「遅いな」
「遅いね」
「遅すぎるわよ!!」
現在5時10分。すでにライルを除いた3人は全員集合している。
「どうしたんだ?時間には正確なやつなんだが……」
「もしかして集合時間を勘違いしてるとか?」(クリスくん。正解です)
「もう、我慢できない!!私、あいつの部屋に行って来る!!!」
ずんずんと、女の子らしくない歩調でひねり歩いていくルナ。彼女は待たされるのが大嫌いなのだ。
「やれやれ……ライル、死んだか?」
「いや、一応死にはしないでしょ」
あっさりと見捨てる二人。薄情だと言わないでもらいたい。誰だって命は惜しいのだ。
一方、ルナはライルの部屋のドアを睨み付けていた。
すぅーと息を吸い込み、ノブに手をかける。
そして、ドアを開ける。
「むっ!いない………ということはまだ寝てるのかしら?」
そのことに気付き、これは半殺し決定ね……と考えながらルナは寝室に向かう。
そして、寝室のドアを開けると同時に叫んだ。
「こらーー!!ライル、さっさと起……き…ろ」
ルナは寝室に入ったとたん固まった。
なぜなら、ライルのベットには見たことのない女の子(しかもかなり可愛い)が寝ていたからだ。そして、その隣にはきっちりライルもいる。とても仲が良さそうに寄り添っている。言うまでもない、シルフィだ。
まずい……とてもまずい状況であった。
第14話「ミッションでGO(準備編)」
(どどどど……どうしよう!!?)
実は、ライルはルナが寝室に入ってきた時点で起きていた。
一応今の状況を整理してみる。
@ なぜかルナが僕の部屋に侵入してきた
A 僕はついさっきまで寝ていた
B そして隣には人間モードのシルフィ!!
(まずい……まずいぞ……どうやったらこの状況を突破できるんだ?ていうか、なんでルナがここに?)
必死でまだ動きの鈍い頭を働かせ、記憶をたぐる。
(今日は確か、みんなと一緒にミッションのための準備に行くはずだったよな………で、6時に集合だったはず……今は……5時15分。問題ないはずだよな?)
薄目をあけで時間を確認する。
(待てよ……!そういえば)
〜回想〜
…………
「そうだな……明日準備して、明後日出発でどうだ?」
「仕方ないわね……それでいいわよ。ライルもいいわよね?」
「うん」
「決まりだな。じゃあ明日5時に校門の前に集合だ」
「ちょっとアレン!なに勝手に決めてんのよ!!大体なに、その異様に早い時間は?」
…………
(し、しまった〜〜〜!!!やばいぞ、とりあえず、シルフィを起こさないと!!)
ちなみにここまでの思考時間は1秒にも満たない。変なところでスゴイやつである。
(起きろ!!シルフィ!!)
声を出すわけには行かないのでテレパスで話しかける。
隣のシルフィが身じろぎをする。
(ん〜、な〜に〜?)
声を出すのが面倒なのでテレパスで返すシルフィ。
(今すぐに!姿を消せ!!)
(なによ〜きゅ〜に〜)
(さっさとしろ!!朝ご飯抜きにするぞ!!)
(わかったわよ〜)
次の瞬間、シルフィの姿はルナの視界から消えていた。
(ふう、後は誤魔化すだけか)
やっと、解凍し始めたルナを見つめつつ、ライルはこれからのことを想像し頭が痛くなってきた。
「いったい何があったんだ?」
絶対にぼこぼこになってくると思っていたライルが無事に来たこと。
ルナが、ライルの部屋に向かったとき以上に不機嫌になっていること。
その二つの疑問をひっくるめて、アレンはそう聞いた。
「い、いや……ははは」
もうすでに笑うしかないライル。第一、どう説明しろと言うのだ。
「ルナ、何があったの?」
ライルではらちが明かないと判断し、クリスがルナの方に尋ねる。
「………別に」
とても別にと言うような感じではない表情で答える。
あれから……ライルはとにかくしらをきりとおした。ただ、そんなことで納得してもらえるはずもなく今に至る。
直接的な手段に訴えてこないのがせめてもの救いだが、かえってそれが不気味さを醸し出している。
(まずいことになったね〜)
(人ごとのように言うな)
(でも、これってマスターの自業自得でしょ?)
そういわれると何も言えなくなる。シルフィがライルのベッドで寝る原因となったのもライルなら、今日の集合時間を勘違いしたのもライルである。一切の言い訳は通用しなかった。
(やれやれ……今日は厄日か?)
