パクパクパク…

「何でこんな事になったんだろう…」

今僕の目の前には一人の女の子がものすごい勢いでケーキやらパフェやらを食べている。

僕が今いるのは一昨日ルナといった喫茶店「トワイライト」である。

「ムグ…そんなこと気にしない気にしない。大体悪いのはあんただし」

「そうは言っても、もう少し遠慮したらどうだ?」

無駄とは思うが一応言ってみる。

パクパクパク…

「ん?なにか言った?」

口の周りに付いたクリームを舐めとりながらクリスが言う。

そう、この女の子はクリスというらしい。

何の因果か、ただ生活用品を買いに街に出た僕はこの子に奢らされていた。

 

第7話「クリス登場」

 

「えーと…これで全部…かな」

出かける前に作った買い物リストをチェックしながら、フィンドリア国立公園のベンチで休憩していた。

今日は日曜日で学園が休みなので、この町「セントルイス」に来たばかりのライルは生活用品を買いそろえるため、一人町に繰り出したのだ。

ちなみにシルフィは勝手に散歩をしている。

「うん。これで全部だ」

言って、今度は財布を開ける。

「う〜ん…結構使っちゃたなあ……」

昨日、放課後ジュディさんから呼び出されて、受け取った生活費は、大体三分の一くらいになっていた。

「ちゃんと倹約しないと……」

そんなことを考えながら、立ち上がり、結構重い荷物を両手に提げて歩き始めた。

「おっと」

休日のせいか、通りは人であふれかえっていた。

ぶつかりそうになった人を何とかかわす。

寮までは普通に歩いて10分くらい。

だが、この分ではもっとかかりそうだった。

ふと、足下のバナナの皮に気付く。

だが遅い。

(なぜこんなとこにバナナがーー!!?)

そんなことを考えても身体は言うことを聞いてくれない。

見事に踏んづけて、滑ってしまった。

「おわっ!」

どすん!

「いった〜」

何とかこけはしなかったが、前を歩いていた人に思いっきりぶつかってしまった。

その結果その人はかなり派手にこけてしまったらしい。

恨めしそうにライルを睨み付けている。

「ちょっとあんた!いきなり何をするの!」

「す、すみません」

あわてて、助け起こす。

おそらくライルと同じか、一つ二つ年上といったところだろう。

綺麗な金色の髪を肩の下あたりまで伸ばしており、目はぱっちりと開いている。かなり高水準の容貌だ。

だが、今は見るも無惨な姿になっている。

「ああ、もう……」

後ろからぶつかったので当然前向きに倒れたのだ。

おでこを打ったらしく、手で押さえており、服も土まみれになっていたりする。

……

なにより、彼女が買ったらしい食材があたりに散乱している。

「本当にすみませんー」

言いつつライルはそれをぱっぱと集めていく。

なかなか素早い動きである。

「じゃあこれで…」

集め終わった荷物を渡し逃げようとするが…

「ちょっと待ちなさい」

(ギクッ!)

「な、なんでせう?」

あっさりと捕まった。

「これをどうしてくれるのかしら?」

そう言って買い物袋の中を見せる。

野菜などは比較的軽傷だ。

しかし卵などは一つ残らず割れている。牛乳の入ったビンも割れていて、とても飲めそうにない。

まあ一言で言うとむちゃくちゃだ。

「まさかこのまま、帰ろうって訳じゃないでしょうね?」

「い、いえ。もちろん弁償させていただきます…」

「それだけじゃダメね。慰謝料としてそこで何か奢りなさい」

と、目の前にあった喫茶店を指さす。

(トホホ…金…足りるかな?)

ライルは涙を流しながら財布の中身を確認した。

自業自得である。

「さて…なーに食べよっかな。あ、そうそう。私はクリスって言うの。あんた名前は?」

先ほどまでとはまるで違った態度でその子…クリスは言った。

「……ライル」

「じゃあ、早速入りましょうかライル」

そしてクリスはライルを文字通り引きずって喫茶店「トワイライト」に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして冒頭へと繋がる。

