ちゅどーん!

うわー、助けてー!

ドドカーン!

ごめんってば、ルナ! お願い、やめて!! うわ、そんな究極破壊魔法を!?

問答無用よ!

ズドドドドドド(ライルとクリスに究極破壊魔法が迫ってくる音)

くっ、ごめん!

え? ライル、なにがごめんなの? なんで僕を後ろから抑えるのかな? ちょ、止め……

クリスバリアー!

な、なんですってー!? まさか、クリスを盾にして逃げるなんて!(説明的台詞)

お、覚えてろー!(クリス遠吠え)がフッン!?

 

復活したばかりの森は、やたら迷惑そうだったという。

 

第136話「鬼ごっこ ―また一人―」

 

心身ともにボロボロになったライルは、剣を杖代わりにして、よたよたと歩いていた。

「ぐ……さ、すがにキツイ」

服はボロボロ、体は痛くないところを探すのが難しいくらい。全部、ルナの放った究極破壊魔法の余波だ。クリスを盾にしたというのに、この怪我。盾にしておいてなんだが、クリスが心配になってきた。

しかし、あのルナと正面から向き合って、こうして逃げ切れただけでも僥倖だ。クリスに対しての行いは、尊い犠牲になってもらったことにとてもとてもとても感謝しておくことで、なんとか許されると思う。多分。

「無事でいてくれよ……」

形だけの祈りを終えて、これからの事を考える。

まず、ルナが追って来ていないかどうか確かめるため、後ろを見た。

途中、川を数本渡ってきたので、匂いで追跡することは不可能なはずだ。ルナの不条理なレーダーっぽいものも、病み上がりの身ではそうそう使えないだろう。魔法をぼんぼん使っていたが、ルナの体調は相当悪かったように見える。あんな体調で、あんな強力な魔法を連発する辺り、すごいというか、向こう見ずというか。

いやいや、それはいいんだ。重要なのは、しばらくルナは体調不良で動けないだろう、という一点に尽きる。

この間に出来るだけ距離をとらなくては……

ライルは、ヤバゲになった体に鞭打って一歩一歩歩く。

「……なにやってんの」

で。

いつの間にか、やたら見覚えのある影が目の前にふよふよ浮いていた。

「しる、フィ?」

「……あの〜、マスター? どうも、状況がつかめないんだけど」

あのウィンシーズでの奉海祭後、アクアリアスに拉致されて、強制的に精霊界で仕事をさせられていたはずのシルフィだ。

なんでも、マスターが休暇中なら、今のうちに溜まった仕事を片付けなさい、とのことだったが……むしろ学校行っているときより、当社比三割増でバイオレンスな日々だったのだが。

しかし、ここに来て力強い味方が現れた。クリスが、自分のために身を挺して活路を開いて(既に脳内でそういう風に記憶を改竄)くれたとは言え、味方が一人もいない状況はかなり不安だったのだ。

「し、シルフィ〜」

「な、なによ。ちょっと、マスター? って、コラ! “握る”な〜!」

人形サイズのシルフィを握り締め、頬擦りするライル。傍から見ると、かなり危ない図だ。まぁ、普通の人にはシルフィの姿は見えないわけなのだが、

「……貴方、なにやってるの?」

しかし、なぜかそれを見咎める声が聞こえた。

鈴の鳴るような。どこか儚げな、しかしとても綺麗な声色。でも、どこか怯えているような?

「うん?」

シルフィを頬に押し付けたまま、視線だけを声がした方向に向ける。

「……その子、嫌がってる。放してあげて」

そこにいたのは、年齢不詳の女性。ライルと同年代のようにも見えるし、もっと年上だと言われればそのまま納得しそうだ。

やたら顔の造詣が整っていることに関しては、すでに気にしない。この夏休み、美女と縁があるらしい、というのは既に悟っている。それが良縁ならばいいのだが、生憎と女難に合う確率が高すぎるので、嬉しくはない。

その女性は、激しい違和感を周囲に振りまいていた。

ここは街の中ではない。魔物が跳梁跋扈し、盗賊の類も頻繁に出没する街道である。しかし、女性の着ている衣服は、ゆったりしたワンピースで、とても旅をする格好ではない。ルナもたいがいのものだったが、この女性はそれ以上だ。そのまま、どこぞの貴族の屋敷にでも配置して問題ない格好である。丁寧に櫛が入れられた長い黒髪も、リボンで申し訳程度に纏めてはいるが、どう見ても邪魔そうだ。

そして、やたら線が細い。今まで会ってきたのは、大なり小なり芯はしっかりした娘ばかりだったけど、目の前の女性からは、そういう強い雰囲気が感じられない。

しかし、今はライルの事を非難めいた目で見て、怯えながらも断固として糾弾する構えだった。

そこで、ふと気付く。

(その子?)