とりあえず、ルナの機嫌をとる方法をあれこれと考えるライルであった。
「で、少し遅れたが、ここが冒険者御用達のショップ『ドラゴンズゲート』だ」
アレンに案内され、入り組んだ路地をあっちやそっちに先導されるまま歩き、着いたのはいかにも妖しげな建物。
はっきり言って、一生関わりたくないような世界である。
場所も、すでにアレンを除いた三人は一人では帰ることが出来そうにない。
「な、なんでこんなとこ知ってんのよ……?」
ひとまず、怒りも忘れてルナが尋ねる。その目は驚きと不審で満ちていた。
「だから親父に教えてもらったって言ったろ?さっさと入るぞ。ここの営業時間は5時から7時までなんだから」
とか何とか言いながら、アレンはその建物に唯一付いているドアをノックする。
「………合い言葉は……?」
返ってきたのは、地獄の底から鳴り響くような不気味な声。
それに動じるでもなく、アレンはキッパリと言った。
「むか〜しむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが暮らしていました」
「………入れ」
音もなくドアが開く。
「「「……………………」」」
すでに、合い言葉に対して突っ込む気力もない三人。
(何なのよ、いったい……)
ライルにしか聞こえないシルフィのその言葉が、その場にいたものの心を代弁していた。
アレンにせかされて入ってみると、中は意外にも普通だった。きちんと整頓された商品。多少くらいものの、それなりに掃除は行き届いているらしい。
「やあ、おじさん。久しぶり」
アレンがカウンターの奥に座っている40台前半くらいの男に声をかける。
「ふん……クロウシードの所のせがれか……今日はいったい何のようだ?」
「いやあ、実はね………」
アレンが事情を説明している間、する事もないので店の中を見学するライル。
「ふ〜ん……結構いっぱいあるなあ」
壁に立てかけられた、剣や鎧、その他、冒険に必要なロープやらなにやら、実に様々なものが所狭しと並べられている。
(マスター、こういうの好きだもんね)
(う〜ん、何となく見ていて面白くないか?)
(そんなもんかしら……)
「ねえ、ちょっと………」
「うひゃおおおう!!?」
気配も感じさせず、後ろに立っていたルナに思わず後ずさる。
「………なんだあのやかましいのは?お前の友達か?」
「そうだけど………」
カウンターの所での会話なぞ、すでにライルの耳には入っていない。
(と、とうとう追求に来たかーーー!!)
今まで、(危ういところでだが)均衡を保っていたので、少し警戒を怠ったことを悔やむライル。
その脳裏には実に数十もの言い訳の台詞が駆けめぐっている。
「何よ、その幽霊でも見たような反応は……。そ・れ・で、少し時間もあるみたいだし、ちょーーーっと話を聞きたいんだけど?」
アレンの方を見やると、予算関係の話でもしているらしい。店のおじさんとなにやら熱心に議論をかわしている。
「わわわわ、分かりました………」
その言葉に満足そうに頷くと、早速ルナの質問が始まった。
「で、率直に聞くけど、あの女の子は誰?」
「えーーと……お、おそらく見間違いではないかと……」
ギロリ!
「(ビクゥ!)いや、なんと言ったらいいか………」
「私はね、ライル。別に怒ってるわけじゃないのよ。ただ、すこーーし幼なじみとして、興味を持っただけで」
(う、嘘だ。絶対に嘘だ。すでに目が本気と書いてマジだ……)
「で、さすがに寮内でいかがわしいことをしたのは見逃せないから、お仕置きが必要なのはあなたも分かるわよね?」
「やっぱりか!………すみません、僕が悪かったです」
やっぱりかと言った時点で、ルナの殺気だった視線を受け、とたんに低姿勢になるライル。はっきり言って情けない。
(うぅ……どうするか……。なあシルフィ、この際だからお前のことをばらしちゃっていいか?)
(絶対ダメ!!)
(だよなあ………)
精霊は、基本的に人前に姿を現すのを嫌う。普通の精霊とは少しずれているシルフィであるが、よっぽど慣れた人間でないと自分の身を見せることはしない。(ちなみに、ライルは例外)
(って言うほどイヤでもないんだけどね)
(え?)
