授業を聞き流しながら、ぼけーっと考え事をする。

思うのは、ハルカの選挙活動のこと。ルナの存在感をどうにか薄めないと、ハルカ本人の印象が残らない。

これが、なかなか難しい。ルナの言動や学校での評判を考えるに、他の人間の目がルナに向くのはもう必然と化している。

ルナに出張ってもらわないのが一番の解決策ではあるのだが、本人はノリノリだし、ルナがいることで注目されるという効果を考えると安易に外すのは得策ではない気がする。

そんなわけで、ライルは思い悩む。

普段はいつも真面目に受けている授業も適当に流しながら。……とは言っても、手はしっかりとノートをとっているのだが。

(マスターも苦労症ねぇ……)

一部始終を第三者の観点から見守っていたシルフィは、そんな風に述懐した。

 

第153話「生徒会長・その想い」

 

そうして、放課後。

ハルカとミリルの教室に集まることになっているので、今日も二人は一緒に向かう。

二年生の教室が立ち並ぶ二階の廊下を、ルナは我が物顔で闊歩する。こういう、物怖じしない性格はうらやましいなぁ、とライルは肩身を狭くしながら、後ろを付いていった。

「来たわよー!」

ガラリ、と勢い良く教室のドアを開け放つ。

何人か残っている学生がギョッとした目でルナを見て、慌てて帰り支度を進める。

「……よっぽど恐れられてるんだな」

朝、一年生のクラスに演説に言った時も確認したが、こうして自由に動ける状況だと逃げ方が違う。まさに脱兎のごとく、残っていた生徒は教室から退散した。

「ん? なんか言った?」

「別に」

そういった学生の反応は、ルナには見えていないらしい。あるいは見えていても『屁』とも思っていないのか。

僕がちょっと失言しただけですぐ力に訴えてくるのに、どうしてアレは気にしないんだろう? と、ライルは理不尽なものを感じる。

「あ、お姉さま、こっちですよー」

教室の隅でハルカと顔を突き合わせていたミリルが、ルナに気が付いて手を振る。それに、ルナも笑って手を振り返した。

ハルカの方は、さすがにそんな大声を出すわけでもなく、小さく会釈してくるだけだ。あぁ、静かな子っていいなぁ、などと自分の交友関係に思いを馳せながら、ライルも小さくお辞儀する。

「あの、どうもありがとうございます。今日も来ていただいて……」

昨日と同じように机を四つくっつけて話し合いの体勢になるなり、ハルカが丁寧に頭を下げてきた。

「あ〜、いいのよー。私もけっこう楽しくやってるし」

「……そりゃあ、あれだけ好き勝手に引っ掻き回してれば楽しいよ」

「うっさい」

ルナの拳骨が炸裂する。意外と良い音がした。

「あ、あの……」

「気にしないで。いつものことだから」

「いつものことにしないで欲しいんだけど……」

いきなりの暴力にビックリするハルカにルナは手を振る。ライルも文句は言っているが「仕方ないなぁ」という顔だ。

「じゃ、話し合い始めようか?」

「あ、はい。わかりました。始めましょう」

 

 

 

 

最初は、何事もなく淡々と進んでいった。

ハルカとミリルが休み時間を利用して描いたポスターの下書きは、見事な出来で、このまま色を塗って大丈夫だとライルには思われた。

まぁ、あまりにも地味な構図だったのでルナから物言いがついたのだが、『選挙活動のポスターとはこういうものだ』と言い聞かせて、なんとか納得してもらった。だが、油断していると、いつの間にか昨日描いたポスターを勝手に貼り付けている可能性があるから気をつけないといけない。

「あとね、やっぱり朝のクラス回りのことは、考え直した方が良いと思うんだ」

ポスターの件が終わって、ライルはかねてから思っていた事を口にする。

「? なんか、問題でもあった? まぁ確かに、言ってる内容はちょっとパンチ力不足だったけど」

「いや、パンチ力なんていらないから」

違う違う、とトンチキなことを言うルナに駄目出しをする。別に比喩として使っているのなら問題はないのだが、ルナの場合、文字通り破壊力という意味で使っているからタチが悪い。

