「……パーティ名、なんにする?」
「どうせただの登録名でしょ? なんでもいいわよ。覚えやすいのだったら」
「じゃ、『ライル&ルナ』で」
「……もちっとましなの」
「なんでもいいって言ったじゃないか」
「ダサい。最悪のネーミングセンスね」
「ひどっ!」
と、古びた建物の一角で、ライルとルナは一枚の紙を前に話し合っていた。
建物は、冒険者ギルド。紙はパーティ登録書。
卒業後、冒険者となる予定の二人は、休日を利用してギルドに登録に来たのであった。
第182話「小さな騒動」
そもそも、冒険者がソロで活動することは、ほぼ皆無と言っていい。中には一匹狼を気取って、決して他人と群れようとしない連中もいるが、そういった冒険者になるためには相応の実力が伴っていなければならない。
大多数の冒険者は、パーティを組んで仕事に取り組んでいる。
これにも二種類あって、ある程度固定したパーティを組む者たちと、仕事仕事で集まったメンバーと組む者たち。まぁ、固定したパーティを持ちつつも、仕事によっては適当な者と組む場合もあるが、おおむねこの二種に分かれる。
だが、ギルドとしては前者を全面的に推奨している。無論、仕事によって、適した能力を持つもの達で組むことによる利点もあるだろう。しかし、普段から固定されたパーティの方がチームワークなどの面で圧倒的に優れている。そして、たいがいの場合、前者による利点は後者による利点に敵わない。
とまぁ、そんなわけで、固定パーティの場合、届出をすることでいくらか他の冒険者よりも優遇してもらえるのだ。
「でも、二人だといまいちねぇ……やっぱ、アレンかクリスあたりを引っ張ってこようか?」
「やめときなよ。アレンは四月から新婚さんだし、クリスはクリスで、忙しいっぽいし」
ギルドの受付の人に変な目で見られながらも、パーティの届出を完了したライルとルナは、ギルドの一角、パブになっているところで昼食としゃれ込んでいた。
年若い二人に、ちらちらと他の冒険者達の視線が突き刺さるが、そんなことを気にする二人では当然ない。
「しっかし、始めはDランクからしか受けられないのよ? 前ン時、カイナと一緒にモンスター退治に行ったのはどうなってんのよ」
「まぁ、アレも実績っちゃあ実績だけど。あくまで、授業の一環であって、しかもカイナさんたちにおんぶに抱っこってことになってるだろうし」
冒険者に訪れる依頼は、その難易度によってE〜Aまでのランクに分かれる。ギルドも、紹介した仕事がこなされなければ信用問題となるので、高ランクの仕事に関しては、それなりの実績を持った冒険者でないと回さない。
昔は、そこら辺は各ギルドの責任者の判断で行っていたのだが、近年ライセンス制度を大々的に刷新し、冒険者にもランクを付与することとなった。
卒業と同時に冒険者ライセンスを受け取ることになる二人のランクは、当然のことながら最低のE。ちゃんとした教育を受けた人間であると言う事、また固定パーティであると言う事で、なんとかDランクの仕事から始められることになったのだが、ルナはかなり不満であった。
今の魔法の研究で、竜の心臓とか血とかが欲しかったのだが、当然ドラゴン退治などというAオーバーの仕事が受けられるはずもない。別に、情報を集めるだけ集めて、勝手に退治しに言ってしまってもいいのだが、下手な横槍を入れるとギルドから眼をつけられかねない。
一応、しばらくはこの稼業で喰っていくつもりなので、冒険者ギルドからハブられたら少々面倒なことになる。
「あー、もお。ぱーっとAライセンスとるわよ。とっとと駆け上がらなきゃ」
