結局、あのあとライルは特に活動に関わることもなく、生徒会長選挙は終了した。

ルナが熱心に三年生にハルカを推したことや意外とマトモだった演説、そしてハルカの個人的人望その他諸々の要因が合わさってか、彼女は見事当選した。

まぁ、ここまでなら良い。

本当に最初の方しか手伝えなかったけれど、無事生徒会長になれたのならばなによりだ。ライルも手伝った甲斐があるというもの。

これから、新生徒会の初仕事である文化祭の準備で大忙しらしい。それはそれは結構なことだ。

ところで、平和なハルカたちとは別に、ライルの方はアレン、クリスともども、厄介な事態に直面していた。

それは、秋も深まってきたある日の放課後、ルナに校舎の裏庭に連れてこられたことから始まる。まぁ、要するに、

「と、いうわけで、なにかを学校に残すわよ」

またルナがろくでもないことを思いついたのだ。

 

第154話「文化祭始動」

 

「なん、だって?」

聞き間違いかなぁ、と思い、耳をとんとんと叩きながらライルは尋ねた。

「まったく、耳が遠いわね。だから、私たちが、学校になにか、こうお礼みたい? なものしようって話よ。前、話したでしょうが」

「……あれ、前振りだったのか」

ハルカたちの手伝いから外れたあの日、廊下で交わした会話を思い出す。ライルはすっかり忘れていたのだが、どうもあの会話から『私たちも、学校のためになにかするわよ』と繋がるらしい。だが、断言するがライルは、自分たちもなにかしようみたいな話は絶対に聞いていなかった。

「なんだ、何の話だ?」

「……まぁ、なんとなく言わんとすることはわかるけど」

まったく話が見えない、とばかりにきょろきょろするアレンと、疲れたようなため息を見せるクリス。

「って言っても、卒業するときに植樹するじゃないか。みんなで」

「そんなのその他大勢の一人としてじゃない。しかも、喜ばれるとは思えないし。私は、私として学園になにかを残したいわけよ。できれば名前入りで」

「なんで名前入りかは知らないけど……心配しなくても、ルナの名前は今後百年くらい、ヴァルハラ学園の歴史に刻まれることは間違いないと思うよ?」

わからないアレンは放っておいて話は進む。

「クリス……それは違う。百年どころか、この学園が存続する限り、永遠に名前は残ると思う」

「ああ、確かに」

うんうんと頷き合うライルとクリス。

「あんたらね……」

「そ、それはいいとして、ルナ。学園に何か礼をしたい、っていうのはわかったけど、具体的になにをどうするのさ? 僕たち四人だけじゃ、できることも限られてくると思うんだけど」

微妙に殺気が入り混じり始めたのを敏感に察して、ライルは慌てて口を開いた。

「そうねぇ……」

そして、うまく気を逸らすことに成功。ふむ〜、とばかりに顎に手を当ててルナは考え込み始める。

と、そこでなにやら同じく考え込んでいたアレンが、ぽんと手を叩いた。

「なるほど。さては、気に入らない教師がいて、お礼参りするって話だな? しっかしルナ、卒業式はまだまだ先だぜ? ちょっと気が早すぎねぇか?」

なるほど〜、と全く持って勘違いにもほどがある結論に至るアレン。

ルナの怒りの視線や、やめとけっというライルたちの暖かい助言(ボディランゲージ)も届かない。

「いやはや。学校に礼をする、とか言うから混乱しちまった。まさか、ルナがんなことするわけないよなぁ?」

なぁ、お前ら、とライルとクリスに同意を求めてくるが、二人ともとっくに背中を向けて逃げ出している。

『あン?』などと呑気に疑問に思う暇があればお前も逃げろと言うのだ。という、ライルたちのテレパシー式避難命令は、無情にもアレンには届かなかった。

二人が裏庭から校舎の影に飛び込んだ直後、さっきまでいた場所から爆発音。

ライルとクリスは顔を合わせて同時にため息をつき、南無南無と手を合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……さて。不幸な事故により、アレンの奴が脱落しちゃったけど」

