冬休みも終わろうかという1月5日。なぜか、ライルとルナは学園長室に呼び出されていた。

「……なんだろう? ジュディさん」

「さあ? どーせろくでもないことなんでしょ」

いや、それは痛いほどにわかっているライルである。聞きたかったのは、そのろくでもなさの程度なのだが。

学園長室に付いてみると、嫌な笑みを浮かべながら待ち構えているジュディさん。

やはりか……と、確信してしまう笑みだ。

「じゃ、早速だけど二人とも荷物まとめて」

「「はっ?」」

 

第38話「そして、新天地へ」

 

「こ、交換留学生?」

「その通り」

ジュディさんの話をまとめるとこうだ。

このヴァルハラ学園では、毎年、三学期に隣国のシンフォニアにあるユグドラシル学園に交換留学生を送っているらしい。人数は年によってまちまちだが、今年は二人。

そこで、ライルとルナの二人に白羽の矢が立ったのだ。

「な、なんで私たちなわけ?」

「ユグドラシル学園は、どっちかというと、実戦重視でね。ほとんどの授業が実技なの。だから、そういうことに得意そうなルナさんと……」

ぴっ、とルナを指さし、

「そして、いざというときの歯止め役のライル君」

今度はライルを指さす。

「僕は歯止め役ですか……」

「もちろん、成績とかも加味したわよ。向こうの学園にインパクトを与えるにはルナさんだけで充分だけど、まともに優秀な人も送らなきゃなんないし。……クリスくんとどっちにしようか迷ったんだけど、彼じゃルナさんを抑えることはできないし、一応外交官としての仕事もあるからね」

インパクト。

確かに、ルナは衝撃を与えそうだ。……精神的にも、物理的にも。

それを考え、ライルは頭が痛くなった。

「ち、ちなみに、拒否権は?」

「しても良いけど、ルナさんはともかく、ライル君の学費、生活費は私が負担していることもお忘れなく」

……そうだった。最近すっかり忘れていたけど、母の友人だったつてで、この人に僕は金銭面全般をお世話になっているんだった。

そんな、作者でさえ、忘れかけていた設定を思い出しながら、自分には逃げ道が残されていないことを悟るライルであった。

「まあ、いいわ。たまには、別のとこに言って、見聞を広めるのも悪くないし」

……なんかルナがまともなこと言っている。ライルは、すごい違和感を感じた。

「……本音は?」

「ヴァルハラ学園にないような魔法書があるかもしれ……い、いやぁーね、純粋に、別の教育現場に対する興味よ」

「大体わかったよ」

非常に納得だ。

「じゃ、二人とも了解したみたいだから、出発の準備を進めといてね」

「……いつですか、出発は?」

「明日」

「ちょっと待って下さい!?」

ライルが抗議の声を上げるが、当然のごとく無視された。

「まあまあ。善は急げって言うし」

同じ境遇のはずのルナはいたってお気楽だ。

「大丈夫。向こうの寮に入ってもらうことになるんだけど、生活に必要なものは用意してくれるそうだから。必要なのはせいぜい衣類くらいなもんよ。寮則に反しないものだったら持っていってもいいらしいけど」

「いや、そーゆーことではなく、心の準備というか……」

「そんなもん必要ないわ」

冷たく却下。いや、わかってたけどね……。と、ライルは控えめに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

次の日、早朝。

ジュディさんの手配した魔法馬車が、寮の前にでん! と鎮座していた。

「……はあ……」

以前、クリスが用意したものより、豪華さは劣るものの、なかなかのものだ。

ライルとルナはそれぞれの荷物を運び入れ、運転席に座る。……なんというか、地図だけ渡されて、あとは自分たちで運転しろ、というのもかなり無茶だとは思ったが。ちなみに、魔法馬車で三日の行程だ。

そういえば、荷物の方はと言うと、ライルは服以外には剣だけ。ルナも服を除くと数冊の魔法書くらいしか持って行ってない。

「シンフォニアって言ったら、精霊信仰が盛んなところだったっけ」

ついでに、当然のことだが、シルフィも契約者のライルにくっついてユグドラシル学園に行くことになっている。

「……そうなのか」

「そうなの。つまり、私はとっても敬われているわけよ」

どーだ、まいったか、と言わんばかりにふんぞり返るシルフィ。だが、正直言って、その様子からは威厳とかそーゆーものは一欠片も感じられない。

「なに、寝ぼけたこといってんのよ。虫のくせに」

「なんですって?」

「と、とにかく出発!」

放っておいたら、例によって例のごとく爆発でも起こりそうなので、急いで魔法馬車を発進させる。

いつもなら緩衝剤として働いてくれるアレン、クリスのいない今、自分しかこの二人(つーかルナ)を止められる者はいない。……今回の留学が、なんかとっても波乱に満ちたものになるということを諦めの境地で悟ったライルだった。

 

追記しておくが、39話以降しばらくの間、アレンとクリスの出番はない。

「「なぜだーーーー!?」」

 

 

 

 

 

 

