現在朝6時。朝早く僕たちは集まった。

タラス遺跡までおそらく明日の昼までには到着するだろう。

みんな昨日買った服を着て、それぞれ武器を携えている。

ちなみに、共同の荷物………食料とかテントとか………は、体力のある僕とアレンが持っている。

いや、別に不満があるわけじゃないが、少しくらい持ってくれてもいいと思うんだけど?

「いいじゃない。か弱い私達にそんな重いもの持たせる気?」

「そうだよ。僕とルナは肉体派じゃないんだから」

…………またこれか……

「一応確認しておくけど、また僕、声に出してた?」

「気付いてなかったのか………」

アレンが呆れて言う。

(最近はずいぶんなくなってきたと思ってたんだけど………その癖は一生抜けないね、マスター)

(うるさいなあ。僕はこんなのに一生付き合っていくつもりはないぞ)

(はあ、そんなことがいつまで言えるかしら?)

無視だ無視。付き合ってたら、余計につけあがる。

「まあ、頑張って荷物持ちしてね。さっきも言ったけど私達は本当にか弱いんだから」

ルナが、可愛らしく笑いながら言う。

しかし、何処をとってか弱いと言い張るんだろう?少なくとも、人に向かって平気で魔法をぶっ放す人はか弱くはないと思うぞ。

「………なんですって?」

し、しまった!!!

「いや、さっきのは手違いというか、本音がぽろっと出たというか………」

(いや、マスター。墓穴掘ってるし……)

「『………雷よ我が名に於いて、天空より落ちよ』」

「ちょ、ちょっと待ったルナ!ぼ、僕はこんなところで魔力を無駄遣いしない方がいいと思うよ!!!」

「んなもん知ったこっちゃないわ!『サンダーボルト!!』

ピシャーン!!

「にょええええぇぇぇぇぇ!!!??」

………………………

「じゃあそろそろ出発するか?」

「そうだね。早めに出発しておいた方がいいし。ほら、ルナにライルもそんなところでじゃれてないで早く来なよ」

ううう、アレンもクリスも薄情だ…………

 

第15話「ミッションでGO(嗚呼、恐怖のアレ編)」

 

「うーん、なかなかうまい」

おやつとして持ってきたりんごをかじりながらライルが言う。なかなか幸せそうだ。

「ライル、俺にも一個くれないか?」

「いいよ、はい」

ヒュッ!…パシッ!

後ろを歩いているアレンに前を向いたままりんごを投げ渡すライル。投げたりんごは、正確にアレンの元へと飛んでいった。なかなかのコントロールである。

「うん、確かにうまいな」

しばし、なごやかな時間が過ぎる。しかし、その時間は後ろから響いた暗い声によって吹き飛ばされた。

「………ていうかね……」

ルナの声だ。おまけに声色から察するに、結構不機嫌。

「何であんた達そんなに元気なのよ!!?」

すでに、体力の限界が近付いているルナ。怒りの矛先は自分よりはるかに多い荷物を背負っているが、平然としているライルとアレンだ。

ちなみにクリスもかなり疲れ気味だ。そして前の二人を見て一言、

「……本当に元気だね」

発する声も弱々しい。

まあ、朝から5時間ぶっ通しで歩き続けたら誰だってそうなるだろう。だがそれは一般人の場合だ。体力的にライルとアレンは一般人とは言い難い。アレンはもとより、ライルもなんだかんだ言って運動能力は常人よりはるかに上なのだ。

「そうかな……普通だと思うけど」

しかし、ライル自身はそれを自覚していない。山奥暮らしが長かったので、こういうところでちょっとずれている。

「まあ、結構な距離を歩いたし、ルナとクリスも限界みたいだから、ここら辺で飯でも食うか?」

アレンがそう提案する。

「うんうん!それすっごくいいと思うな。」

「確かに、お腹も減ったしね」

とたんに元気になるルナと、マイペースを保つクリス。

「じゃ、弁当にしようか」

ライルはそう言って、自分のリュックから手製の弁当を取り出す。いつもよりかなり大きい重箱だ。

「め〜し、めしーー♪」

「アレン、鬱陶しいわよ」

「まあまあ、ルナ。そういちいち睨み付けない」

何とかルナをなだめながら弁当を広げるライル。

「おいしそうだね〜」

クリスが目を爛々と輝かせながらその様を見つめる。アレンほどではないが、この王子様も結構食べることが好きだ。食べる量は普通だが。

「うん。朝早く起きて、頑張って作ってみました」

重箱の一番下には、大きめのおにぎりが10個ほど。きちんとたくあんも添えられて並べられている。二段目にはおかず。唐揚げやら卵焼きやら煮物やら所狭しと詰め込まれていた。