「ぷぅ〜…お腹いっぱい」

心底満足そうにクリスは紅茶を啜る。

「……そうだろうねぇ」

ちなみにライルはコーヒー一杯飲んだだけだ。先ほどまでの食いっぷりに絶望的なものを感じながら、料金の計算などをしている。

「ねえねえ、そう言えばライルって何歳?」

クリスが陽気に話しかける。

「……15」

対してこちらはとことん暗い。

「ふ〜ん。私と同い年かぁ」

「…そうなの?」

「うん。じゃあやっぱり君もヴァルハラ学園の生徒なのかな?」

「うん。昨日からだけど…」

「なるほど、道理で見たことない顔だと思った。転入生か」

「と、言うことはクリスもヴァルハラ学園の?」

「うんそう。一年生」

「何組?」

「それは内緒」

口元に指を押し当て、悪戯っぽく笑いクリスが言う。

「なんだよそれ」

「ま、学園でそのうち会うこともあるでしょ。その時の楽しみに…ね」

どこか納得のいかないところがあるが、追求してもはぐらかされるのは目に見えているためライルはあえてそれ以上何も言わないことにした。

「そんなことよりさ、転入してきたって事は今までどこに住んでいたの?」

「うん?ここから四日位歩いたところにある山奥だよ」

「ずいぶん遠くから来たんだねぇ〜。親御さんから離れるの寂しくなかった?」

不意にライルの顔が少し曇る。

「…実は両親とも死んじゃっててね。一人暮らしだったんだ」

「あっ…ごめんなさい」

「いいよ。結構前のことだし、吹っ切れてるから」

その時、どうして今日会ったばかりの子に自分の身の上話などしているのだろうという考えがライルの頭に浮かぶ。

「それは私に惚れたからだね」

「はい?」

「声に出してたよ」

(またか……)

この癖は本当にさっさと直さなくちゃな……と思いつつ、お代わり自由のコーヒーを飲み干す。

結局、その後もついついクリスに乗せられ、1時間ほど休憩する羽目になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、私はそろそろ帰るよ」

そう言ってクリスは立ち上がる。

「んじゃ、先に会計を済ませておくか…」

うう……いったいいくらになっているんだろう?ひのふの…よし、ぎりぎり足りる。

とりあえずそれだけ確認すると、ライルも同じように立ち上がった。

「ああ、いいよいいよ。私の分は自分で払うから」

「?どうしたんだ。最初から僕が奢る約束だったろ」

「いいの!なかなか楽しい時間だったし、勘弁してあげるから感謝してよね」

クリスはそう言って自分の財布を取り出す。ずっしりと重たそうな財布の中身を一つ一つ確かめ、必要な金額を取り出す。好奇心からその財布の中身を覗いたライルは心底後悔した。財布の中身は、普通の家族が、二・三ヶ月平気で暮らしていけるような金額が入っていたのだ。

(……いったいどこのお嬢様だこいつは?)

そんなライルの心情を知るはずもなく、クリスは財布を閉じた。

「はい、これが私の分。一緒に払っといて…あ、当然だけど自分のコーヒー代は自分で出してよね」

「わかった」

差し出されたお金を受け取り、レジへ向かう。

「ありがとうございましたぁ!」

店員さんの元気な声に見送られながらライルとクリスは、店を後にした。

「んじゃあ、ここでお別れね。今度からはこけないように気をつけるのだぞ」

「肝に銘じておくよ。そうだ、何なら家まで送ろうか?」

「ん〜、遠慮しておくよ。どっかの誰かさんが台無しにしてくれた今夜の夕食の材料を買い直さなくちゃいけないし」

「う……ごめんなさい」

「じゃ、そう言うことで。そのうち学園でも会うこともあるだろうし。まったねぇ〜」

手を振りつつ、小走りにクリスが駆けていく。

その姿が見えなくなるまで見送ってから、ライルは寮の方角へと歩き出した。

また妙なのと知り合ったな、などと思いつつ。

そんなことを思っている本人は、自分も立派に普通の人とは違うと言うことを、これっぽっちも自覚していなかった。このことを言うと、力一杯否定されそうではあるが。

 

 

 

 

 

「……なんてことがあったんだ」

ライルは、ガツガツという言葉がぴったりの勢いで夕食を食べているシルフィに今日あった出来事を話した。

「へぇー、そうなんだ」

いいながらも、食べる手は休めない。

(この食いッぷり…こいつ、人間モードならアレンといい勝負するんじゃないか?)

「あんな化け物と一緒にしないでよ」

「………」

ライル絶句。

本日二度目の失敗である。どうやら一人暮らしが長かったせいで、独り言の癖が骨の髄まで刻み込まれてしまったらしい。いや、シルフィもいたわけだから、この癖は天性のものだろう。

「それにしてもアレね。あんまり女の子に興味なさそうな顔をして、意外と手が早いのねマスター」

ぶっ!

