季節は移ろい、今は六月の中旬。

ヴァルハラ学園一学年生徒一同は、朝もはよから、体育館に集められていた。

「ったく……学園長も、何の用なんだ?」

不満たらたらに、アレンが言う。

「どうせ、いつものように馬鹿な思いつきでもしたんでしょ」

ルナが吐き捨てる。

新学期からこっち、新入生はジュディ学園長の様々な「思いつき」の餌食となってきた。

曰く……新春水泳大会。サバイバル訓練in迷いの森。穴掘り名人トーナメント。耐久不眠コンテスト〜人類に限界はあるのか〜エトセトラエトセトラ………

学園長本人は、

「まだまだ未熟な新入生たちに、基礎的能力を養ってもらいたいの」

などと言っているが、いつも見学に来て大笑いしているため、生徒の誰一人として信じてはいない。

「と、言うわけで、本日はヴァルハラ学園恒例、運動会です!!」

 

第10話「炎の大運動会(前編)」

 

「毎年恒例?聞いたことないぞ(ひそひそ)」

「入学案内の予定にも載ってなかったよな(ひそひそ)」

「そもそも、ちゃんと体育祭が十月にあるハズなんだけど(ひそひそ)」

「黙らっしゃい!!」

こそこそと話していた男子生徒はビクッと反応する。

「誰がなんと言おうと、ここの支配者はこの私です。そこの一年生諸君。そこいら辺を十分留意するようにね」

ジュディ学園長の底冷えするような笑顔にカクカクと頷く三人組。

「よろしい。このイベントを通して、あなた達にさらなるレベルアップして欲しいという私の愛情は十分に伝わったと思います」

一同は「そんなことはない!」と思ったが、退学させられてはかなわないので黙っていた。

「ではルールを説明しましょう。ルールは至って単純。それぞれのパーティーを一チームとして競技に参加してもらい、最終的な総合得点で優勝が決定します。なお、プログラム等は、今、先生方に配ってもらっている冊子を参照してください」

生徒は、三頭身のジュディ学園長のイラストが入ったプログラムを受け取っていく。

「ふ〜ん……」

ルナはぱらぱらと一読していった。

格闘技トーナメント、魔法戦闘デスマッチ、口げんかコンテスト、隠し芸大会……

「なんなのよこれは……」

ある程度予想していたこととはいえ、さすがに呆れてしまった。

すでに運動ではないものも多数ある。

何というか、今までやってなかったことを全部凝縮した感じだ。

「いつものこととはいえ…何考えてるんだジュディさんは……」

ライルは疲れたように呟く。

学園長お気に入りの彼は、その他の「思いつき」でも学園長の執拗ないじめの集中攻撃を受け、特にひどい目に遭ってきたのだ。

「それぞれの競技のルールについてはその時々に説明します」

生徒たちは皆、はいはいそーですか……と言う感じである。

すでにやる気はゼロに等しい。どこに権力を乱用した、ただの遊びに本気になれる人がいるだろうか?

「ちなみに〜優勝したパーティーには、特例として、学期末の学科試験の全免除。および私からの素晴らしいプレゼントがあります」

その一言に、体育館は数秒間、静まりかえった。

うおおおおぉぉぉ!!!

そのあと、歓声が上がる。

体育館は一転して熱気に包まれた。

「これは優勝するっきゃないわよ、みんな!!」

「ルナ、きっとジュディさんのことだから、何か裏があると思うよ」

「何言ってんの!?試験が免除なのよ!?」

「そうだライル!こんな素晴らしいご褒美をみすみす見逃すつもりか!!?」

ルナとアレンが熱弁する。

ちなみにこの二人の成績は、実技を除いてほとんど絶望的なものである。

「と、言うわけで。頑張ろうライル」

クリスが言う。

彼は、勉強が苦手ではないが、面倒ごとが嫌いなたちなので、当然ルナたちに賛同する。

八方塞がりのライル。周囲から睨み付けられる。

三人の無言の圧力に押され、結局……

「わかったよ……」

と言ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

「え〜、ただいまから格闘技トーナメント予選の受付を開始しま〜す!」

どうやら、各競技への参加は任意らしい。

「ふむ……こいつはポイントが高いわねえ」

「ああ、優勝したら100ポイントか……これをとったらずいぶん楽になるだろうな」

「で、出場者はこのメンバーだったらやっぱり……」

「「「いけ!ライル!!」」」

と、当然の如く指名されたのは、四人の中で体術ならピカイチのライルであった。(第3話参照)