「いや、不幸って言うか人災……いやなんでもない」

おずおずと反論しようとしたライルは、ギヌロッ! と睨まれたしおしおと引き下がった。ちらりとルナの後方に目をやると、焦げた地面の中心にアレンが仰向けに倒れている。

……安らかな寝顔で。

「なんで?」

「さぁ?」

いい加減、アレンの耐久性能に対して国家機関かなんかが研究調査してくれないかなぁ、なんて益体のないことを考える。

「ま、アレンもすぐに治って戻ってくるでしょ」

「現時点で無傷に見えるんだけど」

ライルの声は聞こえなかったのか、それともプライドに触るから無視することにしたのか、ルナは何も聞いていないかのように話を進める。

「あんたたち、なんか案はない?」

「案ねぇ。ていうか、言いだしっぺのルナは考える気ないの?」

「あんたらのほうが頭いいからね」

ルナも、決して頭が悪いと言うわけではないのだが、基本的に魔法以外の事は脳に入らないメカニズムになっている。

「学校にお礼、っていうこと自体は殊勝な心がけで大変良いと思うけど。それだったら卒業してから立派になって、母校の地位を上げるのが一番だと思うよ」

クリスが至極まともな意見を述べる。

「そ、そうだね。ルナだったら、きっと“色んな意味で”立派になれると思うし」

面倒なことはゴメンなライルは、その意見に真っ先に同調する。

「私は、もっと即物的なものが好みなの」

「んな身も蓋もない……」

「もちろん、故郷に錦を飾るくらいはするわよ。でも、今まさになんかしたい気分なの」

ちなみに、ルナの生まれ故郷はライルと同じくポトス村である。

「……ゴミ拾いでもしたら?」

「地味すぎ。大体、名前残らないじゃない」

「そこまで名前を残すことにこだわらなくても」

「愛すべき母校には、いつまでも私の事を覚えていて欲しいからね」

だから、嫌でも忘れられないってば。

突っ込みたいのを我慢しつつ、ライルは引き続き何かないかと考える。

ちなみに、クリスはいつの間にかルナの視界から消えている。何時の間にか一歩引いて観察しているその姿は、『僕は関わらないからね』と全力で主張していた。

この、自然に安全圏まで逃れる奥義。教えてくれるのならば、なんでも献上するのだが、とライルは考えるものの、自分ではどう足掻いても無理だとも同時にわかっている。

……で、考えあぐねた挙句、

「肩叩き券でも贈れば?」

わけのわからない回答をしてしまった。

当然のように、鉄拳制裁を喰らう。

(考えてみたら、ルナってヴァルハラ学園の女番長だよなぁ)

ふと、そんな感想を抱いた。

暴力でみんなを震え上がらせる暴れん坊。だけど、正義感は強く、弱いものには決して手を出さない。強いものにはむしろ積極的に手を出すが……とにかく、番長とかケンカ大将とかいう言葉がぴったりだ。

「そして、僕はさしずめ下っ端A、アレンがB、クリスがCか……」

「何の話よ?」

ああ、この上なくうまく嵌る役だなぁ、と一人うんうんと頷く。

と、そこへ、

「あーーーーー! こんなとこにいたっ!」

突然、大声で呼びかけられた。

「……なんだ、クレアじゃない。どしたの、大声出して?」

「なんだじゃないよ、もう! 今日は、文化祭の話し合いをするから、って放課後集まるんでしょ? もうみんな待ってるよ」

『あっ』

ライルとルナとクリスの声がハモった。

確かに、文化祭の各クラスの実行委員の選出をそろそろしなければならないので、話し合うとか朝のHRで言っていた。

「ごめん、すぐ行くよ」

「もう、しっかりしてよねー。ライルくんとクリスくんがついていながら」

残り二人はどうなんだろう?