ライルは、シルフィの言葉に口に含んでいたスープを軽く吹き出してしまう。

「きったないわねぇ。ご飯くらいもう少し落ち着いて食べられないの」

本能のままに食い散らかしていたシルフィに言われたくはない、とライルは思ったが、それより優先して言わなければならないことがあったので、ひとまず置いておいた。

「シルフィ…その、手が早いってのは何だ?」

「違うの?」

「ぜんっぜん違うわい!さっきの話のどこをどう解釈したらそうなるんだ!?」

「私が聞いた限り、マスターが買い物袋をめちゃくちゃにしたのにかこつけて、その人をナンパしたようにしか聞こえなかったけど?」

「大体、僕は半ば無理矢理トワイライトに引っ張り込まれたんだぞ!!」

「それにしてはずいぶん楽しそうに話してたじゃない?」

ぐっ、とライルは返答につまった。

確かに強引に引きずり込まれたようなものだったが、自分も楽しいと思ったのも確かである。

ただ、それはシルフィの思っているような恋人同士とか、そういうわけではなく、どちらかというともっと気安い、同性の友人同士と話しているような感覚だった。

クリスはどうみても水準を遙かに上回った美少女であったが、なぜかそう言う風にしか見れなかった。

「……とりあえずシルフィの想像しているような雰囲気ではなかったとだけ言っておこう」

シルフィはふぅと嘆息すると、

「まあいいけどね。でもマスター、せっかく街に来たんだし恋人の一人や二人作ってもいいんじゃないかな〜、って私は思うんだけど、どうかな?」

「う〜ん…今のところ興味なし。とりあえず今はセントルイスの生活に早く慣れなくちゃ、って思ってる」

「全く…これだからマスターは……」

「む、どういう意味だ?」

「べっつにぃ〜。さて、今日は疲れたし、さっさと寝ようかな」

そんな風に二人の夜は更けていった。

 

 

 

 

 

目が覚めた。

現在の時刻を確認…6時すぎ。

こんなに早く起きる必要はないのだが、長年の慣れというのは恐ろしい。頭ではわかっていても、身体が勝手に起きてしまうのだ。まあ、別に早起きで損をするということはないだろうけど。

まだぼーっとしている頭を抱えながら、顔を洗う。

ばしゃばしゃ……

頭すっきり。

今日の朝のメニュー

バタートースト

ハムエッグ

コーンスープ

サラダ

それらを手際よく作り上げ、朝一番の難関に立ち向かう。

「おい、起きろシルフィ」

「んにゃ…」

全く起きる気配がない。

毎朝のこととはいえ、こいつの寝起きの悪さはなんとかならんのか?

「起きろって!朝ご飯だぞ〜」

「む…ご飯……」

おお!ご飯の一言に反応した。

「そうだ。さっさと起きないとお前の分も食っちゃうぞ〜」

「…それはだめ」

薄目をあけながらシルフィが抗議の声を上げる。

「はぁふ……おはよ、マスター」

大きなあくびだな。

「はいはい、おはよう。さっさと顔洗ってこい。その後はご飯だ」

「らじゃ」

ふらふらと不安定に飛んで洗面台に向かう。

…あ、頭打った。

 

 

 

 

 

朝の準備が一通り終わり、登校する。

シルフィは今二度寝の、真っ最中だ。

今日はかなり早い時間のせいか、登校している生徒はそれほど多くはない。

一昨日とは違って、ゆっくりと、1−Bの教室へ入る。

と、自分の席のとなりにルナがいる。

初めて見る男子生徒と話している。

見たことのない人だ。

もしかしたらこの前休んでいた僕らのパーティーの一人だろうか?

そんなことを考えながら席に着く。

「ルナ、おはよう」

「あっ、ライルおはよう」

「おはよう、ライル」

ルナと一緒に話していた男子生徒もあいさつをしてきた。

「ルナ、そっちの人は?」

「ああ、この前風邪で休んでたっていったでしょ?私達のパーティーの最後の一人。ほら、自分で自己紹介して」

その男の子は僕の方を向いて、いやにさわやかな笑顔を浮かべながら言った。

「とりあえず初めまして…と言っておくよ。僕はクリス・アルヴィニア。こうして会うのは二度目だねライル。あ、でもそれなら初めましてじゃないか。どうしよう?」

と、心底困ったような表情をする。

しかし、クリスという名前…最近どこかで聞いたような。(←忘れてます)

作者…いったい僕が何を忘れていると?

「へ?クリスったらライルとあったことあるの」

「うん。まあ、ちょっとした事故で知り合ったんだけどね」

「ちょ、ちょっと待った!」

いきなりそんなことを言われても、僕はこの子にあったことはないハズだ。

「君、誰かと勘違いしてない?多分、初対面だと思うんだけど……」

それを聞いてルナは少し呆れたような表情をすると、

「クリス…あなた、また女装したのね?」

と言った。

……って女装?

もう一度クリスの顔をまじまじと見つめる。

「あ…あ…あ……!」

「どうしたのさライル?僕の方を指さしたりなんかして」

昨日の記憶がよみがえる。

まさか…まさか…

「ん?やっと気付いた?そうだよ〜。昨日一緒にお茶を飲んだクリスちゃんだよ〜」

と無邪気な笑顔で言ってくる。

その笑顔が、昨日会ったちょっとずれているお嬢様のそれとかぶった。

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「なぁにぃぃぃーーー!!?」

そして数秒の沈黙の後、僕の絶叫が朝の校舎に響き渡ったのだった。

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