「はあ…了解」

「もっとやる気出しなさいよ」

やけにだれているライルに、ルナがはっぱをかける。

「そう言うルナはどれに出るつもりなんだ?」

「私はもちろん、ミスコンに出るわよ」

プログラムの中でも、最も運動と関係ないようなものを指す。

「いやいや、ちょっと待った」

そこにアレンが割り込む。

「やっぱりルナなら、これでしょ『魔法戦闘デスマッチ』」

なかなかデンジャラスな競技名である。

ちなみに内容は、物理攻撃が一切無効の結界の中で、魔法をぶちかましながら、最後に立っていた者の優勝。と言う、はちゃめちゃなルールであった。ある意味、ルナに最もふさわしい競技だと言えるだろう。

「作者うるさい。大体そんなもの、あんたが出ればいいじゃない」

と、魔法に関してはパーティー内ナンバー2のクリスを指さす。(ちなみに精霊魔法だけはライルが群を抜いている)

「いやいやここは、僕がミスコンに出て、ルナが魔法戦闘デスマッチに出るのが正しい姿だと思うよ」

「何処が正しい姿よ!?あんたは男でしょうが!」

「だって参加資格に『女装可』って書いてあるんだもの。だったらルナさんが魔法の方に出て、私がミスコンに出るのがポイントを稼ぐには好都合でしょ?」

と、すでに女言葉でクリスが言う。

「あっ、俺はこれに出ようかな。大食い選手権」

「………間違いなく優勝だね」

と、残りの二人はやけに平和そうであった。

それに引き替え、

「あんた!普段から女声出すなって言ってるでしょ」

「別にそんなのは個人の自由じゃないですか。ルナさん、その発言は立派な差別発言ですよ」

「〜〜〜!!ムカツクのよ、そんな口調でしゃべられたらーー!!」

と、そこまで叫んでから、キッと、のほほんとしている、ライルとアレンを睨む。

「あんたらはどう思う。この男女と私。どっちがふさわしいと思う!?」

その言葉には殺気すらこもっていた。

「あ、もうすぐ格闘の方の受付が終了しちゃう。ちょっと行ってくるよ」

だが、ライルは軽やかにかわす。

幼い頃の経験に加え、現在のルナの気性もほぼ把握したライルは、かなりの確率(30%くらい)で、ルナから逃げられるようになっている。ただ、猪突猛進タイプのアレンにそれを望むのは酷なことで……

「あ、てめえ逃げるなーー!!」

「で、どうなのアレン?」

彼はルナが怒っている場合ほぼ100%、そのとばっちりを受けることになっている。

今回も、そのうそを言えない性格が仇となり、

「……クリス……」

と答えてしまうのだった。

その後10分間の協議の結果。上手くクリスに言いくるめられて、かな〜〜り不本意ながらも、ミスコン出場は諦めたルナであった。

ちなみに、その足下に黒こげになったアレンが転がっていたのは、言うまでもないことである。

 

 

 

 

 

 

「んでは!!これより格闘技トーナメント予選を開始しまーっす!!」

ちなみに、予選を三回勝ち抜いたら午後からの本戦に出場できるというルールだ。

「まあ…頑張ろうかな」

ライルの目の前には、なかなかいい体格をした男子生徒が、それらしい構えをとっている。

(何なら優勝しちゃえマスター)

(あんまり目立ちたくはないんだけどなあ)

(だいじょーーぶ。あの連中と付き合ってる時点で十分目立ってるから)

(……そうなのか?)

(うん。一番濃いパーティーだってもっぱらの噂だよ)

実はシルフィは、うわさ話が好きである。

(あう……注目されるのは苦手なんだけどなあ)

(諦めなさいよ。マスターがそう思ってなくても、あのメンバーならどうやったって目立つわよ)

「てめえ、なにぼーっとしてやがる!」

どうやらいつの間にやら試合が始まっていたようだ。

作者に名前すら考えてもらえてない男子生徒Aがパンチを繰り出す。

「おっと」

ライルはいとも簡単にその拳をはじく。

ガッ!