「そういえば、カイナさんたちもAライセンスだったよね。見かけないけど」
と、話している二人の横に、大きな影が立った。
「カイナたちなら、今は仕事だぜ」
「……あ、そうなんですか」
現れたのは、もじゃもじゃした髪とたっぷりのひげを蓄えた無骨な男。背後には、いかにも小物でございといわんばかりのやせっぽちの男と、小太りの男がそれぞれ控えている。
なにやら、叩きつけられる敵意に、面倒な気配を感じつつ、ライルはさりげなく腰を浮かせた。
「お前ら、前カイナたちが世話したっつー学生だろ? なんか面白いこと言ってたな。とっととAライセンスを取るんだって?」
「はぁ、あの。まだ世間を知らない学生の言う事ですから、そんな気になさらなくても」
ひたすら低姿勢でライルは場を納めようとする。
所謂新人いじめだろうか。しかし、まだ学生の自分達にちょっかいかけるとは、なんとも大人気ない連中である。
「まぁな? 気が大きくなるのはわからんでもないがなぁ。この業界、つっぱってるとすぐ死ぬことになるぜ? 仕事もそうだが、なんせ冒険者っつーと荒くれ者が多いからよ。気に入らん人間は、後ろからぶすっとされることもあるんだぜ?」
馴れ馴れしくライルたちのテーブルに腰掛けたひげもじゃはそう忠告という名の脅迫をしてくる。
「肝に銘じておきます」
別に、プライドとかはあんまりないライルは、適当に頭を下げて場を収めようとする。その態度に気をよくしたひげもじゃ(すでに名前を覚える気はない)は大きく頷いて、
「そーかそーか。なら、春からは俺の言う事をよく聞くんだぜ。ああ、酒の一杯も奢ってやろうじゃねェか」
どうせ、春からはアルヴィニアのほうに行くつもりであるライルは、心の中で舌を出しながら、適当に愛想よく対応する。
「おい、そっちの女。酌」
ド阿呆ォォォォォーーーー、とライルは思いっきり叫んだ(心の声で)。
突き出されたグラスを、冷めた目で見るルナ。
アカン、アカンて。こげなとこで騒ぎ起こしたら出禁くらってまうて、とライルは必死のジェスチャーでルナに自重するよう伝える。
ルナはふとため息を漏らすと、ひげもじゃが注文したウイスキーの瓶を手に取った。
そうだ。たかが、酒を注ぐだけ。あのルナとて、そんなことを要求されたくらいで……
「おっと、手が滑った」
ひげもじゃの手が、ルナの胸をタッチする。
ヒィィィィーーー、とライルはムンクの叫びみたいになった。
「あはは」
ルナは、笑った。ひげもじゃは、それに気をよくしてさらに触れようとするが、寸前でルナはその手を掴む。
ヤバイ。アレはヤバイ。笑ってはいるが、かつてない怒りがルナの胸中を荒れ狂いまくっている。
「ざけんな、ひげもじゃ」
んで、ルナはひげもじゃの顔に思いっきりウイスキーをぶっ掛けた。ぷーん、と辺りにアルコールの強烈な匂いが漂う。
ひげもじゃの顔から表情が消える。後ろにいた彼の舎弟も、すぅ、と雰囲気を変えた。
「……オイオイオーイ? これはなんの真似ダァ?」
内部で荒れ狂う怒りを必死で抑えながらひげもじゃが声を出した。
「うるさい、ひげもじゃ。セクハラひげもじゃ。ひげもじゃのくせに盛ってんじゃないわよ。ほら、大好きな酒もっと上げるから、とっとと帰って寝ろ」
ルナは、まだ瓶に残っていたウイスキーをだばだばとひげもじゃの頭からぶっ掛けた。
血管が浮き出るのほどの怒りを堪えていたひげもじゃは、そっと腰にある曲刀に手を伸ばす。
「オーケーオーケー。わかった。つまり、だ」
そして、すらっと濡れたような刀身を引き抜いた。やめろよ、という声が方々から上がるが、頭に血の昇ったひげもじゃは止まらない。
