クラスの中は騒然となっていた。

なにせ、いきなりやってきた謎の少女が、クラスメイトの婚約者発言である。騒動には慣れている3年A組のメンバーとは言え、この奇襲には対応し切れなかった。

「お、おい、ライル。どういうことだよっ!?」

「こんないたいけな少女に手ぇ出すなんて、鬼畜かお前は! アレンと同じ人種だな!?」

「いい子ぶっても、所詮お前もルナ組か!」

「ていうか、お前にはルナがいるだろうが。その子は俺に任せろ!」

やいのやいの。

「だああああ!! 落ち着いてくれ、みんな! それから最後のだけは聞き捨てならないよ!?」

いきなり問い詰められて、パニックに陥りながらも、ライルは反論する。

ちなみに、問い詰めてくるのは男子だけだ。女性陣は、遠巻きに見守りながらひそひそ噂話をしている。ある意味、直接なにか言われるよりキツかった。一体、どんなことを噂しているんだろう。

「あらあら、なにー、ライル? 冷たいわねー」

「お前は黙ってろ!」

ニヤニヤ笑いながらそんなことを言うシルフィに、ライルは全力で突っ込んだ。

 

第163話「シルフィ、デビュー 中編」

 

ガラッ

「お前らー、席に着けー」

そんなことをやっていると、担任のキース先生がやって来た。

キース先生は、なにやら教室内がいつもより騒がしいことを不思議に思い、原因を探す。ふと見慣れぬ女子がいることに気が付き、隣に立つライルを見て、はぁ〜〜、と大きなため息をついた。

「またお前らか。そっちの子はなんだ?」

「また、ってどういう事ですか先生?」

少なくとも、ライルにはそんな風に言われる心当たりはない。いや、自分の友人たちには、心当たりありまくりだろうが、なぜ自分がそれに巻き込まれなくてはならないのだ、と理不尽に思う。

「はーい、こちらのライルの婚約者です」

しかし、そんな反論をあざ笑うかのように、シルフィが手を上げてまた婚約者宣言をした。口の端に上る笑いが、彼女の内心をこれ以上なく表している。

「あ〜」

キース先生は頭を抱えた。

また厄介な事を……と苦悩しているのがありありと見て取れる。

「せ、先生? 本気にしないでください。コイツは、面白がっているだけですから……」

「じゃあ、お前らどういう関係なんだ?」

うぐっ、とライルは詰まった。

「た、単なる知り合いです」

「とてもそうは見えないが」

「え?」

見ると、いつの間にかシルフィがライルの腕を取って、これ見よがしに二人の関係を主張していた。ライルはなんとか腕を引き抜こうとするが、巧みに拘束され、逃げることが出来ない。

「気にしないでくださいー。ライル、照れてるだけなんで」

「なにをうわらばっ!?」

文句を言おうとライルが口を開くと、更にくっついてきた。所詮、シルフィとは言え、人間状態でこれだけ密着されると流石に慌てざるを得ない。

それをどう解釈したのか、キース先生は『ほどほどにしとけよ……』と諦めた風に呟いて、何事もなかったかのように出席を取り始めた。

「せ、先生?」

「なんだ、色男」

「“これ”、放っておいていいんですか? このクラス……どころか、この学園の生徒ですらないんですが」

「知るか。俺はこれ以上仕事を増やしたくない。勝手にしろ。大人しくしときゃ、誰も文句言わないだろ」

「そ、そんな適当な……」

あまりに投げやりな対応に、ライルは絶望する。

ライルと同じ椅子に無理矢理座っているシルフィは、してやったりとニヤリ笑いをする。

(絶対、楽しんでるだろ、お前)

(もっちろんよ)

ジト目で睨みつつ、テレパシーで文句を飛ばす。しかし、当然のようにシルフィは頷いて見せて、まったく悪びれもしない。

その態度に、ライルは顔を引きつらせた。

その様子を観察していたクラスメイトたちは、目と目で通じ合っているような二人にさらに疑惑を深める。

「あ〜、連絡事項は特にない。次の授業は俺の担当だが……自習とする」

「ちょっ!?」

ホームルームの終了間際、キース先生がとんでもないことを言い出したのを聞いて、ライルは思わず立ち上がった。他の生徒たちは、ひゃっほー、とはしゃぎまわり、先生わかってるぜ! と囃し立てている。

「な、なんでですか? 今日は、期末テストのため、大切なところをやるって言ってたのに!?」

「ライル。俺はな、授業にならん授業をするつもりはないんだ」

「そ、そんな無責任な……」

「ちなみに、責任は俺ではなく、お前にある。恨むなら、お前の婚約者とやらを恨め」

じゃあな、と手を上げて、キース先生は去っていった。

その背中を掴もうと手を伸ばすライルだが、当然のように届かず、ガクリとうなだれた。

キース先生は教室を出ると、ぴしゃりとドアを閉める。まるで牢獄に閉じ込められたようにライルが感じる――暇もなく、クラスメイトが再びライルの席に殺到してくるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、どこ出身なの?」

「何歳? 私たちより年下だよね?」

「綺麗な髪だね〜。なんていうか、神秘的な感じ」

かくして、ライルの席に座っているシルフィは女生徒に囲まれ、その主たるライルはその輪から弾き飛ばされて男子たちに囲まれていた。

「おら、なにか言い訳をしてみやがれ」

「婚約者だと? 俺が今まで恋人の一人も出来たことがない事を知っての狼藉か」

「つか、このクラスで女っ気があるのアレンだけだけどな」

「否、ここに一人増えた。これは、クラスの人間に対する重大な裏切り行為だ。糾弾する必要があるとは思わんか諸君!?」

そーだそーだの大合唱。

ライルは頭が痛くなった。

まぁ、簡単に言えばやっかみということになるのだろう。しかし、それは見当外れもいいところだ。シルフィはライルにとって、厄介な居候程度の存在でしかないし、女性を感じることなど殆どない。