“その子”と目を合わせる。

「えー、と。もしかして、見えてる?」

ぱっ、とシルフィから手を放した。つつつ〜、と横に移動するシルフィに合わせて、女性の視線も移動していく。

「はい。……こんにちは」

「あ、うん。こんにちは」

ギクシャクとシルフィが挨拶を返す。既に女性はライルから興味をなくしたように、シルフィのことしか見ていない。

「風の精霊さん、ですよね」

「い、一応、そうだけど……あ〜、貴方は?」

と、シルフィがライルの最も聞きたかったことを尋ねた。

……基本的に精霊の姿は人の目には見えない。精霊自身が意図して姿を晒すならばともかく、普段のシルフィの姿を見える人間なんて、少なくともライルは自分以外には知らなかった。精霊とかなり相性が良かったアランとて、姿を消したシルフィの姿は見ることが出来なかったのだ。

少なくとも、風の精霊に関しては、目の前の女性は自分と同等近い相性の良さを持っている、と見て間違いないだろう。

「私は……うん、イレーナ」

黒曜石を思わせる瞳を喜びの色に染めて、少し弾んだ声で女性――イレーナが答える。

「それで、貴方のお名前は?」

「私は、シルフィよ。そっちのは、私のマスターで、ライル」

“自分が見える人間”に対して取るべき態度を図りかねていたシルフィだが、もう開き直ることにしたらしい。基本的に人間嫌いなシルフィだが、これだけ精霊との親和性が高い人間だと、その限りではないようだ。……ってか、そもそも、最近は人間嫌いだってことを本人も忘れそうになっているのだが。

「……マスター?」

その説明のどこが納得いかないのか、イレーナは胡散臭そうな目をライルに向ける……のだが、ライルがそれを真正面から受け止めると、こそこそと顔を逸らす。

ここまで来ると、段々ライルにもわかってきた。つまり、人間嫌いなんだ、この人。

「えっと、イレーナさん?」

「なに?」

シルフィの後ろに隠れようとするイレーナ。当然だが、どう頑張っても平均的な成人女性の体格――ただやたら肉付きは薄い――イレーナが、人形サイズのシルフィの後ろに隠れられるはずもない。しかし、視線を遮るだけでも随分違うらしく、どこか強気な声色だった。

やりにくい、と感じながらも、ライルは続けて声を重ねる。

「あ〜、と。僕は、ちょっと急ぐんで、“それ”返してくれないかな」

「それ、ですって……!」

瞬間、イレーナが怒りの声を上げた。

「……へ?」

ライルとしては、ちょっとした軽口のつもりだった。シルフィも、別段気にすることもなく、『それとはなによー』と返すつもりだった。

当人同士はなんとも思ってないのに、イレーナは過剰反応をする。

「シルフィさん。こんな人と一緒にいることはありません。私の家に行きましょう」

「は? あの、もしもし」

「近付かないで!」

ビクッ! とライルはストップする。

とりあえず、大声を上げられたらビクビクするように出来ているのだ、情けないことに。

「シルフィさんを契約で縛っているような貴方に、彼女は渡せません!」

「いや、別に縛られてなんかいないんだけどー、って聞いてないわね、この娘」

先ほどまでの弱気な態度はどこへやら。イレーナは、ライルを親の仇を見るような目で見つつ、手のひらを向けて牽制している。

その手に、火の精霊が集まっているのがライルの霊的な視覚には見て取れた。

「物騒だなぁ……」

そんな事を言いつつも、ライルには余裕がある。

本人の魔力があまりないのか、集まっている精霊の数にしてはそれほどの威力は感じないし……そもそも、殆ど鍛えていないような女性が相手だ。魔法を放つ前に取り押さえることは造作もない。