「お前、その腕の一本くらいはいらないってことだよな、これは!?」
「待った! 暴力反対!」
ライルは対峙する二人の間に割って入る。
「もうおせェ!」
「馬鹿ッ、お前じゃないよっ!」
ひげもじゃの方を叱り飛ばして、ライルはルナに向き合った。
笑顔のまま、両手に恐ろしい魔力を集中させている。まだ魔法は発動していないというのに、空気が焦げる嫌な匂いがした。
「ね、ねえルナ。お怒り、ごもっともだ。でもさ、酒をひっかけたことで、両成敗ってことで大人しく引き下がる……つもりがあるわけないですね、すみません」
ギロリ、と睨まれて、さらに腕の一本を向けられて、ライルはすごすごと引き下がった。
そういえば、ルナはこういうことに異常に厳しい。純情と言えば聞こえはいいが、要するに堅物なのである。しかも、お仕置きに上限というものがない。
「おいおい。魔法使いのお嬢ちゃん。なんだそれ? まさか、この俺とやりあう気か?」
ひげもじゃは、それにまったく頓着せず、一歩踏み出す。
もしやこのひげもじゃ、こう見えてとんでもない実力者なのでは、とライルは思うが、それにしては物腰が隙だらけだ。他の遠巻きに見守っていた冒険者さん達は、早々に避難を開始ているし。
「それじゃあ、しばらく寝てなさいセクハラヤロウ」
そして、ルナは魔法をぶっ放した。一応、周りに配慮したのか、範囲を極小に絞ったエクスプロージョン。
ひげもじゃ、あっさり吹っ飛ぶ。ひげもじゃ、テンカウントしても起き上がらない。アニキー、と舎弟たちが駆け寄る。
「なによ。口だけね」
「……いや、本当に」
よもや、ここで一戦交えることになるのかとハラハラしていたが、あの程度の実力だったとは。
「まったく。お前ら、なにやってんの?」
「あれ?」
呆れた声が、後ろからかけられる。
「カイナさん?」
「よっ」
振り向いてみると、昨年夏、冒険者としての仕事をこなすというミッションで監督役を務めてもらった女傑、カイナが立っていた。
「あー、そりゃ災難だったな。あのひげもじゃ、新人いびりが趣味のやーな奴でな。自分もDランクのくせに」
からからと笑いながら、カイナがエールを空ける。
どうやら、今日は彼女だけらしい。仲間の魔法使いと僧侶は先に帰ったようで、カイナだけ酒を呑みに来たそうだ。昼間っから酒をかっくらうカイナに、ライルは少し眉を潜めるが、周りを見ても割りと酒を呑んでいる連中は多い。
どうやら、冒険者というのは、総じて酒好きが多いらしい。
「で、お前らは、パーティの登録か?」
「ええ。仮ライセンスが発行されたんで。再来週には、卒業式で、その時に本ライセンスはもらえます」
「そっかー。お前らもとうとう、こっちの業界に来るかー。まあ、実力は申し分ないけど、最初は慎重になー」
まぁ呑め、とカイナから差し出される酒瓶から微妙に避けながら、ライルはそっとルナを観察する。
「あに?」
「なんでもないよ」
どうやら、機嫌は直ったらしい。まぁ、あれだけ盛大にぶっ飛ばせばそりゃ直りもするだろう。
しかし――
「やっぱり、前途多難だよなぁ」
相変わらずの鉄砲玉っぷりに、ライルは思わずそんな言葉がこぼれてしまった。
まぁ、慣れてはいるし、こんな感じになるであろうことは当初から予想済みだ。なんとかやっていくしかないだろう。
そう、決意を新たにして、ライルは進められた酒を瓶ごと呑み干した。
「おお〜、いい呑みっぷりだ」
ライルとて、たまには呑みたくなるときもある。いや、もちろん、将来のことを憂えてのこともあるが、
……明日からは、卒業式の準備だった。