アクアリアスのシルフィへの説教はまだ続いている。

最初は、己の関わる祭典に事前の連絡無しに参加したことに対するものだったが、いつの間にやらシルフィの日ごろの怠慢を指摘するものとなっていた。

どこからそんなに言いたい事が出てくるのか、その説教は途切れることがない。

前会った時と同じような展開に、ライルはなんとなく納得した。

(……色々溜め込んでそうだもんなぁ)

うん、と頷く。

アクアリアスは、普段はシルフィの行状を笑って流すことが出来るのだろう。しかし、なにかのきっかけ――例えば、今回のように自分が恥をかいたり――すれば、溜め込んだ不満が爆発する。

自分も似たようなタイプなので、ライルにはその気持ちが痛いほどよくわかった。

……ただ、一つ忠告しておきたい。途中からシルフィがとっくに聞き流していることに、早く気付いた方がいいですよ、と。

 

第123話「奉海祭〜ある悲劇〜」

 

そんな、ある意味平和なライルたちと違い、ルナやマリア、ミルティの争いはまさに佳境に入っていた。

祭りは、それこそ夜が明けるまで続く。

とは言っても、女子供、老人は早めに帰宅する。明け方までどんちゃん騒ぐのは、日ごろストレスの溜まり易い地元住民である海の男たちだ。

と、なると必然的に酒類の売れ行きが伸びる。つまみなどの目的である程度はルナたちの売る食べ物も売れるが、いかんせん単価と消費量は酒の方に分がある。

よって、酒を呑まない人種が帰宅するかしないかくらいのこの時間のうちになるべく差を離しておかないと巻き返される――。

なんて、ルナが考えているかどうかは定かではないが、彼女はなんとなく売れ行きが落ちていることには気が付いていた。

自分は客を呼び込むのは苦手だ……なんて、うすうす悟っていたルナは、呼び込みをフィレア一人に任せて店の中に入った。お金がしまってある紙箱を覗き込み、その中の硬貨を数える。

数学は苦手なくせして、金の勘定だけは速かった。一瞬にして、現在の売り上げを読み取る。

「まずいわね……」

キッ、とマリアの店の方角を睨みつける。

何故か、向こうは共闘しているようだ。だからと言ってすぐさま売り上げに直結するわけではないが――あれで標準以上の容姿を持った二人が酒を注いでくれるのだ。その効果は無視できるほど小さいわけではない。

こちらは自分と言う近代稀なほどの美少女が呼び込みをしているとは言え……料理を作っているのはあの無骨なアレンだ。攻撃力(?)不足なのは否めない。

料理が“ちょっと”苦手だからと言って、料理を作る役をアレンに譲ったのは失敗だったかもしれない……いっそ、今からでも自分が参戦しようか?

――などと、ルナがなにやらトンデモナイことを考えている間、クリスも同じように現在の状況を分析していた。

前半部の考えの展開は、ルナとそう変わるものではない。多分、このまま行けば夜中の売り上げは向こうの勝ち。最終的な勝敗は六・四で向こうが有利か……といったところ。

ただし、クリスはこのまま負けた方がライルのためなんじゃないかなぁ、とふと思った。

今はマリアたちへの対抗意識で忘れているようだが、そもそもルナがここまで来たのはライルを追っかけてのことだ。ルナが勝ってそれを思い出したら……正直、文章化が不可能なほどライルが痛めつけられることは容易に想像できる。

まぁ、例によって例のごとく、すぐさま復活するだろうが……ライルが逃げたのも頷けると言うものだ。いや、彼は自分を見つめなおす旅だとか言っているが、ルナを同伴していない以上、彼女から逃げたいという意志もあったに違いない。彼の旅が始まった話のタイトルも『逃避行』だし。なんだそのメタな理由は。

「悩ましいなぁ」

「なにがだよ?」

手は止めずに、アレンがクリスの独り言に反応する。それに、なんでもないと手を振って、クリスはこのアレンのことも少し考える。

ライルとはまた別の意味で、この友人もルナの脅威にさらされており、頻度で言えばライルをずっと上回っている。よくもまぁ、ケロリとしていられるものだ。

それだけでなく、アレンはさらにクリスの姉によって引っ掻き回されまくっている。自分の姉のことながら、よくアレンは耐えられるなぁ、と少し尊敬。

そんなこんなで、アレンもライルと同じく、逃げ出したくなっていてもおかしくはない。それをしないのは、単純に思い当たってないからだろう。

……クリスとしても、こんな風に綱渡りの人間関係は疲れる。楽しいことは楽しいが……人間、ステーキばかり食べていると、たまには一杯の水を飲みたくなるものなのだ。

うむむ……こう考えてみると、ライルやアレンと一緒に、逃げちゃうのもいいのではないかしらん、とクリスは素敵なプランを思いつく。

まぁ、後が怖いが、後のことは後で考えるとして。

「そんなのどうかな、アレン」

「なにがどうなのかは知らんが、カキ氷三つだ。イチゴとレモンとブルーハワイ」

「あいよー」

まぁ、この時はクリスとしても本気ではなかったのだ。

……この時は。

 

 

 

 

 

 

 

