが。ちなみに、ルナは図太くも、急がず慌てずクラスに帰った。
で、今いるのは屋上である。
「ああ。よろしく、フィオ」
「……お前ら、なごやかにあいさつしてるんじゃねー」
「なんだ、アラン。どっかちょーし悪いのか? 一応、俺のマスターなんだから、体は大事にしろよな」
「そーゆーことじゃないだろ! なんで、お前らは無傷なんだよ!?」
爆発に巻き込まれておきながら、服がちょっとこげているだけのライルと、平然としているフィオに文句を言う。一人だけぼろぼろになっている身としては文句の一つも言いたい。
「だって、俺はすぐお前の影に隠れたし」
「僕は……なんてゆーか、慣れてるし」
フィオが無事なことは理解できたが、ライルのほうはやっぱり納得いかない。
「てか、よく俺が見えたな、にーちゃん」
フィオがライルに話しかける。
「まあ。昔から見えてたし。一応、僕にもうるさいのがついているし」
「にーちゃんも精霊と契約してんのか?」
「……俺以外に、契約者を見るのは初めてだな」
「うん、まあ。シルフィ」
僕の後ろに隠れるようにしていたシルフィがおずおずと姿を現す。透明化はすでに解いていた。
「は、はろー、フィオ」
「ん? シルフィ、知り合い?」
「あー、まー顔見知り……かな」
フィオはプルプル震えながら、ありえないものを見るかのようにシルフィを凝視する。
「し、シルフィリア様?」
うわ、様付けだ。と、ライルは吹き出しそうになる。
「ん? どーした、フィオ。お前が様付けするなんて……」
「い、いやだって……」
シルフィは、ちょっと困ったように乾いた笑いを浮かべると……
「ははは……フィオ。昨日の結婚式の友人代表の挨拶、なかなかよかったわよ」
「は、はいっ! ありがとうございます」
フィオがぺこぺこする。
やたら低姿勢だな、とライルは思った。所詮、シルフィだというのに。
「で、シルフィリア様はなんでここに……?」
「さっき、言ったでしょ、マスター……ライルと契約してんの。まあ、公にはしてないけど」
「せ、精霊王が個人と……?」
なにやら、精霊同士で話が盛り上がっている様子だ。
「なぁ、ライル」
「なに? アラン?」
「俺の気のせいか、お前と契約しているっていうあの精霊。フィオが精霊王だとかぬかしてなかったか?」
ライルは、ぽりぽりと頬をかきながら、
「うーん……なんでも、そういうことらしいけど」
「……精霊王って言えば、主神クラスの存在だってことは知ってるだろ?」
アランは、驚きすぎて叫ぶこともできない。混乱しつつも、言葉を選んでたずねる。
「でも、所詮、シルフィだし」
「いや、だってお前……」
「たかがシルフィだしなあ」
ライルが唸る。
このシンフォニア王国では、精霊王といえば、信仰の対象にもなっているまさに神に等しい存在だ。
確かに、この小さい人形のような精霊がそうだと言われてもぴんとこないが……
「ライル、お前って実は大物なのかもな」
アランは、呆れたように呟いた。