「なんか、逃げてくださいとか言ってるけど?」
「ここまで来て命乞い? 往生際が悪いわね……」
「いや、もう死んでるから命乞いとは言わないんじゃないか」
いや、そもそも、命乞いなんかじゃないと僕は思うのだが。
「ライル、どう思う?」
とりあえず、ルナとアレンよりはちゃんと状況把握ができてそうなライルに尋ねてみる。
「うーん……あんまりいい感じはしないと思うけど」
僕も、心底同感だった。
第37話「幽霊屋敷……?(後編)」
その幽霊の少女は慌てて、ライル達の方へ駆けていった。
「聞こえなかったんですか!? 早く、逃げてください!」
などと、少しでも彼ら……もとい、ルナのことを知っていたら絶対に言えないような台詞を吐く。
「ふふふ……逃げるのはあんたの方よ……」
「ちょ、ちょっとルナ……?」
と、不気味な笑いを浮かべるルナに、彼女は一歩引いた。ライルが必死に押しとどめようとするが、彼に止められるはずもない。ルナの手にパチパチと、魔力が弾ける。
「『ホーリィショット!』」
ルナが唯一使える攻撃系白魔法。それを、放つ寸前に、少女は身を伏せた。
結果、ホーリィショットの光弾は少女の頭上をかすめ、その先の祭壇へと……
「ああああぁぁぁ!?」
幽霊少女の悲痛な叫び声が上がる。
対幽霊用の魔法とは言え、このホーリィショットにもそれなりの物理的破壊力もある。おまけに、常人を遙かに越えた魔力を持つルナの放ったものだ。たかが石造りの祭壇程度、わけもなく吹っ飛ばしてしまった。
とたんに、濃密な魔力が溢れ出す。
祭壇のあった場所には、霧のような身体を持った体長3mはあろうかという巨人の姿があった。
「ぐぉぉおお!」
なにやら、雄叫びをあげる巨人。
それをぽけーっと見つめる一同。
「え、えーと……やっぱ、あれって私のせいだったりする?」
おそるおそる居心地悪そうに声を出すルナ。
そして、他の三人はうんうんと頷く。
「だって、またいきなり攻撃したし」
と、ライル。
「反省がないよね」
と、クリス。
「もうちょい、慎重になれよな」
と、アレン。
数秒後、今度はファイヤーボールで黒こげになったアレンがいたのは、言うまでもない。
「あ、あの〜、ちょっとは危機感を持ってもらいたかったりするんですけど……」
そんなことを言われても。
さて、そんな漫才も、例の巨人が襲いかかってきたところで強制終了した。
「ちょっと、アレン! なに寝転がってんの!? しゃんとしなさい!」
自分でやっておいて、ずいぶん勝手なことを言うルナ。だが、この程度でへこたれていたら彼女と一緒に行動なんてできやしない。アレンは、背筋だけで起き上がると、剣を構えた。
「うりゃあ!」
すかっ!
アレンが先手必勝とばかりに放った一撃は、あっさりと、巨人の身体を通り抜けた。
「あ、あり?」
「なにやってんのよ! 『ファイヤーボール!』」
ルナが、放ったファイヤーボールも、あっさりと貫通する。
「へ?」
ほけっとするルナに、巨人の剛腕が振るわれるが、とっさにカバーに入ったライルが、剣でそれを受け止めた。
とは言っても、そこは質量差がものをいい、あっさりと吹っ飛ばされる。が、壁にぶつかる直前に、身体を捻り、壁に『着地』。
「どうも、そいつも霊体みたいだよ!」
殴られたときの感触から、そう判断するライル。どうも、さっきのは、拳だけの物理属性をあげたようだ。
「なるほどね、じゃあ……」
クリスが詠唱に入る。それを見て、アレンとルナがサポートのため動いた。
「喰らえ! 剛雷戦牙!」
「『ホーリィショット!』」
気功を使った技は、幽霊にもダメージを与えられる。そして、ルナの放ったのは対幽体用白魔法だ。決定的なダメージにはならないが、それでもひるませることはできる。
「『世界の理より外れしものよ、神の光の元に滅せよ。ゴッデス・サイ!!』」
直後、集中していたクリスが一気に詠唱をすませ、複数の光弾を放つ。自動追尾の光弾は、一つ一つ、正確に巨人に命中する……が、
「……はは、あれで無傷?」
いくつか風穴が開くが、霧状の霊気でできた巨人なので、あっさりと回復。若干(ほんのちょっと)削られた霊力分、小さくなったが、ダメージなしと言って差し支えないだろう。
「……ちまちまやってても、無駄みたいだね」
吹き飛ばされて離れていたライルが戻ってくる。アレンとルナも集まる。巨人の方も、さっきので少し警戒したのか、動きを止める。
「仕方ないから、ライル。前にやった、あのデカイので一気にやっちゃいなさい」
ライトニング・ジャッジメント。確かにあの魔法なら、あの程度の敵、わけはない。霊体にもちゃんと効くし。しかし、
「……アレはシルフィがいなきゃ使えないんだよ」