口を尖らせ、不満そうにするルナだが、ここは大人しく引き下がった。

「あぁ……お姉さまですね?」

「うん」

ミリルが確認するように言うと、ライルはコクリと頷く。

逆に、どうもルナとハルカはわかっていないようだ。

「私がどうかした?」

「……本当にわからなかった?」

演説していて緊張していたハルカはともかく、なぜ後ろで立っていただけ……しかも注目の的になっていた人間が気が付かないのか。

ライルは小一時間問い詰めたい気分に駆られたが、そんなことをしたら一分と経たずにぶっ飛ばされるので自重する。

とりあえず、懇切丁寧に、みんながルナに注目してしまって、ハルカの話を聞いていなかった、というような話をする。

「なにそれ。なんで私が注目されんのよ」

「いや、それは、その、アレだよ」

「あれってなに?」

本気でわかってないようだ。

ライルからすれば、理由は自明である。ノートに書けば、それだけで一冊埋まるほど理由は思いつく。かといって、それを素直に教えるのも……怖い。だが、一度きっぱり言ってやることも友情かなぁ、と考え、少しだけ言って見ることにした。

「その……ルナは、ちょっと下級生から見ると怖く見える……のかな?」

すげぇ及び腰。

しかし、彼を臆病者と蔑むことは、少なくともこの学園の人間には出来ない。みんなきっと褒め称えてくれるだろう――勇者、と。勿論、蛮勇という意味で。

「そう、ですね。上級生は、特に理由もなく恐れられますし」

すかさず、ハルカが追従する。何の気なしに、ただ思ったことを言っただけなのだが、見事なフォローとなった。不機嫌になりかけたルナも、なるほどと頷く。

ライルは心の中でハルカに拍手喝采を送った。

「それじゃ、ライルは……ああ、所詮ライルだし、平気か」

ルナは勝手に自己完結してしまう。

「所詮、って」

「し、親しみやすいってことじゃないですか?」

ずーん、と沈むライルを励まそうとハルカが声をかけてくれるが、ライルとて自分のキャラくらい理解している。

少なくとも、恐れられるというキャラではない。いいことか悪いことかは判断付きかねるが。

「じゃあ、私は一緒に行かない方がいいかしら?」

「いえ、お姉さまの知名度を利用しない手はないと思うんですが。……ハルカはどう思う?」

私って、本当にそんな有名なのかしら? と見当はずれな事を悩んでいるルナは放っておいて、ミリルはハルカに尋ねた。

「そう……ですね。ライル先輩は、どう思います?」

「僕?」

なぜ、ここで話を振ってくるのか、とライルは不思議に思うが、聞かれたのなら答えなければなるまい。

授業中にずっと考え込んでいたので、すぐに答えることが出来た。

「ルナは、付いていかない方が良いと思う。そりゃあ、ルナみたいなのが一緒なら目立つことは目立つだろうけどさ。やっぱりハルカさんの事をよく知ってもらうためには、ルナはいない方が良いと思う」

「はい、そうですね」

嬉しそうに頷く。

もしかして、本人もそう考えていたのかもしれない。しかし好意から(?)手伝ってくれているルナの参加を断るのは自分から言い出しにくくて、後押しが欲しかったのだろう。

「やっぱり、ルナ先輩に手伝ってもらおう、ってのが虫の良い話だったんです。登録しちゃったんで、選挙当日の演説はお願いしないといけませんけど……これからは一人で頑張って見ます」

「いや、別に。話を持ってきたのはそっちだけど、私は自分の判断で手伝おうって思ったんだから、気にすることはないわよ?」

「ありがとうございます。でも、そのお気持ちだけで十分です。私は、自分の力で、生徒会長になってみせますよ」

ぐっ、と力こぶを作るハルカ。

「おっとと。まさか、あたしの協力も断ったりしませんよね、ハルカ」

そこへ、ミリルが割り込む。

「えっと……」

「お姉さまとあたしじゃ立場が違いますからー。親友の助力は素直に受け取っとくもんです」

「……うん、お願い」

頷きあう親友二人。

なんとなく、青春オーラがぷんぷんしている。

青い春と書いて、青春。あぁ、僕もこんな学園ドラマみたいなストーリーを体験したかったなぁ、とやたらめったらバイオレンスな生活を送ってきたライルは憧憬する。そう考えると確かに、ルナが学生っぽい思い出作りに走るのも、無理なからぬことだ。