そんな下らんことを考えているルナたちだが、マリアたちのほうは段々忙しくなってきてそのような暇はなくなってきている。

「はいはい! エール三つとバターピーナッツ二つ、サラミですね? ミルティ! バタピー二つ」

「一分少々お待ちしてもらってください。今出来上がりますから」

フライパンを操るミルティに一つ頷いてから、マリアは後ろのタルについてある蛇口を捻って三つのグラスにエールを注ぐ。片手で三つのグラスを持つと言うなかなかの離れ業だが、これでもまだ遅い。まだまだ並んでいる人はいるのだ。

「ああ、もう! 大体、ライルのやつ、手伝いに来てくれたっていいじゃない!」

マリアの愚痴が漏れる。

現在、この店はマリアとミルティ、他二、三人の店員で回しているがとても人手が足りない。祭りの日くらい、休みたいやつも多いのだ。

とは言っても、マリアの言い分が勝手なことは言うまでもないが……

「そう言えば、ライルくん。様子くらい見に来ると思っていましたけど、来ませんね」

「多分、アレよ。祭りに来た女の子でもナンパして、そこらの暗がりでよろしくやってんじゃない?」

マリアは当てずっぽうにそんな事を言う。しかし、それもなかなか的を射ていた。なにせ、祭りに来た女の子(アクアリアス)と、路地裏で一緒にいる。

「む、ライルくんはそんなことしないわよ」

「アンタのライルに対するその高評価はどこからくんのよ……はい、エール三つとサラミ、お待たせしました。バターピーナッツはもう少々お待ちください」

エールを客に渡し、笑顔を振りまくマリア。さすがというか、この二人。ちゃんと仕事をこなしつつ、さらに客に気付かれないよう忙しい中でも話をする余裕まであるようだ。

「あら、そういう貴方も、ちょっと前にあったばかりのライルくんにぞっこんじゃない?」

「んなっ、そんなんじゃないわよ」

バタピーを受け取りつつ、二人はそんな会話をかわす。

いきなり妙な事を言われ、マリアは苦虫を噛み潰したようにうめいた。

そう、そんなんじゃないのだ。最初のきっかけはほんの偶然だったし、その男が無職で使いやすそうな男だったからバイトさせただけ。そりゃ年齢が近いから気安いっちゃあ気安いが、断じて気にかけているわけではない……と思う。

ミルティに渡したくないのはただ癪だったからだし、ルナとの争いもその延長だ。基本的に、ライルが本気でうちから離れたいと言うのならば引き止めるつもりはない。

そりゃ、仕事はできるし、前、酔い潰れた時部屋に運んでくれたし、学校の事を色々教えてくれたりはしたが……マリアに、男としてのライルに含むところはない。まぁ、強いて言うならば、友人だろうか。

「そうよ。友達。うん」

「あら、私は最初からそのつもりで“ぞっこん”って言ったんだけど? あんたに友達なんて、それこそ私くらいしかいないじゃない」

「う、く……!」

ミルティが友達かどうかは一考の余地があるだろうが、さてそれでは他に友達はと聞かれてマリアは思いつかない。店で働く他のバイトは、友達と言うにはビジネスライクすぎるし、古くから厨房で包丁を振るっているコック長あたりはどちらかというと頼れるおじさんといった感じだ。

過去、初等部に通っていた頃は友達もいたが、マリアが店を切り盛りするようになってからすっかり疎遠になっている。

「そもそも、貴方友達作りたがらないでしょ。そのアンタが気に入るんだから、当然私も気になるわよ」

「……なにそれ。私が引き込んだから、あんたも興味持ったってこと?」

「きっかけはそれね。でも、いい子だとわかったから、今は本気で私のものにしたいかな」

うふふ、と笑うそれはどこまでも真意が読めない。仮にライルがこの女の下に行ったら、きっとぱくっと食われちゃうに違いない。まぁ、うちに来たら来たで嫌ってほどこき使ってやる予定なのだが。

「それでも、ねぇ……」

ちらり、とマリアはルナたちの店の方を見た。

そこでは、なにやらアレンとかいう男と調理の役を(強制的に)代わったルナが、その料理で食べた人を次々と薙ぎ倒している。

アレンとクリスは必死に止めようとするが、余り効果はない。救いといえば、下拵えはクリスがしているので、まだしも被害が小さいことだろうか。

マリアはそこまで読み取れたわけではないが、一つだけわかったことがある。

ローレライとウンディーネ。どちらで働くことになったとしても、あそこの人間と一緒にいるよりは平和な生活を送れるのではなかろーか。

 

 

 

 

 

「な、なにこれ……」

姿を消したシルフィとアクアリアスを伴って、ルナの店の様子を見に来たライルはひくりと顔を引きつらせた。

周りには酩酊したようにふらふらしている人たち。そして、『営業停止』とデカデカと書かれた紙を張られた、ルナたちの露店。

そして正座させられて祭りの責任者らしき人に説教されているルナ。さすがに自分の料理でこんな事態になったのだから、少ししおらしい。

(な、なにがあったんでしょうか)

(理由は痛いほどわかるけど、わかりたくない……)

ルナの殺人的……否、殺戮的な料理技能など知るはずもないアクアリアスはそんな風な疑問を抱くが、ライルはそう返すのが精一杯だった。

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