「……ちょっと量が少なくないか?」

そう言ったのはもちろんアレン。しかし、ライルはそんなことお見通しだよって感じに、二つ目の重箱を取り出す。

「はい、これがアレンの分。中身は僕らのと一緒だから」

「おお!さすがライル、気が利くな」

「どういたしまして」

そして、ランチタイムが始まった。

 

 

 

 

 

 

「………なかなかいい味だしてるね」

大好きな煮物を咀嚼してクリスが感想を述べる。

「そりゃどうも」

ライルも二つ目のおにぎりを口に運ぶ。

「でも、俺だけ別の弁当箱って言うのは結構寂しいぞ」

「そんなこというんだったら、食べる量を人並みに減らしなさい!」

「そんなことしたら俺は死んでしまうだろ!なに考えてるんだルナ!」

アレンとルナのやりとりも、いつも通りといえばいつも通り。まあ、平和なものだ。

だがここに一人、平和じゃない者がいた。

(マスター、私のご飯は?)

(…………もし余ったら後でやるよ)

そう、ライルはシルフィ用の食事をすっかり忘れていたのである。

(余るわけないじゃない!マスターは私を飢え死にさせる気!?)

(……お前精霊だろ?食事は必要ないはずだよな)

(えう〜〜〜……ひどいよマスタ〜〜〜)

何ともまあ情けない声である。ライルはふむ……と少し考えて、

(なら花の蜜でも飲んできたらどうだ?)

(あんまりおいしくないのよ〜〜)

といっても、精霊の食事は花の蜜というのが定説だ。改めてシルフィが普通の精霊と少し変わっているということを悟るライル。

(………まあ今回だけガマンしてくれ)

(う〜ん、まあ腹ぺこよりはいいか……)

仕方なしに近くにある花畑にぴゅーっと飛んでいくシルフィ。

やっと静かになったか……ライルが食事を再開しようとしたとき、

「ああああああーーーー!!ルナにクリス!僕の分まで食べたな!!!」

そう、すでに弁当箱は空っぽであった。

「いやーははは……歩き続けだったからついお腹がすいて……」

「……右に同じ」

笑って誤魔化す二人。

「ううううう………」

不幸なライルであった。と、そこに花の蜜を吸いに行ったシルフィが大慌てで帰ってくる。

(どうしたんだシルフィ?)

(マスター向こうに、モンスターがいたよ!)

(………まじ?)

(おおまじ!!)

ライルは疲れたように首をかくっと下に垂らす。

(はあ、戦闘はあると思ってたけど………面倒くさいなあ………)

そして、一分も経たないうちにそのモンスター達……オーガが三匹……はライル達四人と遭遇した。

「ふふふ……歩きづめで結構ストレスもたまってたのよね………悪いけど、私のストレス解消に付き合ってもらうわよ!」

ルナは楽しそうだ。

「うっしゃあ!!てめえら全員ぶちのめしてやるぜ!!」

アレンも楽しそうだ。

「う〜ん。新しく覚えた魔法、試してみようかな〜」

クリスも楽しそうだ。

(よし!頑張れ〜マスター!)