なんのつもりで――確実に、面白いからだろうが――婚約者などと称したのかは知らんが、まったく余計な真似をしてくれたものである。

「あのねぇ、君たち……」

そこら辺の事情を、なんとかオブラートに包んで説明しようとすると、女生徒のほうに異変が起こった。

「ちょっと、シルフィ」

「あら、ルナじゃない。なに?」

ルナがシルフィの接触。

ああ、そういえばルナはライルの幼馴染だっけ? じゃあシルフィちゃんと知り合いでもおかしくないわねー、と呑気なことを話し合う女子たち。

「なに? じゃないわよ。なんのつもり?」

「なんのつもり、ってなにが?」

ルナの眼が、すっ、と細まる。

おお、ルナ。僕に代わってシルフィに文句を言ってくれるんだね? ガンバレー。とライルが百パーセント他力本願に応援する。

「なんで、こうやって学園に来れるんならもっと早く来なかったのよ。本気でどつきあえるのがいれば、学園生活ももっと面白かったのに」

「ゴメンねー。でも、これ多分今日限定だしー」

ひらひらと手を振るシルフィ。

ライルは、味方はいないのか味方は、と天井を仰いでいた。

「……ふん。なるほど、そゆこと」

ルナが、シルフィの正体が人形であることを看破して、一つ頷いた。

「うん。まぁ、この手のは私には使えないから、知り合いに頼んだの。まぁ、毎日引っ張りまわすわけにもいかないし」

「もっと粗いのなら私でもできるだろうけど……本人とまったく変わらない精度の影、って無茶苦茶じゃない」

「まーねー」

周りの人間にはわからない程度に省略して、会話を繋げる二人。

個性が強い二人だから、ぶつかることも多いのだが、やはり基本的に仲は良いのだ。

「どれ……『エクス』」

だっ、と二人を囲んでいた女子生徒たちが避難を始める。

エク、の時点で反転し、スの時点で走り出していた。少し離れていた男子も同じようなタイミングで逃げている。……良いか悪いかはともかく、ルナの行為によって、クラスメイトたちの危機回避能力はむやみやたらに向上しているらしい。

「『プロージョン』」

そして、爆発……しない。

「なんのつもりよ」

つまらなそうな顔で、シルフィが手を伸ばしている。

その手の平には、今にも炸裂しそうな炎の魔力が留まっていた。周りを高密度の風に包まれ、外へ出ることを封じられたエクスプロージョンの魔法である。

「いや、魔力はどんくらい使えるのかなーって」

「使えなかったらどうするつもり?」

「それなら、あんたに一発かませるじゃない?」

ぴくり、とシルフィの口元が歪む。

……なにか、ひどく嫌な予感がした。

「み、みんな、即刻避難―!」

ライルが叫ぶ。

この状態になって、何度ライルの部屋がメチャクチャにされたか。

「今はグランド、人いないし、外でやるわよ」

「……む、わかったわよ」

とっとと窓から飛ぶシルフィを、ルナが追いかける。

直後、グランドでどっかんどっかんと爆発魔法がはじける音が聞こえた。

恐る恐る窓に寄った3年A組の生徒は、目を丸くする。

ライルの婚約者だという、よくわからない女の子が、ルナと互角にじゃれあっているのだ。もはや、天才と通り越して天災の異名を誇るルナと互角にやりあう人間がいるとは思っていなかった彼らは、あらゆる意味でシルフィを畏怖する。

「シルフィは、ああいうやつなわけなんだけど……」

まぁ、それでも教室内でぶっ放さないだけ、ルナよりはシルフィの方が理性があるといえるのだろうか。

ぶっちゃけ、年の功……げふんげふん。

「これでも、うらやましいとか寝言言うつもり?」

ライルは、男子たちを睥睨しつつ、訪ねた。

首を縦に振るものは、一人もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜、あんたとやりあうのも久しぶりだけど、随分腕上げてんじゃない」

「う、る、さいわね! んなこと言ってる余裕あるの?」

「いや、ないけどさ。この体が吹っ飛ばされても、痛みはないわけだし」

ルナの攻撃を適当にいなしながらシルフィが飄々と言ってのける。

「ま、ここらへんにしない? やりあいたいなら、言ってくれりゃ付き合うからさー。私としては、もうちょっと学園生活を楽しんでみたいわけよ」

「でもねー、学園でやりあうのは、これが最後だろーし」

「まぁ、あんまりないシチュエーションではあるけど……」

シルフィは、ちらりと教室を見る。

そこでは、今日限定のクラスメイトたちが、こちらを変な目で見ていた。

「……あんたと同類に見られた気がする」

「ん? 私と同類……って、クラスのアイドル的存在?」

「寝言は寝てから言いなさい」

シルフィが一言で斬り捨てると、ルナはこめかみを引きつらせた。

「そゆこと言う?」

「当たり前じゃない。アンタはあれよ、アイドルじゃなくて、ヒール(悪役)よ」

「ほう……」

ルナの、非常に千切れやすい堪忍袋の緒が切れた。

「いいわ。今は、魔法学の自習の時間。千年以上無駄に生きてるあんたの、カビの生えた知識を教授してくれないかしら? もちろん、実践で」

安い挑発に、シルフィの感情は元々低く設定されている沸点を軽く突破した。

「へぇ、いいわよ。怪我してもいいってんならね」

「望むところよっ!」

二人の喧嘩は、授業終了のチャイムがなるまで続いたという。

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