さて、ここは件のユグドラシル学園の寮。

ユグドラシル学園一年生、アランとアリスは、今日来るという留学生を迎えるため、寮の前で待っていた。

彼らは、ライル達のルームメイトになる。ヴァルハラ学園と違い、生徒の多くが寮生活なので、二人一部屋が基本なのだ。

「遅いわね……」

「だな。予定ではそろそろ来るはずなんだが……」

もう30分の遅刻だ。魔法馬車で来ることはおろか、その運転手は留学生本人だということも知らない彼らは、乗合馬車が遅れたのかな、と思っている。

なんのことはない、ただ単に道に迷っただけだというのに。

そんなルナ達は、現在、シンフォニア王国首都シンフォニアに今入って爆進中である。ユグドラシル学園に到着まで、あと一分というところか。

「でも、どんな人達だろう? アリスはどう思う」

「うーん……話によるとすっごく個性的な人達らしいけど」

個性的。個性的という程度でくくれるのだったら、キース先生の苦労は十分の一以下になっている。

その妹の台詞に、アランは笑って、

「アリスも人のこと言えないだろう」

「なによ。そーゆーお兄ちゃんだって、ずいぶん普通とは違うじゃない」

などと、なごやかに会話する。

「いやあ、アリスにはかなわな……ってアレ、なに?」

ようやく、ルナ達の乗る魔法馬車が彼らにも見えた。ものすごい速度で近付いてくる魔法馬車。規定速度なんてぶっちぎりで無視している。道行く人をかき分け、ユグドラシル学園の敷地内に突入。と、突如進路を変え、アラン達の方に……

「や、やばい!? アリス、逃げ……」

と妹の方を見たら、アリスはすでに、寮内に避難していた。ちゃっかりしている。

自分も入ろうと、アランが腰を上げたその時、魔法馬車がアランの目の前いっぱいに広がり……

 

突如その車体が横転。

 

どうも、急ブレーキの反動らしい。

アランの目の前ぎりぎりで倒れたその魔法馬車から二人の人間が出てきた。

「ちょっとルナ!? 無茶しすぎだよ!! いくら遅れそうだからって……」

「だって、4時にはユグドラシル学園についとけって話でしょ!? もう30分も遅れてるわよ!!」

「でも、どー考えたって危険じゃないか! さっきだってもう少しで外壁に大穴空けるとこだったよ!」

いきなり言い合いをする男女を呆然と見つめるアラン。

「って、あんた! 私の服、全部ぶちまけちゃってるじゃない!? 泥だらけよ!!」

「じ、自分のせいだろ!?」

「問答無用! 『サンダァァァァボルトォォォォ!!!』

ピシャーン!

「ぎゃあああぁーーーーす!!?」

なんつーか、いきなり全開である。

慣れていないアランはただただ汗を流すばかり。安全を確認して戻ってきたアリスも、どう手を出していいかわからない。てゆーか、彼らにとっては、いきなり攻撃魔法を人にぶちかますような人も、そんなことされて涙目で抗議してピンピンしている人も常識外の存在だ。

「ねえ、お兄ちゃん?」

「なんだ」

「まさかとは思うけど……」

「この魔法馬車、ヴァルハラ学園の校章がついてるな」

ずーんと、どうしようもない沈黙が二人の間に降りる。まだ言い争いを続けるライル達を、どこか遠い世界のように感じながら、兄妹は静かに目を背けた。

俺、この人達とうまくやってけるのか?

アランの疑問に答えられるものは、当然ながらいなかった。

 

 

 

 

 

さて、その頃、ヴァルハラ学園の方では

 

「やっほー、クリスちゃーん」

「ふぃ、フィレア姉さん?」

いきなり、クリスの姉が来訪していた。

「おう、クリスじゃないか」

「え、エイミ姉さんまで……なんでここに?」

「えっとぉ、なんかぁ、交換留学生とかなんとかいう話でぇ」

「そ、そういえば姉さん達はユグドラシル学園の生徒だったっけ……?」

認めたくはないが、確かそうだった気がする。

「おう。リティ姉もあそこの卒業生だしな」

絶望的な気分になるクリス。

どうしよう……。

ルナがいなくなって、しばらくのんびりできると思ったのに……

さらに厄介な人達が現れてしまった……(しかも二人)

「ん? クリス、誰だその子供?」

どこからか出てきたアレンが、フィレアを指さして言う。彼女は見た目は小学生なので、間違えても仕方ないのだが……

それは危険信号だ。彼女は子供扱いされるのを極端に嫌う。

「誰が子供ですかぁ!?」

一瞬のうちに、アレンの眼前に移動したフィレアは、右ストレートを顔面に喰らわせようとする。

それはなんとか防ぐアレンだが……

「ぐえっ!?」

次の瞬間、フィレアのつま先が鳩尾に突き刺さっていた。顔面へのパンチを防いだので、視界が塞がれ、対応できなかったのである。

アレンは崩れ落ちた。

(……さ、さらに体術が向上してる)

フィレアは、子供の頃から格闘術を習っていた。才能も手伝って、半端な腕ではない。

「……なんか面白い奴だな、おまえの友達」

もう一人の姉、エイミの漏らした感想は、本人にもあてはまるのは言うまでもない。

---

前の話へ 戻る 次の話へ