「あ〜〜、つまり、私は用済みってわけね?」

居心地の悪い雰囲気を敏感に感じ取り、ルナは気まずそうに尋ねた。

「あ……いえ、先ほども言ったとおり、選挙当日の応援演説は――」

「了解了解。じゃあ、適当に原稿書いてくるわ。そんじゃ、私はこれで」

ひらひらと手を降りながら、ルナが立ち上がる。もう、ここにいてもなにもできないと思ったのだろう。

それは、ライルも同じで、苦笑しながらルナの後を追うように立ち上がる。

「あ、そーだ」

途中でルナは立ち止まり、顔だけハルカの方に向ける。

「基本的なこと聞き忘れてた。あんた、なんで生徒会長なんて面倒臭いモンに立候補したの?」

一瞬、キョトンとなったハルカだが、すぐに質問の意図を悟ったのか、キリっとした表情になる。

「大した理由ではありません。ただ、私の人生で一番楽しい時間を過ごさせてくれたこの学園のために、なにかがしたかったんです」

断言した。

聞いたルナは、その答えに面食らい、慌てて体面を整えると、

「……あっそ」

と、素っ気無い振りをして、返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや、ハルカさんは立派だねぇ」

臭い台詞ではあったが、ああまで言い切られると笑うより感心する。しかも、それを本気で考えているのだ。

せいぜい、自分と身近な人間のことくらいしか考えられないライルは、学園全てに恩返ししたい、などと言えるハルカを、素直に凄いと思う。

「そーね」

ルナも同感なのか、頷いて見せた。

「そうすると、私はあの子にとっては敵になるのかしら? なんせ、学園を何回も壊したし」

「それも含めて、『楽しかった』んじゃない?」

すでに、ルナの破壊活動はヴァルハラ学園の名物である。確かに、当事者としてはたまったものではないが、少し離れたところから見ていれば、楽しく見えるかもしれない。あくまで、自分に実害が及ばない範囲でなら。

「そう?」

「……多分」

念を押されると答えに詰まるが、きっとそうだ。大体、ハルカの言っていた『この学園』というのは、単なる校舎のことではないだろう。

「はぁ……」

「なにため息ついてるのさ」

「別に。あの子見てると、思い出作りのためにー、とか言って結局自分のことしか考えてなかった私が、凄く情けなく思えただけ」

「……また、珍しい」

ルナという人間は、自省するとか後悔するとか絶対しないタイプだとライルは勝手に思っていた。いや、事実したことは殆どなかった。

まぁ、人間、成長すると言う事だろうか。

「学園のために、かぁ」

「ルナ?」

「言われてみればさ。確かに学内の思い出って私たち少ないけど、ここに入学してなかったらそもそもそれもなかったわけよね」

「まぁ、今まであったことが全部いい思い出かって聞かれると、これはもう百パーセントの確信を持ってノゥ! と言えるけど、ここに来たお陰で楽しい生活が送れたって言う事は、否定したくともできないかもしれないような気がする」

余程、認めたくないらしい。

「うん、決めた」

「って、なにを?」

ルナは顔を上げて、ニヤリと笑う。

「私、ハルカを応援するわ。別に、頼まれたからじゃなくて、応援したいからね」

「へぇ……いいことだと思うよ」

そう、いいことだ。他の立候補者のことは知らないが、きっとハルカならヴァルハラ学園をより良い方向に導いてくれるだろう。そんな人を推すのは決して悪いことではない。

悪いことではない、がしかしだ。

「お願いだから、暴力で票を集めるような真似だけはしないでね?」

これだけは言っておかなくては。

「………」

それを聞いたルナは、笑顔のままライルを張っ倒した。

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