次の瞬間には、必殺のハイキックが、対戦相手の側頭部に炸裂していた。

あっさりとKO。たったの一撃である。

「ハイ終わり」

僕の性格もずいぶん変わってきたなあ。

なんて思いながら、次の対戦相手を待つライルであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方こちらはルナサイド。

ルナの出場する「魔法戦闘デスマッチ」は、トーナメントでなく、バトルロイヤルである。

つまり、一回のみで勝負は決まるのだ。

「大体、何で女の私を差し置いて、クリスがミスコンに出るわけ?容姿からいっても当然私が出るべきなのに……」

まだ文句を言っている。よほど納得がいかないらしい。

まあ今更言っても仕方がない……仕方がないのだが、だからといって感情は納得してくれない。

「全く……しょうがない。サクッと済ませますか」

要するに憂さ晴らしである。

口調は穏やかであるが、全身から発している殺気にも似た恐ろしいまでの気配が、ルナの不機嫌さを表している。ミスコンに出られなかったのがよほど悔しいらしい。

他の出場者二十数名は早くも、こんな競技に出たことを後悔していた。

「では!魔法戦闘デスマッチ……始めぇ!」

審判のハイン先生の無情な開始の合図がかかる。

仕方なく出場者は全員、魔法の詠唱に入る。

『……我が呼ぶは黒き闇の炎。混沌に封じ込められし、汝の力を持って、我が敵を悉く討ち滅ぼせ』

一際鋭い、ルナの詠唱が響く。

それを聞くなり他の参加者は、慌てて詠唱を変え、全魔力を防御に回す。

はっきり言って、彼らの腕前でどうこうできるレベルの魔法ではない。

『カオティック・ボムズ』

その瞬間。攻城戦術級の大魔法が、魔力を遮断する結界の内側に放たれた。

無数の爆発が、結界内に響く。

人がまさしくゴミのようにはねとばされ、転がる。

巻き上げられた煙が晴れたあとには、ルナが一人、鬼神の如く立っていた。

 

 

ちなみに……死者は奇跡的にゼロであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、午前の競技は、うちのパーティーの独壇場だったな」

「……そうね」

まだ不機嫌なルナが答える。

ライルは、予選を無事勝ち抜き、午後からの本戦を待つばかりである。

普段は他の濃いメンバーに囲まれて目立たないライルの意外な強さに、他の生徒たちは目を剥いていた。

ルナは、当然の如く優勝。

というか、あの一撃だけで、参加者は軒並みKOされていた。

クリス、普通に優勝。ルナの不機嫌の理由もこれである。

他の女性参加者よりも数段上の美貌に、あっさりと審査員は落ちた。

つくづく生まれてくる性別を間違えているやつである。

アレンの出た大食い選手権は……まあアレンに勝てる者がいるはずはなかったとだけ言っておこう。

というわけで、今は昼休み。

四人はライルの用意した弁当をつついていた。

最近、このメンバーの昼ご飯はライルが全部作っている。

三人は、「そっちの方が安上がりだし」と、ライルに材料費だけ渡して、作らせているのだ。

ライル自身料理は嫌いではないので、問題なしだ

「ムグ…相変わらずおいしいわね。男のくせに」

(て言うか、ルナの作る料理に比べたらなんだっておいしいと思う)

そうは思っても口には出さない。彼も成長しているのだ。

「うん。確かにな。俺は食う専門だけど」

「ついさっきあんなに食ってたのに、よく入るね」

ライルが、半ば戦慄しつつ言う。

すでに食べた重量がアレンの体重を軽く越えていると思うのは気のせいだろうか?

「ライル。もうこいつのことは気にしても無駄だよ」

と言いつつ、クリスは幸せそ〜に煮物を口に運ぶ。

何というか、庶民的な王子様だ。

しばし、ほんわかした空気が流れる。

「で、午後の競技のことなんだけど」

ルナが言うなり、アレンとクリスが身を乗り出す。

「ライルは、格闘技トーナメントの本戦ね。それから私達なんだけど……」

そういってプログラムを差し出す。

「はっきり言ってでれそうなのがないのよ」

我慢大会(我慢なんて知らない)、編み物コンテスト(出来ない)、お裁縫コンテスト(問題外)等々。

「これは……(アレン)」

「出ても……(クリス)」

「仕方ないわね……(ルナ)」

「って!ちょっと待った!じゃあ午後からでるのは僕一人って事!?」

「まあ、結果は気にするな。しっかり応援してやるからな。」

「安心してぶつかってきなよ」

「格闘技トーナメント優勝したら総合優勝は確実ね」

と、一同さわやかな笑顔。

(面倒くさいなあ。目立つのもいやだし、ここは適当なところで負けて……)

「ただ……」

ルナが一言付け加える。

「手を抜いたりなんかしたら、『お仕置き』だからね」

ゾクッ!

本能が警告をならす。「アレに逆らってはいけない」と。

「ハ、ハイ!ワカリマシタデゴザル!!」

……何でカタカナ?そして時代劇口調?

そんな作者の疑問をよそに、舞台は中編へと移ってゆくのだった。

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