シルフィも楽しそうだ。

「はあ、君たち(オーガーのこと)悪いことは言わないから止めといた方がいいと思うよ」

唯一、ライルが面倒くさそうに剣を構えている。

かくして、戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで、説明しよう。オーガというのは結構強いモンスターである。知能も多少ながらあり、たいていの個体は棍棒などで武装しており、時には冒険者から奪った剣を持っていることもある。

魔法こそ使えないものの、その力は成人男性の軽く2,3倍はある。

大体強さ的には中級。一般人が10人集まってやっと何とか出来るようなモンスターである。

それが三匹。そしてその相手をするのは十代半ばの男女四人。

普通に考えれば、絶体絶命のピンチだろう。

そう、普通ならば………。

 

 

 

「よっしゃいくぞライル!!」

アレンの言葉と共に、ライルもアレンに引き続いて走り出す。

「おりゃああ!!」

気合い一閃。アレンの剣が一番前にいたオーガの腕を吹き飛ばし、そして…

「やああぁ!!」

続けて、ライルの突きが胸の当たりに突き刺さった。生命力の強いオーガが、いきなり重傷を食らう。

後ろでは、ルナが新品の槍を構えて魔法の動作に入っていた。槍の中央の赤い宝玉が魔力の高まりと共に輝く。

「負けてらんないわ!!『我が力よ、無数の光刃となりて敵を貫け。レイ・シュート!!』」

そして、槍の先からいくつもの光の筋が右後ろにいたオーガーに向かって殺到する。それは頑強なオーガーの皮膚をあっさりと貫き、合計5つほどの風穴をあけた。問答無用で致命傷である。

クリスも、両手でしっかりと杖を構える。先端の魔力を増幅させる宝石に意識を集中し、詠唱に入る。

「『地に眠りし水の力よ、今こそ集いて、結せよ。フローズン・バインド』」

左後方の一匹の足下から水がわき出て、それが凍る。

「アレン!!」

「任せろクリス!」

完全に動きを封じ込められ、あがいているオーガーは……

「悪いな、これで終わりだ」

アレンの気功術で切れ味が数段増している剣に、一刀両断にされた。

「『炎を司りしものよ、汝が剣を取りて邪なるものに等しく終焉を……』」

そして、最初に切ったオーガーに、ライルがとどめとばかりに魔法を放つ。

「『サラマンダー・ブレイズ!!』」

片腕を失っていたオーガーは、あっさりと灰になった。

 

 

 

 

(別に、急いで報告する必要もなかったわね……)

(う〜ん、確かに……)

結局、遭遇してから5分と待たず決着はついた。本職の冒険者のパーティーでもこうはいかないのではないだろうか?

つくづく常識離れの四人である。

(私も少しは参加したかったなあ……)

(シルフィ。このメンバーじゃ、よほどのことがない限りお前の出番はないと思うぞ)

(えーー!つ〜ま〜ん〜な〜い〜〜〜〜!)

(えーい、やかまし!!)

駄々をこねるシルフィを適当にあしらい、荷物をまとめる。

「んじゃ、出発しますかー!」

嫌に晴れ晴れとしたルナ。しっかりとストレス解消は出来たようだ。

………普通、結構えぐいモンスターの死体なんか見たら意気消沈するのが正常だと思うのだが。

 

 

 

 

 

「それでクリス、今どこいらへんなんだ?」

現在5時。少し暗くなってきたので、今日はここまでにしキャンプをはった一行。

とりあえず、現在の行程の確認だ。

「え〜とね、大体今いるところがこの川のここら辺だから……多分明日の10時くらいにはタラス遺跡に到着すると思うよ」

「予定より結構早いね」

「まあ、昼のオーガーの一件以外は特にトラブルもなかったしね」

ライルのちょっとした質問にも律儀に答えるクリス。ちなみに、彼は地理に明るいので道案内役だ。

「んじゃ、とりあえず飯だな」

「………分かっちゃいたけど、そればっかりだねアレン」

「腹が減っては戦は出来ぬと言うじゃないか。ライル、そんな事じゃ前線を預かるものとして失格だぞ」

「はいはい………じゃあ、僕は準備してくるから」

と、そう言って食事係であるライルは立ち上がる。

「ちょっと待って」

「なにルナ?何かリクエストでもあるの?」

「違うって。いっつもライルに任せっきりだから、たまには私が料理しようかと思って」

ピシッ!

その言葉を聞いた瞬間。ライルの頭は凍り付いた。

忘れているかも知れないが、ルナは子供の頃ジェノサイドコック・ルナとまで言われ畏れられた殺人料理の作り手である。(最も、そのあだ名を言っていたのはライルだけだったが。犠牲者が彼だけだったので仕方ない)

15歳の今、その料理人がどのように成長したかはライルも知らない。ただ、ろくでもないことになると言うことだけは、理性ではなく本能のレベルで理解していた。

(料理だって?誰が?………ルナが!!?)