そう。こんな設定もあったのだ。
「あれ? あの羽虫、今日いないの?」
透明化した場合、ルナ達にはシルフィの姿が見えないので、ルナ達にはいないことがわからなかった。
「うん。それに、召喚しようにも、時間がかかるし、アレン一人で抑えておくのは難しいだろうし」
魔法使いの最大の弱点が『呪文の詠唱時間』である。省略などの技術も、高位の魔法になると使えない。だから、戦闘時には前衛を務める戦士などとパーティーを組むのが常識なのだが、この場合、巨人がライルとアレン二人がかりでなんとか抑えられるくらいの強さなので、ライルが詠唱のため、抜けるわけにはいかないのだ。
「つーことはだ。俺とライルが押さえている間に、ルナのあの『クリムゾン・フレア』とかいうやつで」
「ま、それが一番かしらね」
「……だね。僕も、一応手がないわけではないんだけど、そっちの方が確実かも」
クリスが不用意な発言を漏らす。
「なによ。他に手があるんだったらそっちにしましょ。あの魔法、すごく疲れるんだから」
「え? で、でも……」
「つべこべ言わない! ほら、あいつもしびれを切らしたみたいよ!」
気が付くと、例の巨人がのっそりと動き始めていた。
「あー、もうどっちでもいいから早くしてくれよ!」
それを見てアレンが飛び出していく。続いて、ライルもアレンとは別方向から突進していく。
「私も魔法で牽制しておくから、しくじらないでよ」
と、ルナも少し離れる。
クリスだけが、一人、戦列から離れたところで、責任の重さに押しつぶされそうになっていた。
「……ったく、何で僕に押しつけるかな」
はっきり言って、あまり自信がなかった。なんというか、あんまり試したことのない手だし、やはり、ルナに押しつけ……もとい、任せて置いた方がよかった。
などと、うじうじしている間にも、例の巨人とライル達の戦闘は続いている。
「やれやれ……」
ため息を一つ着いた後、顔を引き締める。
ルナとアレンの攻撃がすり抜けたことと、あいつの攻撃を喰らったライルの意見からして、あれが一応幽霊の一種であることは多分間違いない。
とゆーことは、あいつを倒すには、攻撃系か浄化系の白魔法、もしくは霊体にも効果のある上位黒魔法、古代語魔法、精霊魔法。
このうち、僕の手持ちの黒魔法や古代語魔法じゃ全然駄目。白魔法は、まだ勉強中で、さっきの『ゴッデス・サイ』が最強。
となれば、残りは精霊魔法だけ。普通なら、これはライルの専門分野なんだけど、
「『大地の精霊王よ。我と汝の盟約に従い、我が魔法の成就に力を貸したまえ』」
僕の足下に六芒星が描かれる。そこは精霊界への扉となり、あちら側から力が流れ込んできた。
もともと、地精霊は幽霊とか、そーゆー方面に滅法強い。白魔法に比べると、一歩劣るが、それ以外なら、大地の精霊魔法が一番効果的なのだ。
ライルは、全部の属性いけるけど、風が特に得意なので、逆属性の地は今一つらしい(と言っても、一般人とは比べるべくもないが)。
だから、こと大地の精霊魔法については、精霊王の力を一部だけでも扱える僕の方が威力は大きいのだ。
ガイアの力を借りている今の状態なら、あいつを倒せるだけの魔法を使えるかもしれない。
そして、僕は精霊王の力に翻弄されそうになりながら、一言一言、噛み締めるように詠唱を始めた。
「『理よりはずれ、現世を彷徨うものよ。生者に害をなす、哀れなる者達よ。母なる大地の導きにより、冥府へと旅立て!』」
見ると、ライル達は巨人が放った無数の触手にやられる瞬間だった。
でも、ぎりぎり間に合ったようだ。
「クロウシード流奥義之壱! 神龍雷光烈破!」
アレンが奥義を放ち、巨人を吹き飛ばす。直後、アレンの後ろにいたライルが飛び出し、聖剣ホーリィグランスによる一撃を喰らわした。
アレンのように、気功などこめていないが、風の精霊魔法によって強化されたスピードによる一撃は、充分な威力を発揮する。
「『ホーリィショット!』」
ちなみに、ルナはと言うと、攻撃が激しすぎて詠唱時間がとれず、結果唯一詠唱なしでダメージを与えられるホーリィショットを連発して牽制していた。
あんまり役に立ってないが。
「うっさい!! って、あぶな!?」
いきなり、巨人の手が伸びてきてルナの額を貫こうとする。紙一重でかわすが、髪の毛が何本か持っていかれた。
「っのぉ!」
伸びきった腕をアレンが斬り飛ばす。
しかし、切断された腕が本体の方に飛んでいき融合。あっさりと回復した。
「う、やってらんないぞ、実際」
「確かに、全然効いている気がしないね」
なんせ、いくら斬ろうが、すぐに再生するのだ。斬った箇所の霊力分、ダメージは受けているようだが、そんなもの蚊に刺された程度にしか感じてないだろう。かといって、ルナのホーリィショットなんかじゃあっさり無効化してしまっている。
