「……賭けは、結局君の一人勝ちのようだね」
ミルティの店、ウンディーネのチーフである老紳士(名前不明)は、感心したような、呆れたような、そんな声で賭け金を差し出してくる。
『ライルを引き抜くのはマリアか、ミルティか。それともどっちも逃すのか』……そんな内容の賭けだったが、ライルが賭けたのは『自分の友達がやってきてさらにややこしい事態になる』というものだった。
そして、そのままの状況になっていて……予想通りとは言え、ライルの背中にはなんとなく哀愁が漂っていた。ちなみに『優勝商品』と書かれたTシャツを着ている。
「それで。次はあのルナ嬢を含めた三人の誰が勝つのか、というので賭けをしているのだが、君も一口乗るかね?」
「……結構です!」
奉海祭当日。露店の準備をしている面々を眺めながら、ライルはぴしゃりと断った。
第121話「奉海祭〜準備〜」
「それで、結局……なんなの、これは」
ごてごてと、鉄板やらたい焼き器やらたこ焼き器、はてはわたあめを作る機材まで揃え、なにがなんだかわからないルナの店。
嬉々として組み立てているルナやアレンとは対照的に、クリスは苦い顔だ。
「……えっとね、話し合って、結局食べ物屋にすることになったんだけど」
ライルの疑問に、クリスは頬をぽりぽりかきながら答える。
「その、食べ物出すにしても、なににするか決まらなくて、それなら定番どころ全部集めりゃ一つくらい当たるだろー、って」
「……いいのか、それ」
街の有力者であるマリアやミルティのお陰で、ルナの店の配置はかなりいいところにある。踊りをする櫓のすぐ近く。スペースもかなり広い。
……ただし、あんまりにも拡張した店舗のお陰で、近くで露店を出す人の迷惑になっている。
「さぁっ! この私の焼きそば捌き、見てなさい!」
試作とばかりにルナはキャベツを微塵切りにする。
『ちょっと待て!』
その様子に、ストップをかけるのはライルを初めとした男性陣。アレンはルナを羽交い絞めにし、クリスは切られたキャベツを袋に入れて厳重に縛り、ライルはそれに更に封印の魔法をかける。
鮮やかな手つき。それを見ていたフィレアはおおー、と手を叩く。
「何の真似よ、あんたら」
「あ、あのさ! 僕は、ルナは客引きをした方が良いと思うんだ!」
「そうだそうだ! 料理は俺に任せとけ!」
「や、やっぱり、女の子が店の前に出たら、集客力がぐーんとアップすると思うよ!」
必死でまくし立てる。当然と言えば当然の行動なのだが、ルナは納得いかない様子だ。
「なんなのよ……。大体、アレン。アンタに調理なんかさせたら、つまみ食いしまくって、まともに出せないんじゃない?」
「む、馬鹿にするなよ。俺は、これでも料理はけっこう得意なんだぞ」
衝撃の事実。
なにかありえないものを見たかのように、全員が硬直する。
「本当だよ〜。アレンちゃん、休みの日とか作ってくれるんだけど、おいしいよ」
などと、婚約者からの証言。それに照れくさそうにしながら、
「まぁ、そういうことだ。ライルほどじゃないけどな。焼きそばとかは得意だ。任せろ」
ああ、確かに。
焼きそばとかカレーとか、そういうのは確かに得意そうだ。なんつーか、皮だけむいた野菜を丸ごと煮たカレーが何故かウマイ、みたいな。
「なら、僕も調理補助を。ルナとフィレア姉さんは客引き、ってことでいいよね?」
「わたしはいいよー」
「……わかったわよ」
両手を万歳して任せろと言わんばかりのフィレアと、渋々納得するルナ。ルナが引き下がってくれて、胸をなでおろす男性陣である。
「ちっ、カレーなら私が行ったのに」
……以前、カレーを作る練習をして、なにやら見当違いの自信をつけているようである。
「……私もなにかしましょうか?」
ひゅ〜どろどろ、となにやら効果音を発しながら出てくるのは、幽霊少女フィオナ。
「いや、はっきり言って営業妨害だから」
「う〜、仲間はずれは寂しいです」
さめざめと泣きまねをするフィオナ。そこで、ルナは一計を案じた。
「じゃあ、そこら辺の人にとり憑いて、この店に来るように誘導しなさい」
「あ、はい!」
「いやいや! それって明らかに反則だからね!?」
なんていうか、グダグダなルナの店だった。
「はぁ〜〜」
そんなルナの店から離れ、ライルはマリアのところに来る。
ローレライの露店は、酒とつまみを出す立ち居酒屋とでも呼ぶべき店だった。テーブルはあるが、椅子はない。そんなものを置くスペースはないのだろう。
ローレライ本店の半分ほどの店員が、設営をしている。すでに顔見知りなので、軽く挨拶しつつ、ライルは責任者であるマリアに話しかけた。
「や、頑張ってるね」
「ああ、ライル? 友達のところにいなくていいの?」
「あそこにいると体力使うから」
しばらく彼らから離れていたせいか、あのパワーについていけないところがある。なんつーか、やっぱり僕は一般人なんだなぁ、などとたわけた感想を抱きつつ、ライルは順調に設営されている露店を見渡す。
「……ずいぶん、手馴れてるね」
「そりゃね。うちは、毎年これを出してるから。ミルティんとこも、似たようなものだよ」
と、マリアはミルティの露店を指差す。
指差した先には、ちゃんとした椅子やテーブルを備えた、オープンカフェのような一角がある。見ると、ミルティがきびきびと周りの人間に指示を飛ばしていた。