完璧に錯乱状態である。

(こ、殺される!!)

そんなライルの苦悩を知らず、残りの犠牲者となる二人は。

「おお〜。そう言えばルナの料理って食べたことなかったな。たまには女の子の手料理ってのも悪くないかもしれん」

「うん、楽しみにしてるよ」

と、呑気にそんなことをのたまった。

「ちょ、ちょっと待った!ルナがする必要はないよ!僕が作るから………」

そこまでいたところでガシッ!と両手を掴まれる。

「まあそう言うなライル。さっきも言っただろ。ルナのだとはいえ女の子の手料理ってのは嬉しいもんだ。味はそう気にしないよ」

「アレン!!その意見はとっても間違っている!!!後から後悔しても遅いんムガッ!………」

クリスがライルの口をふさぐ。

(クリス〜〜〜!!お前もかーーー!!)

「じゃあ、俺たちは食べられそうな果物でも探してくるから」

「分かったわ。帰ってくるまでには作っておくから」

「ムゴ〜〜〜!!(やめろ〜〜〜!!)」

ライル話す術なく引きずられていく。全筋力に関してはアレンにとても敵わない。

かくして、悪魔は解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へへーーこれがルナちゃん特製カレーライスだよ!」

そう言って誇らしげに取り出したのは、一応見た目とにおいだけはまともなカレー。

「へぇー。ルナのことだからもっとひどいのを予想してたけど、おいしそうじゃない」

「ホントホント。多少まずくても我慢する気だったんだけどなあ」

「なによ二人とも。その台詞は。……まあ自分でもうまく行った方だと思うけど」

料理がうまくいって機嫌がいいらしい。いつもなら怒っているような言葉も平然と聞き流している。

「…………………」

だが、その中でライルだけは浮かない顔をしていた。

(マスター。前と違って材料はまともなんだからちゃんと食べれるんじゃない?)

(甘いぞシルフィ。それはフェイントだ。子供の頃何度見た目に騙されて臨死体験したと思っている)

(………でも今はその当時とは違うんじゃない?マスターがアーランドに引っ越してきてから5年くらいたってるんだし)

(そうか……そうだよな)

シルフィの言葉に食べる決心を固めるライル。もしかしたらちゃんと食べられる料理を作れるようになっているかも知れないじゃないか。そんな淡い希望を抱いて。

……………そんなわけはないと、ほぼ確信していたが………人間というのはそう言う生き物なのかも知れない。

「じゃあ、冷めないうちに食べちゃいましょう」

「おし、お代わりの準備しておけよ」

「「「「いただきます」」」」

そう言って、全員がルナ特製のカレーを口に運ぶ。

パクッ!

 

 

 

 

 

 

ピキッ!!!

その直後、ルナを除いた全員が固まった。つい先ほどのライルと同じように。いや、それ以上に。

(まずい!!まずすぎる!!いったい何を混ぜたらこんな味に!!!??)(byライル)

(甘くて苦くて酸っぱくて辛くてもっさい(?))(byアレン)

(……………………………ああ、気が遠くなる……)(byクリス)

「うーーん、ちょっと塩が足りなかったかな?」

平気でカレー(らしきもの)をほおばるルナ。味覚が壊れているのだろうか?

「ル、ルナ…………これはいったい?」

「ん?ふつーのカレーよ?なんか変?」

変って言うか………

ライルは絶句した。すでにアレンとクリスは気絶している。耐性のある自分だけは何とか意識を保っているが、気を失うのも時間の問題だ。何処をどうしたらこれを捕まえて「なにか変?」などと真顔で言えるのだろうか?

かくいう彼ももう意識が半分以上失われていた。

が、最後に一言。魂からの嘆願。

「も……も…う料理は…しない……で…くれ」

ガクッ…

(ちょっとマスター!マスターってば!!起きてーーー!!!)

シルフィの言葉空しく、彼らは明け方まで目覚めることはなかった。

(っていうか、なんで平気なのよこの子は………)

自ら作った料理を心からおいしそうに食べるルナを、驚愕の目で見るシルフィだった。

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