あまり乱暴はしたくないが、向こうがその気なら、降りかかる火の粉は払うしかないだろう。

「ほ、本気ですよ。シルフィさんを諦めないなら、私が貴方を倒します」

あまりビビっていないライルに焦ったのか、わざわざ声に出して脅しつけてくる。しかしそれもどこ吹く風と、ライルは飛び出すタイミングを計っていた。

そして、イレーナの後ろではシルフィが、

「いやー、私ってばモテモテね」

ほらほら、そんなこと言ってますよイレーナさん! と、ライルはシルフィを指差すが、イレーナの耳に都合の悪いことは入ってこないらしい。

「ほ、本気ですよ」

「どうぞ」

「本気の本気ですよ? 当たったら痛いですよ?」

「それぐらいで痛いとか言ってたら、僕は既に死んでいます」

「〜〜〜〜〜!」

どうあっても引かないとわかったのか、イレーナは泣きそうな顔になって、魔法を放とうとし、

「…………」

「………………ふぅ」

倒れた。

「うわっ! ちょっと、アンタそんないきなり!?」

「お、っと」

いつ間にか、人間サイズになっているシルフィがイレーナを支える。そして、シルフィは、ライルにこいこいと手招きをする。

「ほら、マスター。私、非力なんだから、あとは任せた」

「任せた、って」

ぽーい、とイレーナの体を渡される。

自然、お姫様抱っこの形になり……手に感じる、女性の柔らかな肢体に、ライルは顔を赤らめた。

「相変わらず初心ねー」

「うるさい」

誤魔化すように言って、ライルはさてどうするべきか、と頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「う、ん……」

イレーナが身じろぎをする。

ぼーっとする頭。薄目を開けてみると、いつも見ている天井。どうやら、自分はベッドにいるらしい。今何時かしら……と考えたところで、気絶する前に起こった事を思い出した。

「……あら?」

上半身を起こして、自分の体をチェックする。

ぺたぺたぺたぺた。

……おかしい。確かに自分は、あのライルとかいう男の前で倒れてしまったはずだ。しかし、

「なんで、嬲られてないのかしら?」

それはそれで喜ばしいことだが、同時に不気味でもある。なにせ、ああいう乱暴な(イレーナ主観)男の前に無防備で倒れたのだ。襲われただけでは済まず、そのまま奴隷船に乗り込むことすら覚悟したというのに。

「折角運んであげたのに、起き抜けになに人聞きの悪いことを言ってるんです」

いつの間にか、お茶を運んできたライルが、顔を引きつらせながら言った。

「……貴方?」

「ライル、です。とりあえず、お茶でも飲んでください。勝手に菜園のハーブ使わせてもらいましたけど、気分が落ち着く配合にしたんで」

恐る恐る、カップを受け取る。

いつも、自分が使っているカップだ。そして、ライルが持っているのは、滅多に来ない……というか、今までに来たことがない、お客用のカップ。

しまってあるのは一緒の棚なのに、よくわかったな、と思いながらお茶を啜る。複数のハーブを配合した、複雑な香りが鼻を抜け、頭がすっきりする。

一杯飲み終わる頃には、大分気分も落ち着いてきた。と、同時に、いくつか疑問も出てくる。

「……ライルさん、でしたよね」

「はい?」

「私を、どうやってここまで運んだの?」

「失礼ながら、こう、抱いて運んできましたけど」

「そうじゃなくって」

この家は、ライルと出会ったあの街道から少し逸れたところにある、小さな山の中にある。木々に隠れるようにして存在するこの家を探し当てるのはかなり骨が折れるし、そもそもここが自分の家だとなんでわかったんだろう。

「ああ」

イレーナの疑問に思い当たったのか、ライルはぽん、と手を叩く。

「この辺りの精霊に聞けば、すぐにわかりましたよ。好かれているみたいでしたし」

「え?」

一瞬、ライルの言ったことがわからなかった。

この辺りの精霊……と言っているが、この辺りに上位精霊はいない。意志を殆ど持たない、下位精霊ばかりだ。そういった子たちとも、イレーナは話すことが出来るが……自分以外に、それが出来る人間は初めてだった。

「貴方は……」

「マスター。私、お腹すいたんだけどー」

イレーナの台詞を途中でぶった切って、リビングのほうからシルフィの声が響いた。

「今、話の途中だから少し待ってろ」

「いいからいいから。マスターは、夕飯の支度をしてきなさい。イレーナの相手は私がしといてあげるから」

やって来たシルフィ(人間サイズ)が、ライルを台所へと蹴りだす。

「って、こら。……ったく。イレーナさん、台所のもの、適当に使わせてもらっていいですか?」

「どうぞ……」

やれやれと言いつつも、どこか楽しげに台所に向かうライルを、ほけーっとした目で見送る。

「まあ、見ての通り。私は別に、マスターに無理矢理従わされているわけじゃないわ。むしろ、こっちが顎でこき使っているわけよ」

聞こえてるぞー、と台所からツッコミが入るが、無視される。

「シルフィさん」

「だから、貴方が心配することは何もないわよ。一応、気にしてくれたことは、ありがとうって言っておくけどね」

シルフィを複雑そうな顔で見るイレーナだったが……やがて、こっくりと頷くのだった。

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