(この子たちは結構面白いし、信用も出来ると思うからそのうち私のこと紹介してもいいけど………ゴメン、マスターやっぱまだ無理。もう少し待って)
(そうか……じゃあ、とりあえずこの場は誤魔化さないとな)
(うん、お願い)
「で、お仕置きの前にきりきりと白状してもらいましょうか」
徐々に手に魔力を集中させているルナに、とりあえず、真剣な表情になるライル。経験上、こうすればルナはとりあえず話を聞いてくれる。
「な、なによ?」
(作戦成功)
と、ライルは心の中でほくそ笑む。だが、それを表情に出すような愚かな真似はしない。
「あのね、ルナ。あいつについては、そう遠くないうちに絶対に説明するから、今は何にも聞かないでくれるかな?まだ教えられるような段階じゃないらしいんだ」
「はあ?そんな説明で納得するとでも……」
「頼むよ」
真剣な表情で願うライルに、ぐらりと心が動くルナ。
「……絶対に、近々紹介してくれるのね?」
「うん」
「後から嘘とか言ったら、物理的に排除するわよ?」
「りょ、了解」
多少引きつりながらも何とか答える。
「よし、ならしばらくは聞かないでおいてあげる」
そういったルナは、もう機嫌が直っていた。切り替えの早い娘である。
「あっちの話も終わったみたいだし、私達も行こうか」
「わかった」
そして、二人は連れだってカウンターの方に歩いていった。
「でだ、とりあえず、食料は他で揃えるとして、その他諸々の必要なものは大体買ったけど………この際武器とか防具も買っておくか?」
アレンが、薬草やら地図やらのアイテムが入った大きな袋を見せながらこちらに尋ねてくる。
「………でも、僕とアレンは武器は必要ないんじゃない?」
クリスが確認のために言う。
アレンは自分用の特注の剣を持っているし、クリスはさすがに王子様(最近、すっかり忘れていたが)ということもあって、国を出るときに立派な杖を持ってきている。
「僕も武器は持ってるから、いいよ」
ライルが口を挟む。もちろん武器というのは昨日手入れをしたあれだ。
「そういやそうだったな。じゃあルナの分の武器と全員分の防具か………おじさん。残りの予算でどのくらいのレベルのが買える?」
「そうだな……とりあえず防具としてはこんなのはどうだ?」
そう言って、おじさんは服を四着取り出す。
「なんだこりゃ?」
どこからどう見ても普通なその服を訝しげに見つめるアレン。
「こいつはな、見た目は普通の服だが、ちょっとした魔術的処理を施していて、そこら辺の鎧よりよっぽど使える防具だぞ。服だけに動きやすいし、普通のファイヤーボールくらいの魔法ならあっさりと防いでくれる」
少し自慢げに話すおぢさん。
「でもそれって高いんじゃないか?」
「なに、最近入荷したばっかりでな。モニターとして後から感想を教えてくれるなら一着1000メルでかまわん」
「なんだ?やけに太っ腹だな」
異様な安さに一歩引くアレン。
「それで、どうなんだ?買うのか、買わないのか?」
「う〜ん、みんなどうする?」
「別にいいんじゃない?安いし」(ルナ)
「僕も問題ないと思うよ、安いし」(クリス)
「使えるんだったら何でもいいよ、安いし」(ライル)
4対0で買うことに決定。
「そういうわけで、それ4着くれ」
「おう。………で、そっちのお嬢ちゃんの武器だが、なに使うんだ?残り3000メルしかないが」
「私は槍。別に武器としてはたいしたことなくてもいいけど、出来れば魔力が増幅できるやつがいいな」
「ふん、残りの予算でわがままなお嬢ちゃんだ。まあいい、ちょっと待ってろ」
そういって、奥に入っていくおじさん。
「………ルナ、さすがに3000メルじゃ……」
ライルが言う。通常、魔力を増幅するような武器は20000メル以上が相場だ。
「でも奥に入っていったてことは、なんかあるって事だよな」
「アレン、あんまり期待させるようなことは言わない方が……」
そうこう言っているうちにおじさんが布に包まれた長細い物を持って帰ってくる。
「待たせたな。これなんかどうだ?」
くるくると布を解き、出てきたのは柄の中程に赤い宝石の付いた見事な槍だった。
「ひゅー。おじさん、こんないいの隠し持ってたのか」
一目で業物だと見抜いて、アレンが感心して言う。
「ふん、俺が昔作ったやつだ。店に出すのもなんとなく嫌だしな。それだったら2000メルでいいぞ」
「本当にいいの?」
うっとりとしながらルナが確認のために聞く。
しかし、すでに受け取って使い心地を確かめている当たり、もう何を言っても返さない事は想像に難くない。
「………おじさん、本当にどうしたんだ?」
普通に売れば50000メルは越えそうな品である。いくら何でもおかしいと思い、アレンが理由を問いただす。
「………まあいいだろ。俺だってたまにはこういうこともあるさ」
まだ疑いの目で見ているアレンをしっしっと手で払いながら、
「ほら、買うもん買ったんならとっとと帰れ。もう閉店時間は過ぎてるぞ」
「うん、じゃあおじさんありがとーー!」
ぶんぶんと手を振りながらルナを先頭に四人が出ていく。
アレンは最後まで不思議に思っていたが……
足音も遠ざかったところでおじさんがふーっと息を付き独白する。
「ったく、こんな事はこれっきりにして欲しいもんだな、ジュディちゃん」
ライル達が買った物の異様な安さには、ジュディ学園長が一枚噛んでいた。
アレンの存在から、おそらくこの「ドラゴンズゲート」で買い物をすると分かっていたジュディは、昨日のうちにここを訪れ、昔近所に暮らしていたこのおじさん………カーティスに先にお金を払っておいたのだ。
ルナが貰った槍も、もともとはカーティスの最高傑作の一つをジュディが頼み込んで売ってもらった物である。
「………ふん、まあ面白い奴らではあったな」
それがカーティスの、ライル、ルナ、アレン、クリスの四人に対する評価であった。