ライルが完全に前衛を務めているため、魔法を使えないのがかなりマイナスになっていた。
ある意味、以前のスレインより戦いにくい。完全に理性をなくしているので、攻撃の苛烈さが半端じゃない。致命傷さえ受けていないものの、アレンは細かい傷がいっぱいだし、ライルもそれなりに血を流している。唯一の救いは、防御がお粗末なのであっさり攻撃が入ることだが、傷つけられないなら意味がない。
「でも、この不死身は本当にそれだけか!? おい! なんか納得いかねえぞ!?」
「僕がわかるわけないでしょ!!」
「あんたらごちゃごちゃうるさい! クリスがなんか手があるってんだから黙って戦いなさい!」
などと、叫びながら攻撃をかわしていく。
もう、こっちから攻撃するのは半分諦めていた。つーか、防御だけで精一杯。なんせ、全身から触手を放ちだしたのだ、このでくの坊は。
四方八方から襲いかかる触手。ルナの方には数本しかいかないように、男二人が奮闘中。
でも、それももう限界かと思われたその時、クリスの叫ぶように、魔法を放った。
「『ベリアル!』」
そして、地面に黒い穴が開き、巨人を飲み込んでいった。
「で、説明して欲しいんだけど?」
ルナが怖い顔で幽霊少女に詰め寄る。でも、はっきり言って、責任の何割かはルナにもあるような気がする。
「え、えーと……」
少女は、しどろもどろに話し始めた。
その話を要約するとこうだ。
この少女の両親は、貴族だが、高名な神官も兼ねていたらしい。それで、さっきの巨人……グレートスピリットを偶然発見した彼女の両親は、退治を試みたが、失敗。娘の彼女共々殺されてしまうが、なんとか封印することには成功する。
しかし、ここで問題が。
何とか封印を施したグレートスピリットだが、いくらかの力は行使できたらしい。封印された恨みからか、この少女を現世に縛り付けた。
それから約20年。最近になって、幽霊が出るとの噂が立ったこの屋敷に、何度か教会の調査団が来た。これ幸いと、彼らに相談しようとするが、彼らは少女を成仏させることだけが仕事なので、話を聞いてくれもしない。
そんなこんなで困っていたところにライル達が来て、問題のグレートスピリットを倒した、というわけだ。
「つーことは、あんた実はすごい年上なわけ?」
「た、確かにそーなんですが、もう少し言い方というものを……」
困ったようにルナになにか言おうとする少女。……が、二度も殺されかけた(変な言い方だが)からか、びくびくして言い出せない。
「?? どーみても年下だろう?」
アレンは分かっていない様子。
「で、元凶は消えたわけだから、成仏できるんだよね?」
ライルが、確認のため尋ねる。案の定、少女は明るい顔になって、
「あ、はい! そうです。その節はどうもありがとうございました」
とても嬉しそうだ。そりゃそうだろう。20年もこんな所に一人でいたのだ。
「一つ気になるんだけど、どうして、その教会の人達が来たとき成仏させてもらわなかったの? 別に、グレートスピリット……だっけ、のことなんて無視したらよかったんじゃ?」
「そんな無責任なことできませんよ。あれだけの規模の霊がいきなり出たらたくさんの人が死んじゃいます。せめて、誰かに教えてから、と思って」
ずいぶん責任感の強い少女である。
「でも、その心配ももうなくなりました。そろそろ、お別れですね」
ふわっ、と少女が浮いていく。
「あ、そうだ。私の名前はフィオナです。フィオナ・アーキス。一応、覚えておいてくれませんか。私、お墓もないので……」
と、少し哀しげに付け加える。
そして、フィオナの身体はすぅ、と消えて……………いかなかった。
「……あんた、なに感動のシーンでボケかましてんのよ」
ルナの容赦のないツッコミ。しかし、フィオナには聞いておかねばならないことがあった。
「そーいえば、成仏って、どうやるんでしょうか?」
ライル達は、それは見事なスライディングを決めた。
そして、そのスライディングがとどめだった。
ゴゴゴ……と不気味な音をたてて、地下が、いや、屋敷全体が崩れだした。
もともとボロだった上に、さっきの戦闘がとどめだったらしい。
「と、とりあえず、逃げよう!」
ライルが呼びかける。すぐ、全員動き始めるが……
すでに入り口はふさがれていた。
結局、ライル、ルナ、クリスが全員がかりで結界を張り、後、アレンが瓦礫を吹っ飛ばして脱出した。
ついでに、件の幽霊少女は、なぜかヴァルハラ学園に住み着いた。
そのおかげで、ヴァルハラ学園七不思議が実に倍になってしまうのだが、まあ、これは別の話である。