「まあ、場代は取られるけど、ゆっくりと祭りを眺めたい人はあっち、飲みたいだけの人はうちにくるの」
「へぇ」
なるほど、と頷く。
祭りの華といえば踊りと歌、そしてお酒。看板に書かれたメニューを見ると、エール等の酒類が手ごろな値段で売っているのがわかる。
これはかなりの売り上げを見込めるだろう。ミルティの方も、客を座らせる分回転率は悪かろうが、その分質の高い商品で高い売り上げを上げようとしているようだ。
「でも、あのルナって娘、なにをやろうとしてるの? 頼まれて色んな機材、都合したけど」
「……なんかね、祭りの食べ物屋全部ごちゃまぜにしてた」
今思い出しても、頭が痛くなる。よくもまあ、あんなスペースで全部作ろうなどと考えられたものだ。クリスの見事なマネージメントでなんとか店の形にはしたが、果たしてちゃんと機能するのかどうか不安で仕方がない。
……ガス爆発とかしないだろうな。
「……ちゃんと、仕入れ分くらい返してくれるんでしょうね」
「保証の限りじゃない」
マリアは、ルナに食材等の仕入れのためのお金を融資している。最低限、元金が戻ってこないと、大赤なのだ。
「ま、いっか。そうなったら、何ヶ月かライルにタダ働きしてもらえばいいんだし」
「待った。僕は関係ないって」
「友達でしょ?」
「友達だけど、お金の関係はちゃんとしないと……ってか、何ヶ月も働いてたら夏休み終っちゃうって」
ライルが言うと、マリアは腰に手を当ててふう、と息を吐く。
「……なにさ」
「私が勝ったら学園辞めるんでしょ?」
「辞めないからね!?」
冗談ではない。ライルとて、ヴァルハラ学園には二年半通っているのだ。ここまで来たら、卒業しておきたい。ヴァルハラ学園をちゃんと卒業したら冒険者ライセンスを簡単に取れるのだ。
「なによー。別に行かなくてもいいじゃないー」
「……いや、だからさ。自分が行けないからって、嫉妬するのはよくないって」
「誰が嫉妬してるのよ!」
ちょっとライルが反撃すると、マリアは顔を真っ赤にして反論してくる。その態度は肯定しているも同然だとライルは思うのだが。
「わかりやすいなぁ」
「わかりにくいわ!」
殴られた。しかし、多少力仕事で腕力が強いとは言え、所詮女性の腕力。ルナの必殺技とも言えるコークスクリューパンチを日ごろ受けているライルからすれば、ヌルい事この上ない。『わかりにくい』っていうのもどうなんだ、などとくだらない事を考える余裕すらある。
いや、やっぱルナはおかしいぞ。
「まぁまぁ。別に、学校に通いたいって思うの、変じゃないと思うよ?」
「……ぜんっぜんこたえてないわね」
「まぁ、僕にダメージを与えたければ……」
ドゴーンっ! と、なにやら爆発音。
顔を顰めてその音の方を見やると、またなにか言ったのか、アレンがルナに吹っ飛ばされている。さすがに、頑張って設営している店に被害がいかないよう留意しているのか、アレンは横じゃなく真上に飛んでいた。
ぐしゃ、と着地音。ピクピクと痙攣するアレンからふんっ、と目を逸らしてルナは何事もなかったかのように準備に戻る。そして、その直後にアレンもむくっと起き上がり、肩を回したりして体の調子を確かめた。
「まあ、最低限あれくらいでないと」
「……あんな、悪魔みたいな所業、私には出来ないわよ」
マリアのルナを見る目が、犯罪者を見る目になっている。
まぁ、客観的に見ればそうだよなぁ、傷害罪とかなんで問われないんだろう、いや僕らが泣き寝入りしているからか? などと、ライルは一般人の反応を見て、苦悩する。
「どうしてもって言うのなら、コレで殴ろうか?」
置いてあった鉄パイプを取って見せてくる。マリアの腕力では、それでもたいしたことはない、と言おうとしたライルだが、それは突如登場した第三者に遮られた。
「まぁ、マリア。なにしているのかしら? まさか、それでライルくんを殴りつけるつもりじゃないわよね」
ミルティだ。
ライルがマリアと話しているのを見て、自分とこの店をほっぽりだして来たらしい。未だにライルはなぜ自分がこの人に気に入られたのかわからない。
まぁ、マリアへの対抗意識とか、そういうのが一番大きいことは多分正しいが。
「いや、ライルがこれで殴られても平気だって言うからさ」
拳なら大丈夫といったが、鉄パイプでも平気だと言った覚えはない。いや、大丈夫だけど。
「まったく、マリアは乱暴ねぇ。そんなわけないじゃない。そんなので殴られても怪我しないなんて、人間じゃないわよ」
人間じゃない宣言に、ずずーんと凹むライルだった。
いやしかし、ライルの知り合いには鉄パイプくらいじゃビクともしないようなのがごろごろいるのだが、ミルティさん的には人間じゃないのだろうか?
……否定しきれない一面は、ないこともないような。
今更ながら自分の周りの人間の非常識さに頭を抱えるライル。
(だっ、駄目だ。ヴァルハラ学園にいたら、僕は色々な意味で駄目になる!)
そう考えると、マリアの言うようにヴァルハラ学園を辞めると言うのも一つの選択肢なのだろうか? いやしかし、あの苦悩の学園生活をここまで耐えてきたのに、今更……。
それに、辞めたとしたらルナを筆頭に周りからねちねち苛められそうだ。ああ、どうしよう〜〜〜。
奉海祭に、人が段々と集まってくる。
祭り会場のど真ん中で苦悩するライルは、やってきた人たちに奇異の目で見られるのだった。