「そっか、文化祭って手があったわね」

「ルナ? なんかよからぬ事を企んでない?」

顔を伏せてブツブツ呟き始めたルナに、ライルは嫌な予感を感じる。が、なにをできるというわけでもない。悲しいかな、所詮ライルはライルなのだった。

「ところで――」

心底嫌そうに、クレアの目がアレンのほうに移る。

「“あれ”、なんで寝てるの?」

うるさいほどのいびきをかきながら、実に気持ちよさそうな顔で焦げた地面で寝ているアレンを、クレアは顔を引きつらせながら指差した。

 

 

 

 

 

 

「えー、というわけで、文化祭実行委員は私とライルでやるからー。別に、他にやりたい奴もいないでしょ?」

「え? え?」

そうして。

教室に帰ってくるなり、ルナはそう宣言した。

「ホントにいいの、ルナちゃん?」

「ええ、ドンっ! と任しときなさい」

リム(忘れている人も多いだろうが、ルナのクラスメイトにして親友の眼鏡である)が心配そうに尋ねるが、ルナは根拠のない自身の元自分の胸を叩く。

「いや、でもなぁ」

「やりたくはないけど……」

ざわざわと教室が騒がしくなる。

みんな、そんな面倒な役職他人に押し付けてしまいたい、というのは事実なのだが、ルナが務めると、また凄く面倒な事態になりそうで怖がっているのだ。

「えー、みんな、よく聞いて」

ルナが、教卓に手をつき、なにやら語り始めた。自然とみんな、静かになってしまう。

「私たちは、三年間、この学園にお世話になってきました。楽しいこともあり、苦しいこともあり……」

「それハルカさんの演説のパクりじゃん」

ルナのアッパーカットによって、ライルは沈んだ。

ちなみに、ルナの喋った内容は確かにハルカが選挙当日に演説した言葉をちょっともじったものだった。当然、学校の人間は全員聞いている。

そのことに思い当たったのか、ルナは居心地悪げにごほんと咳払いをすると、

「まぁ、とにかく、学園に礼の一つもしてやろうって思ったわけよ。そのために、文化祭を盛り上げましょう。まぁ私が実行委員になったからには、ヴァルハラ学園史上……いえ、世界でも類を見ない、盛大な文化祭にして歴史に名を残してやるから、協力しなさいっ!」

そう宣言した。

再び、ざわめき始める教室。

ルナの言う『類を見ない』が、なにかとてもろくでもないことのように思えたのだ。そして、入学以来ずっとルナの珍事を見続けてきたクラスメイトのその予想は、あながち間違いではない。

だが、当のルナの目は真剣で、ふざけている様子はなかった。

「ま、ルナにしては健全なんじゃないかな? いいよ、やってやろうじゃないか」

自分の席に座っていたクリスが、賛成の意を示す。一般クラスメイトよりもう少しルナとの付き合いが深い彼は、ここで反対しようが意味のない事を知っているのだ。

だが、それを知らない者たちは、単純にクリスがルナに同調したように見える。

クラスでも一、二を争う優等生であるクリスが頷いたことで、ぽつぽつと賛成の声が上がっていく。やがて、クラス全員がなにやら興奮しだした。ルナの言う、盛大な文化祭とやらも面白いと思い始めたようだ。

「まぁ、最後だしな」

「思いっきり、盛り上げてやろうか」

「そうだね。たまにははじけるのも、いいかもしれない」

「むしろ、学園を爆破する勢いでっ!」

一部、危険な事を言っているものもいたが、ルナは満足そうに頷いた。というか、爆破とか縁起が悪いから。実現したらどうする。

「よし、反対するやつはいないわね」

「いても力ずくで黙らせるくせに……ぎゅはっ!?」

「やぁね。そんなことしないわよ。一部の人間以外には」

余計な事を言わずにはいられない病にかかっているライルが突っ込みを入れると、すぐさま殴られる。今日は、やけに鉄拳を食らう日だ。

そんなライルの悲劇すら、文化祭に向けてやる気がわきあがり始めているクラスのみんなは気にしない。いつものことだし。

「よっしゃっ! 私について来い! 最高の文化祭に擦るわよっ!」

その檄の声に反応して、クラス中がワァァァァァ!! と沸く。それこそ、学校に響く勢いで。

ルナ自身は特に何もしていないのに、この盛り上がりよう。ルナは恐れられているのも確かだが、こうしてみると一種のカリスマ的存在であることも確かなようだった。

 

 

 

 

 

「……ん? なんだここ」

そして、裏庭で放置されていたアレンもまた、その声によって目覚めていた。

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